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二話 付き合っているのか?

 修学旅行初日。


 使い込まれたレトロな革のトランクケースを片手に持った直樹は、人込み溢れる地下を歩いていた。


「……新幹線か。初めて乗るな」


 竜の背中とか、浮遊島とか、空飛ぶ鯨の背中とか、あとトラックほどのカタツムリとか、山ほどの亀の背中とかには乗ったんだがな……としみじみ思い出す直樹は、軽やかな足取りで行き交う人々の合間を縫って歩く。


 制服を着て、革のバックパックにレトロな革のトランクケースを持つ直樹はそれなりに目立つが、しかしながら周りの人はだれも気にしない。まるで最初から直樹が見えていないようだ。


 “隠密隠蔽[薄没]”だ。ここ最近は意識的に発動しないようにしていたが、今日は発動しているらしい。


「お、あそこか」


 集合場所を見つけた直樹はトコトコとそこに近づく。


烏丸からすま先生」

「ッ!? セイッッ!」

「ちょっ!?」


 到着した生徒は担任に第一に知らせるように、と言われていたため直樹はそれに従ったまでなのだが、[薄没]の影響もあってか烏丸くるわは目を見開き、目の前に現れた直樹にローパンチをくりだす。


 しなやかに繰り出されたローパンチは鳩尾を的確に速く力強く狙っていたため、直樹も驚き慌てふためきながら飛びのく。


 ヒュッと音を立ててからる。プロボクサーも真っ青のローパンチだった。


 それに青ざめた直樹は、悲鳴を上げる。


「か、烏丸先生っ。殺す気ですかっ!?」

「す、すまん。驚いて、反射的にな」


 郭は申しわけなさそうに頭を下げた後、咳払いする。


「……佐藤が悪いのだぞ。私の前に立ったからな」

「背後じゃないんですから、前くらい許してください」

「冗談だ。本当にすまない。怪我はないか?」

「はい」


 修学旅行で外に出ているはずなのだが、郭の恰好は相変わらず野暮ったい。ダボッとしたパーカーだし、ズボンも地味だ。


 天パ気味のボサボサの黒髪に、少し明るい茶目。顔立ちは結構整っている。


 けれど、やはり野暮ったい印象を受ける。


 というか、何故か白衣を着ている。いつもは着てもいないのに……


 その視線に気が付いたのか、郭はああ、と頷き、


「ああ、外だからな。この格好だと目立つんだ。だから、生徒たちが私を見失いにくい」

「なるほど」


 いや、いつも通りでも普通に目立ちますよ、と思ったが言葉にしないでおく。そもそも郭が纏う雰囲気もはかなり独特なので、普段接している生徒が郭を見つけられないことはないだろう。


「それよりも、佐藤。背中のもそうだが、ずいぶんと洒落たトランクケースじゃないか。革で揃えるなんて……家族のか?」

「ああ、いえ。そういうものではないんですが……」

「そうなのか。ずいぶんと年季が入っていそうだが」

「まぁ、酷使はしましたね。それより、先生ってヤギが好きなんですか?」


 直樹は郭が来ているパーカーやズボン、白衣、あとは足元に置いてある旅行鞄を見やる。すべてどこかしらにヤギがプリントされていたり、刺繍されていたりする。


「ああ、まぁ、ちょっとしたお守りみたいなものだな。むしろヤギよりも鳩が好きだな」

「へぇ、そうなんですか」


 直樹は相槌を打つ。


 郭は脇に挟んでいた名簿帳を開き、直樹の名前を書き記す。


「血色もいいようだし、健康面も問題ないな。そういえば、鈴木はどうした? 一緒に来たのではないのか?」

「いえ、大輔は別の人――あ、来ました」

「……なるほど。罪な男だ」


 注目の的だ。


 ベリーショートの金髪に大きく美しい蒼穹の瞳。身長はそこらの男性よりも高く、プロポーションは抜群。豊かな双丘からくびれ、ヒップのラインは美しく、スラリと長い美脚がスカートから顔を覗かせる。


 顔立ちも仕草も美麗で、カッコいい。


 誰しもが目を奪われる美少女。杏。


 サイドテールに纏められた艶やかな茶髪に明るい眼差しの赤錆色の瞳。身長もそれなりに高く、男性の平均身長はあるだろう。出るところは出ていて、健康的で大き目のヒップから短めのスカートからのぞく太もものラインは、多くの男性が虜になるであろう。


 顔立ちは端正で、可愛らしい。


 こっちも誰しもが目を奪われる美少女。ウィオリナ。


 黒子の如くその後ろを歩く人外。頭のてっぺんからつま先まで、これぞ付き人と言わんばかりの所作が洗練されている。


 夜空の如く黒の長髪、どこまでも吸い込まれる黒の瞳、ビスクドールの如き美しい顔立ち。何もかもが黄金比と言わんばかりに整っている。


 冥土ギズィア


 そしてそんな彼女たちに囲まれている黒髪茶目の丸眼鏡の平凡な青年――大輔。背はちょうど杏の少し下。困ったように眉を八の字にしながらも、楽しそうに会話をしている。


 まぁ、つまるところ既に到着してクラスごとに並んで待機していた生徒たちはもちろん、行き交うサラリーマンや大学生等々の様々な人たちが多種多様な目でその集団を見ていた。


