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一話 百年経って教祖と神が死んでいるなら話は聞くぞ?

 死を彷彿ほうふつとさせる黒の灰。吹雪く。舞い散る。殺す。


 生物の大多数が足を踏み入れただけで消し飛ぶそこに、立派な宮殿があった。


 絢爛豪華。金銀宝石はもちろん、この世のあらゆる絵画、壁画、銅像、石造などの美術品。書物。技巧。


 あらゆる頂点がその宮殿に納まっていた。


 その最奥。


 最も禍々しい雰囲気を放つそこで、玉座に座る男がいた。あらゆる富をその身に宿した男の両手には背徳的なまでに美しく、それでいて奇怪なものたちがいた。


「×××陛下。例の計画は第三――」

「長い」

「カハッ」


 男は自らにひざまく人型の異形ゴミを蹴り飛ばす。ついでに、弄んでいたものたちをさらに弄びながら、嗤う。


「で?」

「侵略は間もなくなります」

「そうか、そうか。ハハハハッ! ようやくか。数千年。数千年我慢して、ようやくっ、オレ様がついにっ!」


 立ち上がった男は哄笑こうしょうする。


 と、跪いていた人型の異形ゴミが僅かに顔をしかめた。それから恐る恐る申し上げる。


「……×××陛下。一つだけお伝えしたい事が」

「あぁん? 今、オレ様は物凄く気分が良い。だから、分かるよなぁ?」


 言外に気分を悪くするな、と言う。


 人型の異形ゴミは冷や汗をドバドバ流しながら、それでも頷く。そこには、狂気にも近い忠誠心があった。


「もちろんでございます。ですが、それでも×××陛下に……」

「……チッ。仕方ない。で、なんだ、モノ・・未満?」


 興覚めだと言わんばかりにドカリと玉座に座りなおし、頬杖をついた男は、冷徹な瞳で人型の異形ゴミを見下ろす。


「×××××××様が――」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「×、×××陛下。落ち着いてくだされっ。計画に支障はありませんっ。ですが、他の王たちも動いている。それだけをっ!」


 立派な溜息に、人型の異形ゴミが慌てる。


 男は苛立ちを抱きながら、左の三本目の指に着けていた宝石を撫でた。


「×××……陛下」


 黄金がでた。人型の異形ゴミは潰され、殺された。


「ったく。孕み産み増やす事にしか脳がないおんなが出しゃばりやがって」

「あら、今のは聞かなかったことにして上げるわよ?」

「……する必要はない。お前はそういう存在だ」


 男の前に×××××××が現れた。


 母だ。そう、誰しもが錯覚する要素を持ち合わせていながら、そこから流れる水は甘美ではない。優しさなどない。


 追い詰め殺す、水。幻覚を見せる水。押しつぶす水。


 されど、豊かさだけは誰にも負けない。


「まぁ、いいわ。それより独り占めは駄目よ、×××ちゃん。×××××ちゃんや×××××ちゃんも動いてるわ。あ、×××ちゃんの手先は全て潰れたから、私が代わりに進めておいたわ」

