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六話 互いの腕を折れ

「うっわ。報道陣がめっちゃいるじゃん。もう少し早く来た方がよかったんじゃねぇの?」

「……確かにそうかも」


 直樹たちの高校からさして離れていない高校。その校門前には各社メディアはもちろんのこと、警察やら野次馬やらがひしめき合っていた。


 制服から“収納庫”に入れていた普段着に着替えてた直樹と大輔は、ここに来る途中に買ったコーヒーなのに甘すぎてコーヒーじゃないと言われるコーヒー缶に口をつけ、それを遠巻きに見ていた。


「……やっぱり異世界転移だね」

「詳細は?」

「……時間がかかるね。魔力残滓やらは分かるんだけど、座標が。使われたのは空間……いや、次元に干渉する魔法だと思うんだよね」

「時間干渉は?」

「微妙。見た感じ、世界自体の移動があった感じだけど、向こうの時間の流れ等々が分からないから。術式の残滓が捉えられればいけると思う。まぁ最悪過去視するし」


 傍から聞けば頭のおかしな事を言っているが、けれど誰も直樹たちに注目しない。二人がちょっとした気配の隠蔽をしているのもあるが、皆、そんな事よりも目の前の高校で起こったことに興味津々なのだ。


 突然起こった一クラスの集団失踪に。しかも、目撃者付きだ。


「……あ、どうにも異世界転移は二か所だね。けど、さっきから聞こえる言葉の端々を統合すると、その一クラスがたまたま二カ所に別れていたって感じかな? たぶん、クラスの全員を起点として発動されてたから、余すことなく召喚されたんだと思う」

「……お前のその目でもハッキリとはしねぇのか」

「うん。隠蔽自体はされてないけど、無駄がないっていうか……時間がかかるよ」


 瞳の色を偽装する眼鏡をかけているため、普通に見ればただの茶色の瞳だが、直樹から見た大輔のそれは、カラーコンタクトを使ってもあり得ない、簡単に言えば二次元アニメの目だった。


 両目がともに真っ白に染まっている。そのうえで、桜のような花弁を六つ持つ黒の花が浮かんでいて、また左目には翡翠の星々が輝いていた。厨二病が憧れる瞳が渋滞をおこした感じだ。


 順に“天心眼”、“黒華眼”、“星泉眼”だ。


 “天心眼”はいわば、全てを見通す目だ。“黒華眼”はその花弁の数だけ、特殊な技巧アーツを使える能力スキルであり、今は情報解析や感知の三つの技巧アーツを使っている。


 そして“星泉眼”は、効果としては“天心眼”と同様なのだが、しかしながら性質が少しだけ違う。“天心眼”は何よりも『視る』ことに優れていて、“星泉眼”は『知る』ことに優れている。


 大輔は、直接戦闘よりもその『眼』や情報処理能力、“錬金術”や“想像付与”を使って作り出した幻想具アイテムによる後方支援が優れている。未知数の相手を『視て』『知って』、それに対応する道具を想像して創造するという、邪神をして厄介と言わしめた力の持ち主なのだ。


 しかし『錬金術師』は、七十人に一人いる生産職で、“錬金術”も“想像付与”は『錬金術師』なら誰でも持っている能力スキルだ。大輔の場合その両方を鍛えに鍛えまくり、神々の権能の領域まで入っただけだ。


 だからこそ、凄いのだが。


 因みに、魔法を発動させる道具を魔道具、そしてそれ以外の特別な力を込められた道具を幻想具アイテムという。大輔は魔道具よりも“想像付与”による幻想具アイテム作りの方が得意だ。


「あ、アストラ級だね」

「……あのくそったれの熾天使並みの魔力か。思念は?」

「う~ん。どうにもハッキリしないけど、面白そう?って感じだね」

「……力を持て余した愉快犯ってところか?」

「たぶん。……あ、けど、助けるっていう感じの思念もあるよ。別々の思念が混じってるのかな? どうなんだろ」

「へぇー」


 大輔は返事を返しながらも、ギラギラと眼を光らせる。没入していく。


「……へぇ。次元というより、界、境界?……世界とはよく言った……やっぱり宇宙……存在自体が違う……隔たりは独立?……なるほど、時間も独立……六年前のアルビオンに僕たちがいても矛盾がなかったのは……で、独立してるから……界の固定かな……術式術式…………ミツケタ…………へぇ座標固定やら空間固定……時間精査に固定……」


