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九話 僕と契約して一生魔法少女になってよ☆彡

(ここか)


 ちょっとだけ想定外だった防衛魔法システムがあったものの、支部に忍び込むのは簡単だった。


 周囲の黒服の女性や少女たちの会話を収集し、直樹はあの外国人たちが治療されている部屋へ侵入していた。


 そこは簡単な病室だ。清潔なベッドが十ほど並んでおり、そのうち五つをあの外国人たちが占拠していた。白衣を纏った女性一人と黒服の女性二人、あとはホワイトとかいう少女と黒の大鎌を背負っているゴスロリ美少女がいる。


「グリムさんはそっちのお二人をお願いします!」

「……ん」


 雪のような純白の魔力をステッキから放ち治療しているホワイトは、黒服たちに指示を出しながら、黒ブーツのゴスロリ美少女――グリムに協力を仰ぐ。


 グリムは無表情に頷き、その小さく可愛らしい唇をペロリと舐めた後、背負っていた大鎌を抜き去った。


(ちょっ、名前からしても見た目からしてもどう考えても回復要員じゃねぇんだがっ? いいのか、アレ!? ってか、なんで大鎌を持った!?)


 某蜘蛛のヒーローのように天井に張り付き、ステルス隠形していた直樹は、私頑張るもんっ、といかにも主人公らしい表情を浮かべて、外国人三人を一斉に治癒しているホワイトに心の中で突っ込む。


 そうこうしている間にも、グリムとやらはその大鎌を持っていないもう片方の手で、漆黒と臙脂えんじ色で彩られたフリフリのゴスロリスカートに手を突っ込む。


 そこから、深淵から這い出てきた闇を凝縮したような宝石を二つ取り出し、ベッドの上で死相を浮かべている二人の胸にそれぞれを置く。


 大鎌を手に持ち、何の感情も宿していない漆黒の瞳を向ける先は、暗黒の宝石を頭にのせている真っ青な顔の外国人。死神とか言われても不思議ではない。実際、名前が死神だし。


「……闇のかいないだき給う、〝ブラックヒール〟」


 なんの抑揚もなくその言葉が呟かれた瞬間、暗黒の宝石と大鎌から夜空のような魔力が放出され、外国人二人を包んでいく。


(うっわ。見た目完全に闇の手先じゃん。……あ、でも傷は塞がってるのか)


 闇の波動によって癒されてるその状況に直樹は、そういえば昔こんな治癒方法する魔物がいたなぁ、と現実逃避気味に周囲を見渡す。


 ちょうど白衣の女性は何やら薬を調合し終わったようで、ホワイトとグリムの治癒により血色がよくなってきた外国人五人に、調合した薬を注射で差していた。その薬がおどろおどろしい紫からして、絵面が酷い。イケないお薬を注射しているみたいだ。


