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十六話 演出は大事なのです

 それは一瞬の事。絶望に満たされ、絶望的なホワイトたちの生存と、湧く混沌マサーカーの詳しい観測をしに混沌の異界アルヒェへ行った恵美が率いる調査隊の無事を祈っていた時。


「きゃぁっ!」

「何事!?」

「狼狽えない!」

「チッ。混沌の兵士スキャーヴォかっ。距離を取りなさい! 構えてう……待ちなさい、撃たないで!」


 沈痛な雰囲気が漂っていた指令室に闇の渦門が開き、そこから影の異形が出現した。


 この場の最高権力者である日和はビリリと声を響かせ、戦いに心得がある者たちに銃を構えて撃て、と命令しようとして慌てて声を張り上げた。


 そこには濃縮された影が形作ったグリフォンが四体いて、またその足元にはいくつもの人影があった


「え――」


 その人影の一人が放り投げられた。それが恵美だと気が付き、日和は動揺した声を上げようとして。


「「「「クエェェェェッ!」」」」


 四体の影のグリフォンが一斉にいなないたかと思うと、部屋中に一瞬だけ漆黒の光を満たす。


 そして。


「え、恵美!? っというか、杏!? 望!?」

「……戻されたのね」


 恵美が起き上がった。顔は青白い。ホワイトやプロミネンスたちも頭を抑えながら起き上がる。


「杏っ! 生きててよかった!」

「雪っ!」

「祈里っ!」


 と、恵美と共にいた他の魔法少女や黒服の女性がホワイト――雪たちに抱きついた。


 そこから十分近く。指令室は騒然とした様子に包まれた。



 Φ



「で、なん――あん? 大丈夫か、お前」


 付けていた白仮面を“収納庫”に仕舞った直樹は、大輔を見て心配そうに尋ねる。悠然と空中に佇んでいたが、大輔の表情は酷い。青白い。


「大丈夫。少しだけ胸糞悪いものを見ただけだから」

「……混沌の妄執ロイエヘクサとやらの記憶か? 感情まで見てしまったか?」

「当たり」


 空を浮く冥土ギズィアに体を預けた大輔はヘラリと笑って頷いた。


「あ、空間の封鎖は終わった?」

「ああ。[影魔]モード・グリフォンたちを媒体に現世の方に仕掛けをしておいた。半日程度はこの空間には来れなくなるだろ」

「なら、ゆっくりとできるね」

「あんまり長居したくないがな」


 直樹は四本の漆黒の巨杭が打ち込まれた湧く混沌マサーカーを見た。どこに口があるのか、そんな疑問が持つ余裕がないほどに心胆を寒からしめる絶叫を聞いて、顔を顰める。冥土ギズィアはいつも通り無表情だ。


「で、どうするんだ?」

「まずはあれらに打ち込む」

「封杭か」


 大輔は虚空を金茶色に光らせ、“収納庫”から二メートル程度の漆黒の杭――封杭を数十本召喚した。それらは落ちることなく空中で浮く。


 直樹はその封杭の一本を無造作に掴むと、振りかぶりパンッという音とともにそれを投げた。弾丸だ。


 その封杭の弾丸は、湧く混沌マサーカーから何とか這い出たおどろおどろしい闇で形作られた鏡へ突き刺さる。


 その瞬間。


「甘い」


 突き刺さったはずの封杭が直樹の背後に現れた。しかし、直樹は動じることなく“空転眼[黒門]”で黒渦を背後に作り出し、その中へ消え去る。


「クルシャァッッァアッ!」


 と同時に、先ほどの影の鏡が絶叫を上げた。体からその闇すら塗りつぶすほどに妖しい漆黒の封杭が突き出ていた。鏡の一本刺しだ。美味そうではない。


 よく見ればその闇の鏡の背後にも黒渦が現れていた。封杭を転移させ、後ろから刺したのだ。


「たぶん混沌の妄執ロイエヘクサの欠片の多さ的にあれは特級かな? もしかしたらホワイトさんが言ってた反す混沌シュピーゲルかな」

「シュピーゲル? ああ、鏡だったか」

「だね」


 絶叫を上げながら空中で固定されている反す混沌シュピーゲルを眺めながら、二人は頷く。直樹の背後に封杭が現れたのは、反射とかそういう能力だろ、と分析する。また、裏は反射できないんだな、と納得する。


