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十八話 私には余裕があるんです

 そんな中、中学二年生の終わり、魔法少女になる際に結んだ契約で違法分がなくなって借金がわずかとなり、優斗の記憶が半分程度戻ってきた頃だった。


 とても人気でいい人として通っていた芸能人が、高校生の時イジメをしていたというので、炎上しているニュースをたまたま見た。謝罪をして今は反省して、これが本当の自分なんだと、訴えている姿を見た。


 それを自らの姿と重ね合わせたのか、いつの間にか号泣していた。母に泣きつき、何度も何度も訳も分からず「ごめんなさい」と懺悔していたのをよく覚えている。


 そうして泣き止み、どういう流れでそうなったかはあまり覚えていないが、母がこう言った。


――当たり前だけれどもね、他人にとっての自分は、最新の自分ではないのよ。今の自分だけを見てくれるなんて虫のいい話は、この世にはない。積み重ねてきた

過去を見る人が当然いる。いえ、そっちの人の方が多いわ。


――過去は消せない。どんなに『今』を叫んでも、過去の自分と切り離すことはできない。


 それを聞いた時、雪は改めて痛感した。強く優しい母の口から出たからこそ、雪はどうしようもない気持ちになった。


――けど、それはとしてきる、当たり前の道理なの。光があれば影ができるのと同じ。雨が降ったり、太陽が東から昇って西に沈むのと同じ、自然の道理なの。


――だからこそ、受け入れなさい。太陽が東から昇る事に憤ったり悲嘆にくれたりするよりも、行動しなさい。過去を嘆く暇があったら、今を積み重ねて未来を作りなさい。死ぬまで一生積み重ねることをやめてはいけないわ。


 雪はその言葉を聞いて恐れた。一生という途轍もない言葉を聞いて、恐れた。一生続けるなんて……と思い、諦めを宿しかけた。暗闇に光はないと。


 それを感じ取ったのか、母は最後にこう言った。


――笑いなさい。嗤う、笑う、微笑む。何でもいいわ。どんな時でも、どんな思いを抱いても無理なく笑える自分を作りなさい。そうすれば――


「ねぇねぇ、ねぇねぇ!?」

「ッ」


 物思いにふけっていたらしい。優斗に体を揺さぶられ、雪はハッと我に返った。いつの間にかテレビがついていて、優斗が好きなのアニメ、『僕は今日、魔女きみと出会った』のOPが流れていてた。


 主人公の少年と色々な魔女が織りなす物語だ。


「ご、ごめんね。それで何だったけ?」

「もうしっかりしてよ、ねぇねぇ。エヴィがにぃにぃに似てるって話!」

「ああ、そうだったね」


 雪は自分の膝の上にいる優斗のいつもの言葉を聞いて、思い出したように頷いた。


 エヴィとは、影の魔女の事だ。一匹狼で勘違いされるような行動を取っていて皆に嫌われているが、実は心優しい魔女、という設定だ。心優しいというのは、前回の週で最後で明かされた。


 そしてにぃにぃというは、一ヶ月少し前に優斗を助けてくれた青年の一人だ。


 一ヶ月前。父親以外の記憶が戻り、記憶喪失による肉体的疾患等々も回復して退院する三日前、優斗は事件に巻き込まれた。無差別殺人を目論んでいた人たちの殺されそうになった。……だそう。


 警察の人がいうには、その人たちは最初は優斗を含めた子供たちを殺そうとしたのだが、途中で現れた青年二人に矛先を変えたそうだ。二人の青年が自らの命を惜しまず、代わりにと候補したんだとか。


 それがなければ、もしかしたら優斗たちは殺されていたとか。それほどまでに、その人たちの精神はおかしかったそうだ。誰かを殺して死のう、と思っている人たちだった。


 だからお礼をしたかったのだが、その青年の事を警察は教えてくれはしなかった。局の方にも少しだけ尋ねたのだが、分からずじまいだったとか。


 どっちにしろ、優斗にとってその青年は憧れの人なんだそう。ヒーローみたいな存在らしい。


 だからこそ、雪は少しだけ不思議だった。


 その影の魔女、エヴィが心優しいと分かったのは先ほども言った通り、先週の最後。まさか、と言った感じに明かされたのだ。


 なのに優斗はエヴィが登場した最初の回から、にぃにぃに似ていると言っていたのだ。


 なんでだろうな~、と思いながら雪はCMが終わり、先週の場面から始まったアニメをぼーっと目を通す。懐にいる優斗の温かさを感じながら、また物思いに耽ろうとしたその時。


――一生誤解されたままでいいのかっ!?


