強制的に転移させられた直樹たち。
「ぬっ、まずいっ!」
「ッ!!! 白桃っ!」
「きゃっ!」
焦燥すると同時に、ティーガンは片腕を血の触手に変え、直樹たちを包み込む。血の繭が出来上がる。直樹は頬を引き攣らせながら、雪を庇うように抱きしめる。
その瞬間。
「朽ちなさいィィィィッッッッ!!!」
金切り声。絶叫もかくやと言わんばかりにヒステリックな女性の声が響き渡る。
「……チッ。予想はしてたが面倒な」
「どういう事ですか?」
血の繭の中は、まるで時が止まった空間のようだった。キーンと耳鳴りがする程の静寂。無風。呼吸音と直樹の滴り落ちる汗だけが響き渡る。
外部は見えない。それどころか、≪想伝≫で外の様子を探ろうにもそれができない。分かるのは、直樹をしてとても焦っているという事。命の危機を感じているという事。
だからこそ、雪は冷静に努めて質問した。
そんな質問を無視して、直樹はハラリハラリと解け去っていく血の繭を見やりながら、雪の体をギュッと抱きしめる。
「いいか、白桃。女がいる。絶対に戦うな。近づくな。分かったなっ!」
「え、あ、どういう――」
直樹たちを覆っていた血の繭が消え去った瞬間。
「アイツらの治療でもしててくれっ!」
「きゃっ!」
着地は自分でやってくれ、と言わんばかりに直樹は雪を背後に放り投げる。あまりの速さに雪が舌を噛む。
だが、直樹はそんな雪を気にかける余裕もなく、疲労
(
僅か0.5秒でそれを再度把握した直樹は、頭斜めにつけているお面に一度触れた後、両眼を黒く染め、白の華を咲かせる。その上で右目に翡翠の星々。
つまり出し惜しみなしの本気。白仮面の最終機能を発動し、痛みの許容量を上げ無意識にかけているリミッターを解除。
“空転眼[黒門]”を発動。
「転移ッ!?」
妖艶という言葉がよく似合う。豊満な
だが、驚く暇はない。
「朽ちないってのはいいなっ!」
「巻き戻りの前にはただの持ち腐れじゃっ!」
「それでも数千年大丈夫だろっ!」
まずは背後からリシカを見下ろす直樹。
眼から血が滴り落ちるほどの痛みに耐え、“空転眼[黒門]”を発動っ! リシカという超常存在の
リシカの胴体が疑似的な空間断裂により千切れ、
そこに前方から音を超えた速度で襲い掛かるティーガン。
ズザザザザァーっ! と音速から急激な静止をし、腰を低く構える。同時に目の前に突き出した日傘をバサッと開く。指先を血に変え、日傘に血を流し込む。
そして掃射。血が纏わりついた日傘の生地からまるで空から降ってきた雨粒が逆再生するが如く、先端が尖った血の水滴が浮き上がり、
リシカの上半身に音速がプラスされた無数の血の水滴が突き刺さる。体内に入ったそれらは、リシカの血に侵略を仕掛ける。再生を阻害し、血肉を滅ぼす。
よって、襲い掛かる無数の血の雨によって上半身が消失。
ただし、リシカの背後には直樹がいる。つまりフレンドリーファイア――
「無茶させんなっ!」
「お主なら可能じゃろうっ!」
ではなく、連帯。“空転眼[黒門]”を更に発動っ! 前方に転移門を作り出し、また対となる転移門をリシカの下半身横に作り出す。
だが、未だに
つまり、許容量を超え、眼からだけでなく、鼻から、口からも血を流す。されどそのおかげでリシカの下半身に血の雨が襲い掛かり、同様に消失。
数秒間の時間稼ぎができ、最低限の態勢を整えられるかと思いきや、だが、それは罠だった。
「所詮、
「ナオキッ!」
「大丈夫だっ!」
地の底から響いた。そう錯覚するほどに怖気立つ声が響き渡った。
瞬間、直樹とティーガンの周りに血で作られた歯車が幾つも現れる。
それはリシカがデジールから授かった力。片翼の
それを
自らを血の繭で覆いながらティーガンは焦燥を叫ぶっ。間に合わないのだ。このままでは直樹が巻き戻って、消失してしまうっ。
だが、肌を粟立たせながらも直樹はニィッと嗤う。
