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二十二話 それが願いなのです

 密封されたはずの血の繭の中から、悍ましい絶叫が響き渡る。


「デジール゛ザマ゛ァァァァァァァッッッッッッ」

「しつこい女は嫌われるぞっ!」

「直樹さんは私を嫌ってるんですかっ!?」

「軽口叩いている時かえっ?」


 這いつくばり息絶ええで、今にも気絶しそうな直樹と雪は、だが己を奮い立たせるためにハッと嗤う。ティーガンもだ。


 しかしどんなに足に力を入れ立とうとしても、立てない。肉体はすでに限界を超えていたのだ。気力だけではどうにもならないのだ。


 と、タイミングが悪い。クロノアが目を覚ます。


「ぅん……ここは」

「デジ……ル゛ザマ゛……にハン……ガッァァゥ」


 それと同時にリシカは、永遠の血の繭から四肢を這い出す。


 悍ましい。


 この一言に尽きる程、人のかたちを保っておらず、どす黒い血で構成された『何か』となったリシカは、醜く這いずる。固形物に近い血の塊みたいだ。


 瞬間。


「ジゴ……マ゛……イ゛に……ハンエイ……ヲ゛ッッ!」


 ギギギッと、もう失ったはずの片翼の時之血歯エママキナホーロロギオンを空中に唸らせ、悍ましいリシカ、いや『何か』は自分とその周辺の時を加速させる。


 つまり。


「……ぁ」


 転移。そう錯覚する程の一瞬でクロノアに接近する。


 自らとその周囲の時間を加速させる事により、世界より早く流れる時を生きる。直樹たちにとってそれは瞬く一時であるが、リシカにとっては数百年にも近い時。


 その加速された数百年の時の中で、亀よりも遅々とした速さでクロノアに接近したのだ。


 だが、どっちにしろそれはリシカにとってであり、直樹たちにとっては転移と変わりない。


 『何か』となり果てたリシカは、どす黒い血を渦巻かせ、クロノアを取り込む。喰らう。そのまま血の渦を周囲に作り出し、空間を歪める。


「チィッ!」

「届いてッ!」

「クロノアッッ!」


 直樹たちは慟哭にも似た叫びを上げるっ!


 直樹は鋼糸を、雪は桜の花弁一枚を、ティーガンは血に変え伸長させた人差し指を、血の渦に触れさせる。


 よって。


「うっわ、厄介なの連れてきたね」

「雪っ!?」

「ティーガン様っ!?」


 大輔たちと合流する。


 朦朧とした意識の直樹たちは空中に放り出される。着地態勢をとることもできず、あわや地面に激突するかと思いきや。


「大丈夫ですか?」

「ぁ、ありがとう……冥土ギズィアさん」

「感謝するのじゃ」


 冥土ギズィアが雪とティーガンを抱きとめる。すぐさま、二枚の黒羽根ヴィールで二人の治療を開始する。


 では直樹?


「イ゛ダッ!?」


 地面に叩きつけられた。カハッと血反吐を吐き、泡を吹く。


 だが、ここで終わらないのが冥土ギズィアクオリティ。


 意識を保っているのが奇跡と言えるほどの雪とティーガンをゆっくり地面寝かせた冥土ギズィアは、直樹の腹に片足を乗せる。


「さて副創造主様サブマスター。遺言をお願いします」

「ァッ! ちょ、マジでっ、なんでっ!? し、死ぬっ! っつか、あれが見えてないのかっ!?」


 血反吐を吐いた直樹は、グリグリと片足で腹を押しつぶす冥土ギズィアに怒鳴る。直樹が少し横に視線をやれば、そこにはクロノアを取り込み、更に悍ましく醜くなった『何か』のリシカが、デジールを閉じ込めている結界そのものを喰らっていた。


