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閑話 どうか力をお貸しください

「少し遊びませんこと?」

「は、はいぃ!」

「……ん」


 放課後。


 今日は茶道部の活動がないため、望、時雨、祈里は姦しく下校していた。


 金髪ドリルを揺らし気品ある仕草とプロポーションの望。毛先が青交じりの黒髪を無造作に伸ばし猫背伏目の時雨。艶やかな黒髪を腰まで降ろし無表情で色々な電子機器を身に着けている祈里。


 傍から見ると、まったくもって属性の違う三人だが、とても仲がよさそうだ。


 そんな三人は、


「ところで支部に行ったのかしら?」

「い、行ってないですぅ」

「……ない」


 ともに千葉県を混沌の兵士スキャーヴォから守ってきた魔法少女である。


 そんな彼女たちの魔法少女としての勤めは終わり、今は一時の平穏を楽しんでいたのだった。


「の、望は行ったんですかぁ?」

「わたくしはいきましたわ」


 駅の近くに併設された大型デパートへ移動しながら、望は頬に手をあてる。


「けど、恵美さんがいなかったんですの」

「……仕事、忙しい?」

「それもあるようですわ。あれからまだ一週間。いまだに連絡の取れていない元魔法少女もいるようですし」

「な、何か引っかかることもでもあるんですかぁ?」


 望が眉間にしわを寄せたのを見て、時雨は尋ねる。


「どうにも別件があるようですの」

「……別件?」

「ええ。杞憂ならば問題ないのですが、わたくしたちの知りえないところで良くないことが起こっているように感じたのですわ」

「あ、杏ちゃんからは連絡あったんですかぁ?」

「ありませんわ。だから、魔法少女絡みではないと思うのだけれども……」


 ≪直観≫が使える杏には、もし万が一魔法少女関連でおかしな事が起こっていないか一日に幾度か調べてもらうように頼んである。


「まぁここで考えても詮無きことですわね」

「……ん、だから早く電気屋いこ」

「く、靴屋ですぅ!」


 時雨と祈里が己の行きたいところを主張する。いつものことだ。


 なので、望はやれやれと思いながらずいっと二人を引き離す。


「その前に服を見に行きますわよ。……あなた達、去年の秋服を着るつもりじゃないですわよね?」

「そ、そのつもりですぅ。丈夫な服たちだから、まだ――」

「も、問題ない。服ならたくさんあ――」


 望は二人の耳を引っ張る。


「時雨。あなたが言う丈夫な服って二着ですわよね? 二着で着まわすつもりかしら? それに祈里。たくさんあるといいましたけれども、すべて無地の黒ですわよね? 喪服のような服ばかりでは味気ないですわ! モードを取り入れる必要はないですけれど、季節にあったワンポイントくらいあった方がいいですわ」

