服屋を追い出された雪たちは、杏やウィオリナ、
ドリンクを飲んだ雪が、右斜め前に座っていたウィオリナに首を傾げた。
「そういえば、ウィオリナさん。どうやって修学旅行に行くんですか?」
「はいです? それはどういう意味で……」
ウィオリナは戸惑う。雪は慌てて足りなかった言葉を足す。
「修学旅行って基本的に半年前くらいから予約等々があって、一週間前に転入した今、普通に考えて間に合わないと思うんですが……」
「それはアタシも気になっていた。あの件があってから二週間。転入の件もだが、日本に暮らしているのだろう? 居住だったりなんだったり、どうしたんだ?」
「ああ、なるほどです。それはティーガン様のお陰です」
「ティーガンさんの?」
雪は右隣に座っていたティーガンを見やる。
優雅に紅茶を飲んでいたティーガンは一拍おいてティーカップを置く。一挙一動に余裕があり、貴婦人の如く洗練された所作だった。
「金の力じゃな」
「お、お金ですか……」
「む、いや、知り合いの伝手もあるかの。兎も角、伊達に長生きしておらんからの。革命前はいざ知らず、今の政府は妾たちを知らぬ。貴族と王族の一部くらいじゃ。故に、援助なしで運営できるようにそれなりの資金源や伝手を持っておるのじゃ」
「まぁ、それにティーガン様は基本的にお金を使う方ではないので、貯まる一方なんですよね」
のほほんとウィオリナが微笑む。ティーガンは大した事がないのか、「ふむ、日本は値段の割に美味しい茶が多いの」と呟いている。
杏と雪は唖然とする。
二週間やそこらでできるわけのない面倒な手続き等々をすっとばし、住居を構えているのだ。
つまり、それだけのお金や知り合いがいるということ。
一般市民の杏や雪では想像する事すらできない。
と、一般市民というか、人ではない
「そういえば、信用創造――投資なるものがこの世界にはあるのでしたか」
「うむ。錬金術みたいなものでの、いわば架空の価値を生み出すものなのじゃが、それなりに優秀――いや、ズルい仕組みと言った方がよいかの。一度上がってしまうと、よほど阿呆な事をしない限り、金がわき続ける」
「じゃから、今は教育だったり、貧困だったりに回しておるわけじゃが」とティーガンが言うのを聞いて、エクスィナがポンと手を叩く。
「なるほど、レースはそれがしたかったんぞちな」
「レースノワエ様が何かしたのですか?」
「ぞち。終戦後直後にどうにか導入できないかと施策したぞちけど、失敗に終わったぞちな」
「そうなのですか?」
「ぞち。終戦後で、今こそ新たなる時代を、と言った感じに復興のどさくさに紛れて通貨制度を変えて、自国通貨を世界中に巡らせようとしたぞちけど、ギーガレス商業国が」
「確かにあそこに議会長はレースノワエ様か、それ以上に切れ者ですからね」
「ぞち。けど、他の施策は上手くいったと高笑いしてたぞち」
「……目に浮かびますね」
そう
すまし顔でパフェを食べていたティーガンが思わず尋ねる。いつの間にか紅茶は空だった。
「レースとは誰じゃ?」
「主様の嫁ぞち。ゾチの仲間ぞちな」
「後は、大国、クラルス王国の王女――いえ、実質の統治者、女王ですね。終戦末期は神よりも神をしてたくらいです。世界の覇権は我が手に、を実際になしてしまった方です」
「……よほど優れた人心把握の持ち主じゃったんじゃな」
「はい。せんの――話術やシステム作りはもちろん、統治者としての冷徹さと慈悲を兼ね備えています。そして恐ろしいほど知恵が回ります。物理的な戦う力はあまりありませんが、争いたいとは思わない方です」
「そうぞち。本当に頼もしい親友ぞち」
エクスィナがふふん、とない胸を張る。