 だが、大輔はそれを阻止しない。阻止できないのだ。


 何故なら。


「把握しております。馬鹿で阿保な副創造主様サブマスターが巨大な制御不能のエネルギー体を連れてきたことを。暴発すればここら周囲一帯の時間が歪み、崩壊する事を」


 下手に手を出せば、ここら一帯のみならず、イギリス全土、いや地球の半分近くの時の流れが歪み、加速したり、巻き戻されたりする。


 つまり、危機的状況だ。


「分かってるんなら、足をどけろやっ! っつか回復してくれ!」

「嫌です。副創造主様サブマスターがついていながら、雪様があのような状態。内臓が潰れ、骨の殆どが砕けている。治癒魔法系で無理やり動かしていたようですが、普通の人間なら死んでいます」

「………………へ?」


 直樹は思わず呆ける。マジマジと冥土ギズィアを見た後、大輔にチラリと視線をやる。大輔は首を振る。


「え?」


 そしてもう一度直樹は呆ける。


 それが気に入らなかったのか、冥土ギズィアはガチャコンと片腕をガトリング砲に変形し、直樹の顔に突き付ける。


「死して償いな――」

冥土ギズィアさん……大丈夫です」


 が、冥土ギズィア黒羽根ヴィールで少しだけ回復した雪が、ゆっくりと立ち上がり冥土ギズィアを止めた。


 フラフラしている雪を支えた冥土ギズィアは、その澄んだ黒の瞳を見て、溜息を吐いた。


「……はぁ、分かりました」

「ありがとうございます」


 おや? ここにも百合の花が? 冥土ギズィアがいるから黒百合か?


 そんなどうでも良いことを考えるくらいには、珍妙な物を見た直樹は、血反吐を吐きながらゆっくり立ち上がる。


 実のところ、冥土ギズィアは直樹を片足で踏みながらも、一応回復していたのだ。それでも最低限だが。雪たちに施しているような治療はしていない。


 と、苦笑しながら大輔が直樹に回復薬が入った試験管を直樹に渡す。


「はい、これ」

「俺もあっちがいいんだが」

「無理でしょ? 冥土ギズィアの魔力は白桃さんと、あとティーガンさん? かな。に費やされてるよ」

「……分かってる」


 試験管をあおる。すると、死人のように真っ青だった顔色が良くなり始めた。それでも多少マシであって、立っているのがやっとだが。


「なぁ、確認なんだが、どのレベルだ?」

「イザベラやヘレナさんレベル。因みに杏も何故かそこに入ってる」


 冥土ギズィアには、特定の人物に対してどれだけの保護をするかというレベルが大体1から5まで存在する。5が最高だ。


 大輔と直樹は5であり、また異世界での仲間や大輔たちの家族は4だ。それは絶対であり変更はない。その他諸々のレベルに関しては、大輔と直樹の命令や冥土ギズィア自身の裁量によって決まる。