「じゃ、俺は湧く混沌マサーカーとかいうやつから湧き出る混沌の兵士スキャーヴォを固定すればいいんだな」

「うん。よろしく。僕は専用の幻想具アイテムを作るから」

「了解」


 空間固定に魂魄固定、実体固定、封印といった力が込められている封杭を操りながら、直樹は湧く混沌マサーカーへと駆けだした。湧く混沌マサーカーからは歩く混沌ミーレスとは比較にならないほどの存在感を放つ多種多様な混沌の兵士スキャーヴォが這い出ている。


「……創造主様マスター。体調の方は大丈夫ですか」

「大丈夫。ただ、ちょっと同期しちゃっただけだから」

「そうですか」


 転移門を駆使した一撃離脱で、あらゆる混沌の兵士スキャーヴォを翻弄して封杭を打ち込む直樹を見ながら、大輔は“収納庫”から翡翠の水晶と鼠色の水晶、幾つかの鉱石を召喚し、浮遊させる。それからそれらに指先を当てる。


「全省略、錬金」


 大輔そんな言葉呟く。すると、水晶や鉱石が生きているかのように蠢いて形を変える。小さな粉になったかと思うと、それらが収束し、別の水晶へと融合する。


 そうして何度も何度も分裂と融合を繰り返し、大輔の手元が金茶色の光に包まれて数十秒後。


「全省略、付与」


 そうつぶやいた途端、現れた。種。玉虫色に輝く拳ほどの金属の種。それが大輔の手に収まっていた。


 大輔は虚空に呟く。


「直樹、終わったよ」

「お、そうか」


 すると、丁度封杭を全て使い終わった直樹がシュパッと現れた。転移門すら利用しない瞬間転移だ。


「あ、[瞬転]もできるようになったの?」


 大輔は直樹の“空転眼”の技巧アーツ、[瞬転]を使えるようになったのかと問う。瞬間転移ができる“空転眼[瞬転]”が使えるとなると、直樹の“空転眼”はほぼ回復したと言っていい。


 ただ、直樹は首を横に振る。


「いや、入れ替えだな。今はこの小石だ」

「……まぁそれでも結構回復してるね」

「まぁな」


 一円玉よりも小さい小石を弄ぶ直樹を見ながら、大輔は、それでも異世界転移用の幻想具アイテム製作も早められるかな、と思う。幻想具アイテムに関しては改良することを考えるとさっさと作っておいた方がいいからだ。


「で、その種か?」

「うん。まぁ見ててよ」


 大輔は懐から古めかしいウォード錠式鍵を取り出すと、空中に突き刺す。すると、その鍵を起点に金茶色の光が波打ち、錠と小さな扉が現れた。大輔は鍵を捻る。


 ガチャリと音を立てて、錠が外れ扉が開く。それと同時に湧く混沌マサーカーの上部にも金茶色の扉が現れる。なんか仰々しいが幻想具アイテムを利用した転移門である。


 大輔はその転移門の扉の中に、玉虫色に艶めく金属の種を入れた。湧く混沌マサーカーの上部にその金属の種が現れ、頭上に落ちる。


 その瞬間。


「キシャァアラレカレァセァィゥッッッァゥァォッ!!!」


 もはや絶叫にすらなっていない叫び声が上がったかと思ったのと同時に、おぞましく聳え立つ湧く混沌マサーカーの中心から、玉虫色の樹が成長する。湧く混沌マサーカーを内側から喰らうように取り込みながら生長していく。


 大樹となり湧く混沌マサーカーに刺さっていた十メートルを超える巨大な封杭を飲み込む。それどころか、枝をどんどんと伸ばし、封杭によって固定されている周囲の混沌の兵士スキャーヴォたちすらも飲み込んでいく。


