「主様、何しておるぞち?」
「仕事」
無機質な部屋。窓はなく、調度品も殆どない。六畳の硬質な床と簡易のキッチンが備え付けられている。
そんな部屋の床に胡坐をかき、茶髪金目の美青年――八神翔はチマチマと作業していた。もちろん服は着ている。ラフなシャツとジーパンだ。
そんな翔にしなだれているのが、
「針子がぞち?」
「直樹の手伝いだ。加護縫い程度なら僕でもできるからな」
聖剣エクスィナに宿る聖霊、エクスィナ。
幼く整った容姿は、されど静謐さに溢れ
瞳はビー玉のように煌めき、虹彩は黒く、その内にある瞳孔は純白。
女神によって作り出された聖剣に宿る聖霊だ。普段は霊体として聖剣に宿っているが、今は実体化している。
人外らしい神聖さと美しさを兼ね備え、圧倒的な雰囲気を放っている。十人いれば十人跪いて
なのに、ほぼ服を着ていない。全裸だ。
ツルペタロリの体型なのに、胸と股以外を隠していない。しかも、その胸と股を隠しているのはほぼ紐といっても過言ではない白布だ。
そんなエクスィナは翔の肩に顔を乗せ、
「重い」
「はうっ。……ハァ、ハァ」
翔はエクスィナをデコピンする。
エクスィナは恍惚とした表情を浮かべる。ハァハァと震えている。気持ち悪い。
それを見て、翔はポツリと呟く。
「……気持ち悪いな」
「ぞち!? きゅ、急にドストレート罵倒されたら、ゾチ、ゾチ!!!」
エクスィナはビクンビクンと震える。床でのた打ち回る。
まるで愛欲に溺れているようなありさまだ。見た目がツルペタロリ故に犯罪臭というか、ギャップが凄い。酷すぎる。
……
エクスィナは、そのなんというか、残念なのだ。
露出が好きで、罵倒されたりするのも好きで……
詰まるところ、露出大好きドMなのだ。
聖剣に宿る聖霊なのに。アルビオンでは、一種の信仰すら抱かれているのに。
終わってる。可哀想。
だが、最初からこんな終わった存在ではなかった。
「ホント、今からでもクーリングオフできないのか?」
「おほぉ。ゾチをこんな有様にしたのは主様なのに、
「……はぁ」
翔がエクスィナを終わった存在にしたのだ。
そして、幸か不幸か、その歴代の勇者は全員天才だった。武に優れ、知に優れ、魔法に優れ……
オールマイティーとも言うべきか。そもそもそういう実力と才をもった存在が勇者として選ばれたのだ。
だが、翔の場合は違う。
確かに翔の
だが、それは今の翔だ。
元々翔は日本人である。争いなどとは無縁中の無縁。
実力など皆無だったのだ。
そしてさらに悪いことに翔の
案外脳筋で、為せば成る、頑張ればもっと成る。と言った具合だった。
つまるところ何が言いたいかと言えば、
「剣道でも習ってれば結果は違ったのか……」
剣の扱い方がとても下手くそだったのだ。それはもう、王国最強の騎士や剣聖などと言った剣の達人が翔の教育を放棄するくらいには、下手くそだったのだ。
剣の扱いに最初から優れ、滅茶苦茶丁寧に扱われていた
刃こぼれ上等、振り回して当たれば問題なし! と言った具合に乱暴に扱われたり。暴力的なまでの魔力を
色々と酷かったのだ。扱いが。
封印されてコンタクトを取るのも命がけだったはずの女神が、慌てて泣きながらもっと丁寧に扱ってくれと懇願する程だったのだ。
ただ、その女神が翔に剣術の正しさを説いた時には時すでに遅し。
数千年間、蝶よ花よと丁寧に扱われてきた
「っと、汚物を嘆いている暇はないんだった」
「ナチュラルに罵倒っ! ハァハァ……」
……まぁ翔も翔なのだ。隠れドSというか、誰かを傷つける事が苦手なはずなのに、エクスィナ相手にはS全開だったりする。
お似合いだった。
