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六話 ……決裂か

 威圧する直樹と大輔。超常異常を引き起こす動物たちも殺気を迸らせ、唸る。


 されど、鶏が翼を広げ、それを制す。


 それから鋭く光る瞳で直樹たち、正確には武器を構えている直樹と大輔を見下ろす。


「話し合いには賛成だ。武器を降ろし給え」

「はっ。寝言は寝て言え。お前らが下。そっちが先だろうが」

「だいたい、問答無用で殺そうとしたのに謝罪もないの?」


 直樹が鼻で嗤う。大輔が丸眼鏡をクイッとする。


「貴様らっ!」

「身の程をわきまえろっ!」

「主らが下じゃろうてっ!」

「否っ!」


 鶏以外の動物たちが憤怒する。


 そして張り詰められた殺意の糸が切れ、両者が殺し合いに入ろうとした瞬間――


「僕の方針に従うんだろ?」

「静まれ」


 翔と鶏が同時に制止する。その言葉はとても厳かで明瞭で、両方とも抜きかけた刃を納める。戦闘態勢を解く。


 床に片手剣を突き刺した翔が鶏に頭を下げる。


「初めまして、僕は八神翔。ただの一般人です」

「これは丁寧に。お初にお目にかかる。我はヨドコヒツゲナガサキ。また、先ほど問答無用で貴殿らを害そうとした件、ここに謝罪しよう」


 鶏――ヨドコヒツゲナガサキも丁寧に頭を下げる。


「分かりました。ひとまず、その謝罪を受け入れます。それで本日はどのようなご用件で?」

「失礼ながら貴殿らの拘束だ」

「……すみませんが、それは受け入れられません」

「……貴殿らに危害を加えない。ただここに留まるだけだ」

「自由を害しているのでは? そちらの素性や目的、少なくとも理由わけもなく一方的なのは了承いたしかねませんが」

「……無礼なのは承知の上。どうか頼まれてくれたま――」


 イケメンスマイルを浮かべながら、翔はヨドコヒツゲナガサキとやり取りをする。少なくとも問答無用で殺しにかかる直樹たちや動物たちとは違うようだ。


 まぁしかし、


「彩音義母さんが帰ってくるんだった」


 時間が七時を過ぎたのを確認した直樹がそう呟き、


「そういえば、七時半には夕食だった」


 それに大輔が反応した。


 つまるところ、


「さっさとここから出しやがれ」

「帰らせてもらうよ」

「ッ、貴様ら!」

「ナガサキ様。もう我慢なりませんっ!」


 直樹が影の投網で、大輔が空間魂魄捕縛が込められているボーラで動物たちを拘束しようとし、動物たちがしびれを切らした。


 ファイトっ!


「単調だな」

「なっ、いつの間にっ!」


 そもそも翔の後ろに控えていた時点から幻術。既に隠形してこっそり動物たちの背後をとっていた直樹は、影の投網を避けながら雷を落とす狐たちを切り裂く。


 ……一応、殺してはいない。意識を刈り取り、容易には動けない体にしただけである。


「オサキトウガッ!」

「よそ見する余裕あるの?」


 大輔がイーラ・グロブスの引き金を引く。瞬間、大砲の如き威力をもった弾丸が放たれ、蟹と亀を蹴散らす。


 しかし、動物たちも負けていない。


「どれだけ力を持とうと、数には敵わんっ!」

「その驕り、身をもって償わせんっ!」


 どこに隠れていたのやら。数百ではない。数千、いや万に届きうる動物の群れが現れる。しかも、いつの間にか空間が拡張しており、リビングは地平線まで広がっていた。


 万の軍勢が直樹たちを押しつぶす――


「少ねぇな」

「数の暴力はこうやってやるんだよ」


 ――わけもなく。


 直樹の手勢。多種多様な影の魔物、[影魔]が五万。


 大輔の手勢。戦術補助多蜂支インパレーディドゥス援機・アピス、七万。白銀に輝くテニスボールほどの真球――移動型聖星要塞ステラアルカ、五百。


 魔力に余力ができた直樹と大輔は吸血鬼ヴァンパイアの件を反省して、万が一のための軍勢を再編成していたのだ。


 そして本当の数の暴力が動物たちを押し流す。


「太陽の付属物がっ!」


 影から影へ。本質的に非実体である[影魔]たちは影に潜り、転移する。また、時に体を解かし、再構築して攻撃を交わす。嘶けば嵐が吹き荒れ、潜む者たちは状態異常を引き起こす。