が、ティーガンはもちろん、雪や杏、ウィオリナもが頬を引きつらせる。一番最初に冷静を取り戻した雪が尋ねる。事態の恐ろしさを把握しきれなかったともいう。
現に二千年以上の歴史を見てきたティーガンは、その言葉から想像できるうる最も恐ろしい事態に愕然としていた。
「洗脳って言いかけませんでしたか?」
「どうでしょうか? まぁ兎も角とても良い方ですので、こっちに来たときは仲良くしてくださると嬉しいです。とても寂しがり屋ですので」
「仲良くできるかは分からないですけど、仲良くしたいです」
「そうだな」
「はいです」
三人娘は頷いた。
「理解者に恵まれた……あの坊も最後まで友が近くにいれば……」
そうポツリと呟き、画家を目指していた青年を思い出していたティーガンは、エクスィナと
と、雪が話題を変える。
「レースさんの他に、翔さんの、そ、そのお嫁さんは何人いるんですか?」
少し頬を赤くしながら、雪は尋ねる。まずは、きっかけを聞くのが先決だ。
「ゾチも含めて五人。アカリにレイカ、ゾチ、レースノワエ、グランミュールぞちな」
「ご、五人も……」
雪は驚きつつ、戸惑う。雪がもつ価値観では想像できないからだ。
特にエクスィナが表情を見る限り、その他のお嫁さんたちも大切に想っているのが伺える。
どういう気持ちなのか、分からないのだ。
だから、雪は直球で尋ねる。
「本当に失礼なんですけど、エクスィナさんは嫌ではないんですか? 好きな人が自分以外も好いているのはどういう気持ちなんですか?」
「……アタシも気になる」
「……私もです」
杏とウィオリナが少し申し訳ない表情をしながらも、頷く。すまし顔のティーガンはチラリと見やる。
エクスィナは少し困ったような表情をする。
「一言で表せんぞち?」
「何時間でも大丈夫です。待ちます」
真剣な黒の瞳がエクスィナを射貫いた。蒼穹と赤錆の瞳もだ。
その瞳に、エクスィナは雰囲気を変える。神聖で静謐な表情をする。
「……親友でライバルで仲間ぞちかな?」
水を飲み、唇を湿らせたエクスィナは、続ける。
「互いに互いを好いておるぞち。ぞちけど、互いに互いを妬んでいるぞち。妬みは尊敬に。尊敬は羨みに。羨みが妬みに。終わりはないぞち。されど、それだけではないぞち。愛情にも信頼にも甘えにも何にも
一気にそう続けたエクスィナは、それからとても甘く優しい表情をして、
「ぞちけど、一番は、主様への想いぞち。主様への想いがあるぞちから、ゾチたちは我慢も妥協もしない。互いに本音をぶつけ、その上で互いを信じ、頼る。請い、許し合う。そういう関係ぞち」
「……独占したくはないんですか?」
「一時期はそう思ったぞちけど……つまらんぞち。アカリもレイカもレースもミュールもいない。それは寂しいぞち」
透明なエクスィナの言葉に、雪も杏もウィオリナも、そしてすまし顔をしながらも聞き耳を立てていたティーガンも瞠目する。息を飲み、言葉を発せない。
もちろん、エクスィナの言葉の意味全てを、そこにこめられた感情や想い全てを正確に読み取れたわけではない。≪想伝≫を持つ雪でさえ、あまりに複雑すぎるそれを読み取る事はできなかった。
けれど、だからこそ分かる。おのずと理解できてしまう。
家族。
エクスィナが少しモヤモヤとした表情をしているのを見れば、余計だ。家族だからこそ、特段その関係を言葉にしない。言葉にできない。
混沌を優しく大切に束ねた先にある関係。
「……ありがとうございます」
雪はエクスィナに頭を下げる。それに続けて杏とウィオリナも頭を下げる。
「感謝する」
「ありがとうございます」
ティーガンは無言のまま、それでも微かに瞳を下げた。
それが恥ずかしかったのか、エクスィナは少し頬を赤くしながら席を立つ。トイレらしい。
聖霊であるエクスィナにトイレが必要かどうかは気になるところだが……