ビクンビクンと震えるエクスィナを放置プレイして、翔はぬいぐるみキーホルダーを目に見えない速さで量産していく。
直樹がネットショップで売っている商品の一つだ。
これを身に着けていると、何かと運が良かったり、好きな人に告白されたりと、そんな口コミが広がって大量の注文が入っているらしい。
ここ最近は忙しすぎて作る暇がなく在庫が危うかったため、直樹が翔を雇って働かせているのである。
翔も翔でやることがないため、そして今後のためにもお金は入用なので、汗水流して大量生産しているのだ。
そうして、一時間近く経った後。
「よし、ひとまず終わったな」
「ご苦労ぞち、主様」
「ありがとう、エクスィナ」
先ほどの気持ち悪い表情は何処へやら。
神聖で悠然な雰囲気を纏ったエクスィナは翔に水が入ったコップを渡す。翔は礼を言ってそれを受け取り、
すかさずエクスィナが空になったコップを受け取る。脇に置き、翔に尋ねる。
「ところで、いつまでここにいるぞち?」
「ああっと、僕とエクスィナ、特にエクスィナだな。その一時的な身分証明書ができるまでだ」
「……そうではない。父上殿や母上殿に会わなくていいのかと聞いているぞち」
その純白の瞳孔が開き、宝石の如き美しい黒の瞳が翔を射貫く。
翔は苦笑した。
「……確かに会いたいな」
「ならっ!」
「だが、僕はこっちで死んだ身だ。会うにしてもそれ相応の準備がいる。直樹たちが一度コンタクトを取ったらしいが、頑として対応しなかったらしいしな」
「……それは確かにそうであるぞちが……」
エクスィナは消沈する。
見ていて少し辛いのだ。
翔はとても家族思いだ。それは、翔の
だからこそ、近くに家族がいるのに我慢して会いに行かない翔を見ていて辛いのだ。
そんなエクスィナの想いに感謝しつつ、翔は微笑んだ。
「それに、会うなら灯や麗華たちと一緒にだ。まぁ生きているだけでも一波乱なのに、娘さん二人を貰いました、って言うからな。準備が必要なんだ」
「ゾチたちの事も紹介するぞちな?」
「当たり前だろ。……まぁ紹介するまでに乗り越えなきゃならない壁がいくつもあるが」
そう言って翔が背伸びをしたとき、
「おい、終わったか?」
「終わったぞ」
「そうか。なら、渡すからちょっと待ってろ」
「分かった」
帰宅した直樹が扉から顔を出す。翔が注文通りの商品を作ったことを確認し、その分のお金を取りに行く。
そう、翔は直樹の家の地下室の一室でエクスィナと仮住まいしているのだ。
翔はポケットからスマホを取り出し、こんな時間か、と呟く。立ち上がり、部屋の外に出る。エクスィナもついていく。
早歩きし、直樹に追いつく。
「それでどうだったんだ、今日?」
「普通だったぞ」
「嘘だな」
「嘘ぞち」
翔とエクスィナが即座に否定する。直樹がうぐっと言葉に詰まる。
地下とリビングを繋ぐ昇降機に乗り込み、魔力で起動させながら直樹はニヤニヤと笑ってる翔とエクスィナを睨む。
「……本当だ。お前らが思っているようなことはなかった」
「じゃあ、どんな事があったぞち?」
「母は強し、と思っただけだ」
「……どいう事だ?」
翔は首を傾げる。エクスィナはもしかして、と言う。
「ユキの母上殿が勘付いておったという事ぞち?」
当たりだ、と頷きつつ、直樹は胡乱な目をエクスィナに向ける。
「……お前、エクスィナか? なんでそんな真面な受け答えしてやがる」
「おほっ。まるでゾチが真面ではないと言わんばかりぞち」
「そうだろ?」
「あぁんっ!」
エクスィナがビクンビクンと震える。翔が少しだけ不機嫌になり、直樹はそれを見て本物か、と頷く。
