目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
三話 デートですか?

 杏とウィオリナから突き刺さる真剣な瞳。冥土ギズィアの観覧するようなニヤニヤ瞳。


 そして周りにいたスーツを着た男女の視線。ウィオリナたちは普通に目立つため、耳目を集めていたのだ。


 大輔は一端眼鏡を外し、懐から取り出した眼鏡拭きでレンズを吹いた後、着けなおす。


 にっこりと微笑み、聞き間違えかな? と思いながら尋ねる。


「それでえっと、何かな、ウィオリナ?」

「ですから、ダイスケさんは結婚しているんです?」

「……聞き間違えじゃない……」


 大輔は溜息を吐く。


「……なんで急にそんな事を尋ねたの?」

「ダイスケさんの血には違う方の名も混ざっていましたので」

「名……」


 ポツリと呟き、


(……エクスィナの前で誓いを交わしたからかな。中身がアレとはいえ、神の次に理を司る存在だし)


 そう推論を立てた大輔はウィオリナと杏を見た。


「降りてから話すよ」

「分かってです」

「ああ、キチンと聞かせてもらうぞ」


 ウィオリナと杏が頷く。冥土ギズィアはポツリと楽しみです、と呟き、大輔は睨んだ。



 Φ



 全員が黙って歩く。高校の最寄りの駅から少し離れ、ちょっとした裏道。


「……結婚はしていないけどね、誓った人がいる」


 大輔はポツリと呟いた。


 言葉を濁して伝えないという選択肢もあったが、今の大輔はそれをしない。少なくとも、それなりに二人とは関わったのだ。簡単な身の上話は問題ないだろう。


 それに理性的で善良的な一般人は、聞かれたら大抵の事は答えるし。


 そう考えながら、大輔はチラリと二人を見る。


「全く驚いてないね」

「まぁな」

「予想していたですし、むしろダイスケさん程の御仁が結婚していないことに驚きです。聞いた話によれば異世界を救ったのですし」


 だな、と杏が頷く。それからポツリと尋ねる。


「イザベラという人物か?」

「……何で知って――冥土ギズィア

「はて、私は何も」


 冥土ギズィアはブロック塀を歩いていた黒猫に腕を差し伸べながら、首を傾げる。黒猫はすんすんと匂いを嗅いだ後、冥土ギズィアの肩に乗る。


 その様子を見て諦めた大輔は、スマホを操作する。イザベラを撮った一枚の写真を表示させ、二人にスマホを渡す。


「異世界を救ったのは僕じゃなくて、翔たちだよ。……彼女がイザベラ」


 大輔の眼差しは柔らかかった。写真に意識を向けつつも、杏もウィオリナもそれを見逃さない。


「……気品があるというか、理知に溢れている」

「……お姫様ですか? 頭のティアラ……」


 二人の呟きに大輔が答える。


「ウィオリナの想像通りお姫様。クラルス王国の第二王女だね」


 地球に帰ってきてから、大輔は毎日イザベラが写っている様々な写真を眺めていた。けれど、だからといってイザベラについて誰かに話すことはほぼなかった。両親である和也と瞳子ですら、詳しくは話さなかった。


 そっと胸にしまい込み、再び会える日を強く望んでいた。


 けれど、今は口が軽くなってしまう。


「優しくて聡明で、幻想具アイテムや魔道具に目がなくて、ちょっと抜けけて。可愛くて綺麗で。自分には厳しいから、すぐに溜め込んで。昔は印象というか顔つきはキツめだったけど、今はこう見守るような強さがあって。その目。綺麗でしょ? ずっと眺めていても飽きないんだよ。愛おしい。あと、戦うことが嫌いなのに、誰も傷ついて欲しくないからってあんなに努力し――」

