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九話 た、助けてほしいのじゃ

 それはちょうど直樹がスマホで写真を見せながら、ミラとノアのおねしょ話をしていた時だった。


 それなりに人がいる電車内で二人は扉付近に立っていた。というか、扉の前。次の駅で雪が降りるため、そこに移動したのだ。


 そうしてもうすぐ駅に着きます、とアナウンスがされ、直樹は名残惜しそうに話を切り上げた。まだまだミラとノアの話をしたかったからだ。


 直樹とまだまだ話していたかった雪が名残惜しそうに「では」と言って開いた扉に一歩を踏み出そうとした瞬間、その真ん前には一人の少女が立っていた。


 雪の足が止まる。それどころか、降りようとした人たちも一瞬だけ足を止めてしまう。


 それほどまでに異様というか、異次元というか、美少女だったのだ。


 雪よりも少し低い身長。それにしては少々豊かすぎる胸と尻。いい香りがする紫のドリル髪に爛々らんらんと輝く鮮血の瞳。肌は死人の様に白いのに、頬や唇は血に染まったように赤く艶やか。


 端正で麗しい顔立ち。体の大きさから見れば美少女というべきだろうが、老練で妖艶な雰囲気からかんがみれば、美女といっても過言ではない。


 薔薇の刺繍が施されているゴスロリ服を身に纏い、閉じた黒い日傘を片手に持つ。立っているその姿だけで気品があると分かり、また確かな強かさも感じる。


「ッ」


 直樹はそんな少女を見て、一瞬だけ目を見張る。


 右目の“星泉眼”には、その少女の背中から鮮血の翼が生えている姿が視えたからだ。通常の瞳である左目には全くもってそれは視えない。


 けど、そこは直樹。疲れてあまり動かない頭でも一瞬で冷静に判断し、何も知らないような顔で雪に手を振ろうとした。


 のだが。


「た、助けてほしいのじゃ!」

「ちょ」

「え、な、直樹さん!」


 その少女は驚き目を見張り、そして思わず直樹の手を掴んで電車から引きずり降ろそうとした。


 仮にも少女の体。直樹は軽い力でその場にとどまろうとしたのだが、どう考えてもその華奢な体では考えられないような力をもってして、引きずり降ろされてしまった。


 そのまま、ホームの中央まで引きずられる。雪は慌てて追いかける。


「……あっ、す、すまないのじゃ」

「……」


 と、少女は自分が直樹の手を掴んでしまっていたことに気が付き、離した。本当に申し訳なさそうに瞳を伏せる。よくよく見ると服や日傘がところどころ泥に汚れ、顔には焦燥が浮かんでいる。周囲を警戒するように鮮血の瞳を動かしている。


 直樹はどうするべきかと考え込む。


 “星泉眼”で視た姿を考えれば少女は人外だ。しかも魔力を感じない。感じないにも関わらず、力があるとわかる。本格的に解析等々すればいいが、[極越]を使用したことで今は弱体化しているし、相手に気づかれないとも限らない。


 少女の表情を察するに、直樹の手を掴んでしまったのは本意ではな――いや、本意ではあるが、少女の理性はそれをしたくなかったという感じ。


 直樹は方針を決める。


 無視だ。迷子なのかなとか適当言ってこうと決める。


「お嬢ちゃん、日本語分かる?」

「え、あ、もちろんじゃ」

「お名前は言えるかな?」

「……ティーガンじゃ」


 あくまで少女――ティーガンを迷子の子として扱うために、直樹は少しだけ腰を下げ、ティーガンに目を合わせる。


「ティーガンちゃんね。それで親御さんはどこかな?」

「……言っておくが、妾は子供ではないし、迷子ではないぞ」

「うん。そうだね、けど念のために――」


 迷子はみんなそう言うんだよ、と呟きながら直樹はティーガンの手を引く。このまま駅員さんに引き渡してしまえ、と言わんばかりだ。


 なのだが。


「妾は迷子ではない。……それと、無理やり降ろしてしもうて悪かったのじゃ」


 直樹の手を振り払い、ティーガンは毅然とそう言い、深々と頭を下げた。そこには一人で全てを為そうとする覚悟があり、悲壮感すら漂っていた。これから死地へと行くような雰囲気があった。


