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十四話 返して欲しければ、私に従いなさい

「……ぇ?」

「……はい?」


 突如現れたメイドさん。


 夜風にたなびく夜空の長髪。無機質に見下ろす深淵の瞳。神が作り出した人形かと思うほどの美貌。纏っているヴィクトリアンメイド服とエプロン、モブキャップとちぐはぐなのに、それは似合っていた。


 けれど、そんな事よりも目を引くのは暗闇に光る金属の二対四枚の翼。それがあるだけで彼女が人間でないこと表している。


「っと、危ない危ない」

「……ッ!」

「ッ」


 本当に神の人形かと見惚れて呆けていたグリムととホワイトは、そのメイドさん――冥土ギズィア黒翼アーラに抱きかかえられた瞬間、ハっと呆然としていた意識を呼び戻す。


 直ぐにその場から離れようと、黒翼アーラから落ちようとするが。


「私は悪いメイドではありません。落ち着いてください」

「先輩っ!?」

「……返せっ!」


 二人の体は浮いていた。それどころか、背負っていたプロミネンスたちは彼女たちから強引に離され、浮遊している。


 全員の頭上には漆黒に渦巻くつむじ風を纏った黒羽根ヴィールがあった。重力を中和し、物体を浮かせる浮遊が組み込まれているのだ。


 彼女たちの自由は冥土ギズィアの手の上なのだ。


 それを知らないホワイトとグリムはどうにか藻掻いて、ダランと四肢を垂らしながら浮いているプロミネンスたちの方へ行こうとする。それが無理だと判断すると、可愛らしい少女には似つかわしくない炯々けいけいとした瞳で冥土ギズィアを睨む。


「落ち着いてください」

「先輩たちを返してくださいっ!」

「……私たちをどうするつもりっ!」


 字面だけなら宥めているが、しかし声音と表情がただの無慈悲な殺し屋だ。いや、殺すという色すら宿していない無機質な存在。二人はさらに睨む。


「……確か、こういう場合は……」


 黒翼アーラを羽ばたかせ、黒羽根ヴィールを十四片空中に回す。襲ってきた飛ぶ混沌イェーガーたちを無造作に消滅させ、四角錐の不可視の結界を張り安全を確保する。


 冥土ギズィアはデータベースを探る。黒羽根ヴィールで浮かせている怪我人三人を見て、ああ、と頷き。


「返して欲しければ、私に従いなさい!」


 悪いデータを参考にしてしまった。怪我人三人を自分の近くへと移し、ペカーと漆黒の闇に包ませる。人質を取った図だ。


「私はどうでもいいっ、だから先輩たちにはっ!」

「……かえせっ!」


 ホワイトとグリムは怒りに叫ぶ。黒のまゆに包まれたプロミネンスたちへと必死に手を伸ばす。完全に悪役の所業。実際は黒繭の中で傷を癒しているだけなのだが。


「ならば従いなさい。大丈夫です、私は絶対に嘘を吐きません。人形ですから嘘は吐けません。それに――」


 冥土ギズィアが影の大樹――湧く混沌マサーカーの方を見た。ホワイトとグリムは何をっ! と思いながらもつられてそっちを見た。


「……ぇ」

「……どいう、こと」


 驚愕と怒りで気が付かなかった。いや、その前に変な結界が自分たちを覆っている事にも今、気が付いた。


 けれど、そうじゃない。


 灰色の世界が爆炎に染まっていた。数百にも上る歩く混沌ミーレス飛ぶ混沌イェーガーがゴミのように塵へとかえっている。


 ホワイトとグリムは強化された視力で捉える。白衣を着た眼鏡の存在を。顔はハッキリとしない。微妙に男性と分かるが、体型や顔立ち等々は認識できない。だが、その存在が金茶色の光を輝かせると同時に、拳大ほどの紅い石が地面に落ち、爆発しているのが見える。