 何より厄介なのが自爆。切り裂かれて爆発。穿たれて爆発。消滅しても爆発。挙句の果てには特攻万歳と言わんばかりに突っ込んで爆発。


 死をも恐れぬ魔物たち。


人形からくりごときにっ!」


 これこそが軍勢。一糸乱れず自由自在に飛翔する七万の戦術補助多蜂支インパレーディドゥス援機・アピスは、尻から銃弾を掃射し、凶悪な牙で毒を注入し、それぞれの足から災害まがいの魔法を繰り出す。敵を覆いつくし、電子レンジの要領で肉体破壊。


 隕石の如き砲丸――移動型聖星要塞ステラアルカは、カシュンカシュンとスライドする音を立てながら一瞬で盾となり、またそれぞれを支点に空間すらも断絶した結界を張り、はたまた重力場を作り出し、攻撃を引き寄せる。


 一つ一つが戦略兵器をも超える性能をもつ幻想具アイテム


 別に動物たちが弱いわけではない。


 しかしそれでも直樹たちの暴虐の前に為すすべがない。必死の抵抗もむなしく、ボロきれのようにされる。


 ……一応、全体殺されてはおらず、捕縛されているようだが、哀れだ。


「あん? 魔力か?」

「いや、それ以外もあるような……」


 いつの間にか空中に立ち、直樹と大輔は俯瞰する。


「分かる限り四つか? 魔力に変質系のエネルギーに活性系のエネルギー、後は思念系か?」

「大雑把に別ければそんな感じ? あの角があるウサギは全く違う気がするけど、特別かな? うん? っというか、あれ、二つ? 一つはてんでばらばらだけど、思念系のエネルギーだけは全員……いや、あれは思念な――」