 と、部屋の引き扉が開く。少し疲労感を漂わせているスーツ姿の女性が三人ほど黒服の女性を侍らせて現れた。


「局長!」

「ホワイト、治療は完了したかしら?」

「は、はい。天草さんが治療薬を施したため基礎的なのは終了しました。後は、忘却の儀式を施して、一般治療に移すだけです」

「分かったわ。それじゃあ……アナタは第三ブロックの魔法少女の治療に回って頂戴。グリムは第一ブロックへ」


 侍らせている黒服の女性の一人からタブレット端末を受け取って操作しながら、局長は次々に指示を出していく。


「は、はい」

「……ん」


 二人は開きっぱなしだった引き扉から、部屋の外へ出ていった。それを見送った局長と呼ばれた女性はタブレット端末を黒服に返し、白衣の女性に顔を向ける。


「天草。忘却の儀式は私が施すから、アナタは本部の調合員と顔合わせをしてきなさい」

「ええ、分かったわ」


 白衣の女性は、部屋にもともといた黒服二人に革製のかばんとアタッシュケースを持たせ、部屋を出ていった。局長が侍らせていた黒服のうち、二人も外に出る。


 直樹が気配を探ると、どうやらこの部屋に誰も入れないように見張り役をしているらしい。


「局長、本部を通じて神和かんなやしろから連絡が来ました」

「はぁ、それで?」

「その外国人たちの身柄はこちらへ輸送しろとの事です」

「……仔細は?」


 こめかみに手を当てながら、局長は黒服に尋ねる。今にも飛び降り自殺しそうなくらいには、局長の表情が暗い。ストレスが酷いらしい。


「輸送先と時間だけです。理由も所属も一切ありません」

「……チッ」


 黒服が局長にタブレット端末を見せる。それを見た瞬間、局長は人切りの如く釣り目をさらに吊り上がらせて眼光を光らせる。今なら、その黒刀のような瞳で全てが断ち切れそうだ。


「こちらに輸送するために人員を割く余裕はないと連絡しなさい! あと、善意・・で身柄は拘束しておくからと。いい、善意って言葉を忘れてはだめよ。むしろ強調しなさい!」

「は、はい!」


 黒服がビクッと肩を揺らす。


「だいたい、不明の魔力大災害で混沌の兵士スキャーヴォが一斉に、しかも特一級まで現れたのよ! なのにあっち側も対応しろ? こっちは末端の末端機関じゃないっ! いつも見下しているくせに、こういう時だけ命令命令って!」


 局長がダンッと苛立ったように足を踏み鳴らす。黒服は少しだけ心配そうに手を伸ばしたが、局長がギロリと睨んだためすぐさまタブレット端末を操作する。


「上に行くなら忘却の儀式はしなくていいわね。ったく、はぁ」

「連絡終わりました」

「なら、次行くわよ」

「はい」


 そして局長は黒服を連れて部屋を出た。チクタクと時計の音だけが響く静寂に包まれた。


(神和ぎ社、ね。陰陽寮とは違うようだし……。まぁどうでもいいか)


 天井に張り付いていた直樹はシュタッと華麗に飛び降りて着地する。周囲の気配を探り、近くに誰もいないことを確認した後。


「よっこいせっと」


 “空転眼[黒門]”で黒渦の転移門を作り出す。ベッドに寝込んでいる外国人たちを担いではその門の中に放り込む。


 そして全員を放り込んだ後、直樹はスルリとその黒渦の中へと消えた。



 Φ



「ふぅ、屋上で昼食っていいな」

「まぁ本当は入っちゃだめらしいけどね」


 青々と晴れ渡る空。真っ白な雲が空を泳ぎ、まだまだ残暑と言うには強すぎる陽射しが降り注ぐ。


 太平たる空だ。


 世間は実に愉快な感じに荒れているが。憶測が飛び交い、虚像にまみれた正義が入り乱れ、好き勝手に欲望と願望を吐き捨てている。小さき善意は踏みにじられ、利用され、ヘドロと化しているだろう。


