それを掲げた直樹は祈りを捧げる。
「探せッッ――」
祈りを捧げられたそれは漆黒の
「補完する」
その窪みに気が付いたティーガンが、手首から血を出し、その円形の窪みに収める。時止めの秘術を発動させる。
つまり、
「
世界の根幹に干渉する
だからこそ、その円形の窪みには本来
カンテラ内の青白い灯火がぶわりと広がり、舞い上がる。かと思えば、収束する。一つの点を指し示すっ!
そしてそれと同時に、直樹は眼から、鼻から、口から、耳から、血を流しながら、“空転眼”をスパークさせる。
「ッッッッッッッッ!!!!!――」
脳を万の針で刺されたような破裂する激痛をねじ伏せ、直樹は叫ぶッ。
「来やがれッッ!!」
闇が迸る。“空転眼”と同調するようにスパークし、異世界とも言えるほど
そして――
「クロノアっ!」
「はぁ……はぁ……はぁ」
紅のクリスタルに封じられた黒髪の美しい少女――クロノアが召喚された。ティーガンが直ぐに駆け寄り、紅のクリスタルに両手を当てる。鮮血の光を迸らせる。
「直樹、すまぬがっ!!」
「分かってるッッ!!」
ゼーハァーゼーハァーゼーハァと肩で呼吸していた直樹も、滴り落ちる血を袖で拭いながら紅のクリスタルに両手を当て、漆黒の光で包み込んでいく。
だが、その紅のクリスタルはデジールの『奪う』理そのもの。しかも、クロノアの自己防衛機構による時の理――巻き戻しと複雑に絡み合っているせいで、解除は至難を極める。
それはサハラ砂漠から一粒の砂金を見つけ出すほど、至難なのだ。
だから、直接の解除ではなく、クロノアの自己防衛機構による紅いクリスタルの解除の補助に切り替えるが、それでも困難。
「ぬぅぅぅぅぅぅっっっっ!!」
「くそったれッッッ!!」
ティーガンと直樹がナノの穴に糸を通すが如き
その時。
「貴様らァァァッッッッ!!!」
リシカが雪の防御を突破し、直樹たちへと突っ込んでくる。なりふり構わず直樹たち――正確にはクロノアを奪還しようとする。
片腕をスパークさせ、炎へと変える。
そう、リシカは
そして高熱のブレードの片腕が、直樹たちを覆っている結界を切り裂こうとした瞬間。
「貴女の相手は私ですよ」
「クッ。小娘が邪魔をするなァァァッッ!!」
音を超えた速度で雪が割り込む。
だが、音を超えた。雪の覚醒姿はまだ、直樹の黒装束のように音速への対策が備わっていない。
つまり、雪の両足は折れている。肋骨も、腕も。酷い痣があちこちにでき、ところどころが凍てついている。
それでも雪はニィッと嗤い、硬化させた桜の花弁で覆った腕――つまり、桜の小手でそれを受け止める。
同時に≪想伝≫でリシカの思考を読み取り、刹那早く、
「さぁ、一時の
「ッッァアア゛ア゛ア゛!!」
常時体の周りに舞わせていた桜の花弁を爆発させ、自分もろ共リシカを吹き飛ばす。結界から遠ざけ、また残した桜の花弁で更に重ねるように結界を張る。
魔力など
体の節々が折れ
極限の集中の
だから、
「飲めッ! 思わず掴んでしまうほどのもんがあるんだろっ! ありったけ飲みやがれッ!!」
「……分かったのじゃっ!!」
クロノアを召喚するのに力をほぼ使った直樹より、ティーガンの方が可能性がある。ティーガン一人に賭ける。
だから、直樹はティーガンに首を差し出した。
ティーガンは一瞬逡巡したものの、戦い傷つく雪を見て、すぐさま首に噛みつく。なにかに耐えるように眉を八の字にしながら、吸血する。
「うぅぅぅうんんんっっっっ!!」
「ぁ、やべ」
ティーガンが
「戻ってくるのじゃっ!」
願いと祈りと……そして耐えるような悲しみと苦しみを綯い交ぜにした唸りを
「……ぅん……」
ハラリ、ハラハラリとクロノアを覆っていた紅いクリスタルが
だからこそ。
「ググリアハラベ、カラグラレ、ユラレフェッォット。……
「白桃、ありがとうな」
「雪って呼んで下さい」
クロノアの自己防衛機構の巻き戻しの力に少し当てられ、僅かばかり回復した魔力をふり絞り、直樹は“空転眼”を発動。
ティーガンと共に転移し、血に染まりボロボロに傷ついた雪を抱きしめ、なけなしの魔力をふり絞って治癒していく。雪は少し照れたようにそっぽを向く。