 普通少女のそんな表情を見てしまえば、厄介ごとの匂いがするとはいえ、話しぐらいは聞いてしまいそうである。


 ただ、そこは直樹クオリティ。


「そうか。なら気を付けておうちに帰れよ」

「え、あ、直樹さんっ? ……待ってください!」


 直樹は雪の手を掴んでスタスタと早歩きでその場を離れようとする。だが、雪は首を手を振り払う。


「ごめんなさい。でも」

「……チッ」


 ティーガンの傍に駆け寄る雪に直樹は舌打ちをする。


 雪は直樹が善人ではないことを知っている。自分だって善人じゃないから。同じ匂いがする人は分かるのだ。


 けど、直樹が目の前で困っている子供を見捨てる事はしない。少なくともこんな簡単に離れようとはしない。


 そうするということは、それだけの理由がある。直樹が対応したくない理由がある。


 けど、雪はティーガンを見放すことはできなかった。ティーガン本人がその意思がなくても、思わずしてしまったのだ。助けてほしいと言っていたのだ。


 自分でも甘いと思っているし、愚かだなとも思っている。けど、心に生じた想いを無下にはしないと決めているから。行動すると決めているから。


 だから『助けたい』という自身の想いに応える。


 雪は優しくティーガンの肩に触れる。ティーガンは雪にチラリと視線を向け、力なく首を振る。


「お主――」

「チィッ!」


 その瞬間、直樹は雪とティーガンに覆いかぶさった。全くもって回復していない魔力を絞りだし、“空転眼”で無理やり空間を操作する。


 そのおかげで転移場所をずらすことに成功した。


「……何ですか、ここ」


 雪たちはいつの間にか、真っ赤に染まった世界にいた。周りに見える西洋風の建物や石畳も薄っすら赤く染まり、空は血を落としたかのように真っ赤。異様な世界だった。


 直樹たちから少し離れたところには血で作られた剣山が見え、直樹が“空転眼”で転移先を操作していなければ今頃あそこで串刺しになっていただろう。


「さぁな。知らねぇ異空間だ。っつうか、みんな異空間に連れてくるのが好きだな、おいっ!」

「きゃあっ!」


 呆ける雪と何故か気絶してしまったティーガンを抱え、直樹はその場を飛び退く。一拍遅れて直樹たちがいたところには鮮血の刃の雨が降り注ぐ。


 雪は目の前を通り過ぎた鮮血の刃の嵐を見て慌てて我を取り戻し、それを確認した直樹はポイッと雪を投げる。


「ごめんなさいっ! 巻き込んで、直樹さんは関係ないのにっ」

「起きた事は仕方ねぇっ!」


 雪は冷静に着地し、一瞬だけ薄桃色の魔力を迸らせ、桜の髪飾りと桜を纏うステッキを召喚する。


「部分変身ができるようになったのか」

「……はい。杏さんと練習してたんです。どんな状況になってもいいように」

「完全変身はしなくていいのか?」

「大丈夫です。覚醒時の力は無理ですけど、通常時ほどなら今の状態でも発揮できます」

「なるほど。っと来るぞっ!」

「はいっ!」


 怒りでもなく責めるでもなく淡々と確認してくる直樹に少しだけ申し訳なさを感じながら、雪は直樹の言葉と同時にその場を飛び退く。


 ドドドドドドドドドッと直樹たちがいた場所に鮮血で作られた斧が滝のように降り注ぎ、石畳の地面が抉れ、瓦礫が飛び散る。


 それを華麗に弾き飛ばしながら直樹は懐から白仮面を取り出し、スチャッと顔に嵌める。隣に着地した雪を見た後、ピンクのお面を取り出す。ご丁寧にデカデカと一輪の桜が描かれている。


