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七話 わ、私のような日陰者で地味でひ弱な存在が……

 産寧坂さんねいざかを周り、その直ぐ近くの隠れたお店っぽいところで昼食を済ませた。


 その後大輔たちはブラブラと歩き、土産屋や雑貨屋などを周り京都っぽい小物を物色していた。


 そうしてとある雑貨店に入ろうとしたとき、


「……あ、すまない。近くのコンビニで飲み物を買ってくる」

「あ、僕が行ってこようか?」


 喉が渇き、水筒の水を飲もうとした杏は中身が空なことに気が付いた。我慢できないこともないが、ちょっと一人になりたい事もあって杏は大輔の申し出を断る。


「いや、いい。さっきの道を少し戻るだけだ。それより、ウィオリナが暴走しないようにキチンと見ててくれ」

「あ、ちょっと」


 既に店の奥に足を踏み入れたウィオリナについて注意するように大輔に伝え、急ぐように来た道を引き返した。


 遠ざかっていく杏の背中を何とも言えない気持ちで眺めていた大輔は、苦虫を噛み潰したような表情で溜息を吐き、雑貨店に足を踏み入れる。


 ティーガンへのお土産を選んでいるのか、あーでもない、こーでもないと呟いていたウィオリナが大輔に気が付き、首を傾げる。


「あれ、アンさんはどこです?」

「コンビニに行ったよ」

「えっ! それなら追わないと」

「いや、自分一人で良いってさ」

「そうですか……」


 ウィオリナは目を伏せる。


 それから手に持っていた品物を元の場所に返すと、店外に出る。


「どうしたの?」

「いえ、アンさんがいないんじゃ、選んでも決めきれないです」

「……それはそれでどうなのさ」


 つまり、杏が帰ってくるまで待っているという事らしいが、大輔は微妙な表情をする。


 けれど、まぁいっか、と頷き、店を出入りする人の邪魔にならないように隅に移動し、ウィオリナと二人で待つ。


 行き交う多種多様な人たちを眺めていたウィオリナが、ポツリと呟く。


「ダイスケさんは……」

「うん?」

「ダイスケさんはズルいです」

「……何が?」


 大輔はウィオリナの言葉の意図が分からず、眉を八の字にする。


 ハッと息を飲んだウィオリナは首を横に振る。


「いえ、何でもないです。それよりアンさん遅いです」

「……そうだね。そこまで遠くはないと思うんだけど……」


 大輔は杏が消えた方向を見ようとして、


「うん?」


 懐に入れていた携帯が震える。ウィオリナに断りを入れてスマホを取り出し、メッセージアプリを開けば、


「何で杏から……は? どいう――」


 そこには外国人観光客を案内しなければならなくなったので、数時間ほど離れるという旨が書かれていた。


 大輔は困惑し、確認の電話を掛けようとして。


 しかし、その前に、


「だ、ダイスケさんっ! 狐ですっ! 日本でも街中に狐がいるですね!」

「え、狐? なんで街中に……あ、ホントだ」


 興奮した様子のウィオリナが指さす方向を見れば、普通に狐が歩いていた。


 が、大輔は目を細める。


(透けてる? なんで……)


 無意識的に大輔は右目を手で隠す。つまり、常時発動している“星泉眼”だけでその狐を見て、


(透けてない。ってことは、つまりっ!)


 今度は“星泉眼”の左目を隠す。狐は見えない。


 そもそも誰一人として狐に目もくれない。もし、京都で狐をよく見かけるとしても、観光客などが目を向けないのは不自然だ。


「リスさんもいるですっ! 白、白のリスさんなんているん――」

「ウィオリナ。今すぐここから離れるよっ!」

「え、きゃっ!」


 未だに事態を把握していないウィオリナの手を引っ張って、大輔はその場を離れようとする。面倒ごとには巻き込まれたくないっ!


 が、


「増えてるっ!? っというか、どう見ても人外までっ!」

「ど、どいうことですっ! あ、あれ、ティーガン様が前に映画で見てた妖怪です!? 京都はもしかして妖怪と共存している――」

「んなわけないでしょ、ウィオリナっ! 変な場所に迷い込み始めてるんだよ! てか、何でだよっ。簡易とはいえ、過越しの結界を周囲に張ってるのにっ!?」


 狐や狸、真っ白な小動物や巨大な猫。


 次々におかしな動物が目に入るようになり、しかも明らかに人外とおぼしき首がとてつもなく長い女性や、人間ほどの背丈を持ち服を着て二足歩行する犬など。


 走っても走ってもおかしな存在が見えて、増えていく。


 大輔は“星泉眼”だけでなく、“天心眼”、“黒華眼”を発動させ、事態の解明を急ぐ。


 ウィオリナもようやく事態を飲み込み始めたのか、先ほどの能天気な雰囲気が一転、狩人の如く鋭い目つきに変わる。


 と、大輔が立ち止まる。


(いや、その前に転門鍵で転移――)