「ちょっと待ってくれ」


 杏が頬を赤くしながら、大輔の惚気のろけを止める。辛そうに瞳を下げつつ、唇をきゅっと結んでいた。杏よりもそれが薄いとはいえ、ウィオリナも同じような様子だ。


 けれど、それは一瞬で杏もウィオリナも耳まで真っ赤にする。


「そ、その分かったから。聞いているこっちが恥ずかしくなるっ」

「そうです。その分かりましたからっ」

「……そう」


 二人に言われ、大輔は少し話しすぎたかなと照れる。もじもじ三人が出来上がりだ。


 そして冥土ギズィアは黒猫とじゃれ合いながら心の中で舌打ちした。起爆剤にはなりませんでしたか、と。


 というか、創造主様マスターもですけど、お二方も偏差値低すぎですね、と、冥土ギズィアは内心溜息を吐いた。


 ……片や中学生から魔法少女として戦い続けた存在。しかも、芽衣の件で気を常に張っていて心が許せる相手など仲間の魔法少女以外いなかった。


 ……片や八年前から吸血鬼ヴァンパイア、特にデジール殺すウーマンとして研鑽し続けた存在。しかも仲間の血闘封術師ヴァンパイアハンターから過保護に扱われてきた。


 他にも色々と述べることはできるが、つまるところ、


「強引の方がいいようですね」


 ショック療法が必要のようだ。



 Φ



「ということで放課後は女子会をします」

「……どういう事で?」


 本来は禁止されているのだが、注意もされないため使っている屋上で昼食をとっていた大輔は冥土ギズィアに胡乱な眼差しを向ける。いい加減、唐突に悪だくみをするのはやめてほしい。


「親睦会です。あと来週は修学旅行も控えていますので、その買出しも。杏様、ウィオリナ様、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。確かに買出しには行かないと思っていた」

「はいです」


 杏もウィオリナも戸惑いながら頷く。


 それを確認した冥土ギズィアは、優斗の影響か、はたまた誰かさんへの想いなのか、すっかりサブカルにはまり、直樹と談笑していた雪に尋ねる。


「雪様も如何ですか?」

「わ、私もですか?」

「はい。せっかくですので、ティーガン様やエクスィナ様もお誘いしようかと思っているのですが」


 それを聞いて直樹が声を上げる。


「ちょっと待て。ティーガンは今日予定があるぞ」

「デートですか?」


 雪がグリンっと黒の瞳を直樹に向ける。なんかグルグルと闇が渦巻いている気がして恐ろしい。右腕に着けてある影の腕輪が光る。何故か光る。


 直樹は見なかった事にして、否定する。


「違う。っつか、なんでデートする必要があるんだ。過越しの結界の微調整をするために放課後会うんだ。ウィオリナがこっちにいるのも今日知ったからな。その追加もしなきゃならん」

「……二人だけで会うんですか?」

「違うわ! っつか、大輔。お前もいるんだから何か言えよっ!」

「面倒」


 もっさもっさとパンを食べる大輔が手をブラブラさせたことで、雪はそうですか、と頷く。納得しているようだが、何故か不愉快な様子だ。


 そんな様子には目もくれず冥土ギズィアはおもむろに懐からスマホを取り出す。必要だろうということで、大輔がデバイスを買い、ネット回線につなげられるように改造したのだ。


 携帯会社には一切お金を払っていないのに、その通信網を借用しているので、犯罪と言えば犯罪なのだが、つまるところバレなきゃ犯罪じゃないのです。


副創造主様サブマスター。ティーガン様は今日は来られないようです」

「だろ、言った――」

「いえ、調整の方です」

「はぁっ!?」


 ピロリんと通知が響く。直樹のスマホだ。直樹は若干憤慨つつ懐からスマホを取り出す。


 そこには。


『誠に済まぬのじゃが、調整は後日に回してくれんか? 用事ができたんじゃ』


 と書かれていた。


 溜息を吐く直樹に、大輔がのほほんと言う。


「いいんじゃない? 別に急ぎじゃないし、調整は今日じゃなくてもいいよ」

「……分かった。翔には――」

「エクスィナ様のついでに既に連絡いたしました」

「相変わらず手際だけはいいな」


 直樹は再度溜息を吐いた。


 と、そういえば、と杏が首を傾げる。


「大輔。過越しの結界とはなんだ?」

「そういえば、私も聞いていません」


 雪も食事の手を止めて大輔と直樹の方を向く。


「あー、そういえば言ってなかったか」

「過越しの結界は、なんといえばいいのかな。因果律を操作するというか……ええっと、過越しってネットで調べてみて」

「? ……はい」

「ああ」


 雪と杏がスマホを操作する。ウィオリナは過越しの結界について知っているのか、口を出すことなく冥土ギズィアと会話を交わしている。


「仔羊の血を門口に? 聖書の話か、これは?」

「神さまからの脅威を避けるって事ですか?」


 杏も雪もスマホを見つめて首を傾げる。


「つまり、一定区域内でその家の住人が強く望まない限り、特定の存在や集団と接触しないような結界みたいなもので、関東全域に展開しているんだけど」

「で、特定の家が佐藤家、鈴木家、白桃家に百目鬼家。あと、ティーガン家だな。そのあと、少し薄めたバージョンのをあの三人の魔法少女に。で、神和ぎ社やその他の超常異常存在とかと接触、認識できないようにしたんだ」