「……ほれ」

「……それ以外に顔とかが割れない奴は……」

「ないな」

「……」


 雪は嫌そうに顔を顰める。なんというか、そのピンクのお面がダサいのだ。全てがピンクだけならまだ許せるのだが、一輪の桜が描かれているのが一番ダサい。


「……ちなみに顔に嵌めなくても、着けておけば問題ない。こんな感じに」


 雪のジト目に流石にまずいと思った直樹は、自分の白仮面を横にずらした。仮面には紐がないが特別製の幻想具アイテムのため、斜めにつけても落ちることはない。


 それを見て雪は顔に嵌める必要がないなら、と何とか自分を納得させ、桜のピンク仮面を受け取った。それを桜の髪飾りとは逆の方に着ける。


 と、それと同時にバサバサと風をうつ音と共に五つの存在が降りてきた。


「……で、アンタら誰?」

「……高々あれを躱した程度で思いあがるとは所詮虫けらね」


 凍えるような声音で言い降ろしたのは先頭に緑髪の女性。その左右に二人ずつ。右側には赤髪の男性と白髪の初老。左側には紫髪の女性と金髪の女性。


 全員が死人の様に肌が白く、瞳は鮮血に輝く。人の形を取りながら蝙蝠こうもりのような黒の翼を生やし、気品ある衣服を身に纏っている。


 全員が直樹たちをゴミを見るように見下ろす。チラリと血の剣山を見た緑髪の女性に向かって直樹はハッと鼻を鳴らした。


「蝙蝠野郎が随分ほざくじゃねぇか。っつうか、虫けらに話しかけるお前らは随分と寂しがり屋なんだな。皆で肩寄せ合ってぶら下がってろよ」

「ッ。貴様っ!」

「おぉ怖い怖い」


 怒気をあらわにし、殺気を迸らせる人外たちに直樹はニヘラと嗤う。ワザとらしく体を震わす。さらに殺気が増す。


 雪はその殺気に冷や汗を掻きながら直樹を見る。飄々ひょうひょうとした様子の直樹だが、それでも黒と翡翠の星の瞳は油断なく光り、周囲を観察している。


「……まぁいいわ。それよりゴミムシ。その女を渡しなさい」

「渡せばここから出してくれるのか?」

「いいえ。お前は泣き叫ぶまで嬲り殺し、そこの黒髪の女は死ぬまで血肉を喰って殺る。安心しなさい。うららかなその肢体は最高級。余さず食べるわ」


 緑髪の女は愉悦と傲慢に満ちた声音で雪に言い放つ。雪は怖気に少しだけ体を震わせ、直樹は顔を顰める。


「悪魔かてめぇ」

吸血鬼ヴァンパイアよ。そんな事尋ねるなんてやっぱり血闘封術師ヴァンパイアハンターはただのゴミムシね」

吸血鬼ヴァンパイア? 血闘封術師ヴァンパイアハンター? ……チッ。やっぱり魔力以外の力があるのか」


 直樹は小さく呟き、そのまま腰を低く下げる。


 直樹の“星泉眼”は主に非実体、特に魂魄を視て解析することに優れている。大輔のは満遍なくといったところ。


 だから、直樹は視えている。目の前にいる人外たちに流れる異質な血と魂魄を。非実体的な血の力を。特に蝙蝠のような黒の翼には抱えているティーガンと同じく鮮血の翼が重なって視える。


(……ぶっちゃけ、魔力以外のファンタジーなエネルギーがあるなら変換のためにも解析したいんだが……無理だな。魔力が殆ど残ってねぇし、無傷で逃げるのが精一杯か)


 直樹は内心でそう分析しながら、心底深い溜息を吐く。


「はぁぁぁぁ。めんどくせ」

「……ごめんなさい」

「別に責めてるわけじゃねぇ」

「分かっています。けど、それでも私の意思で巻き込んだので」


 そう。雪があの時ティーガンに近寄らなければこんな事にはならなかった。だから雪は頭を下げる。


 けど。


「それでも見捨てる気はねぇんだな」

「はい。一度選んだ選択です。それがこんな変な場所に連れてこられましたが、まずはティーガンさんを安全な場所に連れていきます。そのためならなんだってします。一人でも」

「向こうに正当性があるかもしれねぇぞ?」

「それでもです。……直樹さんは逃げてください。これは私の選択ですので」

「……」


 直樹はその提案に応えることなく、抱えていたティーガンを雪に放り投げた。雪は慌ててティーガンをお姫様抱っこで受け取る。


 意外に重く柔らかく受け止める事ができなかったためか、ティーガンの豊かな胸がバルルンと揺れ、ちょっと雪は顔を顰める。ついでに手を持っていた日傘が顔にぶつかる。


「お前が抱えてろ。戦うのには手が空いてた方がいい」

「……ごめんなさい」

「ここで死なれちゃ困るんだよ。お前はここ半年間生きていなきゃならねぇ。ミラとノアのためにな。それと、こういう時はありがとう、だ」

「……ありがとうございます」


 暗にお前だけだとここで死んでしまうと言われて雪は悔しく思いながらも、先ほどの約束にすらなっていない言質を守ろうとしてくれる直樹を嬉しく思う。


 それでも巻き込んだのに頼ってしまう自分には本当に情けなくなるが。


「じゃ、そいつの回復を頼む」

「任せてください」


 漆黒の光に身を包み、制服から和洋折衷の黒ローブと黒装束に着替えた直樹は、シッと息を吐きながら血斬ちぎりで緑髪の女の首を斬り飛ばした。




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公開可能情報

幻想具アイテム・白仮面:紐もない真っ白な仮面。使用者の顔にぴったりと嵌り、どんなに顔を振っても落ちることはない。頭の横や後ろに着けても問題ない。認識阻害はもちろんの事、知覚能力強化や思考速度上昇等々が組み込まれている。顔に嵌めた場合は、視界良好と空気清浄等々が加わり、水の中でも空気ボンベとしての代わりにもなる。また、特別なトリガーを外すことにより、一時的に使用者の痛みの許容量を大きくする。が、許容量を大きくするだけで耐えられるというわけではない。優れモノ。

幻想具アイテム・桜ピンク仮面:白仮面をピンクに塗り、そこに一輪の桜をデカデカと描いた仮面。雪の魔法少女姿を見た後、ピンクの桜仮面ってカッコいいよなというクソダサ発想の元、直樹の要望を受け、大輔が作った。デザインをしたのは直樹のため、大輔のセンスは悪くない。悪いのは直樹。センスは死んでる。


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