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七話 祷りは縋ることではない

「助力じゃと?」


 ティーガンは胡乱な瞳を目の前の大皇おおすめ日女ひめに向ける。されど、その間にも間断なく周囲を観察し、解析し、この場から脱出しようとする。


 しかし、血界へ逃げ込むことすらままならないほどこの空間は異様だった。


 いや、そもそもの話。この場所にいるだけで、自然と闘争心や警戒心そのものが削がれているのだ。


 現に後ろでかばっている雪や杏、ウィオリナは警戒する様子もなく、ただただ困惑している。最初は警戒していたのだが、それが自然と消えたのだ。


「そう警戒しなくていい。西洋の鬼姫」

「動くなっ。妾たちに一歩でも近づくなっ!」

「そう怖がらなくていい」


 大皇おおすめ日女ひめはしゃなりしゃなりと地面を踏みしめ、ティーガンに近づく。


 それがあまりにも泰然としていて。あまりにも自然すぎて。ティーガンは思わず構えていた日傘を下げそうになる。


 けれど直ぐに息を飲み、自らの舌を噛みちぎり、痛覚を操作アンプして闘争心を保つ。そのまま、覇気を迸らせ、


「動くなと言ったじゃろうてっ!!」


 無数の血の刃を大皇おおすめ日女ひめに向かって射出し、自らも突撃する。


 けれど、


「無理をしなくていい」


 その一言で血の刃は消え去り、ティーガンはその場で崩れ落ちる。


 足に力を入れて立ち上がろうにも、体が動かないのだ。膨大な血力をもちながら、それを操ることもできずただの重石となっている。


 それでもティーガンは必死の形相で立ち上がろうとする。日傘を地面に突き刺し、ゆっくりゆっくりと。


 されど、それでもやはり。


「もう一度言う。無理をしなくていい」


 ティーガンは倒れてしまった。大皇おおすめ日女ひめが倒れ込んだティーガンの前に立つ。


「うご……いてっ!」

「う……ごけっ!」

「やめ……ろですっ!」


 警戒心や闘争心、あらゆる活力を削がれ困惑していた雪たちは、しかし心の奥底で爆発した怒りで一瞬だけ自身を取り戻し、大皇おおすめ日女ひめにとびかかる。


「……驚いた。君たちはその域にまでいるのか」


 大皇おおすめ日女ひめは驚く。驚きながらも、片手をとびかかる雪たちにかざす。


「カッ」

「クッ」

「ぁッ」


 温かな陽の光が放たれたかと思うと、雪たちがその場で倒れ込む。


「結局手荒な真似をしてしまったか。すまない」


 大皇おおすめ日女ひめは本当にすまなそうにそう言い、しゃがむ。倒れ込むティーガンの頭を触る。


「……やっぱり。君は無理をしすぎだ。器に対して中のが薄すぎる。これでは十全うつわを発揮できない。しかも直近でおかしな力の使い方をしたね。器がきしんでる」


 緋色の瞳で呻くティーガンを観察した大皇おおすめ日女ひめは、その場で座り、ティーガンの頭を自らの膝の上にのせる。


 そして片手をティーガンにかざし、


「少し痛むけど、我慢して」


 陽光でティーガンを包む。


「ガッ。ああっ! ア゛ア゛ア゛ッッッッッッ!!!」

「大丈夫。大丈夫。ゆっくり、ゆっくり受け入れて」


 ティーガンが悲痛に叫ぶ。苦しむようにもがき、手足をバタバタとさせる。