「付き合っているのか?」

「いえ。そうではないらしいですよ。まぁ、今後は分かりませんが」

「そうか。まぁ、最終的にどう転ぼうが本人たちの納得するところだし、私が関与するわけではないが……周囲の目とやらは考えた方がいいな。トラブルの元はなるべく潰しておくのが賢い生き方だ。佐藤から伝えてくれるか?」

「烏丸先生が伝えても大丈夫だと思いますが」

「まぁ、皆、それなりにできているからな。大人に何が分かるんだよっ、などといった子供じみた事は言わないだろうが、だからといって私が言うよりは佐藤が言った方がいいだろう。それなりの仲のようだしな」

「はぁ」


 見透かしたような瞳に直樹は何とも言えない表情をする。


 が、面倒だと思ったのか、その場を離れてクラスの男子列の最後尾に座った。目の前の男子生徒が直樹の座った時の音に驚き飛び上がっていたが、気にしない。


 直樹は懐から地獄の獄卒鬼が冷徹する漫画を取り出し、読む。修学旅行に漫画を持ってくるとはいい度胸である。


 と、半分くらい読み進めたところで騒がしくなる。


「いや、だからさ、冥土ギズィア。そんなに神社は回れないって」

「ですが、回らないといけません。創造主様マスターと杏様、ウィオリナ様で」

「いや、何でだよ。直樹と冥土ギズィアもいるでしょ?」

「私と副創造主様サブマスターは抜けます。ですよね」

てっ」


 急に頭を叩かれて、直樹は冥土ギズィアを睨む。が、冥土ギズィアは気にすることなく頷け、と目で訴える。


 少し思案した直樹は、


「まぁ、俺は抜けるよ。一人で回りたいところもあるしな。だが、冥土ギズィア。お前は一緒だ。こいつら三人でどうにかなると思うか?」


 冥土ギズィアに呆れたのか、こっちを向くことなく各々勝手にしている大輔と杏、ウィオリナを見やる。


 大輔はスマホを取り出してソシャゲをし、杏はお土産リストなのか、それが書かれたメモを確認している。ウィオリナは新しくできた友達の水崎穂乃果と大村なつと談義している。


「……確かに、奥手三人が集まったところで何も起こりませんか。副創造主様サブマスターもたまには役に立ちますね」

「たまにはってなんだよ。たまにはって。……まぁ面白おかしな事を見たいんだ。良い感じに頼むぞ。あ、だが、イザベラさんに不義理はするなよ」

「言われるまでもありません。それにこれはイザベラ様がおっしゃっていたことでもありますので」


 直樹は驚く。


「マジか? いつ?」

「決戦前夜にこっそり私に。不安だったのと、あとは創造主様マスター創造主様マスターですし。こういう事態は予想していたでしょう」

「だからといって、イザベラさんが自分で……姉の影響か? いや、そもそもで我慢する癖があるしな……仕方なくって感じもあり得る」

「確かに、消極的でしたし、願ってはいない様子でしたが、こういう場面になった場合は、と。……どちらにしろ、そこらへんは不平等にならないように私が調整しますのでご安心を」

「まぁ、お前がミスるとは思わないし、いっか。それに俺たちがいくら画策しようが、本人たちが拒めばそれまでだし」

「はい」


 淡々と頷いた冥土ギズィアから視線を外した直樹は、再び漫画を読むのに勤しむ。ちょうどハエの悪魔に仕えるヤギさんの話だったところもあり、この後の流れもいいんだよな、と感想を心の中で呟く。


 そんな様子を見やりながら、冥土ギズィアは内心嘆息する。


創造主様マスターよりも、むしろ副創造主様サブマスターの方がしっかりしなくては……。ヘレナ様とも話がついていませんし……)


 先日は杏たちには大輔が手強いなどと言ったが、そんな事よりも直樹の方だが問題ったりする。


 大輔は線引きをハッキリするかわり、一度懐に入れたらそれはもうキチンとする。


 だが、直樹は意外と曖昧な部分が多く、またヘレナもだが、雪やティーガンもそういう傾向がないわけではない。


(どうにも皆さま、近くに居れるなら何だっていい、という部分がありますし。当の本人はミラ様とノア様に……難しい)


 残り百体の妹と思考を連結し、スパコンが自失呆然して引きこもってしまう程の演算能力でこれからの事をシミュレーションしながら、冥土ギズィアは溜息を吐いた。


 人間らしかった。



 Φ



 新幹線に乗り、無事、京都に着いた直樹たち一行はバスにのる。バスガイドの女性が京都の街並みや歴史を紹介し、クラスメイトたちが聞き入る。キチンと聞くなんて、良い子たち。