 ここで重要なのは、大輔たちが強固な設定命令をしなければ、特定の人物の保護レベルをレベル4以上にできないのだ。


 なのに、何故か雪や杏がそこに入っている。大輔も直樹も命令していないのに。


 だからこそ、直樹は思わず呆けたのだ。


「……名前? っつか呼び捨て?」

「まぁ色々あってね」


 冥土ギズィアが支えている雪に杏が、横たわっているティーガンにはウィオリナとバーレンが駆け寄っているのを見やりながら、大輔は揶揄からかうように口元を歪める。


「どっちにしろ、今の気分は?」

「天まで聳え立つ外壁を建てられた気分だ」

「まぁ直樹って冥土ギズィアに甘々だからね。あそこまでされて、本気で怒る事もないし。たいていの頼みならなんだかんだ言いながら無条件で受けちゃうし」

「うるさい。……っつか、お前はどうなんだ?」

「僕? 僕は問題ないね。イザベラ一筋だし」

「俺もだっ」


 そんな会話をしている間に、クロノアとデジールを取り込んだ『何か』のリシカは、蠢いていく。


 周囲に血の歯車を投影しては、壊れたが如くギギギと廻し、そして消える。


 それを何度も何度も何度も繰り返し、容を変えていく。


「現状は?」

「まだ駄目。少しでも刺激を与えたら、即暴発」

「そうか」


 少し回復した大輔は、“天心眼”等々で『何か』のリシカを調べていく。それらの情報を共有された冥土ギズィアは、雪や杏、ウィオリナたちに状況説明をしている。


「目標は?」

「時の核らしき物が見えるか?」

「見えるね」

「クロノアっていう始祖だ。始祖は分かるか?」

「まぁ。で、彼女を隔離すればいいの?」

「そうだ。あとはあれの抹消だな」

「隔離は……問題なさそうだけど、抹消はちょっと」

「だろうな」


 安定化に向かっている『何か』のリシカを解析した大輔が、今の彼我を確認してそう結論付けた。


 それに異論がない直樹は、だがそれでも溜息を吐きながらガシガシと頭を掻く。


「はげるよ」

「生やす。っつか、何か案は?」

「どうにでもなれって感じだよ。タイミングが悪すぎる」

「だな。[極越]使ってなければ、もう少しやりようがあったんだが……」


 建設的な話し合いも出来ず、そうこうしている内に。


「ガァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!」


 『何か』と成り果てたリシカが安定した。


 それは宙を浮くどす黒い血の塊だ。


 節々から血の歯車が連なった触手を伸ばし、蠢かす。顔とおぼしきところには、巨大な血の歯車が二つ埋め込まれていて、ギョロギョロと廻っている。


 『何か』のリシカがいる上部の空は、一瞬一瞬の間に夜になったり昼になったりしている。奇怪だ。


 そんな存在を見上げた大輔は、おもむろに右手のイーラ・グロブスを上げ、引金を引く。


 が、『何か』のリシカにたどり着く前にホロホロと崩壊していき、ちりとなる。


「朽ちる、か」

「だね。防衛したというより、そもそも加速した時間を纏っている感じかな?」


 さて、どうしようか。


 落ち着いた会話の裏で二人が必死に思考を巡らせていたその瞬間。


「封印っ、ですわっ!」

「ガァァァッッ!」


 突如現れた巨大なダイヤモンドが、『何か』のリシカを押しつぶそうとする。『何か』のリシカは、それに抗う。


 ダイヤモンドの周囲に血の歯車が浮き、高速で回転していく。それでものダイヤモンドは、その血の歯車を吸収していく。


 そのまたたく僅かに。


「降り注げっ、〝ウォーターサンダー〟ッ!」

「虚在。隔離」


 百にも昇る雷を纏った水弾が現れる。それは鮮血の光を纏い、半透明となる。雷が迸っているのに、音が聞こえず、まるでこことは別の場所にあるかのようで。


 そんな雷を纏った水弾が掃射される。


 それと同時に、大輔たちの上部に空間を断絶された結界が作り出され、『何か』のリシカと別けられる。


 と。


「顕在」

「ィィイ゛イ゛イ゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」


 半透明だった水弾が時の防衛を突破した瞬間、実体化する。雷を迸らせ、空気をき、ダイヤモンドと拮抗している『何か』のリシカを穿つ。


 穿てるのだ。時の流れが異常な『何か』のリシカに攻撃が当たるのだ。そして蠢く血の歯車の触手を消滅させる。


 心胆を寒からしめるその叫びが響き渡る中、小さなつぶやきが聞こえる。


「……闇の鎖よ。彼の者に楔を」

「ッッッッッッッッッ!!!」


 臙脂色の巨大な鎖が、ダイヤモンドごと『何か』のリシカを縛り付ける。絶叫すら上げられず、声にならない焦りが反響した。


 そんな中。


「では、存分に使ってくださいましっ!」

「受け取ってくださいぃ」

「……ん」


 浮遊する三人の覚醒姿魔法少女、ジュエリー――花園はなぞののぞみ、レイン――雨越あまごし時雨しぐれ、グリム――佐々塚ささつか祈里いのりは、首に刺していた血の試験管を放り投げる。


