「助力じゃと?」
ティーガンは胡乱な瞳を目の前の
しかし、血界へ逃げ込むことすらままならないほどこの空間は異様だった。
いや、そもそもの話。この場所にいるだけで、自然と闘争心や警戒心そのものが削がれているのだ。
現に後ろでかばっている雪や杏、ウィオリナは警戒する様子もなく、ただただ困惑している。最初は警戒していたのだが、それが自然と消えたのだ。
「そう警戒しなくていい。西洋の鬼姫」
「動くなっ。妾たちに一歩でも近づくなっ!」
「そう怖がらなくていい」
それがあまりにも泰然としていて。あまりにも自然すぎて。ティーガンは思わず構えていた日傘を下げそうになる。
けれど直ぐに息を飲み、自らの舌を噛みちぎり、痛覚を
「動くなと言ったじゃろうてっ!!」
無数の血の刃を
けれど、
「無理をしなくていい」
その一言で血の刃は消え去り、ティーガンはその場で崩れ落ちる。
足に力を入れて立ち上がろうにも、体が動かないのだ。膨大な血力をもちながら、それを操ることもできずただの重石となっている。
それでもティーガンは必死の形相で立ち上がろうとする。日傘を地面に突き刺し、ゆっくりゆっくりと。
されど、それでもやはり。
「もう一度言う。無理をしなくていい」
ティーガンは倒れてしまった。
「うご……いてっ!」
「う……ごけっ!」
「やめ……ろですっ!」
警戒心や闘争心、あらゆる活力を削がれ困惑していた雪たちは、しかし心の奥底で爆発した怒りで一瞬だけ自身を取り戻し、
「……驚いた。君たちはその域にまでいるのか」
「カッ」
「クッ」
「ぁッ」
温かな陽の光が放たれたかと思うと、雪たちがその場で倒れ込む。
「結局手荒な真似をしてしまったか。すまない」
「……やっぱり。君は無理をしすぎだ。器に対して中の
緋色の瞳で呻くティーガンを観察した
そして片手をティーガンにかざし、
「少し痛むけど、我慢して」
陽光でティーガンを包む。
「ガッ。ああっ! ア゛ア゛ア゛ッッッッッッ!!!」
「大丈夫。大丈夫。ゆっくり、ゆっくり受け入れて」
ティーガンが悲痛に叫ぶ。苦しむようにもがき、手足をバタバタとさせる。
それは全てを包み込む母の如く柔らかく優しく。
「……ぁぁ」
陽光に包まれたティーガンはやがて落ち着く。それどころか、スースーと寝息を立てる。
「……うん。上手くいった」
満足したように頷いた
「種は……最後でいいか」
少し思案した
「君は……まずは寄生虫を殺さなくちゃ」
そう言った
すると、雪の胸元から幾つもの影の手が折り重なった球体が現れる。
「……助けられなくてごめんね」
悲しそうに悔しそうに、目を伏せた
「……かえ……せ。わたし……が
意識を取り戻した雪が、そう掠れた声で叫ぶ。動かない両手を必死にのばし、影の手が折り重なった球体を掴もうとする。
けれど、そこで気力が尽きたのか。ガクリっと気を失った。
「……うん。君になら彼女たちを祓える」
そう言った
「そのためにも寄生虫は除去しておかないと」
グイッと影の手が折り重なった球体に突っ込んだ片手を引っこ抜く。その手には小さな闇の蜘蛛がいた。
蜘蛛は潰れ、闇の煙が立ち上るが、
「燃えろ」
神聖な炎がその闇の煙すらも巻き込んで潰れた蜘蛛の死体を燃やしつくした。消滅させた。
「……これで
そう言いながら
「さて、君はどうするか。彼女たちの事もあるし……そういえば想いを司るんだったか。……君は悩むのか。その矛盾に。混沌に……そういえば骨董品があったな」
ブツブツと呟いた
するとそこには、
「受け継いだはいいものの使う機会は早々なかったからな。まぁ孫が突き刺そうとした際には止めたが」
シンプルな矛があった。
「矛……使いづらいな。そういえば君は肉弾戦をするんだったか。なら――」
思案した
桜の花びらの
「よし。上出来だ」
納得いったように頷いた
そして創った桜の花びらの
それから
倒れ込む杏を仰向けにし、その頭を膝にのせる。
「君は私と相性がいいからね」
たわわな胸に手をかざし、深紅の宝珠――
いや、注ぎ込む。
やがて深紅の
そして深紅の
小さな純白の炎。優しく柔らかく、それでいて力強く灯されていた。
それがゆっくりと杏の胸元へと吸い込まれる。
「……ちょっと入れすぎた。まぁいいか」
後で怒られないかな……と冷や汗をかきつつ、
最後にウィオリナを膝にのせる。
「君は……むつかしいね。ティーガンと契約している部分もあるし、それなりに相性はいいけど……そうだ」
「多少の強化なら、
そう呟き、ウィオリナの目を陽光で包む。少しして、陽光を消す。
「あ、こんな適性があったのか。今までの
と、
「じゃあ、これもいけるかな」
そして
「よし。少し時間はかかるけどだいじょ……あ、やばい。血を入れすぎた。カガミちゃんがいるのに、この子にも……ま、まぁ。大丈夫。気づかれないし、問題い。降りるのはどうせカガミちゃんだけだし。うん」