と、同時にティーガンが不意打ちと言わんばかりに三体の
リシカも含め、残り十二体。
「ア゛ア゛ア゛ァァァッッッッ! 力が、力がァァッッ!! デジール様から授かったこのちか――」
「
錯乱したリシカを日傘で打ち飛ばしたティーガンは、ゴスロリスカートをぶわりと浮かしながら跳ぶ。
「おい、てぃーが――」
だが、そのティーガンの表情は……無だった。決壊したなにかが無情に全てを押し流し、ティーガンを無情に染め上げていた。
思わず直樹が静止しようとするが、
「……<
小さな呟くと共に、ティーガンは鬼と成る。
暴走。
額から二本の黒の角が伸び、犬歯が黒く染まる。鮮血の瞳からは血涙が溢れ、けれど滴り落ちることなく顔を覆っていく。
黒の蝙蝠翼や両手両足、日傘に血の渦が纏わりつき、やがて硬化する。こちらも外骨格となる。
鮮血のスパークを
「朽ちるのじゃ」
音も光さえも置き去りにする速度で動いたティーガンが、二匹の
一言呟く。
それだけで。
「再生しないだとッッッッ!!」
「なんだそれはッッッ!!」
そして、
「ジェーペヴヴィエェラ、ンンウウィラアマラ。……
朽ち果てる寸前で、封印された。
残り十体。
全ての
「不甲斐ない。ヘッフフヘフフ。……
ポツリと呟かれたティーガンのそれは、とても悔しさと怒りに滲み溢れていた。
だが、
だって、その一言の間に一体の
残り九体。
「なにが始祖じゃ。なにが守護者じゃ」
それは千年以上もの間、
数週間近く血力を枯渇し続けたのにも関わらず、雪を吸血するまで死の苦痛が霞むくらいの吸血衝動に耐えてきた
雪を
雪の戦いを見て、≪想伝≫から零れる戦意を感じて、ティーガンはまざまざと思ったのだ。
死力を尽くしていなかった、と。
そして
死ぬ事前提でやれば、今回の騒動だって、いやそもそもここ千年以上のも戦いをする必要すらなかった、と。
だからこそ、
「死ぬことを怖れた甘ったれが」
吐き捨てるようにそう言ったティーガンは、自らの体すら消し飛ばして衝撃波を
もう死ぬことすら怖れない。
もう、
雪があんな姿になってるのを、もう見たく――
全て自分が――
「ヴィーヴェェズン、ゥリットセーヴェル、ルーィジェーオパック。……
そんな悲しき想いの中、三体の
残り六――
「メーゥギュッゲン、フェギュガッレカタ、オクスヘーフトラクト。……
いや、三体。
僅かの間に九体のも
が、再生はしない。そんなことなどどうでもいいのだ。
上半身だけでも封印は可能。どうせ死ぬ身。
ならこのまま。
そう思ったティーガンは――
「目を覚ましてくださいッッッ!!!」
「ッッッ!!!」
覚醒姿が解け、血まみどろの制服姿となった雪に平手打ちされる。
「ユ――」
「死を怖れないッ? 他人を思い
「え、あ、ぅ」
上半身だけのティーガンの胸倉を掴み、叱る。
「命を尊ぶからではないんですかッ!? 儚く弱い命を精一杯生きるその生き方に憧れていたからこそじゃないんですかっ!?」
それは不老であり、ほぼ死ぬことのないティーガン――いや、始祖たちだからこそ抱いた憧憬。
老いたい。限られた短い命を燃やし尽くしたい。
足りない時間に嘆き苦しむ人間にとってはた迷惑なその憧れは、されどやはり真理の一つだ。決して否定してはならぬ憧れだ。
天から地。地から天の差はあれど、炎を操れぬ身で炎を操りたいと、飛べぬ身で空を飛びたいと、老いる身で老いたくないと。
人間はできぬ身でできぬ事を望んだのだ。
故に、老いぬ身で老いたいと願うことと何処に違いがあるのだろうか。
「なら、命を粗末にしないでくださいッ!! 死ぬのが怖ろしくないなんて言わないでくださいッ!」
「ゆ、ユキ」
千年以上にも
ティーガンの心は弱り、自身の
雪はその黒の瞳に涙を溜めて、ティーガンに縋りつく。
「死なないでください。私を永遠に連れていくんじゃないんですか? 一生守るんじゃないんですかっ?」
「違うんじゃ、雪。ちが――」
「だいたい、ティーガンさんもですが、直樹さんも直樹さんですっ!」
「カハッ」
雪は、今が好機と言わんばかりに滅殺しようとしてきた
「え、俺?」
「ぶべらっ!」
突然矛先が自分に向き、直樹は慌てる。と、同時にもう一体の