 突然のことに思わず優先順位を間違えていたが、最も優先すべきは一刻もここから離れること。


 なら、やみくもに移動するより、転移で、それこそキチンとした過越しの結界が張ってある関東内に戻れば、ひと先ずは異常超常現象から逃れられる。


 その判断が最初の一瞬でできなかった自分に怒りを通り越して呆れながら、大輔は“収納庫”を発動して転門鍵を虚空に突き刺そうとする。


 が、その前に。


「きゃっ!」

「クソッ!」


 ぶわり、と突如現れた煙が大輔とウィオリナを飲み込む。咄嗟に召喚した移動型聖星要塞ステラアルカで結界を張り、また暴風を繰り出して煙を吹き飛ばそうとするが、微動だにせず。


 大輔たちは煙に姿を消した。


 ………………


 騒がしい。喧騒が耳に入り、微睡まどろみの底に落ちかけていた大輔の意識がゆっくりと浮上する。


 覚醒する。


「……ッ、ウィオリナっ!」

「はひっ!」


 覚醒した大輔はすぐ隣で倒れていたウィオリナを抱きかかえると、一瞬でその場を飛びのく。常人ではあり得ない跳躍をもってして近くの民家の屋根に立つ。


 事態を把握できず、けれど力強く感じる大輔に少し頬を赤くしていたウィオリナを降ろす。


「ここは……っ!」


 そして大輔はようやく辺りを観察し、息を飲む。


 街並みは時代錯誤の京都。道はコンクリートで舗装されておらず、映画で見るような平安時代のような建物が見える。かと思えば、明治時代のような少し西洋風の建物もある。


 現代以外の街並みをごちゃまぜにしたかのようなおかしな場所だった。


 そして何よりおかしいのは、異形。


 一見普通の人間もいれば、獣の尻尾や耳を生やした人、獣自体が人の服を着て二足歩行していたり、首が異様なほど長かったり、体の一部だけが異様にデカかったり。


 それだけでなく、角を生やした、いわば鬼なる存在や幽霊の如く体が透けていて浮遊している存在、尻尾が幾つもある巨大な狐や、手足が生えている火の玉、目玉がある大きな桶、浮いてる提灯。


 他にも多種多様な異形がいる。


 それらが、大輔たちを見上げていたのだ。


「あの眼鏡、ありゃ、化生かいか? だが、オレ、あれ知らんぞ? お前、化生かいの友達が多いだろ、知ってるか?」

「知らん。だいたい、お前がそもそも化生かいだろ。何アホ言ってるんだ。たぶん、人間界でひっそり暮らしてたのが紛れ込んだんじゃねぇか?」

「っというか、隣の姫様だよな。あの雰囲気、姫様だよなっ!」

「おいおいバカなこと言うなよ。確かに、姫様みたいな雰囲気は感じるが、どうみても異邦の者だって」

「んだんだ。だでど、どっぢだっで問題ないっべ。まづりだ。まづり」

「おお、確かに祭だっ! 久しぶりの外からの客だ。歓迎してやらんとなっ!」

「街のもん集めて宴会じゃっ!」

「待て待て、まずは案内をした方がいいじゃないか?」

「あっし、紅葉もみじさんに呼んでくるっす。あの人、外の歓迎詳しそうだし」

「確かに、十年前くらいに迷い込んだやつをこっちの歓迎でしたら、びっくら腰抜かして気絶してしもうたし、いい案だ。火車っ!」

「アタイの背中貸してやるぜぇ」


 口々に好き勝手言い合い、どんどんと色々な異形が集まってくる。火の玉を侍らせた巨大な猫の背中に人の顔を持った犬が乗り、どこかへ走り出す。


 しかも、大輔とウィオリナに対して敵意どころか、歓迎ムードになりつつある。


「なんか、思ってたのと違う」

「姫様って、私、どうなってるんです……」


 今までの経験から、巻き込まれたこと自体に何かしらの意味があると思っていた。向こうに意図なりなんなりが。


 しかしながら、皆、何も知らないようだし、果てには皆、好奇の視線を向けている。


 さしもの大輔もどうすればいいか戸惑っている――


「まぁいいや。面倒だし、さっさとこんな場所を離れよう」


 ――わけでもなく、転門鍵を空中に差し込む。


 そのまま魔力を注いで転移門を作り出そうとしたが、


「ん? おかしい……」

「ダイスケさん、どうしたんです?」

「いや、手ごたえがあるのに、門が開かない……いや、開いてるけど周囲の空間自体が物凄い速さで編纂されてる?」


 何度も何度も魔力を注ぎ、転移門を作り出すのだが、直ぐに霧散してしまうのだ。


 大輔は慌てて“天心眼”等で周囲を調べる。


「妙な……過越しの結界にも似てる……ドーム状の結界が町全体……その上にかぶさる様に五層の結界が……京都全域? いや、そもそも外と繋がっていない……いや、なんか孔が……」


 が、あまりにもややこしかったため、大輔は思考を切り替える。余力ができたとはいえ、それでも魔力消費は抑えたかったが、四の五の言ってられない。


 拓道たくどう扉柄ひえを“収納庫”から取り出し、あらゆる理やら法則を無視して望む場所に転移しようとした。


 けれど、


「あ、あの~、それでここから出るのは無理だと思うのですが……」

「ッ」

「きゃあ!」


 特徴といえばナマズ顔であることか。質素な着物に身を包み、中肉中背の物凄く影の薄い中年の男性が大輔たちの目の前に立っていた。


 結界に意識を向けていたとはいえ、それでもこんな異常な場所にいるのだ。最大限の警戒を大輔は行っていた。それこそ、半径一キロの気配全てを把握するほどには。


 なのに、目の前の存在に気が付かなかった。


(クソッ。直樹の[薄没]以上の影の薄さっ! 不味いっ!)


