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十九話 落ち着いて聞いた方が時短になると思いますっ

「どこに向かってる? 今回の首謀者かなにかのところか?」

「いや、妾の力の回収じゃ」

「そういえば、今も力――血力だったか? 白桃を吸血して回復したのに、半分もないだろ」

「大変じゃないですかっ!?」


 紅く染まったティーガンの血界。空間圧縮が施されている。


 そんな異空間を人外の速度で疾駆するティーガンに並走する雪は腕を差し出した。


「早く飲んで下さい。一度や二度、誤差ですっ!」


 雪は知っているのだ。吸血せずとも血力を回復できる始祖だが、しかしそれでも吸血本能はあるのだと。血力を失えば失うほど、強い飢餓感を持つのだと知っているのだ。


 我慢などさせない。助けられるなら、今すぐに。


「落ち着け、白桃。お前がもたない」

「そうじゃ、ユキ。気持ちは本当に嬉しい。じゃが、いくら回復したとしても直ぐに失うのじゃ」


 直樹が雪を落ち着かせる。同時に、ティーガンが日傘を前方に向ける。


「と、まずは一か所目じゃっ!」


 血の門が虚空から現れ、ティーガンは止まる。入れ替わるように先に直樹と雪がその血の門に入る。ティーガンがそれに続く。


 そして血の門を潜り抜けた先。


「なっ、どこか――」

「[首斬り]」


 いつの間にか血斬と幻斬を弄んでいた直樹は、右側にいた人影――吸血鬼ヴァンパイアを問答無用で切り裂く。冗談のように胴体が真っ二つに泣き別れ、また幻斬を使い意識を刈り取る。


「美味そうな――」

「どうぞ、怨んで下さいッ」


 桜のお面とは反対側に桜の髪飾りを付けた雪はそう祈るように呟く。同時に左拳に桜吹雪を纏わせ、左側にいた人影――吸血鬼ヴァンパイアを殴り飛ばす。


 旋風にも近い桜吹雪と≪強化≫を込めた一撃に、吸血鬼ヴァンパイアの腹は捩じれ折れ、また意識を奪う事に偏りを置きながら〝怨伝〟を捻じ込む。


 吸血鬼ヴァンパイアは我を忘れるほどの、苦しみ罪悪感に襲われ、我を失う。意識が飛んでしまう。


「捕らえるのじゃ」


 遅れて血の門を潜り抜けたティーガンは、日傘を持たない腕を血に変える。触手のように伸ばしながら、二つにける。


 直樹と雪が会敵一発で攻撃した吸血鬼ヴァンパイア二体を縛り上げる。同時に触手のように伸びた血の腕を、その二体ごと引き寄せる。


「この外道――」

「フンッ」


 血に変えていた腕を元に戻す。目の前に現れた二体の吸血鬼ヴァンパイアに向かって閉じた日傘を振りかぶる。ホームランを打つが如くぶっ飛ばす。


 飛んだ先はティーガンを襲おうと飛び出した頭の弱そうな女吸血鬼ヴァンパイア


「こんな小細工が――」

「じゃあ、別れろ」


 フレンドリーファイア上等。飛んでくる二体の吸血鬼ヴァンパイアをそれぞれ血の槍で串刺しにして防いだ女吸血鬼ヴァンパイアは、ティーガンに気を取られすぎた。


 隠形していた直樹が背後を取り、逆手持ちにした血斬を下から斬り上げる。不意打ちを防ぐことは叶わず、斜めに体が泣き別れる。


「眠ってください」


 同時に雪が二片の花弁を別れたそれぞれに突き刺す。〝怨伝〟を発動っ! 意識が一瞬奪い去り、


「フーラルフェカッテ、カレガオレット、ガカラッテテ。……永久とわに眠るのじゃ」


 再び片腕を血に変え、触手の様に伸ばす。三体の吸血鬼ヴァンパイアを巻き取り、小さな血糸を噴き出す。


 包み込み、それぞれ三つの血の繭を作り出し、手のひらサイズに圧縮。封印し、ティーガンはそれを回収。直樹と雪が軽やかに着地する。


 一瞬辺りを見渡す。大きな屋敷の前だと分かる。周囲に一般人がいないことを確認し、


「で、後ろにいるやつらに力を渡してるんだろ? なら、その回収を先にしてくれ。で、そのあと経緯の説明よろっ」

「え、戦いながら聞くんですかっ?」

「時短だっ、時短っ!」

「落ち着いて聞いた方が時短になると思いますっ」


 深く踏み込んだ直樹と雪は、目の前にいた五体の吸血鬼ヴァンパイアの前に踊り出るっ!


