木漏れ日が揺らめく。
淡く、柔らかく、夏の残滓が漂うそこは、静謐だった。
驚くほど豊かな木々に囲まれ、驚くほど命の匂いに溢れ、清流はきゅうそうの音の如く
そこには一つの建物があった。
苔
そしてその奥に年月を感じさせる簡素な
ところどころ擦り切れ、されど
そんな社の屋根に少女が座っていた。
「……そうか。ありがとう」
背丈は小学四年生くらいか。
黒と白が混じった長髪をバレッタでハーフアップに纏め、緋色の瞳が優しく虚空を見つめる。
緋色の眉は美麗に流れ、目鼻立ちが整っている。艶やかな唇は可愛らしく結ばれている。玉の肌は柔らかく赤みを帯びていて、艶やかだ。
神々しく、穏やかで、達観したその
「え、何? いいじゃん。私だってたまにはこういう服を着たいんだよ」
ベージュのセーターと黒のスカートを少し撫でた少女は、木霊に答えた。
「……さて、会いに行きますか」
そして少女は夏の残滓が撫でて奏でた
Φ
小さな和室。
明かりは囲炉裏の炎しかなく、吊るされている鉄瓶がから湯気が微かに上がっているのが見える。
それを囲むのが四人。
一人は白髪黒目の老婆――アメウナ。白文様の白装束を纏い、白の笠を被っている。狐婆な感じだ。
一人は白髪茶目の爺――キョウラク。朱文様の黒狩衣を纏い、
一人は筋骨隆々の禿頭藍目男――タケミナカ。赤のハチマキにパッツンパツンのTシャツと短パン。そして赤マント。年齢を考えろ、つかダサい。ダサすぎる。
そして一人は、
「全員揃いましたか」
その黒の瞳は穢れ無き泉のごとく透き通っていて、鈴の簪で纏められた黒髪は夜空を映したが如く淑やかだ。
神の
「……はぁ」
カガミヒメの小さな唇からは柔らかな吐息が漏れる。
「キョウラク様。ここでは煙管をお控えくださいと幾度も申し上げましたが?」
「今日で初だと思っておるが?」
「では、今すぐやめてくださいな。お一人で楽しむ分には良いですが、人前でそう下品に煙を吐くものではありません」
「吐くものだと思うのだがな?」
キョウラクは悪びれる事もなく、カガミヒメに向かってプファーと煙を吐きつける。
カガミヒメは動じない。ニッコリと微笑み、
「どのような花に包まれる事をお望みですか?」
今すぐ葬式してやるから棺に入れる花を教えろよ、と尋ねる。
もし一般人がこの場にいれば、カガミヒメから放たれる神威とすら思ってしまう威圧に屈するだろうが、
「ふむ。では、この娘とこの娘。後は、この娘を望むぞ」
キョウラクは懐から三枚のカードを取り出し、カガミヒメを見せる。そこには超一流の接待女性の名前が書かれていた。
キョウラクはニヤリといやらしく嗤う。ただ、アメウナとタケミナカが、あ、やっちまったな爺さん、と言った表情を一瞬する。
つまるところ、
「ではそう静江様にお伝えしましょう」
リンッ、と鈴がなった瞬間、キョウラクの手にあった三枚の名刺はカガミヒメの手元に収まっていた。カガミヒメの手にあることが自然が命じた錯覚するほど、一瞬だった。
それに慌てるのはキョウラク。
「ま、待て。静江にそれを渡すとはどういった用件だっ?」
「どうもこうも死んだ際は彼女たちに包まれて棺に入れられたいのでしょう? ですからその旨を奥様である静江様にお伝えようとしたまでですが。キョウラク様の口からは言いづらい事だと存じますので、カガミヒメたる私が頼んで差し上げようとと思った次第ですが?」
どうですか? アナタのクソッたれみたいな要望を通すために、私自らが頼むのですよ? と語るカガミヒメ。
その姿は純真な少女のごとく健気だが、
「儂への殺気が隠しきれてないぞ」
「ええ。蓋をしたい気分ですから」
「臭いものか、儂は」
「腐った死体でございます」
けっ、とキョウラクは舌打ちし、
カガミヒメもニッコリと笑い、三枚の名刺を懐にしまう――
「返してくだされ、ヒメ」
「必要なのですか?」
「……チッ」
キョウラクは深々と溜息を吐いた。ここ数日睡眠できなかったせいもあるが、迂闊すぎると自分を責める。
向こう一年はお預けか、と反省の『は』の字もないことを考えつつ、鋭い瞳をアメウナに向けた。