 受け取るのは。


「無理なお願いに答えて下さり、本当に感謝いたします」


 白髪の初老吸血鬼ヴァンパイア。つまり、現存する始祖の一人であり、空間の隔たりと世界同士の間にある存在しない空間――虚空に干渉する力を持つプロクル。


 五十年前から力の殆どをその虚空に移して存在を偽装し、普通の吸血鬼ヴァンパイアとして潜伏していたプロクルは、望たちに深々と頭を下げた後、受け取った血の試験管の三本を刺す。


 その試験管の中には、『魔法少女』である望たちの血が入っており、つまりプロクルの力が過剰なまでに横溢する。鮮血の極光が天を貫く。『何か』のリシカに匹敵するほどの力。


 同時に、望たちを空間断絶の結界で隔離する。自分と『何か』のリシカを空間断絶の結界で閉じ込めたのだ。


 そして、五十年前から虚空に溜め続けて血力と望たちから受け取った血力の全てを『何か』のリシカに突き付ける。


 瞬間。


「!!!!!」


 どんなに叫んでも響かない。存在が唸らない。


 つまり、全てがうつろ。虚無。


 静かにプラズマが迸り、全ての存在を否定し、無へと還す虚空が『何か』のリシカを包み込む。


 時の力と拮抗しているためか、それでも『何か』のリシカが消失することはない。


 が、それもいつまで持つか。それほどまでの力がそこにはあるのだ。


「チッ」

「厄介な」


 怒涛の展開に息を飲んでいた大輔たちは、けれどプロクルの、いやクロノアの意図を読み取る。


 その時には、ウィオリナや冥土ギズィアに介抱されていたティーガンが、プロクルに向かって怒鳴る。


「駄目じゃっ、プロクルっ! お主が死ぬぞっ! それにクロノアが――」

「全て承知しています。それが願いなのです」

「……ぇ」


 ティーガンが喘ぐ。まるでそれが当たるなと願うように。まるでそれを絶望を知ってしまったかのように。


 それとは、予定。決められた未来。


 数百年間溜めた力を消費して未来を見たクロノアが立てた計画未来。暴走したリシカとデジールに飲み込まれ繋がる事により、自身の存在を希薄化。それによりクロノア自身の自己防衛機構巻き戻しを無力化し、そのまま『何か』のリシカとともに消滅する。


 何故、そんな計画未来を立てたか?


 それは辛かったからだ。


 最初、クロノアは他の始祖と同じく『人』になる事を望んでいた。けど、数百年の時を重ねるごとに自分の為に『人』にならないプロクルやティーガンへ申し訳なさが募っていた。


 それに幾度か吸血鬼ヴァンパイアとの戦いで、肉体や魂魄が消失した『死』という感覚を味わい、自己防衛機構巻き戻しにより生きかえってしまったのも堪えていた。


 だが、決定的だったのは四百年前。


 その日、ティーガンが全力をしてクロノアを『人』にしようとした。それは半分成功しクロノアは一日だけ『人』になれた。が、自己防衛機構巻き戻しにより再び吸血鬼ヴァンパイアに戻ってしまった。


 それは、まだいい。それはまだ耐えられた。


 だが、その時の反動でティーガンが『人』に成れなくなったのだ。


 目の前が真っ暗になった。かける言葉すら見当たらず、ただただ申し訳なさと自身への怒りがクロノアを押しつぶした。『人』になりたい。一番最初にそう言ったのはティーガンで、一番それを望んでいたのを知っていたから。