 テレビからそんな少年の叫びが聞こえた。みんなに嫌われたままで、アナタはそんなにも心優しいのに。皆を思って見守っているのに。


 そんな想いが込められた言葉が雪の耳にスルリと入ってきた。雪はつられてテレビを見た。


 ラスボスとも言えそうなほどに強大な敵――強欲の悪魔グリードを目の前に、影を操って異形を作り出す美しいエヴィは、苦笑した。


 今、エヴィは強欲な悪魔グリードに力を封印された主人公の少年と、力敵わず倒されそうになった魔女のヒロイン二人を守っているのだ。


――誤解じゃねぇんだわ、それが。


――え。


――全て事実。過去のアタシがしたぁ真実だぜぇ、それは。傷つけたんだ。


 手錠と足錠で拘束されて地面に這いつくばっている少年は呆然した。


 されどすぐに叫んだ。


――けど、今のアナタはそうじゃない! なんで、それを皆に言わないんだ!? 今の自分を見てもらおうとしないんだ!


――今の自分を見ろと叫ぶことに意味はねぇ。他人ひとは見てぇもんを見るんだよ。それが過去であろうと、事実であり真実だ。それをアタシが強制しちゃあいけねぇ。望んでもいけねぇ。


――だけどっ。


――ハッ、過去は切り離せねぇもんだ。どんなに抗おうが、一生な。


 少年は愕然としたように目を見開いた。


 けど、雪は生まれてから三度目。されど驚きや悲しさなどではなく、真摯にそれを見るための目を見開いた。


 エヴィは自らの影から幾つもの異形を作り出す。それはまるで、過去の自分の変遷を描いたようだった。醜い異形から美しい異形が彼女の背後に現れた。


 影だった。


 それに少年が息を飲んだ。恐れを抱いているのではと、雪は思った。同じ思いを抱いたことがあったから。


 暗闇の中、一生生きなければならないと思って、怖くなるのだ。


 だけど、エヴィはそんな少年に笑った。ニヒルに笑った。ハッと笑った。


――なに、当たりめぇな事だ。


――え、エヴィっ!


――人間ってぇのはなぁ、一生を背負って生きて逝くんだわ。それが道理。摂理。


 エヴィは影の槍を片手に持ち、自らの過去を表したような幾つもの影の異形を引き連れて、強欲の悪魔グリードと対峙する。


 ただ、一体だけ。一番美しい影の異形だけは、這いつくばった主人公を背負い、また変形した影の腕を使ってヒロイン二人を抱きかかえる。


 そして逃げる。


――恐れるこたぁはねぇ。ひと様ぁにどう評価されよぉが、めんたまぁ見開いて心から笑えればぁ。


 美しく凛とした影の魔女は、必死に叫び手錠で拘束された手をエヴィに伸ばしている主人公の少年に振り返って、ニヒルに笑った。


 強欲の悪魔グリードが放った醜い光に笑った。


――光は、見える。


 ………………ああ。


「ねぇねぇ。大丈夫、ねぇねぇ?」

「……うん、大丈夫。少し感動しただけ」


 いつの間にかEDが流れていて、雪は涙を流していた。


 そして混沌の妄執ロイエヘクサを考えた。



 Φ



「杏先輩、おはようございます」

「雪か。おはよう」


 サラリーマンや学生などが行き交う駅前。いつものことながら金髪碧眼で美女といっても過言ではないほどのプロポーションと容姿を誇る杏は、周りに注目されていた。


 そんな杏に話しかけたのは、同じ制服を着た雪。雪は魔法少女の後輩だけのみならず、同じ学校の後輩でもある。一年生だ。


「……キチンと寝れたか?」

「はい。昨日は他県の人たちが警戒に当たってくれていたため、ぐっすりです」

「……そうか」


 そういう事を聞いたわけではないのだがな、と杏は思う。雪もそれに気が付きながら制服から定期券を取り出し改札を通る。


 階段を降りて女性専用車両に乗るためにホームの端へ歩く。並んで立ちながら、雪は杏の顔を見た。化粧ですら隠しきれないほど、肌が荒れ、隈がある。寝れていないのだ。


「杏先輩、大丈夫ですか?」

「ああ。眠れなくてな」

「そうですか」


 それはそうだろう、と雪は思う。いつでも寝れる特技を持つ雪ですら、寝入るのに一時間近く掛かったのだ。それほどに恵美から話された混沌の妄執ロイエヘクサの歴史は酷かった。悲しかった。


「杏先輩。私、今まで混沌の妄執ロイエヘクサを悪い存在と思ってました。完全な悪だと。だって、弟を襲ったんですから」


 雪はポツリと言う。杏はチラリと視線を向けた後、正面を向いた。


「だから記憶を取り戻すために戦っていました。それに母の苦労を少しでも取り除くためにお金が欲しかったのもあります。まぁ今では大学へいくための資金も結構溜まっているんですが」