汗々と慌てた
そうして数時間後。
「おはよう」
「「「「ッ」」」」
雪たち全員は仲良く一斉に目を覚まし、バッと起き上がり、直ぐ近くの木にもたれかかって読書をしていた
ベッドから降りようとするが、
「ああ、まだ足は動かないと思うから」
下半身が上手に動かせない。
「じゃあ、時間がないから手短に行くね」
そう言い、本を懐にしまいながら立ち上がった
すると、雪たちの目の前に光り輝く一枚の葉が現れた。
そしてそれは有無を言わさず、それぞれ雪たちへ吸い込まれた。
「何をしたんですかっ!」
雪が叫ぶ。
けれど、杏もウィオリナ、ティーガンも無言だ。何かを感じ取っているが故に。
そしてティーガンが尋ねる。
「妾たちをどうするつもりじゃ」
「応援するつもり。後は、ちょっと利用させてもらう」
「私自身はここから出られない。君たちが会ったのは、ただの人形だ」
ザザザァーと草木が揺れる。
「私たちがここに籠ってから半世紀以上。力もだいぶ削がれている。今日ので百年、いや最近の信仰や我よしの願いがたたっているのも鑑みれば、千年近く消費したか。昔から助けてくれる子たちもいるけど、正直彼らだけじゃ心もとない。特にこれからは」
厳かで優しい瞳を浮かべた
「まぁだから、選択肢を増やそうと思ってる。人の子たちの地を守るために」
それから
「あと、一か月後の宴会での肴も欲しくてね。君たちの恋路――あ、まだティーガンとウィオリナはどうだろ? っどっちにしろ、私は君たちのファンなんだ。だからその恋の応援をと」
フフッと笑う。雪や杏は頬をほんのり赤くし、ティーガンは少し釈然としない表情を浮かべ、ウィオリナは首を傾げる。
と、雪たちがゆっくりと陽光に包まれていく。
「あ、時間がない。じゃあ、最後に。
そしてその言葉を最後に、雪たちは陽光に包まれて――
「――ぞちっ!」
「――てください!」
――元の世界に戻った。
ファミレスの席に座っていて、一秒も時間が過ぎていなかった。
Φ
「……もうよいか」
「交渉はいいのか?」
直樹と大輔、それから数々の動物たちを光の鎖で拘束した翔は、対峙していたヨドコヒツゲナガサキに尋ねた。
「もう用は済んだ」
「あっそ。でも帰しはしないよ。目的は話してもらわなく――」
と、翔が無数の光の鎖を舞わせ、ヨドコヒツゲナガサキを拘束しようとした瞬間、
「部下が世話になった」
「ッ!」
緋色の瞳の少女――
「チィッ!」
「争いに来たわけではない」
“空転眼”を発動して、
いや、すり抜ける。
空ぶった直樹がその場を飛びのく。同時に、隣に大輔が立つ。
「幻影だよ。本体はここにいない」
「チッ」
舌打ちした直樹は翔をチラリと見る。翔は頷く。
「それで何しに来たんだ? かまってちゃん」
「僕らはアナタのために踊ったりするつもりはないが。そこのヨドコヒツゲナガサキさんがいれば、キチンと朝は迎えられるだろうし」
大輔が本体の居場所を特定するまでの時間を稼ぐ。
「……あれは間違って伝わった話。実際は末弟が長弟のために、私を閉じ込めて長弟の世界を創ったの。ただ、ちょうど仕事続きだった私は疲れてずっと寝ていただけ。コイツの鳴き声がいい目覚ましになったのは確かだけど、かまってちゃんではない」
直樹が「本物なのか」と呟いた後、わざとらしく呆れた表情をする。
「どこの世界でも女神はポンコツなのかよ」
「私はポンコツではない。C言語だって操れる。スマホだって創れるし、気が利く素晴らしい女性だ」
「……それ、自分でいうか? っつか、なんでIT系ができるからってポンコツでないと言い張るんだ……」
「過去にそれ系でポンコツだって言われたからでは?」
直樹が明らかにポンコツの言い分じゃねぇか、と呟く。翔が推測する。
と、
「絡繰師の青年。その瞳では私は探すことはできないよ」
「ッ!」
緋色の瞳を向けられ、大輔が息を飲む。
それに気にすることなく、
「神
「……」
「後、狭間に落ちたせいで神蝕みの娘との繋がりが少し不安定になっていたから、直しておいた」
「なっ、それはどういう――」
翔は驚き叫ぶが、大輔と直樹を見やる。
「絡繰師の青年。後は、呪福を克服した青年。虚の絡繰女中はいま、
そして、
「では、またいずれ」
消えた。万近くいた動物たちもヨドコヒツゲナガサキも
まるで、最初から存在していなかったかのように。
拡張されていた空間は元通りになり、いつの間にか通常のリビングに戻っていた。
「大輔」
「無理。見当たらない」
「……たぶん、僕らでは知覚すらできない領域にいるんだ。一度、エクスィナがそんな事を言っていた」
「……神性領域だったけ」
「ああ」
翔が頷いた。
大輔が溜息を吐く。
「まぁ、今日のところは帰るよ。夕飯もあるし」
「待て。まず、白桃たちの方に何かあったか聞いて――」
と、直樹がそう言ったとき。
「