「貴様ら、血闘封術師ヴァンパイアハンターではないなっ!」

「誰だッ!」

「名乗れ、虫けらッ!」


 三体の吸血鬼ヴァンパイアが怒鳴る。


「お前らのお仲間に招待されてやってきた――」


 三体の吸血鬼ヴァンパイアの前に出た直樹はワザとらしく“身体肉体操作術[気配操作]”で気配を増大させた後、フッと姿を消す。


 残像を切り裂いた。そう錯覚するほどに呆気なく、血の槍、血の剣、血の針て空を切った。


パーティー参加者一般人だ」

「なっ」


 直樹が一体の吸血鬼ヴァンパイアの首を斬る。それと同時に袖から鋼糸を伸ばし、二体の吸血鬼ヴァンパイアを拘束。それぞれを、泣き別れた首と体にぶつける。


 それと時を同じくして。


「けど、急な招待でしたので、こんなドレスしか用意できませんでした」


 パリンと薄桃色の光に身を包んだ雪は、白を基調としピンクのフリル等々が施された魔法少女姿へと変身。


 残り二体の吸血鬼ヴァンパイアへとグッと低く踏み込み、同時に足元から無数の桜の花弁を巻き上がらせる。


「どうぞ怨んで下さい」

「ッ。女ァッ!」


 見下したように血の斧を振り下ろそうとした吸血鬼ヴァンパイアは、鋼鉄の如く堅く鋭い桜の花弁によって切り刻まれる。牢獄へと閉じ込める。


 同時に。


「おや、なにか――」


 ≪強化≫による人外の身体能力で、衝撃波とともに一体の吸血鬼ヴァンパイアに拳を繰り出す。


 もう一体の吸血鬼ヴァンパイアに軽々と片手で受け止められるが、雪はニィッと嗤う。


「グッァッ!」

「おや、どうかしたんです、かッ?」


 感情を想起ッ! 〝怨伝〟を全力全開で発動ッ! 張り裂けそうな胸の痛みに歯を食いしばりながら、吸血鬼ヴァンパイアに注ぎ込む。


 吸血鬼ヴァンパイアは注ぎ込まれた想い怨みに一瞬意識を取られ、その隙に雪は止められた拳を開き、吸血鬼ヴァンパイアの手を掴む。胸元に引き寄せる。


 まるで踊りに誘うようなその仕草だが。


「ハッ!」


 繰り出されたのは、裂帛の呼気と共にボディーブローだ。低く低く踏み込み放たれたそれは、衝撃波を伴いながら、吸血鬼ヴァンパイアを上部へ吹き飛ばす。


「おい、その鋼鉄の花弁もかっ?」

「はい、そうですよッ。便利ですよね、硬化ってッ!」


 吹き飛んだ吸血鬼ヴァンパイアの背後に急に現れた直樹は、黒衣をはためかせ脚撃をかます。吸血鬼ヴァンパイアはピンポン玉の様に飛ばされ、鋼鉄の桜吹雪の牢獄へとぶち込まれた。


 と、残り三体の吸血鬼ヴァンパイアが襲い掛かって来たので、


「会話とはずいぶんよ――」

「何言ってやがるんだっ。便利なわけねぇだろっ! 一枚一枚操って硬化させんのにどんだけ処理が必要になるっ!? 意識失うレベルだろうがっ!」

対混沌の妄執魔法外装ハンディアントが大体を処理してくれてますっ! ちょっと頭が割れる痛みを感じているだけですっ!」

「駄目じゃねぇかっ! 切れてんだよ、血管っ! ハイで気が付いてないだけで、切れてんだよっ。操作量減らせっ! っつか、混沌の妄執ロイエヘクサの想いを無理に再現するなっ! おい、聞いてんのかっ、白桃ッ!」