 ブツブツと呟きながら、大輔はその穏やかな顔を悪魔の如く笑みで歪めていく。


 それが三十分強。


「……なるほど、大体わかった」

「お疲れさん。収穫はあったか?」


 フッと大輔が肩の力を抜き、眼鏡を外して眉間をギュッと抑えた。直樹はそんな大輔を労いながらも、神妙な様子で尋ねる。


 眼鏡を掛けなおした大輔は満面の笑みで頷き、何度か深呼吸して落ち着いた後、ゆっくりと答える。


「大大大収穫! これで行き詰ってた異世界転移用の幻想具アイテムが作れそうだよ」

「つまり、本格的に魔力を溜めるだけで済みそうって話しか」

「うん」


 直樹たちが何しにここに来たか。もちろん昼食中に感じた膨大な魔力についての調査もだが、それ以上に異世界転移という事象を解析するためだ。


 直樹たちは邪神討伐の際に、邪界という異世界にも近い異空間への移動をしたが、それでも異世界を移動するというのは初の試みでもあった。女神をして、相当の力を消費されるのだ。一応、人に分類される直樹たちでは難しいだろう。


 異世界転移ではなく異世界間の〝念話〟だったが、それを可能にした賢者の神無灯は化け物である。まぁ、それには相当力を消耗したらしく――邪神討伐でそもそも消耗していた――それ以降の接触はできないらしいが。


 それに一から魔法術式を作り上げるより、大輔が作る幻想具アイテムで異世界転移を発動させた方がいいという話になっていた。


 なっていたのだが、その異世界転移用の幻想具アイテムを作るのが行き詰っていた。そこで、異世界転移の事象を解析したかったのだ。


 異世界に転移した高校生たちに対しては多少の同情はあるが、助けに行こうとはさらさら思わない。今の自分たちじゃそもそも異世界転移する事すら難しいのに、それを面白そう、という思いだけで行う奴がいるのだ。


 リスクを考えると動くことはない。直樹も大輔も聖人君子ではないし、善人でもないのだ。病院の件は特別、というよりは子供が関わっていたから、というのが正しいだろう。それに大した労力を必要としなかったから。


「ってか、空間系だったら直樹が解析した方がよかったんじゃない?」

「いや、どうにも“空転眼”の馴染みだけ遅くてな。簡単な転移だけなら可能なんだが」

「……やっぱり、邪神のあれ?」

「たぶん」


 一瞬だけ苦い表情をした直樹は、けれど飲み終わった甘い甘いコージー缶を近くにあった缶専用のごみ捨てにいれる。大輔も同様だ。


 二人はその後、周囲にいる魔力持ちに悟られないようにゆっくりとその高校から離れ、近くの駅へと歩みを進める。チラホラと警察や報道、外国人まで見えるが二人は気にせず住宅街を歩き、駅に着く。


 雑談をしながら人の多い電車に乗り、二人の自宅が近い駅で降り、途中まで道が一緒のため茜が差す住宅街を歩いていたところ。


「チッ」

「はぁ」


 直樹と大輔が歩みを止めた。


 瞬間、二人の雰囲気がガラリと変わった。まるで木刀の中に妖刀が隠されていたような、そんな感じだ。


 直樹はカキコキと首を鳴らし、大輔は手を鳴らす。


 その刹那。


「問答無用かっ!」

「ってか、ここ住宅街だよ!」


 二人は人外とも言える速さでその場を飛びのいた。


 瞬間、その場に暴風が吹き下ろされた。コンクリートの地面にはクレータができ、バフンッという音共にその風の鉄槌は消える。


 けれど。


「あ、前髪が一ミリ短くなった!?」

「僕は鼻先を掠ったよ!」


 飛び退き、ゴロゴロと地面を転がりながらも流れるような仕草で立ち上がった二人に、横薙ぎの風の刃が襲う。


 阿呆な事を言いながらリンボーダンスのように仰け反り、不可視の刃を躱した二人に半テンポ遅れて再び風の鉄槌が下る。


 回避行動すらも読んで攻撃されたその鉄槌に、直樹たちは殺意が高いな! と久しぶりの超常攻撃にハッと笑い、バコンッと地面に小さなクレータを作りながら走りだし、回避する。