 魔力調達に目途が立ったとはいえ、それでもたった一つ。手段は幾つかってもいい。


 っということで、このままいけば五分後には終わるな、と判断した直樹と大輔はエネルギー調査に乗り出す。


 “星泉眼”等々の眼を使って解析したり、[影魔]や戦術補助多蜂支インパレーディドゥス援機・アピスなどでエネルギーを採取したり、調査してたその時――


「天は我が主の場所ぞ」

「のわっ!」

「むっ!」


 超重力場が直樹たちの頭上に発生し、直樹たちが地面に落とされる。


 そのまま地に叩き潰されるかと思われたがそんなことはなく、直樹たちは瞬時に対応して巨大なクレーターに着地する。


 そのまま超重力を引き起こしたヨドコヒツゲナガサキを無力化しようとしたが、


「僕の方針に合わせるって言わなかったか?」


 その前に、空を切る斬撃が降り注ぐ。


 それを難なく躱し、または、直樹は血斬と幻斬で逸らし、大輔はイーラ・グロブスとインセクタの銃身で逸らす。


 二人は上を見上げる。こめかみに青筋を立てた翔がいた。相当お怒りの様子だ。


 直樹たちは悪びれる様子もなく、答える。


「だから合わせたでしょ? 最初」

「それに気が変わっただけだ。言っただろ。『今は』って」

「チッ」


 舌打ちした翔は、はぁぁぁっと深いため息を吐いて、


「全員拘束する」


 光の竜を纏う。


 黄金の瞳には縦に割れた瞳孔が浮かび、背中には光り輝くの竜の翼と尻尾が生える。グググっと漆黒の一角が額から伸びる。


 そして光で創られた巨大なドラゴンはもちろん、炎や水、石、闇など様々な力をかたどったドラゴン、そして東洋の蛇型の龍までもが翔の後ろに現れる。


 竜星群。


 直樹や大輔、また[影魔]や人形ゴーレム幻想具アイテム。動物たち。


 全員に襲い掛かり、無力化し、光の鎖で縛り上げる。直樹と大輔は必死に抵抗するが、未だにステータスが完全に戻っていない以上、じり貧だ。


「……決裂か。仕方ない」

「拘束後、また話し合いましょう、ヨドコヒツゲナガサキさん」


 ヨドコヒツゲナガサキは溜息を吐く。それに対して、翔はニッコリと提案し、


「太陽よ、目覚め給え」


 ヨドコヒツゲナガサキは天に灼熱の火炎を作り出し、否定した。



 Φ



 突如として現れた緋色の瞳の少女。


 雪や杏、ウィオリナはもちろん、会話をしながらも警戒を怠っていなかったティーガンや冥土ギズィアでさえ、声をかけられるまでその存在に一切気が付かなかった。


 全員が席を立ち上がろうとした瞬間、


「まずは落ち着いてほしい」


 明瞭で厳かな声音が響く。全員が思わず座りなおしてしまうほどにその力には強制力があって。


「一歩も動くなぞち」


 だからこそ、手洗いから帰ってきたエクスィナが背後から少女の首を掴む。


 だがしかし、少女は気にも留めない。


「そう慌てるな、神みの娘。……それで白桃雪、百目鬼杏、ティーガン、ウィオリナ・ウィワートゥス。この後、時間を貰えるかな?」

「「「「……」」」」


 四人をゆっくりと見やる。雪たちは警戒を浮かべ、無言のままだ。


 動けないのだ。次が選択できないのだ。


 目の前の存在に圧倒的力を感じるからではない。


 むしろ逆。何も感じない。雪の≪想伝≫でも心を読めず、杏の≪直観≫でもなにも分からず、ウィオリナの<血識>でもることができず、ティーガンは未だに目の前の存在生命を生命として知覚できない。


 この世ならざる場所にいる存在のようで。鏡を映しているかのようで。


 そんな存在しょうじょがペコリと頭を下げる。


「ごめん、無言は肯定と受け取るよ」

「動くなといった――」

「皆様っ、にげ――」


 そしてエクスィナと冥土ギズィアの叫びが終わる前に、


「……ぁ」


 全てが止まった。


 人も物も何もかもが止まってしまった。世界が止まった。


 少女と、雪たち四人以外、全員が止まった。


 いや、雪たちもほぼ止まった。世界空気が止まったからか、思考と眼球しか動かせないのだ。声も出せない。呼吸もできない。


 ただ、言い知れぬ恐怖を感じ、そしてそれに抗う闘争心を燃やそうとしたが、


「じゃあ、移動するよ」


 その前に温かな光に囲まれて、その場から姿を消した。


 そして止まった世界は――



 Φ



「……………………ッ、ここは……」


 目を覚ました雪が十秒近くぼんやりした後、驚き飛び起きて周りを見渡す。


 静謐とした森の中。優しい草木の匂いや心地よく頬を撫でる風、清らかなせせらぎが満ちる。


 雪は思わず安堵しそうになるが、すぐ近くで横たわっている杏たちを見て、緊張する。


「杏先輩っ、ティーガンさんっ、ウィオリナさんっ!」


 一瞬で魔法少女姿に変身した雪は、四枚の桜の花びらを起点に周囲に結界を張りながら、三人に駆けよる。


 起こそうとする。


 と、その時。


「やはり君が一番早かったか」

「ッ!」


 凛ッと鈴の音が響いたかと思うと、雪が強固に張っていた結界はハラリハラリと解け去っていく。


 そこには緋色の瞳の少女がいた。


「ああ、心配しなくていい。直ぐに目が覚める」

「何を――」


 少女がそういった瞬間、


「……ここは」

「……あれぇ、どこです……?」

「妾はな――皆、下がっておれっ!」


 杏たちが目を覚ます。


 また、流石ティーガンと言うべきか。寝起きの杏たちが状況を掴み切れていない中、ティーガンは日傘を掴み、雪たちをかばう様に前に出る。


 静かで優しい森には似合わない威圧感を放ち、目の前にいる緋色の瞳の少女を睨む。


 少女は動じず、苦笑する。


「まぁ気持ちはわかるから、そのまま聞いて」


 それから少女はお辞儀して、


「初めまして、私はアマヅキスメオオヒメムチガミ。みんなからは大皇おおすめ日女ひめと呼ばれてる」


 そう和やかに自己紹介をし、


「君たちの助力をしたいと思っている」


 そう全てを包み込むような天の微笑みを浮かべた。





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公開可能情報

移動型聖星要塞ステラアルカ:テニスボールほどの青白い球体で、主に防御に特化した幻想具アイテム。変形し、巨大な盾などになるのはもちろん、それぞれを基点として空間すらも断絶する結界を張ったりする。また、高速で動かすことにより砲撃としての役割も果たす。


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