 雪は微笑む。それらの事は母も弟も知らない。それでもいい。雪が守りたかったのは日常だからだ。


「後は、先輩たちを死なせたくなかったっていうのもあります。事情は聞いていますけど、それでも先輩たちには死ぬまで戦ってほしくなかったので」

「……そうか」


 ポツリと呟かれたその言葉を杏は一瞬だけ眉を顰めた後、ゆっくりと頷いた。


 杏の母親は事故により遷延性意識障害、言葉は悪いが植物人間になり、治療は不可能とのこと。それはファンタジーの力をもってしても。父親は混沌の妄執ロイエヘクサに襲われ、記憶喪失となっている。


 しかも、その奪われた記憶は深く、また母の件がショックだったのか、どんなに記憶を戻す儀式をしても、記憶が戻らなくなってしまった。生きた屍になってしまった。


 そんな二人を元に戻すどころか、生かすのにも多額のお金や援助が必要となる。杏は魔法少女として戦う代わりに、母と父への一生の援助を契約した。それは殉職しても変わらない。むしろ殉職すれば、それに幾分かプラスされるとか。


 だから、雪が死ぬなと言っても戦うだろう。


「けど、昨日の話を聞いて少しだけ戦う理由が増えました。傲慢にも可哀想だと思ったんです」

「……傲慢、か」

「はい。……誤解を承知で言いますが、優しさは傲慢だと思っているんです」


 杏は心優しい雪からそんな言葉が出てきて、驚く。優しいを体現している少女が傲慢だと?


 そんな疑問を向けると、雪は穏やかに笑った。


「批判をしているわけではないんです。優しさ、共感、同情、憐れみ……言葉はそれぞれですし、各々自分がもつ定義は違うと思いますが、私はそれらが傲慢が、心に余裕がある人がもつ心だと思っているんです」

「……余裕か」

「はい。金銭的余裕、社会的余裕、肉体的余裕、精神的余裕。あげればキリがありませんが、余裕があるんです。私はそれを傲慢だと思っています」


 これは今の雪の考え。真摯に事実を見て考えた結果。母を見てそう思った。傲慢という言葉を使ったのは、卑屈としてではなく後悔としてだろう。


「どうにも私は心優しいそうです」

「自己分析か?」

「他者分析です。自己分析ではとても醜い人間だと思っています。けど、心優しいと言われるなら、私には余裕があるんです。常に余裕を失わないんです」


 「間もなく電車が来ます」「間もなく電車が来ます」と、アナウンスが入る。スピーカから流れる大音量のそれに、杏は一瞬だけ気を取られる。


「私は今日、混沌の妄執ロイエヘクサを倒します」


 だけど、雪が放った言葉の一言一句はスルリと頭に入った。混沌の異界アルヒェに行くことはできないのに? 戦闘系の魔法は使えないのに? どうやって?


 そんな疑問すら置き去りにするほどに、覚悟が宿った言葉だった。言霊があるとしたら、たぶんこれだ。理屈を飛び越えて、絶対をふるう言葉だった。


「ゆ――」


 その言葉に心を奪われて息を飲んだ杏は、どうにか己を叱咤して雪の名前を呼ぼうとして。


「ゼツボウヲォォォォッッッ!!」


 突如、混沌の異界アルヒェに飲み込まれた。驚くよりも先に心胆を寒からしめるおぞましい絶叫が聞こえ、雪と杏は顔を青白く染める。


 横を向き、声の主を見る。雪たちがいるホームの端の反対側だ。両端の距離は実に十一両分。そこに断末魔の如く叫ぶ存在がいた。


「……ぇ」

「……ぅぁ」


 今まで見てきた混沌の兵士スキャーヴォよりもおぞましく醜い。一大きさは数百メートル。超高層ビルと同じだろうか。体の至る所から無数の蠢く闇の手を生やし、上部に闇が形作る醜い女の顔が無数に埋め込まれている。


 一目見ただけで膝から崩れ落ちそうなほどおどろおどろしい存在感を放つそれに、杏はもちろん雪もガクガクと震える。


 だが、雪はキッとその存在を睨みつけ、発破をかけるように崩れ落ちそうな膝を叩く。凛と両足で立ち、胸のあたりを薄桃色の光で輝かせる。体が薄桃色の光に包まれ、パランっパランっと効果音と共にその光が順番に晴れる。


 そこには薄桃色のリボンが飾る真っ白なショートヘアに薄桃色の瞳。衣装は白を基調としながら、ピンクを取り入れているフリル。ホワイトがいた。


 杏も慌ててプロミネンスの変身する。背中には再生した大剣を背負う。


 そして。


「んぁ!?」

「え、なにっ!?」


 コミカルに驚く青年二人――直樹と大輔がおぞましい混沌の兵士スキャーヴォの前に突如として現れた。


 混沌の異界アルヒェに引きずり込まれたらしい。


 ホワイトもプロミネンスも、それを視認した途端、反対側にいる二人を守るためにホームを蹴り、走り出した。

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