 ザザザーと滑りながら足を止めた直樹たちは、されどニヘラと余裕そうな笑みを浮かべていた。


「なぁ、理性的で善良的な一般人って反撃するか?」

「正当防衛っていう素晴らしい言葉があったと思うよ」

「名乗りもしない人間以下にそれって通用するか?」

「まぁしなくても、手を出してきた以上潰すけど」

「だな」


 気軽に雑談するように二人は会話する。けれど、油断なく周囲を見渡すその目は、とても鋭い。触れたら最後、真っ二つにされそうだ。


 直樹が大きく息を吸った。


「〝互いの腕を折れ〟」


 放たれた言葉は、大きな力を持っていた。逆らうことのできない言霊だ。


 その言霊が放たれた直後、ボキっといかにも骨を折った音と共に呻き声が聞こえた。それは直樹たちの丁度隣の家の屋根から。


 茜の空でハッキリとは見えないが、さっきまでいなかった女と男の影が現れた。


「やっぱり外国人っぽい?」

「だな」


 その女と男から苦し紛れに漏れた言葉を聞いて直樹たちは英語圏だなと思う。また、あらゆる言語を理解する“万能言語”を持つ二人は、その意味を理解していた。


「勝手に人を殺そうとするお前らは人なのか?」


 そう「このっ、化け物めっ!」と罵りを理解していたのだ。そして直樹はご丁寧に英語でそれを言い返した。


 大輔が地面を軽やかに蹴って、蹲っている二人の傍に降り立つと、その細身の体では考えられない力で二人を担ぎ、直樹の前に置く。


 “収納庫”から二つの手錠を取り出し、両腕があらぬ方向へと折れている男女の手を縛る。二人はあまりの激痛ゆえか、泡を吹いて気絶していた。


 直樹はそれに頓着せず、その外国人男女の体を入念に調べる。


 大輔は“収納庫”から取り出したいくつかの幻想具アイテムを使って、住宅街に突如登場したクレータを修理したり、人除けの結界を張ったり、周囲に魔力持ちがいないかを確認する。


 また、自分や直樹の家族に持たせた護衛用の幻想具アイテムが発動していないかを確かめた後、その幻想具アイテムを起点に周囲に魔力持ちがいないかを確かめる。


「……どうやら地球は俺たちが知らなかっただけで、本格的にファンタジーがあるらしいな」

「だね。それ、魔道具でしょ? 能力スキルは感じないし」

「ああ。魔法だな」


 直樹が外国人二人から押収した物品を大輔に投げ渡す。受け取った大輔は一瞬だけ目を細めた後、無造作に“収納庫”へと仕舞った。


 やるべきことがあるからだ。


「じゃあ、勝彦義父さんたちをお願い」

「うん、分かってる。直樹は直接行く?」

「〝呪言〟を掛けた際、多少記憶は読み取った」


 〝呪言〟とは、闇属性魔法と“白華眼[染魂]”の混合技で、指定した対象の魂魄そのものに一瞬で命令を出す技だ。体が勝手に……というやつである。死ねと命じたら死ぬのだ。


 つまり白目を向いて泡を吹いている外国人たちは、その〝呪言〟によって互いの腕をへし折ったのだ。


 そしてその際、直樹はその二人の記憶を瞬時に探り、敵の情報を読み取った。


「軽く調べた感じ、どうやらこいつらは下っ端らしいし」

「詳細は?」

「ちょっとま――チッ。何か記憶が消去された。防衛機構か? ……支部の場所以外、わからん。まぁ最初に調べたのである程度は予想できるし、向こう行って確認してくる」

「分かった。緊急時の転門鍵を使って、一応地下に集めるよ」

「よろしく」


 直樹は白目を向いている二人を無造作に掴むと、“空転眼”の技巧アーツ、[黒門]を使い闇の渦門を作り出した。どこでも〇アと同じ、転移の門である。


 おもむろに歩き出してずるずると外国人二人を引きずり、その中へと消えた。


 大輔はそれを見送った後、魔力の痕跡やらを幻想具アイテムで消し、その後雷選手も真っ青な速さで住宅街を走り出した。


 既に茜色の空には夜の帳が降りていて、住宅街からは温かな明かりが漏れていた。



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公開可能情報

“天心眼”:あらゆる物事を視る。未来や過去、どんなにも離れた場所を見たりできる。

“黒華眼”:黒い花弁の数だけ、特殊な技巧アーツを使う。通常の魔法や能力スキルを使うよりも、効率や使い勝手がいい。魔力消費がとても少ない

“錬金術”:魔力を使用して無機、有機に関わらず物体の形を変える。なお、修練過程によってのちに獲得する技巧アーツが無機、有機のどっちに特化するかが変わる。

      大輔の場合、鉱物や金属などに特化している。ただ、植物等々でもある程度の力を発揮できる。

“想像付与”:自ら手を加えた道具に対して、イメージした力を魔力に応じて付与する。イメージが甘いと必要とする魔力が膨大になる。不可思議な力を付与する場合は、能力スキルや魔法のイメージを参考にする。また、理論もイメージの一つ。

〝呪言〟:闇属性魔法と“白華眼[染魂]”の混合技で、その命令には決して逆らえない。死ね、と命じたら死ぬ。なお、敵の抵抗力に応じて闇属性魔法の最上位、冥府魔法を使用する。

“空転眼”:空間を視て知る力と転移に関連する力を持つ。

“空転眼[黒門]”:黒の渦のような転移門を作り出す。

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