 三級とはいえ、数百いる混沌の兵士スキャーヴォをまるで赤子の手を捻るように殺している。鎧袖一触がいしゅういっしょく


 二人は驚愕する。


 そして人外のメイドさんを見た。無関係なわけがない。むしろ。


創造主様マスターが許しませんから」


 マスター。つまり、あそこにいる化け物はこの人外の主。


 二人は忸怩たる思いに歯を食いしばりながらもこうべを垂れた。


「ようやく、大人しくなりましたか。流石創造主様マスターのデータです」


 冥土ギズィアは満足したように黒翼アーラを一度羽ばたかせ、様々な効果を付与した不可視の結界やホワイトたちを移動させながら、ここらで一番高い建物――マンションの屋上に着地した。



 Φ



「通信回復はまだなのっ!」

「無理です! 二度も回数制限を無視したのが原因で、向こうの通信システムがロストしていますっ!」

「くそっ!」


 観測通信指令室は荒れていた。


 観測した特一級が湧く混沌マサーカーだと知った時、完全撤退を命令するべきだったっ!と局長――倉敷恵美は自らをぶん殴りたくなる。戦いを強く希望したプロミネンスたちの言葉を飲まなければよかったと、指令机を叩く。


 ホワイトとグリムは兎も角、プロミネンスたち三人は戦士なのだ。願いと望みのために、最後まで戦いを選ぶ人間だった。それを忘れていた自分に責がある。


 だが。


「……ロスト、ロストしました。プロミネンスを筆頭に五人の存在が……ロストしました」

「……ごにん、同時に……?」

「……はい。確かに……反応が消えています」


 絶望はいつも理不尽だ。



 Φ



「座ってください」

「そのまえに先輩たちを解放してください」

「……お願いします」


 黒羽根ヴィールで四角形を作り、その間を漆黒に輝かす。すると、そこから大きいな丸机や六人分の椅子、またクッキーが入った四角い缶や六枚のお皿、ティーポットにカップが現れた。


 ホワイトとグリムは驚愕に目を見開くも、直ぐに冥土ギズィアを睨んだ。いや、懇願した。睨んでも意味がないと分かったからだ。


「治療も終わりましたし、いいでしょう」


 冥土ギズィアは、幾つかの黒羽根ヴィールで重力場を精密操作して机と椅子を丁寧に並べ、黒繭で覆った三人を椅子に座らせる。プロミネンス、ジュエリー、レインの順だ。


 黒繭を晴らす。


「先輩っ!」

「……傷がないっ!?」


 二人は慌てて三人に駆け寄る。瞳を濡らし、声を震わして抱きしめる。傷が塞がっていることに驚き、また血や泥に汚れていた魔法少女衣装が綺麗になっていることにも驚く。


 冥土ギズィアはそれを尻目にホワイトとグリムに黒の光を投射する。一瞬だけピカーと輝き、二人が負っていた小さな傷や汚れていた服、肌などが綺麗になった。


「ッ! ……ありがとうございます」

「……ありがとうございます」


 二人は驚愕に目を見開き、それでもプロミネンスたちと自分を回復させたことに礼を言う。


「どういたしまして。……どんな相手であろうと礼を言えるのは美徳です。見返りはほとんどありませんが、忘れないでください。たまにありますから。……それでは、アナタ方も座ってください」

「はい」

「……分かった」


 二人は冥土ギズィアの戯言に戸惑いながら、それでも警戒をしながら椅子に座った。ホワイトはプロミネンスの隣に、グリムはレインの隣に。挟むような形だ。


 それを確認した冥土ギズィアは、五人に向き合うように椅子を動かして座ると、数枚の黒羽根ヴィールを動かす。黒羽根ヴィールの先からティーポットにお湯を注ぎ、紅茶を作る。