 なのに、ティーガンはクロノアを責めることなく、謝ったのだ。『人』にできず、すまないと。そして次こそは、『人』にしてみせると。


 たぶん本気でそう思っていたのだ。一ミリもクロノアを怨まなかったのだ。


 その優しさに、強さに、辛くなったのだ。自分なんかのせいで、そんな優しさと強さをもったティーガンに『人』に成れない呪いをかけてしまったのだと。


 その時から、クロノアは決意した。もう『人』になることは望まないと。そんな事よりも自分がいなくなることを望んだ。そのための行動を開始した。


 それがティーガンとプロクルの為になると。


 幸か不幸か、それはクロノアの為にここまで吸血鬼ヴァンパイアとして生きてきたプロクルにバレてしまった。


 そしてプロクルは、クロノアの意思を尊重した。それどころか、自らも一緒に消滅すると言い放った。


 プロクルは思っていたのだ。自分に『人』となって死ぬ資格があるのか、と。役立たずで、ティーガンにだけ全てを押し付けたきた自分が。


 だから。


「さようなら、ティーガン。そしてごめんなさい」

「……ぇ。ぁ。クロ……プロ……ぁ」


 プロクルが虚空に包み込まれようとする。自らを虚空へと変え、抵抗している『何か』のリシカを飲み込もうとしているのだ。


 ティーガンが届かない何かを掴むように手を伸ばす。けれど途中であきらめた。


 直樹たちは悪態を吐く。


「ったく、最初から踊らされたってわけか。……チッ」

「だろうね。どれだけ先を視たかは知らないけど。勝手に人を巻き込んでおいて、はいさようならって。自分勝手すぎるよね」

「だな。大体、ティーガンの反動も人の件もどうにかできるんだから。……まぁあいつらが来るまで待つ必要はあるが」

「反動? 人? どういう――……あっ! 良いこと思いついた」

「……ちょっと待て」ポンッと手を打ち、冥土ギズィアや雪たちに顔を向けた大輔。直樹は少し考えこみ、肩に手をおいて制止しようとした。


 だが、無視。


「ねぇ、白桃さん、杏。どれくらい魔力ある?」

「え、ええっと≪想伝≫一回分です」

「≪白焔≫十発分だな」


 雪は戸惑いながら返事を返し、杏は消費魔力ほぼ零で発動していた弱い≪直観≫もあり、躊躇いなく答えた。それが、今後に繋がると信頼して。


 すると、大輔はニヤリと笑い、問いかける。


「じゃあさ、ムカつく?」


 その瞬間、意識を失う程強い疲労感に耐えていた雪が食らいつくように答える。


「当たり前ですっ! こんなの悲しすぎますっ!」

「アタシもだ」

「うん、だよね」


 と、食らいつくように答えたためか、雪がフラリと倒れ込む。杏が直ぐに抱きとめる。


 そんな様子を見て一瞬迷ったが、大輔は大丈夫かと頷き、直樹を見やった。直樹は顔を顰めつつも一応尋ねる。


「……何をすればいいんだ?」

「魔力ほとんどないでしょ? だからあの空間エネルギーを一点に流れるようにするだけでいいよ」

「だからの意味が分からないんだが。めちゃくちゃハードなんだが。っというか、やっぱり嫌なよか――」


 疲れ切って役に立たない肉体と精神が、されど鳴らす警鐘に従って、大輔を止めようとしたが。


副創造主様サブマスター、つべこべ言わず従ってください。そうすれば雪様に関してのお仕置きは少しだけ軽めにします」

「あ、お前っ!?」


 冥土ギズィアが羽交い絞めにする。それと同時に、


「じゃあ、杏、白桃さん。合図したら僕に魔力を注いで」

「ああ」

「はい」


 冥土ギズィア黒羽根ヴィールを展開。空間断絶の結界を無視して、転移門を作り出し、虚空が渦巻くど真ん中に繋げる。


 “収納庫”を発動し、手元を金茶色に輝かせながら、大輔が叫ぶ。


「直樹っ!」

「ああ、もうしょうがねぇなっ! 俺はやめろって言ったからなっ!」


