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六話 呪文が面倒で敵わんのだ

 突如現れた陰陽師風の中年男性の芦屋は右手に宿す白炎を放出し、エメラダを牽制しながら、振り返る。


「グスタフ殿。拘束でよろしかったかな?」

「ああ、そちらで頼む。本当ならアンタらのきまりで裁くの通常だろうが……」

「そちらは国ではない。まぁ、我ら下っ端は上の命令に従って任務を為すだけさ」

「それもそうだな」


 一回りほど離れているが、互いに苦労するな、といった感じに視線を合わせる。


「それよりそちらの言語でも私は問題ないが」

「いや、エメラダは日本語が堪能ではない」

「なるほど、あい分かった。それで、どうする?」


 芦屋が放出していた白炎が消え去った。エメラダが黒炎を放出して、相殺したのだ。


 両者が対峙する。


「陰陽師なんだろ、アンタ。なら、支援を頼むぜっ」

「確かに我らは絡め手が得意だからな」


 芦屋の頷きにニィッと笑ったグスタフは腰と低く落とし、エメラダに向かって駆けだす。


「〝魔導・グリモワール――一。属性指定――水。状態――槍。展開実行っ!〟」

「走れ――」


 駆けだしたグスタフは右手に魔術陣を浮かべる。それに右手を入れて、引く。水で形成された槍を取り出す。


 それと同時に芦屋が左手に持ったお札をエメラダに向かって投擲する。鋭い刃のごとくお札は駆けているグスタフを追い越し、エメラダの頭上へ。


 そして空いた左手で印を結んだ芦屋。


「鎖よ、拘束し給えっ!」

「〝喰らえ、喰らえ、喰らい給えっ!〟」


 お札から鉄の鎖が放出され、エメラダを拘束しようとする。


 エメラダは親の仇の如くその鎖を睨み付け、叫ぶ。すれば、鎖に黒炎が纏わりつき、朽ちる。


 が、隙はできた。


 グググっと弓を引くかの如く体をしならせ水の槍を引いたグスタフ。


「おいおい、キュウキュウなんたらとか言うんじゃないのかよっ!」

「あれは古き陰陽術。今は妖術と改め、教育しやすく現代に沿っているのだ。呪文が面倒で敵わんのだ」

「古き面倒文化は廃れるってかっ!」


 グスタフは、切ないねぇ、と笑いながら水の槍を突きだす。同時に、水の槍が纏う水流を渦とし、放出する。


 エメラダが放出された水の渦に飲み込まれるかと思われたが、


「〝深淵の炎は罪を喰らいつくすっ!〟」

「チッ」


 ゴウッと現れた黒炎のあぎとが水の渦を飲み込む。まるで、本当に深淵があるがのごとく、水の渦は消えていった。


 エメラダはその黒炎の顎を片腕に纏う。


 そして、喉からではない。体のいたるところから絶叫を迸らせたエメラダは、鬼気を迸らせ、グスタフに襲い掛かる。もう彼女は人ではないのだ。


 グスタフはハッと鼻で笑い、水の槍を変幻自在に操り人外のエメラダの攻撃をいなしていく。


「日本のアニメみたいだなっ。ほら、地獄なんたらって言ったか!」

「そちらで放送していたのかっ!」

「いや、仲間に日本の民俗を研究しているフランス人がいるんだっ。それより、アンタも鬼とか左手に宿してたり、使役してないのかっ?」

「私はそういうのは得意ではないのだっ!」

「そうかよっ!」


 軽口を叩き合う男共。


「Shut up, motherfuckers. And die!(黙れ、くそ野郎共。そして死ねっ!)」


 それにキレたのか、エメラダは泡を飛ばし、片腕に纏っていた黒炎を全身にまで走らせる。黒炎の獣と化し、野獣の咆哮を放つ。


「誰一人死なねぇよ」

「ここはぬるま湯の日本でな。殺人はご遠慮願いたい」


 獣に成り下がったエメラダは、目にも止まらぬ速さでグスタフと芦屋に襲い掛かる。


「チッ。理性もねぇっ!」

「化生かっ?」