「呪われたクラスとかだってよ」

「お前、まだそれ見てるのか?」

「見てるっていうか、SNSとかニュースサイトとか、これ一色だもん。昨日得た情報を調べようにも、全てこれが引っかかるし。英語で調べても引っかかるんだから相当だよ」

「……まぁ突然の集団失踪だもんな。しかも謎の光に包まれてっていう目撃者つきだし、好き勝手に盛り上がるか」

「まぁね。罵詈雑言とか見るに堪えない言葉とかが飛び交ってるよ」


 それを聞いて直樹はうへぇとワザとらしく顔を顰める。大輔もスマホを眺めながら、眉を寄せ額に皺を作っている。


 直樹がポツリと呟く。


「……情報統制ぐらいやるか……」

「あれ、意外」

「…………まぁ分かるからな」

「なるほどね。親としてかな」

「……まぁな」


 大輔がスマホを制服のズボンのポケットにしまい、チョココロネを口に入れながら直樹を見る。直樹は遠い目をしている。


 だが、それも一瞬。直ぐにヘラヘラと笑い、おはぎを口に含む。


「にしても、地球って意外とファンタジーだったんだな」

「ね。魔法少女に陰陽師、エクソシストとか。……まぁ、僕たちを襲ってきたのは異界魔術結社ハエレシスとかいうやつらしいけど」

「けど、大した情報は分かったんだな。俺たちを襲った二人もそうだが、あの五人はあの歩く混沌ミーレスとやらに襲われたらへんに完全に記憶が消去されてたしな」

「消去っていうより、喰われたって感じだったけど。まぁ魂魄の深いところまで探ればわかるかもしれないけど、あんまり魔力使いたくないしね」


 そう。昨日回収した外国人たちの記憶はほぼ消去されていた。生きていくうえで必要最低限の記憶は残っていたが、それ以外は全くもってなかった。特に思い出の記憶に関してはごっそりだった。


 魂魄の表層も同様で、深い部分まで干渉すれば分かるかもしれないが、流石にそれをすると異世界転移計画が狂ってしまう。


 まぁしかし、先に回収していた外国人二人から得られた情報を元に狙われた理由はなんとなく推測できたため、その対策だけした。


 それに佐藤家と鈴木家の防衛強化もしたため、今は様子見である。


「まぁなんにせよ、罪は魔法少女の方に擦り付けたからな」


 直樹はフハハと笑いながら、ごっくんとおはぎを飲み干した。飲み干すものなのだ、おはぎは。食べるのではなく飲み物である。


 大輔はそんなちょっと?おかしい直樹にジト目を向ける。


「……直樹。あれは流石にむごいよ」

「ん? そうか? お前のメイドスキーに比べたらマシだと思うけど」

「いや、絶対あっちの方が惨い! メイドスキーはただメイドを眺めるだけの変態になるだけだよ! けど、あれは、あれはええっと……」


 大輔は言い淀む。まるで思い出したくないことを思い出さなければならないかのような表情だ。


 直樹はやれやれしょうがないな、と今度はみたらし団子を頬張る。昼食なのに和菓子ばかりで大丈夫なのだろうか?


「〝キラリン☆。僕と契約して一生魔法少女になってよ☆彡〟、だぞ」

「そう、それ。僕、見てられなかったよ、あれ。立派な大人の男性と女性が夜中にキレッキレの魔法少女ダンス踊りながら警察にドナドナされていくの」


 大輔が両手で顔を覆った。直樹は心外な、と言いたげな表情をしたが、直ぐにヘラっと笑う。 


「だが、あれでよかっただろ? 記憶が真っ新だったから捏造は簡単だったし、何よりあの異界魔術結社ハエレシスとやらはまず魔法少女に注意を向けるだろし。それに監視もいなくなった。たぶん、日本にあるそういう機関と揉めてて、俺たちに構ってる暇はねぇんだろ」


 そう。直樹たちはあの外国人七人の記憶を捏造し、未だに卒業できていない直樹直伝のパーフェクトダンスと歌をインストールしておいたのだ。追加して、魔法少女に心酔する感情やら記憶やらを植え付け、そのきっかけは本物の魔法少女に出会ったから、ということにしてある。


 もちろん、異界魔術結社ハエレシスが魔法少女に注意を向けるのは最初だけだろうが、どうにも話を聞いている限り魔法少女たちは末端機関であり、上がいるのは確実らしい。それが陰陽寮なのか神和ぎ社とかいうやつなのかは分からないが。


 なら、争いの火種だけ蒔いておけば、そっちで勝手に争ってくれるだろう、という魂胆である。集団失踪異世界転移のせいで日本は混乱を極めているから、自分たちに構う余裕すらないだろう。


 中々にえげつないことをしているのだが……ここに突っ込み役がいないのが、問題なのだろう。彼らのストッパーは今、異世界にいるのだから。


 まぁだけど。


「まぁ、直樹の言葉じゃないけど情報統制くらいはしないとね」

「ああ。意識介入自体ならSNSを通してできるだろ?」

「うん、昨日、僕たちが万が一狙われた場合に世論を操作する方法として、簡易だけど作ったから」

「なら、俺たちについての欺瞞情報を混ぜつつ、通常の捜索隊やら親御さんたちが探す会みたいな団体を作れるようにはするか」


 直樹たちは昨日、その異界魔術結社ハエレシスが情報操作をして集団失踪と自分たちや家族を絡め合わせる、なんていう最悪の事態まで想定していた。異界魔術結社ハエレシスの規模が分からない以上、その可能性もあり得るからだ。