「雪って呼んでくれたらやめますっ! っというか、≪癒し≫で切れた傍から治しているので気が付いてますっ! 問題ありませんっ!」

「大ありだっ! 頭大丈夫かっ!? いや、大丈夫じゃねぇから痛いのかっ!」


 見事な連帯をもって、


「我らを愚弄するなっ!!」

「ふむ、俺とのダンスはそんなに嫌だったかっ!」

「じゃあ、私と変わってくださいッ!」


 翻弄していく。


「凄いのぅ」


 ティーガンはそんな直樹たちに感嘆を漏らす。それから後ろを見た。


「皆、待たせたの」


 ティーガンの後ろには鮮血の光を纏った七人の男女――血闘封術師ヴァンパイアハンターがいた。


 全員ボロボロだ。隈が常時必須ですと言わんばかりに酷い顔色をしている。擦り切れている衣服はもちろん、体のいたるところが汚れている。


 けれど、彼らは傷一つない。非常に疲れた様子なのに、キチンと両足で立っているのだ。


「て、ティーガン様。彼らはっ! いえ、それよりもご友人はっ!?」


 先頭にいた初老の男性がティーガンに叫ぶ。


 どうしてアナタ様がここにいるのかっ? 大切な友人は助けられたのかっ?


 そんな叫びを前に、ティーガンは優しく、されど妖艶に微笑んだ。


「大丈夫じゃ、ギュッレン。……それと妾の我儘に付き合わせてしもうてすまぬ。死よりも恐ろしい苦しみを味わわせてすまぬ」


 フィンガースナップをする。血闘封術師ヴァンパイアハンターたちを覆っていた鮮血の光がティーガンに集まる。


 それはティーガンが血闘封術師ヴァンパイアハンター全員に施していた力。無限の血力と再生能力。


 集まったその鮮血の光はやがて球体となり、ティーガンに収まった。


 それと同時にティーガンの存在感が増す。日傘を片手に佇んでいるだけなのに、圧倒的強者としての威圧を感じる。


 そんな威圧感に圧倒されながら、初老の血闘封術師ヴァンパイアハンター――ギュッレンは叫ぶ。


「謝らないでくださいっ! 私たちは付き合ったんじゃありませんっ! 自ら望んでここにいるんですっ!」

「そうですっ! 俺たちはアナタ様にずっと助けられてきたっ! だから、普段ずっと我慢していらっしゃるアナタ様の我儘を聞けて嬉しかったっ!」

「むしろ、謝りたいのはこっちです。結局、アナタ様に負担をかけてっ!」


 皆、口々にティーガンに叫ぶ。そこには強い信頼があり、恩があった。ティーガンがずっと、それこそ千年以上も積み重ねてきた誇りを映していた。


 ティーガンが微笑む。


「そうか。では、すまぬの代わりにありがとうじゃ」


 そして、と呟き、ティーガンはグッと踏み込み、


「ちょっと休んでおれっ!」


 直樹たちと戦っていた吸血鬼ヴァンパイアたちへと飛び込む。


「で、経緯はっ?」

「せっかちじゃのっ!」

「早く帰って寝てぇんだっ!」


 性急な直樹は、決して目視では追う事のできない速さで血斬と幻斬をまわす。すれば、掃射された血の針のガトリングが弾かれる。


 それと同時に、トッと片足で跳ぶ。体を横に倒して回転し、血界を利用した短距離疑似転移で頭上に現れた吸血鬼ヴァンパイア一体を切り刻む。幻斬を媒介に意識を斬り落とす。


「ハハレイアカラオアラア。……永久とわに眠るのじゃ」


 ティーガンが片腕を血に変成し、伸ばす。直樹に切り刻まれた吸血鬼ヴァンパイアを包み込み、血糸の繭として封印する。


「そうじゃの。まず、今回の戦いの始まりは数週前。お主の国で起こった学生の集団失踪、もとい強大な時空反応じゃっ」

「集団の異世界召喚だもんなっ!」

「え、直樹さんっ! あれの原因知ってるんですかっ!?」

「あれ、言ってなかったかっ?」

「言われてませんっ!」


 血の刀剣に頬を切り裂かれながら、雪は叫ぶ。


 さっきの種族の事もだけど、報連相をしっかりしましょうよっ! 


 そんな想いを込めながら、右腕に桜吹雪を纏わせて横に振るう。すれば、血界の短距離疑似転移で現れた吸血鬼ヴァンパイアがバーストした桜吹雪に包まれる。


「兎にも角にも、時空反応がどうかしたのかっ!?」

「クロノアじゃ。アヤツは身に余る時の力を怨むがゆえに、本来出てはならぬ血界を出てしまったのじゃっ」


 そのまま雪は花弁一枚一枚を操作して鋼鉄とし、包み込んだ吸血鬼ヴァンパイアの四肢を切り落とす。切り落とされた両腕と両足を切り刻む。


 雪はタッと飛び上がり、〝怨伝〟を込めながら顔と胴体だけになった吸血鬼ヴァンパイアを蹴り上げる。意識を奪い、同時に四肢それぞれを桜吹雪で巻き上げるっ!


「つまり、普通は血界から出ちゃダメなんですかッ?」

「そう――」

「我らを無視するなぁぁっっ!」


 そして空中に上がった胴体と四肢の残骸は、血へと変成されたティーガンの片腕に抱きしめられる。


 それを狙ったのか、背後から吸血鬼ヴァンパイアが血の巨斧を振り下ろすが、


「甘い。そして――」

「グッ」

「ファープェラハガン。……永久とわに眠るのじゃ」


 ティーガンは黒の蝙蝠翼を羽ばたかせて強風を巻き起こし、血の巨斧を振り下ろす吸血鬼ヴァンパイアを一瞬だけ空中で停止させる。その瞬間にしなるように背後に振り上げた日傘によって打ち飛ばす。


 ゴスロリスカートが舞い上がり、黒のガーターベルトと下着を見せびらかしながら、ティーガンは血の片腕に抱きしめた吸血鬼ヴァンパイア一体を封印する。


「まず、下地歴史を話すっ」

「まだ下地がるのかよっ?」

「あるんじゃっ。なんせ千年以上もじゃからな!」


 日傘を開いたり閉じたり。手首から血を噴き出させ、伸ばす。ティーガンは慣れた手つきで吸血鬼ヴァンパイアを相手取っていく。


朝焼けの灰アブギ吸血鬼ヴァンパイアの戦いは、いたちごっこじゃ。封印すれば、吸血鬼ヴァンパイアが眷属を増やす。封印している間に増やすっ」

「いたちごっこ以上だろっ! どう考えても吸血鬼ヴァンパイアの方が有利じゃねぇかっ?」

「そこで妾の呪いじゃっ!」

「あの家の中に入れないやつですかっ?」

「そうじゃっ。アレは八百年前じゃなっ!」


 廻り、舞い、踊る。


 ティーガンの封印術は万能ではない。吸血鬼ヴァンパイアの肉体と魂魄全てを同時に封印しなければ、復活してしまう。


 それは血一滴でもだ。


 ティーガンは千年以上の戦闘経験をもって。直樹は濃密の一言では語れないほどの強烈な異世界戦闘経験をもって。そして雪は≪想伝≫でそんな二人の思考や想いを読み取って、戦う。


 会話しながらでも、見事の連帯をもって数百手先まで見据えて吸血鬼ヴァンパイアを誘導していく。


「妾は多くの呪いを掛けてきたっ。解除されたものも多いが、今でも残っている呪いも多い。そして吸血鬼ヴァンパイアとの戦いで決定的じゃったのは、産業革命前後じゃ」

「二百年前ですかっ?」

「うむっ。トレビシックのわっぱが発明した蒸気機関車にはしゃいだ翌年じゃったからのっ。よく覚えておるっ!」

「はしゃいでたのかよっ!」

「はしゃぐわいっ! 命の輝きの一つじゃぞ! 多くの尊い命が積み重なってようやく辿り着いた革命の一つじゃっ! 『人』に憧れる身がはしゃがんでどうするんじゃっ!」


 雪が≪想伝≫を使って吸血鬼ヴァンパイアの思考を読み取り、それを織り込んで攻撃を繰り出す。逆にワザと自身の想い戦術を伝える事で、相手の動きを制限させる。刹那を争う戦い故、本能的に反射行動してしまうのだ。