まぁ、そうしてエクスィナがトイレに消えた時、
「それで皆様は独占するんですか? それとも……」
「残り二週間もないですよ。それまでにハッキリさせておいた方がいいと思います。特に杏様とウィオリナ様は」
「あ、アタシか?」
「私です?」
無機質な瞳を向けられ、杏は少し目を泳がせながら、ウィオリナは普通に首を傾げた。
「はい。
「…………そんな予定はない」
「……私もです」
「そうですか。分かりました。では、不躾ながら一つ助言を。お二人なら分かっていると思いますが、時は戻りませんから」
「……ああ」
「……はいです」
思いのほか、柔らかく優しい
また、雪やティーガンも少し考え込むように虚空を見つめていて――
「この後、時間を貰いたい」
――バレッタでハーフアップに纏められた黒と白の長髪を靡かせた少女が、雪たちが座っている席の前に立っていた。
いつの間にだった。
Φ
突如として直樹たちの周りに現れた様々な動物たち。常人では立つことさえままならぬ殺気を放つ。
だからこそ、直樹は転移で二階にいる詩織を安全な場所へ避難させようと、大輔は先日作った手のひらサイズの蜂型ゴーレム、
けれど、その前に。
「安心し給え。無辜なる人の子を傷つけるような真似はせん」
「なっ!」
「異空間っ!」
「違うっ。ずらしたんだよっ!」
立派な鶏冠を靡かせる鶏が雄々しき嘶いた瞬間、世界が
つまるところ、半異空間化とでもいうべきか。直樹たちの周囲が現世と同じ位相にいながらも、そこは
どちらからも干渉できない
空間を操ることを得意とする直樹をして、それは難しい。
それを為した鶏は偉そうに鼻を鳴らした。
「上のお嬢さんには一切手出しをしない。我が主の名において誓おう。故に再度申す。大人しくし給え」
それと同時とありとあらゆる動物が超局所的な天変地異や異常超常現象を引き起こし、直樹たちを襲う。
白狐の群れは轟雷を。巨大な蟹は大津波を。犬の群れは全てを喰らいつくさんとする犬の首を。狸は精神を狂わせる幻術を。亀は大岩を。
……etc。
つまり、滅殺すら生ぬるい。絶殺。直樹たちを殺しつくさんとするその威は。
「知らねぇよ」
「黙って」
「目障りだ」
全て消し飛んだ。直樹たち三人から放たれた
「……二週間前よりも力が増し――いや戻っているか」
俯瞰していた鶏が冷や汗を掻きながらそう呟く。
それに翔が反応する。
「どうも神さまはのぞきが趣味らしい。どうせ一か月後には人の恋路を肴にどんちゃん騒ぎでもするんだろ?」
翔は挑発する。その間に、直樹は“空転眼”で詩織を安全な場所、
「……貴様ら、どこまで知っておる」
「何も。けど、やっぱりいるのか」
「……チッ。読めんな」
「当たり前だ。お前ら如きが僕らの防御術式を突破できると思ってんのか? っというか、驕りすぎだ。
翔は多少会話を引き伸ばし、
「さて、二人はどうする?」
やることを終え、
翔の黄金の瞳を見て、直樹たちは少し考えた後、溜息を吐く。
「今は、お前の方針に合わせてやる」
「その分きっちり働いてね」
「感謝する」
そうして翔は異空間から何の変哲もない普通の片手剣を取り出し、
「じゃあ、話し合おう」
剣先を床に突き刺した。
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公開可能情報
だいたい数万体で行動する。通常の蜂だと針がある部分から、多種多様な銃弾が射出される。足のそれぞれには魔法を込めた鉱石が使われており、状況によって使い分ける。目には大輔の“天心眼”や“星泉眼”を模した
他にも、一定密度でとある対象を覆うと電子レンジの要領で水分を振動させ、細胞を破壊することもできる。