「……面倒」

「わ、分かりますぅ」


 時雨も祈里もげんなりする。数か月前の初夏の時もそうだったが、望は口うるさいのだ。特に時雨と祈里の身の回りの事になると。


 やれ、もう少し服に関心をもてだの、肌や髪、その他のケアをしっかししろだの、化粧の仕方を学べだの。


 まぁ、そう言ってくれる事がとても嬉しいのだが、疲れることには疲れる。


「ついでに修学旅行に必要な品も買いますわよ」


 時雨は、今日はカッコいいブーツを眺められないのか、と、祈里は、今日は最新の家電を眺められないのか、とがっくりと肩を落としつつ、望についていった。



 Φ



 夜の帳はとうの前に下りていて、人通りの少ない住宅街を望たちは歩いていた。成り行きで望の家で夕食をごちそうになることになったのだ。


「……重い」

「わ、分かりますぅ」


 学校指定のバックと、色々と買った――買わされた――衣服やアクセサリー、化粧品が入った二つほどの紙袋。祈里も時雨も紙袋の重さにげんなりする。


 そんな中、五つほど紙袋を抱えた望が首を傾げる。望は衣服などのほかに、秋の挨拶等々で親戚や知り合いに配る配り物も買っていた。


「重いって、あなた達、嘘ですわよね?」

「……嘘だけど」

「ち、力が異様にあるのでぇ」

「そうですわよね」


 魔法少女として覚醒した彼女たちの身体能力は高い。その華奢な肢体では考えられないほどの膂力がある。


 だからか、大人の男性でも重いと感じる程の紙袋を抱えた望は軽々とした足取りで歩きながら、頷き――


「あなた達っ!」

「……んっ」

「わ、分かってますぅ!」


 全員、その場を飛び退いた。


 遅れそこに。


「チッ、下等生物補給物資が」

「勘がいいのかしら?」


 死人のように肌が青白い外国人が二人、現れる。片方は赤髪が特徴的な偉丈夫。もう一人は紫髪が特徴的な美女。望たちを食べ物と言わんばかりに見下し、舌なめずりをする。


 望はそんな二人を油断なく観察する。ハンドサインで時雨と祈里にいつでも魔法少女に変身できるように伝えておく。


「ごきげんよう、異国のお方。わたくしたちに何か御用ですの?」


 望は必死に思考を巡らせる。


(相手は……堅気の方、いえ人であるかどうかも疑わしいですわね。見たところ相当疲弊している様子。衣服もボロ。……交渉は――)


「はんっ。下等生物が私たちにきやす――」

「おい、御託はあとでいい。とっとと喰ってあいつ等と合流するぞ」

「それもそうね」


 赤髪と紫髪から不穏な雰囲気が漂い始めた。望たちは腰を落とし、臨戦態勢を取る。


(通じなさそうですわね。己惚れているのか、事実なのかは……見当つきませんが、最悪を想定した方がいいですわね)


 そして。


「逃げますわよっ!」

「は、はいぃっ!」

「……んっ!」


 望たちは踵を返し、脱兎のごとく逃げ出す。


「行かせるかっ、極上のッ!」

「止まりなさいっ!」


 バサリと蝙蝠の黒の翼を生やし、赤髪の男と紫髪の女――吸血鬼ヴァンパイアは望たちを追いかけ、飛翔する。


 望たちは蝙蝠の翼を生やす人外に驚きながらも、走りを止めない。それでも徐々に吸血鬼ヴァンパイア二体が接近してくる。


 祈里が叫ぶ。


「……望、変身っ!」

「まだですわっ! それより、遅れないでくださいましっ!」


 望は首を振り、走る速度を上げる。地元故、望はここら一帯の地形を把握している。だから、入り組んだ住宅街に迷うことなく走り抜ける。


 時雨と祈里は必死に望についていく。


 そんな望たちを吸血鬼ヴァンパイアたちは追いかける。


 が。


(……横切らない? 何故?)


 空を飛んでいるのだ。なら、少し高く飛んで直線的に望たちを追跡すればいい。なのに、二体の吸血鬼ヴァンパイアはそうしない。


 わざわざ、住宅の上を避けるように飛んでいるのだ。横切らないのだ。


 と。


「高度を上げるぞっ!」

「分かってるわよっ!」


 二体の吸血鬼ヴァンパイアが空高く飛翔した。およそ、十メートル近く。そこから望たちを追跡していく。


(もしや……)


 それを見て望は一つの仮説を立てた。


 そして。


「跳びなさいっ!」

「……んっ!」

「はいぃっ!」


 望は通常の少女、いや人では考えられないほどの跳躍力をもってして、隣にあった豪邸の塀と飛び越える。


 祈里と時雨もそれに続く。


「……大丈夫?」

「問題ないですわ。うちならば万が一言い訳が聞きますし、それに……」

「え、え、なんでぇ?」


 豪邸――望の家の庭に佇んだ望は、予測通りと頷いた。


「どうやらあの方々たちは、家に入れない様ですの」

「……家って敷地も?」

「たぶん、そうですわ」

「け、けど上空にいますぅ」

「一定距離離れると問題ないようですの」


 上空で右往左往している吸血鬼ヴァンパイア二体を見上げながら、望はそう結論を出す。


 が、それはやや早計だった。


「ッ、≪金剛≫ッ!」


 望は慌てて魔力をうねらせ宝石の壁を作り出し、豪邸全体を覆う。


 すれば、天から巨大な血の濁流が滝のごとく落とされる。


「くぅっっ!」


 あまりの重さに望は唸る。また、己の失態に歯噛みする。


(攻撃できないわけではなかったっ!)