 そして灰色の世界に巨大な玉虫色の大樹が出現した。


「よし」


 大輔はそれを見て満足そうに頷いた。直樹はそんな大輔にジト目を向ける。


「なぁ、転門鍵に錠がでるオプションなんてあったか? それとあれ、効果を考えると普通に大樹にする必要あったか?」

「あ、あったと――」


 大輔はバッと顔を背けながら言おうとして。


「当たり前でございます、副創造主様サブマスター。演出は大事なのです」


 冥土ギズィアが、やれやれお前はまだまだだな、と肩を竦めながら言った。副創造主様サブマスターと言いながらも全くもって直樹を敬っていない。


 ただ、直樹はそれに対していちいち目くじらを立てたりしない。慣れたからだ。だが、今、大輔が見せた演出は違う。


「……まぁ確かに、俺も詠唱する必要ない詠唱を口に出したりしてるぞ。フィンガースナップだって。だが、大輔。その演出を組み込むのに結構な魔力を消費しているよな?」

「な、何のことかな」


 大輔は回遊魚の如く茶色の瞳を泳がせる。直樹はジーっと見つめる。そうして数秒。直樹はハァーーと深いため息を吐いた。


「まぁいいか」

「うん、気にしなくていいよ」

「……で、あれはいつ咲くんだ?」


 調子のいい大輔に直樹は呆れながら、亭々ていていと聳え立つ玉虫色の大樹を指さす。あれはまだ完成していない大樹なのだ。樹は花を咲かすものであり、実を実らせるものだ。


「あと四分くらいかな。魔力の質を高めたかったし」

「そうか」


 少し長いなと思いながら、直樹は未だに顔が青白い大輔に顔を向けた。ポツリと尋ねる。


「何を見たんだ?」

「聞いてどうするの? 大した知識はなかったよ」

「興味本位だ」

「そう。なら僕も興味本位に言うよ」


 大輔は少しだけ瞼を一度だけ伏せた後、話し始めた。


「始まりは四十年前。なんか魔術庁というところに所属していた五人の魔女がいた。どうにもその五人は一つのチームとして活動しててね」

「なんか? どうにも?」

「理由は後で話すけど、読み取った思念と記憶がまさに混沌とした様子でね。ぼやっとしている部分が多い」

「そうか、話の腰を折って悪かったな。続けてくれ」

「うん」


 大輔は遠い記憶を探るように茶目を彷徨わせる。


「その五人にはそれぞれ娘がいたんだよ。で、ある時、五人はある任務を受けたらしくてね。そしてその任務の最中にどうやら彼女たちの娘たちが攫われたらしい」


 直樹はそれを聞いてピンときた。だが、口を挟まずに、雰囲気が少し変わった大輔を見た。まるで操られているかのような大輔は、矢継ぎ早に口を動かす。


「命令を強いる。激化する戦い。必死になって倒す。何とか終わらせて娘たちの場所を特定して駆け付けたけど、敵に殺されてて! 愛、奈々、恵梨香、柚木、愛華、桜! みんな裏切った! 信頼してたのに! どうして!? 娘たちにあんなむごいことをして、何が哀れよ!? 屑のお前らがよくそんな! 死ね! 絶望しろ! 魔力を、魔術師なんて全て喰って、閉じ込めて、終わらぬ地獄を! そして、魔界のはんえ――」

創造主様マスター!」


 冥土ギズィアうつろな表情で口角泡を飛ばすが如く叫んだ大輔を抱きしめた。ハッと大輔が我に返った。


「……まぁこんな感じだよ」


 大輔はヘラリと直樹を見た。直樹は、ここで労いの言葉を掛けても意味はないなと思い、推測を口にする。


「らしいな。五人の魔女が混沌の妄執ロイエヘクサってわけか。五人が混ざり、異形になってる感じか。普通の人間だと考えられないが、絶望が階位を上げたのか、どうなのか……なるほど、混沌の異界アルヒェに引き込まれた人間は、たぶん魔力持ちなんだろう。さっきの言葉から察するに記憶を喰らうというよりは、それまでの意識を奪い取って、閉じ込めるって感じか。それでそん中に少女がいなかったのは――」

「丁度、その五人の魔女の娘の年齢幅だと思う。あと、混沌の兵士スキャーヴォには魔力攻撃以外にも、特定の魂魄波長を持つ少女の攻撃が有効でね」

「なるほど。魔法少女たちの魂魄が娘たちのと似てるんだな」

「たぶん」


 大輔は冥土ギズィアに大丈夫、と言って離れようとするが、冥土ギズィアは大事なぬいぐるみを抱きしめるように大輔を離さない。邪神の最終決戦くらいからこいつら、普通に感情を持っている気がするんだよな、と直樹は思いながら、虚空へ鋭い瞳を向ける。