「……お前が使っている認識操作を拡大した感じか?」

「ああ、そうだな」


 杏の問いに直樹は頷いた。雪はなるほど、と頷く。


 と、ウィオリナが補足を入れる。


「元は吸血鬼ヴァンパイアの存在が社会に露見しないように組んだ術式なんです。ティーガン様は生物を対象媒介にするならある程度の事が可能なのです」

「……チラっと聞いただけだが、改めて凄いな」

「確かに、単純に肉体を変形させるだけじゃないんですよね。ティーガンさんの力って」


 杏は感嘆し、雪は呪いを思い浮かべながら少しだけ複雑な表情をする。


 それから直樹と大輔を見て、


「私にも手伝える事があったらなんでも言ってください!」

「そうだな。世話になりっぱなしだしな。些細な事でもいいから頼ってくれると嬉しい」

「あ、私もです。ティーガン様の事とは別に、私も頼ってくださいです!」


 三人娘がグイッと直樹と大輔に近寄る。二人はやや引きながら、


「……まぁ魔力確保に協力してもらっている礼だと思えばいい」

「けど、まぁもし何かあったら頼むよ」


 そう言って、


「はい!」

「ああ!」

「はいです!」


 三人娘は喜々と頷いた。



 Φ



「で、経緯は分かったし、過越しの方はいいんだが、いい加減連絡する日時をどうすんだ? 開門まで後二週間だぞ? 準備等々もあるから十二月の終わりでもう一度開門するとはいえな」

「あ、そういえばそうだった。……今日するか」

「え、今から?」


 ティーガンとエクスィナが女子会とやらで急遽欠席となったため、男三人は直樹の家のリビングで大の乱闘をするゲームをしていた。


「魔力足りるのっ?」

「足りんじゃねっ! だいたい俺たちの魔力回復が遅いのは、アルビオンに置いてきた肉体とゆうご――おい、翔っ。今は大輔狙うところだろっ!」

「だとしても嫌だなっ! 詩織ちゃんに僕が腐れ外道だって教えた誤認させたんだっ! 相応の報いを受けてもらうぞ!」

「はぁっ!? ハーレムよろしくやってるやつが外道でなくてなんなんだよっ! だいたい、兄としてお前に妹を近づけようと思うわけねぇだろ――あっ、大輔っ。漁夫りやがったなっ!」

「油断している方が悪いよっ!」


 コントローラーを手に、ソファーで座りながらゲシゲシと蹴り合う。ドッタンバッタンと音が響く。


 いつも家で仕事をしている勝彦は、編集者と打ち合わせのため外に出ており、今直樹たちを止める者はいない。


 ガチャガチャと猛烈な速さで操作されているコントローラーが悲鳴を上げる。


「よしっ、やってやろうじゃねぇかっ! 大輔、消えろっ!」

「はんっ。ぬるい温い。僕は全てが見えているよっ!」

「あ、未来視は卑怯だっ!」

「そうだぞっ! だったら俺だってっ!」


 歯車の幾何学的模様を浮かべた大輔に対抗して、直樹は白の華を瞳に浮かべる。大輔と翔の心を読み取り、洗脳しようとしたのだ。


「メーデーメーデー。今すぐ心を防御っ!」

「させるかっ!」


 翔は舌打ちつつ、阿呆な事を言いながら精神防御を固める。直樹がすかさず妨害する。


 そして、


「のぁぁぁっ!」

「あ、クソッ!」


 その隙に眼鏡に付与していた精神防御で直樹の精神攻撃を弾いていた大輔が、こっそり直樹と翔のプレイヤーキャラクターを撃墜する。


 ゲームが終了した。


「フハハハハっ! 僕の眼鏡に死角なしっ!」


 大輔が高笑いをし、直樹と翔がクソッと悔しがる。


 そしてそれを、


「…………阿保くさ」


 ちょうど帰宅した詩織が蔑んだ目で直樹たちを見ていた。バカ騒ぎをする男三人でしかなかったからだ。





======================================

公開可能情報

過越しの結界:ティーガンが朝焼けの灰アブギで使っていた対民衆吸血鬼ヴァンパイア大規模認識阻害術式をもとに、魔法と幻想具アイテムを使い作り上げた認識兼運命操作の結界。魔方陣を描いた紙を媒介にしている。

       基点に設定された家の住人に対して、一定区域内において特定の人物や団体が接触しない運命へと誘導する。しかしながら、その特定の存在の格などによっては通じない場合もある。天使には通じても、神には通じない感じである。

       ちなみに、運命や因果律によって、出会うはずだった時空が集まり、時空自体が歪む可能性が無きにしもあらず。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?