 自分と気を失っている三人も含め六人分のティーカップを並べ、またクッキー缶の蓋を開けて、小皿に移していく。


 紅茶が良い感じの匂いを漂わせたため、黒羽根ヴィールでティーポットを操作し、各々のティーカップに紅茶を淹れる。


 と、全員分の紅茶を入れ終わったとき。


「……ぅん」

「……ぁぃ?」

「……ぅぅ」


 気を失っていた三人が呻いた。ゆっくりと目を開け、そして。


「爆ぜろ!」


 プロミネンスは一瞬で捉えた冥土ギズィアに向かって爆炎を放つ。同時にホワイトを抱きかかえて後方へ跳ぶ。椅子が倒れる。


「流れてっ!」


 半拍遅れてレインは念押しとばかりに冥土ギズィアの頭上に大量の水を生成し、押しつぶす。同時にグリムをを抱きかかえて後方へ跳ぶ。椅子が倒れる。


「貫きなさいっ!」


 ジュエリーは椅子を倒しながらその場を飛び退く。自らの前には百近い宝石の弾丸を浮かべ、ガトリングの如く掃射する。


 プロミネンスは≪直観≫であれはヤバい、殺される、と認識し攻撃。残り二人はプロミネンスの≪直観≫を知っているからこそ、即断即決そくだんそっけつで己が放てる最大火力をぶちかました。


 のだが。


「全く」


 黒煙の中、ジュエリーが掃射した宝石の弾丸全てが、鋼鉄に弾かれた音が響いた。冷酷な声音と共に。


 バフッと音を立てて黒煙が晴れる。


「なんだ、あれは……」

「機械……」

「ひぃ……」


 漆黒の鋼鉄が全てを覆っていた。丸机から何まで全てを。その鋼鉄がカシュンカシュンと音を立てて、変形していく。スライドして幾度にも重なり変形して収束し、そして最終的のそれは冥土ギズィアの右腕となった。服も元通り。


 明らかに人ではない、否、生物でもない。鋼鉄で形作られた人形。


「不味くなったらどうするのですか」


 冥土ギズィアは無表情のままやれやれと首を振る。黒羽根ヴィールを展開し、倒れた椅子を立たせる。ギロリと頬を引き攣らせている三人を見た。


 そして。


「大人しくしてください」

「「「ッ!」」」


 まぶたまたたく一瞬で移動した冥土ギズィアはジュエリーを片足で踏み、拘束する。両手はいつの間にか重厚なガトリング砲へ変形しており、それぞれに向けられていた。恐ろしいくらいの殺気が襲う。息が苦しくなる。