混沌の異界アルヒェっていうのは、混沌の妄執ロイエヘクサが作りあげたというよりは、偶然あった異空間を支配した……いや、意図的に混沌の妄執ロイエヘクサを閉じ込める牢獄といことか? 混沌の妄執ロイエヘクサの思念が薄い気がするし」

「もしかしたらね。箱舟っていう言葉が使われてるし、悔い改めを求める魔女ロイエヘクサだし、腐ってた人間と憐れんだ人間が別々だったのかな? 救済?」

「魔法少女……ある種の巫女か。純真な心で浄化するって事か?」

「彼女たちが魔術師とかを知らなくて、そもそも魔力持ちじゃなかったのは……」

無辜むこで無垢の少女を必要としたから……いや、だが、あのジュエリーの父親は……ああ、魔力持ちといっても魔術師とかではないかもしれないのか。先祖返り的に突発的にって可能性もあるな」


 独白するように妄想にも近い推測を重ねていく。微妙に会話が合っていない気がする。


「まぁだが、自分のケツを関係のない少女に拭かせている時点で、潔白なところではないだろうな」

「清濁併せ持ってるのか、ただただ腐っているのか。信念は見えないけれど、まぁそこらへんはどうでもいいかな」

「だな」


 結局、大した話ではなかった。直樹はそう結論付け、玉虫色の大樹を見た。


 いつの間にか玉虫色の金属の大樹のてっぺんに大きな蕾がついていた。それがゆっくりと開き花を咲かせる。満開になったかと思うと、ホロリホロリと巨大な金属の花は散っていく。崩れ去る。


 完全に花が消えたかと思うと、花があったところに大きな金属球が現れた。それは突然に。


 そして音も立てず、その金属球を残して玉虫色の大樹が崩れ去った。ホロホロとまるで紙屑で作った樹が崩れ去るようだった。


「よし」

「あん中か?」

「うん」


 冥土ギズィアは大輔を抱きかかえたまま黒翼アーラをはためかせ、地面に墜落した金属球へと飛び降りた。直樹も空中の障壁を蹴りながらそこに飛び降りた。

冥土ギズィア、自分で歩くよ」

「かしこまりました」


 大輔は冥土ギズィアから離れ、自分の背丈よりも大きい金属球に触れる。


「解錠」


 そしてそう呟いた瞬間、金属球が輝き、ガチャリと音を立てながらハラリハラリと分解していく。直樹はジト目を向けた。こんな演出は必要ないらしい。


 だが、直ぐにその金属球の中にあった宝珠に目がいく。


「二ヶ月分どころじゃねぇな。ってか、お前、これ神珠しんじゅじゃねぇか」


 直樹が神珠とよんだその宝珠は、静謐だった。どこまでも透き通った透明。その上で何も映さないほどに輝く。神々しいまでの存在感を放ちながらも、それは静かだ。


 人の言葉では表現できない美しい宝珠。アルビオンでは神話にしかでてこない伝説の宝珠だ。


 そんな神珠を軽々しく掴み、弄ぶ大輔は頷いた。


「うん。先に幻想具アイテムだけ作ろうかなって」

「……ああ、改良をしたいってことか」

「うん。後は、地球も意外とファンタジーだったからね。後々面倒に巻き込まれたりするとあれだし、作れるときに作ろうかなって」

「なるほど」


 神珠を放り投げ、パッと“収納庫”に仕舞った大輔に直樹は確かに、と頷く。それから両目を真っ黒に染め、転移門を作り出す。


「じゃあ、帰るか」

「そうだね」

 二人と一機は灰色の世界を後にした。




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公開可能情報

幻想具アイテム・封杭:空間固定に魂魄固定、実体固定、封印といった事ができる。力を減少させたりすることも可能。

幻想具アイテム・転門鍵:転移門を作り出す鍵。転移先は転門鍵を使用する際に座標をイメージすることによって自動で繋がる。空間の座標精査も兼ねている。

        古めかしいウォード錠式鍵

“空転眼[瞬転]”:転移門や時差もない転移、瞬間転移を可能とする技巧アーツ

“空転眼[替転]”:マークした物体と入れ替わる転移の技巧アーツ

神珠:神話に登場する宝珠。触れただけであらゆる怪我や病気が治り、邪気を祓う。想いに反応し、世界の根幹に干渉する力を持つ。自然発生することはほぼなく、世界の根幹に干渉できる存在が作り出す。

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