 大皇おおすめ日女ひめはそんなティーガンを落ち着かせるように、もう片方の手でゆっくりゆっくり頭を撫でる。 


 それは全てを包み込む母の如く柔らかく優しく。


「……ぁぁ」


 陽光に包まれたティーガンはやがて落ち着く。それどころか、スースーと寝息を立てる。


「……うん。上手くいった」


 満足したように頷いた大皇おおすめ日女ひめは、どこからともなく五人程度が川の字で寝れる大きなベッドを召喚し、眠っているティーガンをそこに寝かせる。


「種は……最後でいいか」


 少し思案した大皇おおすめ日女ひめは、次にうつ伏せに倒れ込んでいる雪に近づく。


「君は……まずは寄生虫を殺さなくちゃ」


 そう言った大皇おおすめ日女ひめはうつ伏せの雪を仰向けにする。それから、胸に片手を当てる。陽光を迸らせる。


 すると、雪の胸元から幾つもの影の手が折り重なった球体が現れる。


「……助けられなくてごめんね」


 悲しそうに悔しそうに、目を伏せた大皇おおすめ日女ひめはその影の手が折り重なった球体に手をかざそうとしたその時、


「……かえ……せ。わたし……がうけついうばっ…………おもいかげですっ」


 意識を取り戻した雪が、そう掠れた声で叫ぶ。動かない両手を必死にのばし、影の手が折り重なった球体を掴もうとする。


 けれど、そこで気力が尽きたのか。ガクリっと気を失った。


「……うん。君になら彼女たちを祓える」


 そう言った大皇おおすめ日女ひめは、再度影の手が折り重なった球体に片手を突っ込む。


「そのためにも寄生虫は除去しておかないと」


 グイッと影の手が折り重なった球体に突っ込んだ片手を引っこ抜く。その手には小さな闇の蜘蛛がいた。


 大皇おおすめ日女ひめはそれを握りつぶした。


 蜘蛛は潰れ、闇の煙が立ち上るが、


「燃えろ」


 神聖な炎がその闇の煙すらも巻き込んで潰れた蜘蛛の死体を燃やしつくした。消滅させた。


「……これで貪婪どんらんの寄生虫は最後か」


 そう言いながら大皇おおすめ日女ひめは影の手が折り重なった球体を陽光で包む。そして雪の胸元に押し込んだ。消えた。


「さて、君はどうするか。彼女たちの事もあるし……そういえば想いを司るんだったか。……君は悩むのか。その矛盾に。混沌に……そういえば骨董品があったな」


 ブツブツと呟いた大皇おおすめ日女ひめは思いついたかのように顔を上げる。フィンガースナップをする。


 するとそこには、


「受け継いだはいいものの使う機会は早々なかったからな。まぁ孫が突き刺そうとした際には止めたが」


 シンプルな矛があった。


「矛……使いづらいな。そういえば君は肉弾戦をするんだったか。なら――」


 思案した大皇おおすめ日女ひめはそのシンプルの矛をおもむろに掴むと、両手で握りつぶす。ただの金属塊にしたかと思うと、粘土のように捏ねる。


 桜の花びらの拳鍔メリケンを創る。


「よし。上出来だ」


 納得いったように頷いた大皇おおすめ日女ひめは、雪の胸元に手をかざし、薄桃色の宝珠――対混沌の妄執魔法外装ハンディアントを取り出す。


 そして創った桜の花びらの拳鍔メリケン対混沌の妄執魔法外装ハンディアントに押し付けると、その拳鍔メリケン対混沌の妄執魔法外装ハンディアントに溶けるように吸い込まれた。