 やけくそだ。そう言わんばかりに、直樹は“空転眼”を発動。真っ黒の瞳から血を流しながら、それでも渦巻く虚空のエネルギーを転移門に集中させる。


 プラズマを発生させていた全てを無に還すエネルギーが流れを持ち、転移門へと流れていく。


「今だよっ!」

「ああっ!」

「はいっ!」


 杏と雪。二人の魔力を受け取った大輔は気力をふり絞り、魔力一滴すら残さず手に持つそれに注ぐ。


 それを転移門に向かって投擲する。


 そして。


拓道の扉柄無ければ創れッ!」


 転移門を通り抜けたそれは、集められた虚空エネルギーを吸いつくしていく。


 金茶色に渦巻き、やがて晴れる。


「チッ、やっぱりかよ」


 直樹がそれを見て悪態を吐く。


 そこにあったのは、片開きの扉。


 木製で簡素な扉は、されど強い存在感を放つ。上部の窪みにはオムニス・プラエセンスがはめ込まれ、ふちにはシンプルで美しい幾何学模様が描かれている。


 そして何より、目を引くのが静謐で透明に輝く水晶の握り玉ドアノブ


 中央に鍵穴があるそれは、拓道たくどう扉柄ひえ


 異世界だろうが、過去未来だろうが、あらゆる場所と繋ぐ扉を作り出す握り玉アイテム


 皆無、絶無、虚無……。不可能可能へと覆す道具創り換える。無限に続く壁に穴を開け、扉と道を切り拓く幻想具アイテム


「仕上げだよっ!」


 “天心眼”、“黒華眼”、“星泉眼”。全力発動っ!


 血涙を流しながら、ニィィッと嗤った大輔は“収納庫”から取り出したもう一つのそれ――転門鍵を投擲する。


 拓道の扉柄の鍵穴に挿すッ! 明確なイメージと強い意志のもと、遠隔操作で転門鍵を捻るッ!


「開けゴマっ、てね」


 ガチャコン。


 そう音が鳴り響くと共に、扉が金茶色に輝きながら開く。


 晴れる。


 そして、


「っと。で、どこだここ? ……っというか、あっ!」


 扉から現れた現れ、地面に着地した青年は、


「久しぶり、大輔と直樹。うん、つまりどういうことだ? ここ地球なのか? でもなんか変な――」

「汚物は消えろっ!」

「穢れるっ!」


 大輔たちの仲間で勇者の八神翔であり、


「ぶべっ」


 全裸だった。


 全裸だったのだ!




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公開可能情報

幻想具アイテム拓道たくどう扉柄ひえ:異世界転移するための幻想具アイテムの一つ。というか、一応これさえあれば転移は可能ではある。特別な力を持たず召喚された直樹と大輔が、絶望すらできない理不尽に襲われながらもあらゆる手段を創り出し用いて生き抜き、戦い抜き、切り拓いてきた今を想って創られた。

          静謐で透明に輝く水晶で作られた握り玉であり、中央に鍵穴が空いている。空中に挿す事により、片開きの木製の扉を作る。また、その扉の上部にはオムニス・プラエセンスをはめる窪みがあり、縁には時空自体を安定させる幾何学模様の術式が彫られている。

          基本的に、拓道の扉柄を捻るだけでも扉は開くのだが、転門鍵を鍵穴に挿して捻ることにより、消費魔力の軽減やイメージ補助を行う。

          何処につなげるかという明確なイメージと強い意志がないと安定的に扉を開くことができず、また非常に膨大なエネルギーを使う。それこそ地球の半分を崩壊させる時間エネルギーを無に還そうとした虚空エネルギーを全て消費するほど。それでも安定的に扉を開くことはできず、万が一の賭けにも近かった。

          ちなみに、拓道の扉柄が作り出す扉にはいくつか候補があり、その中に地獄の門があった。が、縁の彫刻が面倒という理由で却下された。

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