 そうして最初の目的地、龍安寺りょうあんじの近くにたどり着く。混雑を避けるためか、他のクラスは違う観光地に行っている。


 バスガイドの女性の案内に従って、観光を始める。


「ここ、鏡容池きょうようち境内けいだいの半分を占めており、平安時代には貴族たちが舟を浮かべて歌などを楽しんだと言われています。奥には弁天島という島があり、昔、かの有名な豊臣秀吉が、『この池に霊力を感じる』といって、七福神の一人、弁財天を祀ったのが起源となっていたりします――」


 基本は一般的な観光の述べながら、それでも京都出身らしい地元ならではのエピソードを交えた案内を聞きながら、足をすすめる。


 龍安寺に入る。


「ここが世界的に有名な庭園の方丈庭園、通称石庭です。この石庭は枯山水と呼ばれるつくりをしていて――」


 各々縁側に立ったり、座ったりしながら石庭を眺める。もちろん、飽きっぽいのが高校生。半数近くはあっちこっちに視線をさまよわせたり、写真を撮っていたりする。


 その中、他の観光客にも視線を集める存在がいた。


 もちろん、大輔たちだ。


「……なるほど。確かにどこから見ても一つ欠けて見える」

「そういえば、私たちの本部もこんなつくりをしてます。錯覚を利用した構造でして……」

「へぇ、面白い。今度、僕も取り入れようかな……」


 縁側に座り、雑談する大輔たちと、無言でその三人の写真を撮りまくる冥土ギズィア


 思わず、バスガイドの女性が言葉に詰まるが、必死にこらえる。


 と、


「あの」

「ひゃいっ!」


 突然後ろから話しかけられて、バスガイドの女性は飛び上がる。


 もちろん、直樹だ。あれ、しっかり[薄没]切ってたんだがな……と、首を傾げつつ、ガクガクと足を震わせるバスガイドの女性を支える。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です。それで何か……」

「龍安寺は出ないんで、少し周りを回ってきてもいいですか?」

「ええっと、それは私ではなく担任の……あれ、いませんね。……分かりました、問題ありませんよ」

「ありがとうございます」


 そう言って直樹は周囲を探索しにいった。それを皮切りに、他の生徒たちも各々勝手に動き回るようになる。


 もちろん、高校生のため勝手に龍安寺の外に出ようとする生徒もいて、


「仕方ない。連れ戻すとするか」

「わたしは多田さんたちが行った方に行くです」

「では、私は結賀さんたちを連れ戻してきます」

「す、すみません。お願いします」


 杏とウィオリナ、冥土ギズィアがそういう生徒を連れ戻しに行った。


 そうして、最後の生徒を連れ戻した冥土ギズィアが龍安寺に戻ろうとした時、


「は――だから私はにん――いや、だから――じゃなくて修学旅行――たちの監督で来てるだ。そっちに――はぁっ!? 何で、ハエレ―――がっ!?」


 行方不明だった郭の声が龍安寺の裏から聞こえた。だれかと通話しているようだ。


(はて、何かトラブルでしょうか?)


 気になった冥土ギズィアは気配などを消して近づき、盗み聞きをする。語気の強さに反して、郭は小声だったので、聴覚機能を増強する。


「……分かった、分かった。できる限り合間あいま時間を見つけて探す。これでいいか? は? 今すぐっ? だから無理だって言ってるだろうがっ! 私の仕事はあくまで教師だっ! 今日は生徒たちの一生に一度の行事だっ! 私の監督不行きで生徒たちに悲しい思いをさせるわけには……」


 郭はボサボサ頭を掻く。さらにボサボサになる。


「ああ、分かった、分かった。オリブを指定するっ! 後はそちらでやれ!」


 「ったく、こんな時に電話してくるなっ」と悪態を吐きながら、郭は電話を切る。


「生徒たちが心配だ。早く戻らなくては」


 そう呟き、郭は慌てたように冥土ギズィアの方へ向かってくる。


 冥土ギズィアは慌てて影に建物の影に隠れ、光学迷彩など様々な隠形をマックスに発動してやり過ごす。


 そして郭が消えたのを見計らって、隠形を解いた。


「……個人的なものでしょうか。でも、どこから? まぁ、郭様が生徒想いなのは分かりましたが……」


 冥土ギズィア黒羽根ヴィールを一枚、取り出す。


異界魔術結社ハエレシス。確かにそう言っていたはずです」


 その黒羽根ヴィールに透明化や気配隠形など、大輔にも見つからない施しをした後、皆が待っている場所に戻った。


 こっそりと郭の影に黒羽根ヴィールを潜り込ませた。文字通り、影の中に入れたのだ。


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