 それから対混沌の妄執魔法外装ハンディアントを再び雪に戻した大皇おおすめ日女ひめは、雪を背負ってティーガンの隣に寝かせる。


 倒れ込む杏を仰向けにし、その頭を膝にのせる。


「君は私と相性がいいからね」


 たわわな胸に手をかざし、深紅の宝珠――対混沌の妄執魔法外装ハンディアントを取り出す。取り出した対混沌の妄執魔法外装ハンディアントを陽光で包み込む。


 いや、注ぎ込む。


 やがて深紅の対混沌の妄執魔法外装ハンディアントは光り輝きだす。それどころか、神聖な炎に包まれる。


 そして深紅の対混沌の妄執魔法外装ハンディアントは、変成した。


 小さな純白の炎。優しく柔らかく、それでいて力強く灯されていた。


 それがゆっくりと杏の胸元へと吸い込まれる。


「……ちょっと入れすぎた。まぁいいか」


 後で怒られないかな……と冷や汗をかきつつ、大皇おおすめ日女ひめは杏を背負い、ベッドに寝かす。


 最後にウィオリナを膝にのせる。


「君は……むつかしいね。ティーガンと契約している部分もあるし、それなりに相性はいいけど……そうだ」


 大皇おおすめ日女ひめは片手で自身の目を隠し、もう片方の手でウィオリナの目のあたりに手を当てる。


「多少の強化なら、神籬ひもろぎにはならないと思うし」


 そう呟き、ウィオリナの目を陽光で包む。少しして、陽光を消す。


「あ、こんな適性があったのか。今までの結晶努力の証かな」


 と、大皇おおすめ日女ひめは驚いたかのように目を見開き、優しくウィオリナの髪の毛の撫でる。


「じゃあ、これもいけるかな」


 そして大皇おおすめ日女ひめは自身の指を噛み、ウィオリナの口の上に置く。血が流れ、ウィオリナの中へと入っていく。


「よし。少し時間はかかるけどだいじょ……あ、やばい。血を入れすぎた。カガミちゃんがいるのに、この子にも……ま、まぁ。大丈夫。気づかれないし、問題い。降りるのはどうせカガミちゃんだけだし。うん」


 汗々と慌てた大皇おおすめ日女ひめは無理やり自分を納得させ、ウィオリナもベッドに寝かせる。


 そうして数時間後。


「おはよう」

「「「「ッ」」」」


 雪たち全員は仲良く一斉に目を覚まし、バッと起き上がり、直ぐ近くの木にもたれかかって読書をしていた大皇おおすめ日女ひめを睨む。


 ベッドから降りようとするが、


「ああ、まだ足は動かないと思うから」


 下半身が上手に動かせない。


「じゃあ、時間がないから手短に行くね」


 そう言い、本を懐にしまいながら立ち上がった大皇おおすめ日女ひめは、フィンガースナップをする。


 すると、雪たちの目の前に光り輝く一枚の葉が現れた。


 そしてそれは有無を言わさず、それぞれ雪たちへ吸い込まれた。


「何をしたんですかっ!」


 雪が叫ぶ。


 けれど、杏もウィオリナ、ティーガンも無言だ。何かを感じ取っているが故に。


 そしてティーガンが尋ねる。


「妾たちをどうするつもりじゃ」

「応援するつもり。後は、ちょっと利用させてもらう」


 大皇おおすめ日女ひめは頷く。


「私自身はここから出られない。君たちが会ったのは、ただの人形だ」


 ザザザァーと草木が揺れる。


「私たちがここに籠ってから半世紀以上。力もだいぶ削がれている。今日ので百年、いや最近の信仰や我よしの願いがたたっているのも鑑みれば、千年近く消費したか。昔から助けてくれる子たちもいるけど、正直彼らだけじゃ心もとない。特にこれからは」


 厳かで優しい瞳を浮かべた大皇おおすめ日女ひめ


「まぁだから、選択肢を増やそうと思ってる。人の子たちの地を守るために」


 それから大皇おおすめ日女ひめは、


「あと、一か月後の宴会での肴も欲しくてね。君たちの恋路――あ、まだティーガンとウィオリナはどうだろ? っどっちにしろ、私は君たちのファンなんだ。だからその恋の応援をと」


 フフッと笑う。雪や杏は頬をほんのり赤くし、ティーガンは少し釈然としない表情を浮かべ、ウィオリナは首を傾げる。


 と、雪たちがゆっくりと陽光に包まれていく。


「あ、時間がない。じゃあ、最後に。いのりは縋ることではない。信じることだ。自分を信じなさい。自分の可能性を、未来を。すれば、日出ひいずる君たちにできないことはない。誰もが祷りにより威を増すんだ」