リシカは動かない。いや、先ほどのティーガンの怖ろしさに動こうと思っても足が動かないのだ。
真祖であり力があるからこそ、先ほどのティーガンの怖ろしさをより鮮明に理解できてしまったのだ。
「自分を軽んじすぎなんですッ! ティーガンさんも直樹さんも、その強さは確かなのに、軽んじすぎなんですっ! 口先では
「てぃ、ティーガンは兎も角、俺はそんなことないぞっ! だってミラとノアを残し――」
「嘘ですっ! 私の
「うっ」
直樹は言葉に詰まる。
確かに限りなく小さかったが、それでも確かにそんな考えを持っていたのは確かだ。過酷な異世界で生き延びて大切な人たちができたからこそ、頭の片隅にそんな考えがあったのだ。
それは否定できない。
だが、言われっぱなしなのも
「だったら、お前のだってそうじゃねぇかっ! 人の事言えんのかっ?」
「言えますっ! だいたい、私は自分が傷つけばいいなんて想っていませんっ!」
子供じみた直樹の反論を雪が一蹴する。
「なんなら、今すぐここで私の想い全てをぶつけてもいいんですよっ!」
「ああ、どん――」
勢いに任せて頷こうとした瞬間、直樹は、やべっ! と自制の心を取り戻す。嫌な予感というか、絶対に戻れないところまで引きずり込まれそうだったからだ。
「あ、いや、それは間に合ってるっす。ああ、うん、大丈夫だ。お前はそんな考えなんてもってないもんな。ああ」
「チッ」
そんな二人のやり取りにティーガンは力なく微笑んだ。同時に纏っていた悲しい血の外骨格がハラリハラリと消え去り、消滅していた下半身が再生していく。
「すまぬ」
「こういう時はありがとうですよ」
「では、ありがとうじゃ」
ティーガンが雪の手を借りて立ち上がり、微笑む。雪も微笑む。
(あれ、この場に俺必要か? なんか、二人の世界が……)
雪とティーガンの背後に満開の百合を見た直樹は、業が深い。
まぁ兎も角、それは置いておいて。
「では、残り三体を封印するかのっ!」
「はいっ!」
「ッ、貴様らァッ!」
「
雪とティーガンが飛び出す。二人とも力をほぼ使い切ったため、先ほどのような速度も膂力もないが、されど言い知れぬ怖ろしさがある。
二体の
「俺を忘れては困るのだが」
「ッ!」
「なっ!」
ここまで大して戦ってこなかった直樹は、見せ場が必要だっ! と考え、虚脱感と熱烈な睡魔の誘いを断る。
隠形で背後を取った直樹は、幻斬と血斬をクルクルリと廻し、
燃える。再生する。
完全に再生した直後。
「どうぞ怨んで下さい」
「クッ」
「ガッ」
雪がどうにか作り出した二枚の花弁をそれぞれに突き刺し、〝怨伝〟を発動。意識を一瞬だけ奪い去り、
「ヂューデラッタヘ、ユーグリスデアラヂュアラ。……
封印された。
残り一体――リシカ。
「終わりです」
「終わりじゃ」
「あ゛ぁ、あ゛ぁ、ア゛ア゛ア゛ァァァッッッ!!」
雪とティーガンが一歩一歩歩みを進める。
そしてリシカは、デジールとの繋がりを全く感じられなくなったリシカは、絶望する。恐怖した。
だから。
「ほら、そんなに叫ぶと嫌われるぞ?」
「直樹さん、シャラップです」
「……うっす」
リシカは直樹に羽交い絞めにされ、ダッと踏み込んだ雪に顔を殴られる。恐怖を増幅することに偏りを置いた〝怨伝〟を注ぎ、意識を忘失させる。
「次会うときは、『人』として」
クルリと開いた日傘を差し、少女のように清らかに微笑んだティーガンは片腕を血に変成する。
伸ばし、直樹に羽交い絞めされていたリシカを包み込む。直樹は離脱する。
そして。
「リシカリスバルクスフェルンドアリステシカ。……
封印された。
「デジール゛ザマ゛ァァァァァァァッッッッッッーーーーーーー!!!!!」
かのように思えた。
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公開可能情報
異世界転移を可能にするために作り出された
ただし、“天心眼[界越真眼]”の様に時間指定ができないため、それを補完するために
昔、直樹と大輔の師匠が亡くなった際、霧に包まれた川の中、小舟にのった師匠が青白い灯火のカンテラを
<禁鬼解放>: