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十一話 ゆっくり寝ていてください

 日本では見慣れぬ人たちが行き交う異邦の町。太陽は東側にあり、まだ朝。九時くらいだろうか? フレンチを楽しむ人やカツカツと歩く人などがいる。


 子供が歩く姿は見当たらず、ああ外国なのだと分かる。


「……」

「……」


 直樹も雪も唖然とそれを見つめている。


 いつもの直樹ならそれでも直ぐに我を取り戻し行動するのだが、今は無理だった。“天元突破[極越]”の後遺症もだが、魔力をほぼ使い切った事による強烈な倦怠感と眠気。それらが今の直樹をむしばんでいた。


 だがそれでも。


「白桃、こっちだ」

「……あ」


 “隠密隠蔽[薄没]”や眼鏡の認識阻害があるとはいえ、それでも身なりの良い紫髪の少女を背負ったアジア人二人は、目立つ。少し感覚が鋭い人たちが直樹たちを不審な様子で見つめている。


 さん付けする余裕のない直樹は雪の手を掴みツカツカと歩く。人の流れを読み、ひとまず休憩できるところを探す。周囲の英語の看板やすれ違う人々の会話を聞いて、居場所を把握する。


 と、すれ違ったとある老人たちの会話を聞き、直樹は方向を転換する。


「あ、あの、どこに」

「……ちょっと黙っててくれ」


 雪の疑問に答えたいところだが、何度も言うように直樹には余裕がない。それを察した雪はしっかりしなきゃと自らを叱咤し、足早に歩く直樹と並ぶ。


 それを確認した直樹は雪から手を離す。少しそれを残念に思いながらも、雪はゆらりゆらりと人の間を縫って歩く直樹についていく。


 そうしてしばらく歩くと。


「……公園ですか」

「ああ。ちょっと待ってろ」


 噴水があり、芝生もある。運動する人もいれば、井戸端会議をする人たちもいる。多種多様な人たちがいる。


 そんな公園にある木の影に移動した直樹は、雪を座らせる。眠っているティーガンもだ。雪にティーガンの手を握ってろ、と言った後、小さくブツブツと呟き、黒装束の袖から影の蛇を出した。


 “白華眼[影魔]”のモード・シャドースネークだ。残りちょっとの魔力をふり絞り、創り出した。それが雪の首に纏わりつく。


「あの、これ」

「姿を消す。俺一人の方が動きやすいし、白桃もティーガンも見た目が少女だ。特にティーガンはな。危ない」

「……分かりました」


 スーと光学迷彩のように雪たちの姿が消えていく。[影魔]モード・シャドースネークの力だ。姿や熱、気配等々を消すのに優れているのだ。


 それを実感しながら、雪は少し沈んだ表情で頷いた。直樹が心配してくれるのはとても嬉しいけど、守られる存在にはなりたくない。


 そんな想いが心の底から湧きあがる。


 雪のそんな心を知ってから知らずか、直樹は直ぐに次の行動に移る。


 懐から黒い魔改造スマホを取り出し、電話を掛け始める。何度かコールをした後、向こう側が出た。


 向こうの言葉を無視して直樹は叫ぶ。


「大輔っ! 海外にいるんだけど、転移――」


 のだが、先ほど雪に写真を見せまくっていたせいで、内臓魔力の残量がほぼ空っぽだった。つまり、切れた。


 そも遠いのだ。大輔との距離が。だから、魔力消費がバカでかい。今の残り僅かの直樹の魔力では発動そのものができないほどに。


 要改良だなくそッ、と内心悪態を吐きながら、直樹は普通のスマホを取り出す。国際電話の掛け方を調べ、掛けたのだが。


「白桃さんと一緒に海外にいるんだっ! 吸血鬼ヴァンパイアと自称する奴に飛ばされたっ! 魔力がなくて帰れないっ。イギリスの――」


 そっちも切れてしまった。異世界転移の幻想具アイテムを作った昨日。直樹たちは直ぐに寝てしまった。いや、直樹はそのあとも冥土ギズィアの高校編入のために動いていたが、それでも家に帰った瞬間、即寝落ちだ。


 つまり、スマホを充電していなかったのだ。


 しかも更に悪いことに、直樹は疲れているのだ。三度目だが。


 つまり、伝えるべき情報を絞ることができなかったのだ。吸血鬼ヴァンパイアとかどうとかではなく、場所と転移要請を最初に伝えるべきだったのだ。


 だが、直樹はそこまで頭が回らなかった。


 それを見ていた雪は、スマホスマホと懐やポケットに手を突っ込んだ。けど、スマホはなかった。


 雪は青ざめる。そういえば、スマホは肩掛けバックの外ポケットに入れていたのだ。そしてて血の世界に引きずり込まれた瞬間から持っていなかった。


 つまり、駅のホームに置きっぱなしになっているのだ。それは直樹の肩掛けバックも同様だった。


 連絡手段を失った。


 雪はその事実に足元がぐらつく感覚を覚え始め――


「ハッ」


 自らの顔を強くった。


(何を勝手にっ!)


 自らを叱咤する。直ぐに顔を上げれば、顔をしかめながらも次の行動を考える直樹がいた。


 そうだ。とても疲れているはずの直樹が今も必死に考えを巡らせているのに、自分がそれを諦めてどうするのだと。直樹の行動を無視して勝手に折れるなど、それこそ恥ではないか。


 雪も考えを巡らせ始める。


 と、直樹がボソッと呟く。


「ちょっと離れる。直ぐに戻るが、警戒を怠るな」

「わ――」


 雪はその呟きに返事をしようとしたが、直ぐに口を抑える。それからコクリと頷いた。


 辺りを見渡して直樹は問題ないなと判断し、その場を離れる。直ぐ近くの広場に移動し、“隠密隠蔽[薄没]”を解除する。


 パンッと柏手を打ち、周囲にいた人たちを一瞬で引き付ける。“身体肉体操作術”の技巧アーツ、[気配操作]で自身の気配を増大させ、さらに注目を集める。


 懐から大きい巾着を取り出し、それを自分の前に置いた。


 それから英語で二言叫んだあと、懐から十本のクナイを取り出した。英語で玩具で切れない事を説明していく。


「Oh~~~~!」


 ジャグリングする。そこらの大道芸よりも凄いジャグリングに、多くの人たちが感嘆を漏らし、集まってくる。


 けど、それだけでは終わらない。


 ジャグリングしていたクナイの全てを物凄く高く上げる。一瞬だけ、直樹の両手が空き、それぞれの袖からスルリと手裏剣を取り出した。二つの手裏剣は細い鋼糸で繋がっている。