 そしてその言葉を最後に、雪たちは陽光に包まれて――


「――ぞちっ!」

「――てください!」


 ――元の世界に戻った。


 ファミレスの席に座っていて、一秒も時間が過ぎていなかった。



 Φ



「……もうよいか」

「交渉はいいのか?」


 直樹と大輔、それから数々の動物たちを光の鎖で拘束した翔は、対峙していたヨドコヒツゲナガサキに尋ねた。


「もう用は済んだ」

「あっそ。でも帰しはしないよ。目的は話してもらわなく――」


 と、翔が無数の光の鎖を舞わせ、ヨドコヒツゲナガサキを拘束しようとした瞬間、


「部下が世話になった」

「ッ!」


 緋色の瞳の少女――大皇おおすめ日女ひめがヨドコヒツゲナガサキの前に現れた。


「チィッ!」

「争いに来たわけではない」


 大皇おおすめ日女ひめの異様さに、一瞬で反応したのは光の鎖で拘束されていた直樹。


 “空転眼”を発動して、大皇おおすめ日女ひめの背後を取り、そのまま切り刻もうとしたが、防がれる。


 いや、すり抜ける。


 空ぶった直樹がその場を飛びのく。同時に、隣に大輔が立つ。


「幻影だよ。本体はここにいない」

「チッ」


 舌打ちした直樹は翔をチラリと見る。翔は頷く。


「それで何しに来たんだ? かまってちゃん」

「僕らはアナタのために踊ったりするつもりはないが。そこのヨドコヒツゲナガサキさんがいれば、キチンと朝は迎えられるだろうし」


 大輔が本体の居場所を特定するまでの時間を稼ぐ。


「……あれは間違って伝わった話。実際は末弟が長弟のために、私を閉じ込めて長弟の世界を創ったの。ただ、ちょうど仕事続きだった私は疲れてずっと寝ていただけ。コイツの鳴き声がいい目覚ましになったのは確かだけど、かまってちゃんではない」


 大皇おおすめ日女ひめは少し不機嫌そうに否定する。後ろでヨドコヒツゲナガサキが、それは我が主の黒歴史ですので触れぬように、と直樹たちに頭を下げている。


 直樹が「本物なのか」と呟いた後、わざとらしく呆れた表情をする。


「どこの世界でも女神はポンコツなのかよ」

「私はポンコツではない。C言語だって操れる。スマホだって創れるし、気が利く素晴らしい女性だ」

「……それ、自分でいうか? っつか、なんでIT系ができるからってポンコツでないと言い張るんだ……」

「過去にそれ系でポンコツだって言われたからでは?」


 直樹が明らかにポンコツの言い分じゃねぇか、と呟く。翔が推測する。


 と、


「絡繰師の青年。その瞳では私は探すことはできないよ」

「ッ!」


 緋色の瞳を向けられ、大輔が息を飲む。


 それに気にすることなく、大皇おおすめ日女ひめは翔を見る。


「神みの娘を妻とする世界の青年。耳にタコができるほど言われたかと思うけど、君は苦難の運命にある。いつか、大切を失わぬように友を頼るといい」

「……」

「後、狭間に落ちたせいで神蝕みの娘との繋がりが少し不安定になっていたから、直しておいた」

「なっ、それはどういう――」


 翔は驚き叫ぶが、大輔と直樹を見やる。


「絡繰師の青年。後は、呪福を克服した青年。虚の絡繰女中はいま、集合意思はざまを形成しつつある。このまま生を獲得すれば、彼女たちは生死の境を失ってしまう。特に統合個体は。西洋の鬼の一人に、虚を使う者がいたはずだ。一度、視てもらうといい」


 そして、


「では、またいずれ」


 消えた。万近くいた動物たちもヨドコヒツゲナガサキも大皇おおすめ日女ひめも一瞬にして消えた。


 まるで、最初から存在していなかったかのように。


 拡張されていた空間は元通りになり、いつの間にか通常のリビングに戻っていた。


「大輔」

「無理。見当たらない」

「……たぶん、僕らでは知覚すらできない領域にいるんだ。一度、エクスィナがそんな事を言っていた」

「……神性領域だったけ」

「ああ」


 翔が頷いた。


 大輔が溜息を吐く。


「まぁ、今日のところは帰るよ。夕飯もあるし」

「待て。まず、白桃たちの方に何かあったか聞いて――」


 と、直樹がそう言ったとき。


創造主様マスター副創造主様サブマスター。緊急事態です」


 黒羽根ヴィールで転移門を開いた冥土ギズィアが雪たちを連れて現れた。


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