「……」

「みんなで平等にわけないと。ね?」

「……チッ。どうせ歩く不義誘発器以外、全員浮足立っているってわけか」


 ×××は苦々しく顔を顰め、それから玉座を立った。


「白けた。例のあれでも準備する」

「そう。×××ちゃんはイチゴを最初に食べるのね」

「お前の頭はスポンジだけだろ」

「あら、クリームも詰まってるわよ」

「なら、所詮獣でしかない。知恵は詰まっていないな」

「フルーツは別腹なのよ」


 そして、×××も×××××××も消えた。女たちは×××と一緒に消えた。


 残ったのは死の残骸だけだった。



 Φ



「意外に長いな」


 まだ朝日は昇っていない。


 藍色のヴェールが空を覆い、星々は僅かに煌めきを失いはじめ、月は既に沈んでいる。


 一番暗い時間よる、つまり夜明け前。


 うっすらともやが覆い隠す道を迷いのない足取りで進む青年――直樹は、かれこれ一時間近く歩いたためか、少しだけ疲れたようにこぼす。


 宿から、伏見稲荷大社へ、そこから道なりに歩き続けているのだ。その道程を一時間近くで済ませた直樹の健脚は言うまでもない。通常では三時間以上かかるだろうに。


「お」


 と、直樹は懐からスマホを取り出し、少し立ち止まっては小さな社を撮る。それから軽く頭を下げ、近くのひと際幹が太い樹にじっと見つめる。


「……残滓か。まぁ簡易とはいえ、過越しの結界を展開してるしな。本体と出会うことはないか。にしても精霊か。神がいるんだし不思議ではないが……あ、だが、ミラたちは日本の伝承に興味があるからな……知り合った方がいいか?」


 首を傾げながら、「まぁ、後でいいか」と呟いた直樹はフッと頬を緩め、先へと足を進める。


「っというか、冥土ギズィア黒羽根ヴィールが鬱陶しい。くか」


 グッと両足に力を入れ、天狗も真っ青になるほどの身軽さを持って、道を駆ける。冥土ギズィアも諦めたのか、追いかけてこなくなった。


 今日は修学旅行二日目。班の自由行動の日である。


 そして直樹はせっかく西日本に来たということで、一人で色々な観光名所を下見しようとしていた。


 というのも、あと一週間後にはミラとノア、それにヘレナが地球に来る。なので、だったらいつか旅行をするだろうという発想に至り、ならば下見をしようとなった。


 なんというか、先走りすぎというか。


 どっちにしろ、同じ班は大輔と杏、ウィオリナ、冥土ギズィアであり、自分は邪魔だろうということで抜けることは確定していたので、まぁそのついででもある。


「う~ん。この道は結構時間を食うな。千本鳥居の先って何があるのか気になったが……アップダウンもそれなりにあるな」


 所感を確かめながら、直樹は空を見上げる。


 空は少し白み始め、きりとも呼べない朝のもやが煌めき始める。反射して、淡く柔らかくその道中を照らしていく。


 直樹は味のある石材の階段を軽快な足取りで昇る。天狗の如き身軽さだ。


「お、開けたな」


 と、周りよりも高く、少し開けた場所にたどり着いた。


 不幸にも、開けている方面は西側のため太陽は見えないが、もやが朝日に煌めき、伸びた影によってハッキリと暗くなった街並みを一望できるそこは、案外幻想的だった。


 明暗が分かれていて朝日が見えないからこそ、これはこれで味がある。


「夕方に来たら、それなりに楽しめそうだが……それよりも朝の方が意外性があっていいな」


 ポツリと直樹がそう呟く。スマホをかざし、写真を撮る。大輔もだが、直樹は、写真を撮るのがそれなりに好きなのだ。異世界でもよく撮っていた。


 ただ、見返すことはそう多くない。ミラとノアの写真くらいだ。大抵はスマホのロック画面等でランダムに流すだけ。


 写真を撮る。行為自体が一瞬一瞬を大切にする想いの現われに近かったりするだけなのだ。


 まぁ、本人にその自覚があるかどうかは置いておいて……


 写真を撮り終わった直樹は、欠伸をする。


「ラーメン、美味かったな。まぁ、そのせいであまり寝れなかったが……烏丸先生も今時珍しい先生だよな……」


 昨日の深夜に食べたラーメンの味を思い出しながら、直樹は思案する。「……で、どうするか。朝食は……ホテルに戻るか? 一応、大輔には出ていくと伝えたし、いなかったらいなかったらで、誤魔化してはくれるだろう。……勘を頼りに美味しそうな店を探すか? いや、だがな。旅館の朝飯を楽しむのも……」