 そう、家の敷地内に入れないとはいえ、その敷地に向かって攻撃できないとは言ってなかったのだ。


「……望、周りがっ!」

「分かってますわっ!」


 また、望は攻撃の規模の想定も甘かった。今は宝石の形状を操作して血の濁流が周囲の家々に流れ込まないようにしているが、いつまでもつか。


 だから。


「わ、私が押し流しますぅっ!」


 一瞬で魔法少女姿へと変身した時雨が清流の滝を作り出し、下から上空へ落とす。血の濁流と拮抗し、血が混ざった水が上空一帯に広がっていく。


 けど、一瞬だけ隙ができだ。


 祈里は≪氾浪≫の行使に集中している時雨を背負い≪影踏み≫で、望は≪金剛≫で一瞬一瞬小さな宝石の足場を作り出して、その場を離脱する。


 まずは、住宅街から離れること。それを最優先に二人は全速力で空中を駆ける。


 されど、住宅街は続く。住宅街でなくとも人が少なく、暴れても人的被害がでない場所が遠いのだ。


 三人は魔法少女だ。戦闘経験も豊富だ。


 けど、彼女たちが戦闘を重ねてきた場所は、混沌の異界アルヒェだった。直接的に守る人のいない世界だった。


 けど、今は自分たちがその場所にいるというだけで、関係ない人を危機にさらしてしまう。


 戦い方が下手なのだ。そういう守る戦い方を学んでいないのだ。


 全員、情けなさと悔しさで顔を歪める。必死に考えるが、いい案は思いつかない。


 そうこうしている内に。


「だ、だめぇっ!」


 時雨が苦悶に満ちた叫びを上げる。どうやら、時雨が魔法で作り出した水の支配権すらも奪われそうになっているらしい。


 このままではっ! 


 そう、望たちの頭に嫌な予感がよぎった瞬間。


「消えてください」


 穏やかな男性の声が響いた。


 それと同時に血の濁流と清流の河がまるで最初から存在していなかったの如く消え失せた。


「……仲間……ですの?」


 ザッと空中で立ち止まり、望は上を見上げる。


 そこには蝙蝠の翼を生やした白髪の初老吸血鬼ヴァンパイア――プロクルがいた。


「お、お前は、誰だっ!?」

「その力はなによっ!?」


 強化された聴力が赤髪男吸血鬼ヴァンパイアと紫髪女吸血鬼ヴァンパイアの叫びを聞き取る。


「……あなた方が今まで追い求めてきた力の一端でございます」

「力、い――まさかっ!?」

「貴様っ、よくもっ!!」


 赤髪男吸血鬼ヴァンパイアと紫髪女吸血鬼ヴァンパイアがプロクルに襲い掛かる。


 けれど。


「私としてはあなた方は抹消して置きたいのですが、申し訳ございません。ティーガン様のために生贄を増やしておきたいので」


 不可視のたわみが走ったかと思うと、赤髪男吸血鬼ヴァンパイアと紫髪女吸血鬼ヴァンパイアの体がバラバラに引き裂かれ、


「イーグルヘラント、ゥゥィエアッラッタ。牢獄に消え去れ」


 血のあぎとがそれらを食らう。小さく縮み、血の石となった。封印されたのだ。


 プロクルはそれを片手に収めると、望たちの方を向き、蝙蝠の翼をはためかせた同じ高さまで降りる。


 望たちはすぐに逃げられるように警戒態勢を取る。


「花園望様、雨越時雨様、佐々塚祈里様、どうか力をお貸しください」


 プロクルはそんな望たちに苦笑しながら、頭を下げたのだった。


 これは予定通り。


 直樹との戦闘で激しく消耗した赤髪男吸血鬼ヴァンパイアと紫髪女吸血鬼ヴァンパイアをわざと望たちの近くで待機させ、そして自分が望たちと接触する機会を作り出したのだ。


 クロノアを消し去るためのエネルギーを協力的に得るために。



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