「やっぱり作って正解だったぜっ、大輔ッ!」
そして血の歯車が放つスパークが全てを覆いつくした瞬間。
「ッッッッッ!!!!」
漆黒の極光が直樹を覆っていた血の歯車から漏れ出たかと思うと、爆発的に広がり、全てを吹き飛ばす。
晴れる。
「……それは」
「……なんだ……なんだ、それはァァァァッッッッッ!!!!!」
ティーガンは安堵にも似たつぶやきを漏らす。巻き戻りにより消失から再生したリシカは、目の前の現実が受け入れられないのかヒステリックに叫ぶ。
「それはっ、サルにっ、ゴミにも劣る下等生物に相応しく――」
「ンな事知らねぇよ。三下」
「さんっ。上位種である私たちがさんっ!」
リシカは直樹のあまりの物言いに言葉を詰まらせる。真っ青がデフォルトの顔は真っ赤に染まる。
だが、目の前にいる
(はぁぁぁぁぁぁーーーっ。あっぶねっ。[薄没]を切って威圧して正解だったな。追撃されたら
そんな内心を隠しながら、直樹は会話を引き延ばそうとする。
「俺たちみたいなゴミにも劣る下等生物を――」
「ぶっとべッッッッッッ!!!!」
「ッァァア゛ア゛!!」
が、その前にリシカは殴り飛ばされ、時計台に叩きつけられる。クレーターができ、建物内に埋もれる。
世界的に有名な、っというか議事堂を壊して怒られないかは置いておいて。
「……へ?」
直樹は呆然とした。発動していた“空転眼”や“白華眼”の発動が切れ、目が点になる。
ようやく動揺から立ち直ったティーガンも再び呆然とする。
だってそこには。
「直樹さん」
「は、はいっ!」
直樹の声が思わず裏返ってしまうほど恐ろしい雪がいた。
覚醒姿。だが、以前
白と黒。
背中に生やす雪桜の片翼は純白。だが、もう片翼は黒よりも深い闇。
瞳も同様だ。左目は新雪の様に白く、右目は夜空のように吸い込む闇。その上で薄桃色の桜の花を咲かせている。
薄桃色を基調としたフリル装束にも白の線と黒の線が入り乱れ、散らせる桜の花弁も白と黒。
光と闇の魔法少女といった具合だ。両方使える最強魔法少女だ。
それは
つまり、ヤバい。ほんの僅かに操作をミスれば、敵味方関係なく殺戮する兵器みたいな感じだ。諸刃の剣どころか諸刃の超爆弾だ。
そんな状態になった雪はキレていた。リシカと、そして直樹に静かにキレていた。
「それを貸してください」
「あ、いや、これ、結構魔力を――」
「嘘ですよね? それ、中に魔力生成機能と貯蔵機能がありますよね?」
「は、はい。そうっす」
微笑みだ。優しく柔らかな微笑みなのに、直樹は逆らうことができない。思わず手に持っていた
そう。時に干渉する
何故か。
それは
そして黒の心臓とは天然の魔力変換装置。大地大気等々のあらゆるエネルギーを取り込み、増幅させ、魔力として放出する自然の機能の一つなのだ。
魔力回復手段を欲していた神和ぎ社は、どういうわけかその自然の種を手に入れ、
寄生である。
そしてある程度成長したため、それを回収しようしたところを直樹たちが掠め取ったのである。
ただ、天然素材故か、それを再現するのには相当の労力が必要だと分かった。それこそ、魔力回復手段を欲している直樹たちが未だにそれを作り出さないほどには。
けれど、自然魔力変換装置である黒の心臓を使わないのはもったいない。
ということで、直樹たちはオムニス・プラエセンスと、残り二つの異世界転移に必要な
幸いというべきか、オムニス・プラエセンスの魔力消費量は他の二つに比べて少ないため、作ってから二日しか経っておらずとも何度も使用できるのだ。
「あ、あの、白桃さん。やっぱり返して――」
「何度も言いますが、雪と呼んで下さい」
「いや、そんなこと――」
痛々しくて見ていられない。
だからこそ、直樹は一刻も早くその状態を解除して後ろに下がれと言おうとした。
が。
「舐めないで下さいッ!」
「お、おいっ。白桃っ!」
白と黒の桜の花弁を基点として、雪は結界を張る。今もせめぎ合う