「魔人だっ!」


 殺意を持った獣。技術や武器などいらない。黒炎を振り回し、人の限界を超えた身体能力をもって相手を殺す。


 対してへらりと笑ったグスタフは舞踏と言うべき洗練とされた足運びと槍術でエメラダをいなす。かわし、らす。


 芦屋が長年連れ添った相棒であるかのようにグスタフの動きを読み、右手の白炎を放出したり、左手でお札を投擲して鎖や針、粘着性のある液体などを放出する。


 それで互角。むしろ、エメラダは身に宿した黒炎の力に慣れてきたのか、動きと威力にキレが増す。


 そして十分強。


 二人がかりでもエメラダを抑え込むことはできず、徐々にグスタフも芦屋も顔が歪んでいく。小さいながらも体のいたるところに傷ができ、このままでは彼らが先に力尽きるだろう。


 と、


「グスタフ殿、退くのだっ!」


 エメラダの動きを妨害しながら、ずっと何かを唱えていた芦屋が叫んだ。


「あいよっ!」


 秘策だと確信したのか。グスタフは水の槍をエメラダに投擲し、爆散させ、動きを妨害。その隙に芦屋の後ろに下がる。


 同時に、自らの目の前に札を突き刺した芦屋が懇々こんこんと唱える。


「来給え、〝紅葉もみじ〟っ!」

「カカ、待ちくたびれたでありんす、旦那様ぁっ!」


 地獄の底から唸るような、それでいて万人を魅惑するような声音が、どこからともなく響く。


 地面に突き刺さったお札を起点に五芒星ごぼうせいが光り輝く。


 そして、


「醜いでありんすっ!」

「ガッ!」


 彼女こそ鬼女。


 紅葉の如く艶やかで美しい長髪に蠱惑的な黒の瞳。黒を基調とした紅葉模様の着物を肩をはだけさせて纏い、二メートルを超える身長に額から二本の角を生やす。


 妖艶に一歩足を踏み出すと、むっちりとした美脚がグッとたわみ、そしてしなる様に繰り出された拳がエメラダの鳩尾を殴り、荒々しく上空へ吹き飛ばした。


「殺すなよっ、紅葉っ!」

「分かっているでありんす、旦那様」


 錐揉きりもみしながら空中へ飛ぶエメラダを追って腰を落として跳んだ鬼女――紅葉もみじは、芦屋の言葉に甘く妖しく頷いた。


 かと思えば、


「旦那様を傷つけよってからにっ!」

「カハッ」


 荒々しい。


 怒気――いや、鬼気か。まさしく鬼神の如き気迫と身体能力をもってして、エメラダを地面に叩きつける。


 黒炎に纏われたエメラダはもはや人ではない。故に、クレーターができても人の原型を保っていた。


 が、


「……ワタシ……ハ……ジゴク……ハンエ……イ」


 流石に意識を保つのは無理だったようだ。


 トッと紅葉もみじが華麗に着地したと同時に、動かなくなった。ハラリハラリと体に纏わりついていた黒炎が虚空に溶けていく。


「旦那様ぁ、もっと早く呼んでおくんなんし。そなに傷つき……」

「いや、大して怪我もしていない。それよりも離してくれ――」

「嫌でありんす」


 先ほどの荒々しさはどこへいったのやら。酷く妖艶な紅葉がその豊かすぎる胸に芦屋の顔を押し付ける。好き好きオーラが溢れている。


 ……さえない中年男性と高身長鬼女とは、絵面というか何かがおかしい。いや、見た目などで判断するのはありえないし、おかしな話ではないかもしれない。


 そのはずなのに、やはりおかしいと感じてしまう。 


 唖然としていたグスタフが、なんとか言葉をふり絞る。


「……あ、アンタ。お、鬼は使役していないんじゃ……」

「……紅葉、やめてくれ」

「……仕方ないでありんす」


 紅葉は芦屋を名残惜しそうに離す。グスタフは理解できない。


「得意ではないと言ったまでだ。召喚するには体力も精神も削るからな。それに対象が本当に日本語が分からないかは疑わしかった。貴殿を疑っているわけではないが、最悪を想定するべきだ」

「た、確かにそうだが……」


 グスタフは紅葉と芦屋を何度も見る。紅葉はこぼれんばかりの双丘を芦屋の頭の上に置いている。芦屋は慣れているのか、何も言わない。


 ……やっぱり、納得いかない。というか、心の底から嫉妬心が湧き上がってくる。


「こほん。それよりも早く対象を拘束した方がいいだろう」

「そうだな。だいぶ力も消耗したし、ここを狙うやつはいないはずだ」


 芦屋の言葉に意識を切り替え、手錠と指錠を取り出したグスタフは、気絶しているエメラダの手首と親指をそれぞれ拘束する。


「さて、ここの封怨石を狙う存在は他にいないな」

「ああ、時間を取りすぎた。急いで第四ポイントに行かないとな。羊飼いが言っていた佐藤直樹と鈴木大輔がどう動くかも――」


 そしてエメラダを背負ったグスタフがそういった瞬間、


「詳しくお聞かせください」


 冥土ギズィア蹂躙じゅうりんした。


 紅葉もみじはそれなりに強かったが、本来の力をだせないのか冥土ギズィアの敵ではなかった。


 まぁ、芦屋の存在が神和ぎ社に近い可能性もあるため、人外であることを隠しながら戦ったので、多少は苦戦したが。



 Φ



「おおっ、高いです。とても高いですっ!」

「ウィオリナ、そんなに乗りださない! 落ちるよ!」

「でも、よく飛び降りるんではないんです? 飛び降りたいから来たんですよ?」

「は、え?」


 清水寺。


 昨日も来たのだが、ウィオリナがもう一度行きたいと言ったこともあり、また元々八坂神社から産寧坂さんねいざかに行く予定もあったため、昼前に来たのだ。


 ウィオリナは昨日ガイドの女性から聞いた話を半分くらいしか覚えていなかったのか、もしくは飛び降りたいという願望があったのか、そんな頓珍漢な事を言った。


 大輔の目が点となる。


 海外の血を引いていて見た目が美しく目を引くため、何度も色々な外国人観光客に頼まれ写真を撮った杏が、疲れたように溜息を吐いて、乗り出すウィオリナの首根っこを呆れながら引っ張る。


「ここは飛び降りる場所ではないぞっ!」

「はひっ!」

「はひっではない。ったく、子供っぽいところがある。目が離せん」

「え、そ、そんな事はないです!」


 ウィオリナはぷんすかと頬を膨らませ抗議するが、杏は相手にしない。


 と、ちょうど正午の鐘が鳴り響く。


「……どうする、大輔?」

「時間が押しているわけではないし……ウィオリナはどうする?」

「うぅ。わたし、わたしは朝焼けの灰アブギの統括長官でそんな子供っぽいわけがない……」


 ウィオリナは聞いていなかった。


 確かにここ最近は、気が緩んでいた気がする。今まで学校なぞ殆ど行っていなかった反動もあるとは思うが、それでもはっちゃけ過ぎた気がする。


 でも楽しいし……


 ウィオリナは頭を抱える。


 杏は再び溜息を吐いた。頭を抱えて悩んでいるウィオリナの両頬を手で挟む。


「ウィオリナ、お腹が空いていないか?」

「……す、空いてます」


 ウィオリナの頬が少しだけ赤くなる。だって、杏の顔が凄く間近にあるから。


 杏はそれは美人さんだ。しかも、カッコいいほうの美人さんで、男装をすれば超一流のイケメンだ。


 透き通った蒼穹の瞳なんて、至近距離で見つめられれば誰だって心を奪われるだろう。


 大輔が溜息を吐く。


(……杏、いつか背中を刺されそうだよな……。今まであまり人と深く関わらなかったようだけど、抱えていた問題は解決したし、肩の力は抜くから余計でしょ。……にしても、周りの視線が……チッ)


 大輔は周囲を見渡して、面倒くさそうに顔を顰めた。


 つまるところ、


「なぁ、嬢ちゃんたち。暇? 俺と一緒にご飯でもどうだ? なぁ?」


 京都は観光地として有名だし、修学旅行としても多くの学生が来る。皆テンションが上がるため、バカなことに走るのだ。


 品性のない笑みを浮かべた男子高校生二人が杏とウィオリナに話しかける。その視線がどこに向いているかは明らかだし、何を考えているかも明白だ。


 体格が物凄く良く、風貌も言動も全くもって近づきたくないような高校生たちだ。


「……」

「……」


 もちろん杏たちは無視してその場を離れようとするが、


「いいじゃんよ」

「なぁ、一緒に遊ぼうぜ」

「ッ、離せっ!」

「離してですっ!」


 杏たちの手を掴む。杏たちは軽く抵抗するものの、強く出ない。


 別に嫌ではないわけではない。普通に嫌だ。ぞわぞわと鳥肌が立っているし、気持ち悪い。


 だが、相手は学生なのだ。投げ飛ばしたり、腹を殴りたいのだが、杏たちは制服を着ているし、面倒ごとを引き起こすのは文字通り面倒だ。相手方の高校に話が行き、先生方にも迷惑をかけるだろう。


 どうするべきか……と杏たちが勘案していたら、スマホを操作して傍観していた大輔が制服のポケットにスマホを仕舞い、こっちに来る。


「あの、離してくれませんか? 彼女たち、僕の連れで――」

「あん、引っ込んでろよ、眼鏡――」


 中身はなんであれ、大輔の容姿は中肉中背でほんわかな普通だ。より体格が大きく粗野な男子高校生が恫喝するように大輔に凄むが、


「離してって言ってるんだけど、聞こえないの?」

「「ッ!!!!!」」


 大輔がニッコリと笑った瞬間、顔を真っ青にして息を飲む。ダラダラと冷や汗を滝のごとく垂れ流し、ガタガタと震える。


「もう一度言うよ。離せ」

「「はひっ!!」」


 脱兎のごとく逃げていった。それはもう、悪魔や閻魔にあったかのように、酷く怯えた様子だった。


 威圧だ。殺気ともいう。


 大輔はピンポイントで威圧をし、その男子高校生たちに熊に襲われたほどの恐怖を与えたのだ。


 つまり、彼らにとって大輔は熊に見えたのだ。そんな感じだ。


「ったく、どこにでも湧くな、あの手の存在は。まぁ、学校も分かったし証拠捏造動画を送って……」


 苛立ちを含んだ溜息を吐いた大輔は、魔改造してあるスマホを取り出して先ほど撮った動画を少しだけ加工誇張し、制服から割り出した高校に匿名で送る。


 もちろん、一回だけではスルーされる可能性もあるため、幾つか視点に加工捏造した同じような動画を複数のIDを使って送信する。


(……いや、あの手の存在だと高校が動く可能性も少ないかも。よし、なら……)


 それから徹底的に色々と施した大輔は、困惑している杏とウィオリナに眉尻を下げて、目を伏せる。丸眼鏡が反射して、瞳を隠す。


「ごめん。直ぐに助けられなくて」

「あ、いや、あの程度の輩はどうでもいいんだ……」

「はいです。本当に大丈夫です……」


 何故か困惑している杏とウィオリナに、大輔が首を横に振る。


「嫌な思いをさせた。僕が最初から出ていればしなくていい思いをした」

「いや、だから問題ないと言っているだろ」

「はいです。ダイスケさんの行動も分かるですし」


 それでも大輔は納得いかない表情をしていたが、


「昼食がまだだろう。早く、行こう」

「そうです。産寧坂の奥にあるお店なんですよね? 楽しみです」


 杏とウィオリナに手を引かれて、大輔は足を進めた。本人も少しだけ困惑していた。


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