翔が直樹とエクスィナの間に入りながら、説明する。
「エクスィナは今、矯正してるんだ」
「できるのか?」
「ぁハァ――」
「してるんだ。父さんたちに会うときのためにな」
「……臭い物に蓋って知ってるか?」
「知ってる。僕も正直意味ないと思ってるが、エクスィナがな」
直樹と翔が昇降機の壁にもたれかかっているエクスィナを見やる。生まれたての小鹿のように足を震わし、ハァハァと喘ぎ声を漏らしている。
全くもって隠れていない股から、何かが流れていなくもないが、無視する。
「それよりまず服を着させろよ。ほぼ全裸じゃねぇか。ってか、詩織に姿見せてねぇだろうな?」
「見せてない。情操教育に悪いからな。見せないように頑張った」
「情操教育に最も反してるやつが何言ってる」
あふぅん。ヤバいぞち、ヤバいぞち! とくぐもり声が聞こえてくるが無視する。
「まぁ、一応服は着てくれるんだ」
「着るのが当たり前なんだがな?」
「だが、なんというかそれでも露出高めなんだ」
「……そういえば、コイツ服着るの極端に嫌がってたな」
「そうだ。元々剣だからな。鞘以外纏うつもりがないとか、どうとかでな」
翔は果てて意識を飛ばしているエクスィナを見やる。異空間から布と下着、服を取り出し、慣れた手つきで着替えさせる。直樹はそっぽを向く。
着替えが終わったら、翔は気をやっているエクスィナをおんぶする。
「で、服を着ると基本的に歩くことすらままならんらしいだ」
「……向こうだとほぼ全裸でも全く気にしなかったからな……。改めて考えると慣れって恐ろしいな」
「だな」
いけしゃあしゃあと頷く翔に直樹が咎める。
「原因お前だからな? コイツがこんな汚物になり下がったの、お前のせいだからな?」
「まぁ、反省はしてる」
「後悔は?」
「してない。エクスィナは今の自分を好いてるし、僕も好いてるからな」
「……チッ」
「舌打ちするな。そっちが聞いたんだろ」
甘ったるいものを口に含んだかのように、直樹はしかめっ面し、翔は溜息を吐いた。
「それで白桃さんのお母さんはどこまで気が付いてたんだ?」
「白桃が危険な目に自ら飛び込んでるくらいだろう。まぁ、優斗のこともあるし、ちょっとばかし不可思議には勘付いてるかもしれないが」
「そう。で、僕の仲間になる気になった?」
「いや、ならん」
「家族ぐるみで付き合う約束しちゃったのにか?」
「問題ない。向こうも慎重になってるし、このままなぁなぁで流す」
「……大抵そういう場合は流せないんだぞ」
直樹が耳を押さえて聞かなかったことにする。
ついでに経験者が語ると言わんばかりの表情をしている翔の膝を蹴る。
「マジでお前、灯さんと麗華さんの両親に殴られろ」
「それも覚悟してる」
「……チッ」
流石、ハーレム野郎。と直樹は内心思いつつ、舌打ちする。何度も舌打ちする。
「……まぁ直樹。なるようにしかならん」
「成るように為すんだ」
「それは直樹の意志だと思うけど、彼女たちにも彼女たちの意志があるからな」
「……分かってる」
直樹は渋々頷いた。
「はぁ、ミラとノアに会いたい」
「会うんでしょ。一か月後には」
「まぁな。お前――まぁエクスィナがこっちに来てくれたおかげで、魔力もどうにかなりそうだしな」
「ティーガンさんたちには苦労をかけるが」
「元々、そのために動いたしな」
「それは建前だろ?」
「本意だ」
翔は呆れる。相変わらず、利己的というか偽善的というか、そう
そうしてそうこう話しているうちに、
「彩音さん、手伝います」
「ありがとう、翔君」
昇降機はリビングに昇っていて、ちょうど夕食の支度をしていた彩音の手伝いをするのだった。