「……こほん。そして地球の『人』を吸血した吸血鬼ヴァンパイアはの血力は、周りに人が多ければ多いほど力を増していくっ!」

「なるほどっ。人口爆発かッ!」

「それで吸血鬼ヴァンパイアの力が増したんですっ、ねッ!」

「そうじゃ。ユーバケジュワギュット。……永久とわに眠るのじゃ」


 直樹が背後も見ずに幻斬を投擲。一体の吸血鬼ヴァンパイアの額に突き刺す。意識を失う。


 追随した雪が突き刺さった幻斬の柄を掴み、振り上げながら抜き去る。吸血鬼ヴァンパイアの頭がパックリ割れる。


 変幻自在に伸びる血の針を使う吸血鬼ヴァンパイアと格闘する直樹に幻斬を投げ返す。と同時に桜吹雪を吸血鬼ヴァンパイアの足元から舞い上がらせる。バーストさせて上へ吹き飛ばす。


 そしてそこにティーガンがおり、血の触手へと変成させた片腕をもって封印する。


 残り二体。


「手が回らなくなったっ。じゃから、妾は弱体化覚悟で強烈な呪いを掛けたっ! 血界でしか生きられぬ呪いじゃっ!」

「事実上の休戦かっ!」

「そうじゃっ。人口が増え続ける未来しか見えんかったからのっ!」


 残り二体の吸血鬼ヴァンパイアが封印対策で体の一部を切り離しながら、ティーガンへと特攻。血の槍と血の刀剣の雨を振らせるが、ティーガンは日傘をバサリと開いて回転ッ。


 弾き、防ぐ。


 同時に、血と変化させた片腕を触手の様に唸らせ、されど吸血鬼ヴァンパイアたちに触れる直前で硬化し、それぞれを真っ二つに切り裂くっ。


 懐旧かいきゅうを映す鮮血の瞳は、ゆるりと光りそれらを射貫く。


「穏やかな二百年じゃったっ! 決死覚悟で出てくるヤツや己の力を使って呪いを解いたヤツ、後は増えすぎた人口の恩恵を受けて血界で現世を飲み込んだヤツとの戦闘はあったものの、それでも穏やかじゃった」

「最後のが割と穏やかじゃない気がするんだがっ。っというか、さっき言ってた友人とやらはその時作ったのかっ?」

「そうじゃ。数十年前にな。今は日本で母親じゃぞ! 結婚式で司会もしたんじゃぞっ!」


 真っ二つに切り裂かれた一体の頭上から、雪は桜吹雪を纏わせた脚を振り下ろす。地面に蹴りけると同時に、桜吹雪を鋼鉄と化しバースト。消し飛ばす。


 直樹が一筋の影となりて、空中を乱舞する。独楽こまの如く幻斬と血斬を廻し、真っ二つにされたもう一体の吸血鬼ヴァンパイアを更に千切りにしていく。


 そしてミリ単位で細分化した瞬間、血斬に業火を唸らせを燃やし尽くす。消滅させる。


 共に少し離れたところで血の歯車がひとつづつ浮き上がったかと思うと、瞬間再生する。元に戻る。


「あんっ? 再生じゃねぞっ。巻き戻し――時じゃねぇかっ!」

「そうじゃ。クロノアの力であり、だからこそ時止めの封印術を使えるを妾と二人の血闘封術師ヴァンパイアハンターだけしか封印を施せんのじゃっ!」

「え、どういう事ですかっ!?」


(チッ、“星泉眼”がロクに発動できてねぇな)


 今まで気が付かなった事に直樹は舌打ちしながら、ティーガンに続きを求める。


「八年前じゃ。二百年前に初めて対峙した真祖デジールが、突如血界から這い出てきたっ! そしてソヤツは妾の力を一瞬だけ奪ったのじゃっ!」

「奪ったっ? っつか、真祖なのに二百年前ってどういうことだよっ!?」

「狡猾じゃったんじゃ。人を弄び、殺すことに快楽を見出すはずの吸血鬼ヴァンパイアなのに、耐える事ができる狡猾者じゃったんじゃっ!」

「つまり、八百年近く潜伏しながらお前らの戦いを分析して、力を蓄えたってことかっ? 一番厄介じゃねぇかっ!?」

「物語だと漁夫の利でラスボスになる感じのヤツですねっ! しかも最後の最後まで手を抜かず、ゲームだと制作陣がぼろくそ叩かれる程強いヤツですねっ! ゲームバランスぶっ壊れの裏のラスボスですねっ」