「で、アメウナ。どう責任を取る」
そこには先ほどまでのクソ爺の姿はなく、冷徹な導師だった。
アメウナは一瞬だけ鋭い視線をカガミヒメに向けた後、柔和な笑みを浮かべる。
「責任? 儂がかのぉ?」
「そうだ。儂をあそこまでこき使っておいて、分かりませんでした? 抜かすな」
「それを言うなら、あそこまで情報を与えておいて足取り一つ掴めなかったお主に問題があると思うのじゃがの?」
「お前の情報が悪かった。それだけだ」
婆と爺がメンチを切り合う。
今にも戦争が勃発しそうなほど空気が張り詰めた瞬間、
「喧嘩してないで仲良くしようぜぇ!」
いつの間にかアメウナとキョウラクの間にドカっと胡坐で座ったキョウラクが、二人の肩を叩く。見た目の年齢的に二十代後半らへんなのだが、やっていることは小学生だ。
っというか、ハチマキとマントが本当にダサい。
「「……はぁ」」
アメウナとキョウラクはそんなタケミナカに呆れ、溜息を吐いた。
そして少し間を開けて、
「アメウナ様。最大候補である鈴木大輔と佐藤直樹はどうでしたか?」
「調査の結果だけ言えば白でございます、姫様」
アメウナは深々と頭を下げながらそう申し上げる。
「では、貴方の勘は」
「確実に黒と。確かに過去、彼らは交友、家族、先祖。他のありとあらゆる事柄において魔力、妖力、仙力。また、海外の幻力の機関に関わっておりませぬ。じゃが」
「
「はい。百目鬼芽衣の娘であるプロミネンス――百目鬼杏を通じて知り合ったとも考えらると」
「ですが、資料を読んだ限りでは、杏様が鈴木大輔、佐藤直樹を学校内で孤立から守るために動いたとしても、そこまで親しくなる可能性はないかと」
「はい、じゃが――」
アメウナが続けようとして、キョウラクが横から口を挟む。
「だが、ホワイト――白桃雪の弟を助けた件でそれは十分にあるだろうて。先日なぞ、その件で最大候補者たちは訪れたからな」
「憶測が過ぎるのでは? 単に礼の可能性もあるでしょうし」
カガミヒメの問いに、キョウラクではなくアメウナが答える。
「そこです。姫様」
「そことは?」
「以前、白桃雪は
「……体制が体制です。そこまでの捜査能力も余裕もなかったと」
「じゃが、あれだけの事件。多くの警察も関わっております。目撃者もそれなりにいます」
「つまり、雪様が鈴木大輔と佐藤直樹と知り合う事自体が不自然だと?」
「はい」
アメウナが頷く。
と、そこに、
「一発殴りに行けば済む話だろ?」
何、みんなしてそんな事で難しい顔しているんだ? と言わんばかりに能天気な声音が響き渡る。タケミナカだ。
「一発殴りに行って、力があれば反撃、そうでないならやられるだけだろ? 治療は姫様がすればいいんだし、問題ないだろ」
「……はぁ。タケミナカ様はもう少し導師としての自覚を持ってください」
「持ってるぞ? だから、こんなチンケな事で悩んでる暇はないと思うんだが」
「……チンケな事ではありません。国家の危機の一つです」
頭痛が痛いと言わんばかりにカガミヒメが眉間を押さえる。
「もし本当に彼らがNとDならば、その反撃でどれだけ私たちが損害を負うと思っているのですか? 敵は未知。しかも、ここまでの調査で強力な認識操作の力を持っているのは確実です。彼らの言葉も無視できるものではありません」
「ああ、神和ぎ社が消えるって話か?」
「そうです。もし
「……分かったぜ、姫様」
タケミナカはカガミヒメの言葉を一考し、頷いた。
……頷いたからといって建設的に話し合いに参加する気もないのだが、まぁ置いておこう。
「……結局のところ様子見ですか」
「それしかないかと。今のところ
「調べたのですよね?」
「はい。天から地まで。全てを」
アメウナの言葉にカガミヒメは小さく溜息を吐いた。
「せめて私が降ろせればいいのですが」
「ヒメ。あまりご自身を責めぬように。高天原にお籠らさられている以上、人である儂らにできることはありませぬ」
「……そうですね」
凛ッと寂しく鈴が鳴った。
Φ
そして大輔と直樹は、
「これさえ終わればっ!」
「おい、フラグだぞっ!」
無機質な地下室で、魔方陣を紙に描き続けていた。