「シッ」


 直樹はそれを投擲する。キュルキュルと回転しながら、二つは外側へと円弧を描き、内側へと戻ってくる。


 その時、二つの手裏剣を結んでいる鋼糸が落ちていたクナイを全て絡めとる。二つの手裏剣はそのまま直樹の方へ戻り、直樹はそれを軽々掴み取る。


 十本のクナイが二つの手裏剣に回収される。直樹はそれを見せびらかす。


「「「「「「Oh~~~~!」」」」」」


 すると、大歓声。


 けど、まだそれだけじゃない。クナイを懐に仕舞った直樹は、パンッと柏手を打って集まっている人たち全員の意識を集める。


 その隙に残り少ない魔力で“白華眼[影魔]”を発動させる。


「「「「「「カァー」」」」」」

「「「「「Wow~~~~~!」」」」」


 すると、影の八咫烏やたがらすが六体現れる。[影魔]モード・ヤタガラスだ。それぞれ三本の足には木製の的をぶら下げている。


 そんな[影魔]モード・ヤタガラスたちは縦横無尽に飛び回り、集まった人たちを驚かす。宙返りに交差、一瞬の突き合いにダンスをしているようにホバリング。


 [影魔]モード・ヤタガラスが一斉に散開する。


「シッ。シッ、シッ」


 直樹は両手に六本の手裏剣を持っていて、二つづつ投げる。手裏剣は弧を描き、また他の手裏剣とぶつかって軌道を変える。


 そして、散開していた[影魔]モード・ヤタガラスの足元にぶら下がる的の中心にバスンと音を立てて突き刺さる。


 「ジャパニーズニンジャー」等々が叫ばれ、大歓声だ。直樹の目の前に置いていた巾着の中にお金が放り込まれる。


 その後も変わり身の術や分身などを見せびらかし、一日が余裕で過ごせるお金が貯まった頃、警察がやってきた。


 それに気が付いた直樹は、これ見よがしに印を組む。ポフンと音を立て煙が立ち昇り、晴れたときには直樹はいなかった。巾着袋もなかった。


「「「「「「「「「Woohoo~~~~~~~~~!」」」」」」」」」


 観客が大騒ぎする。警察はそっちの方に気を取られ、少し離れた木の影にいる直樹に気が付くことはない。


「直樹さんっ」


 はぁ~~~と深いため息を吐いた直樹は、フラリとよろける。雪は慌てて直樹を支える。直樹の姿がスーッと消える。雪の首に巻きつく[影魔]モード・シャドースネークの効果が直樹にも及んだのだ。


「直樹さん、休んで下さい!」

「……静かにしろ。不審に思われる。それより休むのはここじゃない。移動する」


 黒装束から、“収納庫”に締まっていた白シャツ黒ズボン等々に一瞬で着替えた直樹は、周りを見た後雪から離れる。


 直樹が移動し始めたため、雪は慌ててティーガンを背負い直樹についていく。


 タタタタと足早に歩く直樹は、後ろについてい来る雪を気にすることはない。というより、気にすることができない。


 そうして十分近く歩き、直樹はある建物の中に入っていく。雪もぴったりついていく。


 そしてカウンターにいる女性と何やら話し込んだ後、色々と差し出し、鍵を受け取る。


 ユラユラと幽霊のように歩きながらエレベーターに乗り込み、幾分が上がった後。とある部屋に入る。


 机と椅子が一つ、ベッドが二つある小さな部屋だった。ビジネスルームと言ったところか。ベッドの質はそこまで良くなく、壁の少し汚れている。


 魔力を使い切り、死にそうなほどの虚脱感に襲われている直樹はベッドに倒れ込む。立つことすらままならず、息をするのすら疲れるのだ。


「……ごめん、ちょっと寝る。金と食料は出しておくから、警戒だけよろしく」


 [影魔]モード・シャドースネークが離れ、姿が見えるようになった雪にそう告げた直樹は、クークーと寝息を立てて寝てしまった。


 遅れて虚空から携帯食料や飲料水が出てきて、それがもう一つのベッドに落ちてきた。


 それに驚きながらも、泥のように眠っている直樹を見て、雪は一瞬謝りそうになったが、それは違うと思い直す。


「……ありがとうございます。ゆっくり寝ていてください」


 携帯食料と飲料水を机に移し、ティーガンをもう一つのベッドに寝かした雪は、靴を脱がし布団を掛け、丁寧に頭を撫でた後、そう礼を言う。


 手に持っていた日傘をティーガンが寝ているベッドに立てかけた後、ふぅーと深呼吸する。


 瞑目し、やるべき事を頭の中でリストアップしていき、今の自分ができる事を判断する。


 と、グーとお腹がなり、雪はもっさもっさと携帯食料を食べ始めた。


「ここは……どこじゃ?」


 そうして一時間近く経った頃、ティーガンが起きた。直樹はまだぐっすり寝ていた。




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公開可能情報

[影魔]モード・シャドースネーク:影の蛇。三十センチほど。隠密型で特に偵察に向いている。戦闘能力は全くもってない。

[影魔]モード・ヤタガラス:影のヤタガラス。最初は普通のカラスだったが、なんか特別感が欲しいという直樹の望みによって、足が三本のヤタガラスへと変化した。主に飛行補助型であり、偵察にも使う。

“身体肉体操作術[気配操作]”:自身の気配を操作する。増幅したり、隠蔽したりと。隠密はもちろん、敵の意識を引き付けてたりする。


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