それにより、直樹とティーガンは戦場から隔離される。いや、それだけでない。戦闘不可能となっていた十人の
同時に、様子見をしていた十四体の
「なかなかに美味そうなおん――」
「どうぞ怨んでください。そして――」
人外の
異常超常神秘の雨あられが雪を殺すかと思われた。
が。
「もう一度言いますッ。舐めないでくださいッ!!」
「カハッ!」
舞。
全てを防ぐことはできず、血飛沫を上げながらも雪は桜吹雪によって全てを薙ぎ払う。吹き飛ばす。
一陣の花吹雪を纏う美しき舞。
それだけではない。
「虫けらがっ! よくも私を――」
「避けろっ、しらも――」
鬼の形相で飛び出してきたリシカが片翼の
「確かに頼りましたッ!」
漆黒の光――
拮抗。たわむ。
「なっ、おん――」
「確かに頼ってしまいましたッ!」
片翼の
血飛沫が舞い散り、だがしかし、リシカは刹那の瞬きの間にそれらを硬化させる。そして超至近距離で硬化した血飛沫の弾丸を雪に掃射するっ。
「虫けら如きがァァァァァッッッッ!!」
「確かに虫けら程度の力しかありませんッッ!!」
百近く。精神を焼き殺す程の痛みに裂帛の叫びを上げ、雪は舞い散る白と黒の花弁を操作っ、硬化っ! 角度をつけ、弾く、逸らす。
それでも完全に防ぐことはできず、体に無数の小さな孔が空くが、雪は無視する。頭だけでなく全身を焼き尽くす程の激痛をねじ伏せ、リシカを蹴り上げる。
「クッ」
「「「「「ッッ!!」」」」」
頭上にいた五体の
血界を利用した短距離疑似転移で雪を奇襲しようとした五体の
ところで、防いだのは頭上の奇襲だけ。
「
「八つ裂きにして喰らって殺るッッッ!」
「ひれ伏せッ!」
全方位から、九体の
襲い掛かるは死だ。でなければ、それに近い傷。激痛。
つまり――
「白桃ッッッッ!!」
桜が血に染まる。
脇腹が切り裂かれ、太ももが切り裂かれ、手首を切り裂かれ……至る所が切り裂かれ、体から刃が突き出る。
九体の
「ですが
ニィッと雪が嗤う。どこかの誰かさんを
リシカ以外、全員人から
「「ガァッ、ア゛ア゛ア゛ァァァッッッ!!!」」
「「「「「「「「bkrghぬjlwwqgbkァッッッ!!!」」」」」」」」
前者が千年近く生きた地球上では古株の
どれだけ
強烈な
「この役立たずがッ!」
片翼の
ついでと言わんばかりに、リシカは十四体の
リシカは、絶叫を響かせ十四体の
「死んで戦いなさいッッッ!!!」
「直樹さんッッ。任せてくださいッッッ!!!」
そんな中でも、雪の心は直樹に向けられる。
「直樹さんを巻き込んだ図々しい女なんか放っておいて、早くクロノアさんを助けてくださいッッッ!!!」
「……」
強い言葉だ。≪想伝≫を使っているわけでもないのに、しなやかで強烈で美しい想いが伝わってくる。
呆然としていた直樹は。
「ハハ、何やってんだか」
バンッと自分を殴った。
(地球に戻ってくる前の俺が見たら、ぶっ殺してるだろうな)
己惚れだ。雪を守らなければならない。そうでないと死ぬ。
確かに雪は直樹よりも弱い。それは事実だ。
だが、雪が死ぬというのは事実ではない。守る必要もない。
だって、強いから。どんなに強大な相手であろうが、己の
既にそれを為した。
偉業だ。直樹や大輔をして易々とできない事を成し遂げていたのだ。
ティーガンがきつくなにかを我慢するように唇を噛みしめながら、直樹を見やった。見えないが、拳もきつく握りしめられているだろう。
「過保護すぎじゃ」
「……分かってる。だからクロノアの情報を教えろッ!」
「うむ」
直樹が屈み、ティーガンは
それを確かに受け取った直樹は。
「白桃ッ、任せるッ!」
「雪って呼んで下さいッッ!」
“収納庫”を発動。それを掲げたッ!
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