「まさにそれじゃっ!」


 意外に二人ともサブカルに詳しいのか。雪の例えにティーガンが水を得た魚の如く食らいつく。


「妾たちは前の世界で力を求められ続けた。じゃから、力を奪われにくい防御システムを築いておる。じゃが、ヤツは『奪う』理そのものを使うっ! 平穏で油断していたとはいえ、妾の力を一瞬だけ全て奪ったのじゃっ!」

「その時吸血鬼ヴァンパイア全体にかかった血界の呪いは解かれたのか?」

「そうじゃ。ついでに妾とクロノアの居場所を特定する呪いを掛けられたのじゃっ。まぁ、妾もやられ損では矜持が許さんからの。同じ呪いを掛けてやった。解除できぬ細工をしてなっ!」


 一時間近く寝たとはいえ、直樹の体調は万全ではない。むしろ、刻々と体の節々が軋み、意識が朦朧もうろうとしてきている


 が、それは気合でねじ伏せ、ツッコむ。


「今までのアドバンテージを全て失ったってことだろッ! お前らが力を奪われるか、そいつらが封印されるかの勝負に持ち込まれたっ!」

「そして負けたんですねっ! クロノアさんが血界が出たと言ってましたので、血界内では居場所特定の呪いを無効化できたっ!」

「そうじゃっ! カラエラハガ。……永久とわに眠るのじゃ」


 ツッコむ勢いで人外の動きで四体目の吸血鬼ヴァンパイアを蹴り飛ばす。刹那のタイミングで雪はバーストさせた桜吹雪による〝怨伝〟で意識を奪い、軌道を修正する。ティーガンの血のかいなに抱かれる。


 封印された。残り一体。


「確認しますっ! 最終目標はデジールの撃破ですかっ?」

「違うっ。そっちは我が血楔の仲介人エピストレーがやっておる、はずじゃ。それよりも妾たちはクロノアの救出をするっ!」

「力を奪われて始末されたんじゃねぇのかっ?」

「クロノアは時の理そのものを宿すっ! 易々と力は奪われたりせんっ! 現状、デジールはクロノアの力を借りている状態に近いんじゃっ!」

「どこかに安置されてるとでもっ?」


 最期の最期まで会話をし続ける三人にブチ切れた残り一体の吸血鬼ヴァンパイアは、叫ぶことすらせず、一番弱く隙を晒した雪を襲う。


 だが、やはりそれすら囮。


 ニィッと嗤えば、血の刀剣が体を切り裂く直前で雪とティーガンが入れ替わる。直樹の“空転眼”だ。


 置き土産と言わんばかりに一片の花弁が吸血鬼ヴァンパイアの頭に突き刺さる。意識を攪乱かくらんし、本能すら真面に働かせない。つまり、思考すること叶わず。


 そしてティーガンは全身を血へと変化させ、残り一体の吸血鬼ヴァンパイアを包み込む。逃げることは叶わない。


 だから。


「ィァネウアアラェアパット。……永久とわに眠るのじゃ」

「ア”ア”ア”ッッッッ!」



 封印された。この場にいる吸血鬼ヴァンパイアの全てが封印された。


「で、クロノアとやらを探す前に二か所目だろ?」

「よくわかったの」

「最初にまずは一か所目って言ってただ――」


 スチャっと着地した直樹が、そう言おうとした瞬間、


「……紅い月、ですか?」

「……デジールじゃ。吸血鬼ヴァンパイアに有利な領域を作り出し――」


 紅い月と夜が現れ、


「ッ!」

「チッ、白桃っ!」

「雪って呼んで下さいッ!」


 ティーガンが血の渦に包まれ、直樹と雪が慌ててその渦に飛び込んだ。


「て、ティーガン様っ!」


 消え去った。


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