「ま、待ってください!」

「……お願い。先輩たちを殺さないでっ!」


 その重圧に苦しみながらも、プロミネンスたちの懐から這い出たホワイトとグリムが立ちふさがった。冥土ギズィアは無情の瞳を二人に向ける。


「ま、待ってくれ。ホワイトたちは関係ない。殺すならアタ――」

「わ、わた――」

「まちな――」

「黙って下さい」


 遅れてプロミネンスが前へ出ようとする。レインもだ。冥土ギズィアの片足で踏まれているジュエリーも呻こうとするが、全てが押しつぶされた。


 冥土ギズィアは再度ホワイトとグリムを見る。数秒して、からくり人形の如くコクリと頷いた。


「先ほどの徳に免じて許しましょう」

「あ、ありがとうございます」

「……ありがとうございます」


 美徳は重ねていくものである。


 ホワイトとグリムはホッと息を吐いた。それから慌ててカシュンカシュンと音を立てながら腕を元に戻していく冥土ギズィアに深々と頭を下げる。


 冷酷な黒宝石の瞳を呻くプロミネンスたちに向ける。表情がないその瞳は、プロミネンスたちを取るに足らない存在だと示している。


「徳の高い後輩に感謝することです。……次はない」

「うっ、分かった」

「……分かりましたわ」

「はひぃ」


 冥土ギズィアは絶対零度の殺気を叩きつけると、踵を返し椅子に座り、紅茶を口にする。


 ……生きていないし、人形のはずなのだ。だから、その飲んだ紅茶がどうなるかは気になるところだが今は置いておく。


「座りなさい」

「失礼します」

「……ん」


 ホワイトとグリムは先ほどの席に躊躇いなく座る。プロミネンスたちは間断なくあたりを見渡しながら、それでも冥土ギズィアを刺激しないためか粛々と座った。


「食べてもいいですよ?」

「では」

「ほ、ホワイト!」


 促されホワイトは躊躇いなくクッキーに口をつけた。恐ろしく得体のしれない存在が出したものであろうに、その胆力は大したものだ。


 ジュエリーたちは驚き、プロミネンスは慌てて制止しようとするが。


「プロミネンス先輩」

「ッ。……分かった」


 儚くされど力強く輝く薄桃色の瞳に射貫かれ、プロミネンスはクッキーを手に取った。口につける。思わず呟く。


「お、美味しい」

「そうでしょう、そうでしょう。創造主様マスターお手製のクッキーです。不味いわけがありません。一国のお姫様も餌付けされたのですから」


 相変わらず無表情の冥土ギズィアは、けれど少しだけ弾んだ声音で頷いた。ジュエリーたちも躊躇い気味にクッキーを口に含む。紅茶を飲む。


 ふぅ、と緩んだ声が全員から漏れた。死ぬかもしれない戦いの直ぐ後に、この温かみのあるクッキーと紅茶。目の前にいる存在がなんであろうと、緩んでしまうのは仕方ない。まして彼女たちは高校生の少女。


 と。


「ようやくですか」


 冥土ギズィアの目の前の机に金茶色の泉が現れ、そこからにゅる~とある物体が出てきた。安らいでいたプロミネンスたちはハッと息を飲み、カタンと音を立てながらカップを置き、警戒態勢を取る。


「あ、全員落ち着いた?」

「はい」

「「「「「え?」」」」」


 そこにいたのは、何故か眼鏡を掛けている手乗りサイズの機械の犬。その犬が毒気を感じさえないほんわかした声音で話したのだ。


 突然登場した手乗りサイズの機械犬もそうだが、その犬が話し始めたことにホワイトたちは思わず声を漏らしてしまう。


 そんなホワイトたちを気にせず、機械の犬は自己紹介を始める。


「初めまして、魔法少女さん。僕はそこの冥土ギズィアの主。……そうだね、Dとでも呼んでくれるとうれ……あれ、冥土にDって……オリハルコン精神のく――」

創造主様マスター。トリップはやめてください」

「あ、そうだね。まぁ気軽にDとでも呼んでいいよ。もしくは眼鏡野郎とでも。それで今は手が離せないからこんな形だけど、一応あっちにいるのが本体だね。といっても、眼鏡の男としか認識できないだろうけど」


 ホワイトとグリムは、あっと思い出す。またプロミネンスは機械の犬が指した方向を今更ながらに見て、息を飲んだ。


 そこには。


「それで聞きたいんだけどさ、混沌の兵士スキャーヴォって具体的に何かな? あと混沌の妄執ロイエヘクサとか、この混沌の異界アルヒェだったけ? 歴史とか経緯を教えてくれる? ってか、あれって何?」

「だそうです。キビキビと話しなさい」


 湧く混沌マサーカーの周囲一帯が、地獄を彷彿ほうふつとさせるほど赤熱化した焦土で覆われていた。そのうえで、湧く混沌マサーカーだけは無傷。


 いや、巨大な漆黒の杭が四つ打ち込まれている。どうにかその体からおどろおどろしい闇の手を生やし、混沌の兵士スキャーヴォを生成するが、それら全てには細い漆黒の杭が打ち込まれ、消滅することなく拘束されている。


 まるで実験体とでもいうように湧く混沌マサーカーを眺めるのは、悠然と空中で佇む白衣の眼鏡――大輔だった。

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