 大輔は驚きのあまり腰を抜かしているウィオリナを庇いつつ、目の前のナマズ顔以外にこれといった特徴のない中年男性に警戒を向ける。相手がおかしな行動をとった瞬間、れる態勢を整える。


 ナマズ顔の影薄中年男性はおろおろする。


「お、落ち着いてくださいっ。ど、同族さまたちに敵意はないですっ!」

「……」


 確かに敵意はない。悪意もない。数秒、数十秒先の未来でも自分たちが害されるとは思えない。


 過酷な異世界で生き抜いてきた大輔の勘が確かに目の前のナマズ顔の影薄中年男性の言葉をまことと判断する。そもそも、影が薄い以外に大した力も感じない。内包している魔力も僅かなものだ。


 タジタジしていたナマズ顔の中年は、ペコリと頭を下げる。


「わ、私、ぬらりひょんというものでして、外にでた――」

「ぬらりひょんっ!?」

「あ、あわ、同族さま!?」


 まさかの飛び出したメジャー妖怪の名前にさしもの大輔も驚く。ようやく抜けた腰を落ち着かせ、立ち会ったウィオリナも目を見開く。サブカルも好きなティーガンの影響もあって多少なりともその名前は知っていたのだ。


 とうの本人――人なのかは疑問であるが――であるぬらりひょんは、そんな大輔たちの反応に驚く。


「な、なぜ驚いて……もしかして、私、現世では少し知られているのですか?」

「少しもなにも、メジャー妖怪というか、妖怪の親玉じゃないのっ!?」

「そ、そんな。同族さま、おだてても何もでませんよ。わ、私が化生の親玉など。それは、酒呑童子さまや空狐さまのような高貴な存在で。わ、私のような日陰者で地味でひ弱な存在が……」


 ぬらりひょんはテレテレと禿頭をさすり、頬を若干赤く染める。あんまり嬉しくない。


 が、大輔は、そういえば、と思いだす。


(ぬらりひょんって、創作とかでは色々と言われてるけど、実際の伝承とかだと凄く曖昧な存在だったような……ってか、某冷徹の鬼でもこんな感じだったな……)


 大輔は改めて目の前のナマズ顔の影薄中年男性――ぬらりひょんを見やる。


 うん、ナマズ顔以外本当に特徴もない気弱そうな中年男性だ。


 と、ウィオリナがあの~、と問いかける。


「ぬらりひょんさん。ここから出られないってどういう事です?」

「そ、そのことですか。ひ、姫様に似た雰囲気を持つ異邦のお嬢さん」


 長ったらしい名前でよばれ、ウィオリナは微妙な表情をする。頭を下げて、自己紹介する。


「ウィオリナです。ウィオリナ・ウィワートゥスです」

「あ、はい。わ、私はぬらりひょんです」


 これはご丁寧にと言わんばかりに、ぬらりひょんはもう一度頭を下げて自己紹介する。


 ……どうやら悪い人ではないらしい。


 大輔は少しだけ警戒を緩める。


「僕は大輔です。そのぬらりひょんさん。ここはどこで、どうやったら外に出られるのでしょうか?」

「え、えっと、それはですね――」


 ぬらりひょんがおどおどと大輔の質問に答えようとしたとき、


「お客人、俺は酒呑童子と申す。混乱しているところ申し訳ないが、暴動を避けるため一度場所を移したい。可能か?」

「私は空狐のウカと申します。こちらも急の事で混乱しているのです。必ず現世へお返しいたしますので、どうか同行願えないでしょうか?」


 大輔たちが立っていた屋根に二つの存在が現れた。


 片方は鬼。


 上品な朱の着物を着崩し、二メートルは余裕で超えている筋骨隆々の肉体をこれでもかと誇張する。大太刀を携え、三本角を持つ。堀が深い顔は厳つく荒々しく、風に流れる黒髪や朱の瞳がそれを強調する。


 もう片方は狐。


 輝くような真っ白な毛を持ち、澄んだ蒼穹の瞳は柔らかく大輔たちを見つめる。


 いつの間にか、大輔たちが立っている家の周りにはたくさんの異形がいて、熱気をはらんでいた。


 お酒まで飲み始め、どんちゃん騒ぎ。暴走寸前だ。


(……最近忘れがちだけど、僕は理性的で善良的な一般人。こないだみたいに故意で問答無用なわけでもないし、話を少し聞くくらないならいいかな。杏も数時間ほどどこかに行ってるようだし……あと断ると後々悪いことになりそうなんだよね……)


 そう判断し、


「わかりました」

「私もそれで問題ないです」


 頷いた。


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