 それは直接的に手を出してくるより面倒で厄介だ。物理ならば直樹たちはそうそう簡単にやられるつもりはないし、大輔の幻想具アイテムや直樹の[影魔]で護衛していため、家族にも物理的な危害は及ばない。けれど、精神的危害は防ぐのが難しい。


 だから簡易にだが、人の意識をちょっとだけ操作するための幻想具アイテムを大輔が開発したのだ。


 ちょっとだけ操作するといっても、それは生易しいものではない。


 SNSもだが、人々の意見、つまり潮流はちょっとした矛先の違いで結果が大きく異なるのは当たり前だろう。大輔が作った幻想具アイテムは特定のSNSを使った人全ての矛先を一つの方向に定めるというものだ。


 あとは多数決万歳の社会的構造と人間的本能により、特定のSNSを使わない周りの人も同様の矛先を向けるだろう。全員が全員そうならなくてもいい。大多数がそうなれば、世論は動くのだ。


 まぁそういう大仰な幻想具アイテムを作ったため。


「ああ、情報は俺の方でやっておく。お前は必要以上に魔力を消費しただろうし」

「まぁね」


 大輔は必要以上に魔力を消耗していた。この世界は自然魔力、つまり空気中の魔力が薄いため、魔力の回復がとても遅い。アルビオンでは一日で回復するところが、二週間近く掛かるくらいだ。


 なので、魔力消費自体控えたかったのだが、家族が危機に晒されるのならば四の五の言っていられない。


 それでもある程度魔力消費を抑えたかったのでこのような形になったのだが。


「……ところで、今日の授業どうだった?」


 この話はおしまい、といった具合に大輔がチョココロネを食べきった。


「……簡単だったな」

「そうなんだよね」


 アルビオンで六年、こっちに戻ってきてから二カ月半。直樹たちは大して勉強していなかった。いや、アルビオンの歴史や魔法、薬学、貴族社会の勉学に励んでいたが、生き残るのに必要でない多くの地球の知識は、ほとんど忘れ去っていた。


 地球の歴史よりアルビオン歴史を覚えておかないと、ちょっと口を滑らせただけで戦争にまで発展することもしばしばあったので。


「“万能言語”がチート過ぎな件。これだけはあの女神に感謝していいわ」

「それもあるけど、こっちに戻ってきてようやく自覚できたよ。僕たち、記憶力がやばい。語彙力がなくなるくらいにはヤバい」

「な。向こうは必死だったから気が付かなかったけど、教科書一回読んだだけで全て覚えるとか、我ながらすげぇよ」


 英語、古文、漢文。あらゆる言語を短期間に習得、理解できる“万能言語”によって、問題なく読めるし、聞けるし、書けるし、話せるのだ。


 それだけじゃない。演算処理を強化する『精神』のステータス値や“思考”もチート過ぎる。特に『精神』のステータス値と命を奪い合う戦闘で築き上げた集中力により、完全記憶とはいかないもののそれに近い記憶力を持っていた。


 つまり、ただ覚えるだけの高校の授業は全くもって簡単すぎたのだ。それに、直樹たちは知識があるかないかで生死を分ける戦いを何度もしてきたため、そっちを基準に一度、教科書を全てさらってしまったのだ。


 今や、とても眠い授業と化していた。


 そんな事を言い合いながら直樹たちは雑談をしていた。


 そうして、昼休みが半分過ぎたころ。


「君たち、こんなところにいたのか」

「あ、百目鬼さん。何か僕たちに用でも?」


 昨日とは打って変わってとても疲れた様子の杏が扉を開き、一瞬だけ太陽の眩しさに目を細める。そして精彩を欠いた碧眼を直樹たちに向けたのだった。

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