 緩やかにそして鮮やかに変化していく街の影を展望しながら、思案する。


 すると、ザッ、ザッと足音が聞こえ始めた。階段を昇る足音だ。


(旅行客……いや、住人か? まぁ、ハイキングコースらしいし、朝の散歩で来る人もいるのだろう)


 この場所を独り占めできなくなるのは少し残念だが、気にしなければ良いことだ。直樹は思考を切り替え、今後の予定について思考を巡らせる。


 と、


「修学旅行か何かでいらした学生の方ですか?」

「ッ」


 後ろから話しかけられた。


 直樹は思わず飛び上がり、バッと後ろを向く。


 確かに気にしないと決めた。そこまで意識を割いていなかった。が、それでも周囲の人の動きは無意識的に把握する。それが直樹だ。


 なのに、声を掛けられるまで、背後にいることに気が付かなった。


 いや、その前に先ほど聞こえた足音ではまだ遠く。こんな直ぐに背後まで移動した?


 直樹は警戒しながら、顔を上げ、目の前の存在に目を向ける。


「……確かにそうだが、何か?」

「いえ、この時期は夕方近くでよく見かけるのですが、朝方見かけたのは初めてでして……」

「まぁ、早朝にこんな場所へ出歩く学生も少ないだろう」

「ええ」


 そこにいたのは着物姿の美少女。直樹よりも幾分は背は低い。歳も下だろう。だが、楚々とした物腰で、大人と言われても納得してしまいそうなほど静謐としている。


 簪で纏められた黒髪は夜空のヴェールのように美しく、その黒き瞳は泉のごとく透き通っていた。


 清廉で、十人いれば十人が見ほれるほどの美しさがあった。


 まぁ、人を自称する人ならざる感性の持ち主である直樹に、それが当てはなるかというと、別だが。


 それに美人は見慣れているのだ。


(……朝と夕方にここを散歩しているどこぞのお嬢様か? まぁいい……いや、まて、この雰囲気、どこかで……)


 直樹は警戒する。


 が、それよりも先にここを離れるのが得策だと感じ、踵を返そうとする。


 けれどその前に、


「ところで、貴方様は神を信じますか?」


 凛ッと鈴が響いたと思うほど澄んだ声音に呼び止められる。


 直樹は不快感を露わにし、少女に言葉を吐き捨てる。


「新興宗教のお誘いか? 百年経って教祖と神が死んでいるなら話は聞くぞ?」

「それはつまり、神を知っているので?」

「何故つまりになったかは分からんが、ああ、十分にな。引きこもりのボッチとポンコツのお人好しだ」


 冗談をいう様にそう返しながら、はた迷惑な騒ぎに巻き込まれ異世界に召喚された直樹は、今すぐにこの場を離れる体勢を整える。


 嫌な予感がするのだ。異世界で培ってきた経験が最大級のアラームを鳴らすのだ。


「なるほど、分かりました。では、もう一つだけ質問をよろしいでしょうか?」

「結構だ。失礼――」

「力とはなんでしょうか?」


 やはりというべきか。少女の言葉には一種の魔力がある。人を、いやあらゆる生物を惹きつける魅力が。


 直樹をして足を止めてしまうのだ。


 だからこそ、直樹は嗤う。


「そういうお年頃なのか? だが、一つ言わせてもらえば、力は特別なものじゃねぇよ。憧れるもんでもない。ひたむきに歩いたやつが身に着けたもんだ」

「……なるほど、なるほど。分かりました」


 そう少女の呟きを聞きながら、直樹は足早にその場を去ろうとする。


 一歩、二歩……十歩。足を進め、立ち止まった。


コケッ


 鶏が目の前を歩いていて、


「まずっ!」


 朝日の光に直樹は包み込まれ、消え去った。いつの間にか少女もまた、消え去っていた。



 Φ



 そして、


「まだ、始まり。任せる事しかできない自分が情けないけど、それでも頼むよ」


 大皇おおすめ日女ひめが祷るように全てを見渡していた。


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