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五話 初孫初孫って大騒ぎで


眠たそうに目を細めている大輔は、どうしようかな? と首を傾げていた。


「おい、聞いてんのか、この野郎っ!」

「ええ、聞いてますよ」


 傍から見れば、気の弱そうな眼鏡をかけた学生が素行の悪そうな学生に絡まれているようすだが、しかしその気の弱そうな学生は大輔だ。


(たぶん、恐怖とか悲しさとか、それらの矛先が僕……直樹もかな、そっちに向いちゃったんだろうな)


 心の中でそう結論付けながらも、大輔はどうしようかと首を傾げる。面倒だから意識干渉の幻想具アイテムを“収納庫”から取り出して使えばいいのだが、友と約束した言葉がそれを止める。


(う~ん。ああいうのはバレなきゃ問題ないからやっても大丈夫だと思うけど……日本の倫理観ってやっぱりまだわかんないんだよね。六年前の僕、どんな思考をしてたっけ?)


 理性的で善良的な一般人という、結構場所の価値観によって左右されるそれは、大輔たちが必要以上に力を使わないように縛っている――わけではなく、大輔たちがそれを守っているのだ。


 そも、直樹たちが異世界で生きて戦ってきたのは、師匠の無念を晴らすためというのもあったが、それ以上に異世界でできた仲間や友人、家族と共に幸せな日常を送りたい、もう一度家族に会いたい、そういう単純で、されどとても確固たる意志があったからだ。


 だからその日常を破壊しようとした魔王や邪神を倒した。特に邪神はアルビオンの滅亡のみならず、地球すら滅亡させようとした。大輔たちの大切な人たちに手を出した。


 だから、藻掻いて足掻いて抗って、絶望の権化と戦った。倒した。


 大輔たちが今持っている力はそういう意志の元培ったものだ。特に巻き込まれ召喚だったがゆえに、召喚当初はアルビオンの一般人と大して変わらない力だった直樹と大輔は。


 そして今、大輔たちは地球の家族と過ごす日常と、異世界の仲間や友人、家族と会うために、その力をふるうと決めている。もちろん、あの時の病院のように子供が殺される未来が見えていたら動きはするが、それでもそれが最優先だ。


 面倒だから、という理由で高校に行かなくなるのもなんか違うし、殺伐とした世界を生きてきた大輔にとっても、高校生活というのは興味が惹かれる。


 まぁそれで朝っぱらから校門口で出会ったヤンキー寄りの学生四人に引っ張られ、校舎裏で恫喝されているのだが。


 さてどうしたもんか、と首を捻っていると、足音が聞こえてきた。


「お前たち、何をしている!」


 ビリリと覇気が波打つ。


 大輔にガンを飛ばしてたヤンキー四人は、一瞬ビクッと肩を揺らした後、それに気が付き慌てて声のする方を睨む。大輔もぼへぇーと気の抜けた表情でそっちを見た。


 そこには美少女、と言うには美麗すぎる金髪碧眼の女子学生がいた。


 百七十センチは優に超えているだろう背の高さ。学校指定のスカートから覗くスラリとした美脚はモデル並みの細さと強さを兼ね備えている。深紅のネクタイは緩められ、半袖のワイシャツに夏用の水色のノースリーブセーターには程よく育った双山が浮き出ている。


 ベリーショートの金髪にキリリと凛々しく細められた碧眼。高い鼻筋はスッと通っていて、少し大き目の唇はグロスを塗ったかのようは固く締められ、横に広がっている。


「……チッ、百目鬼どうめきか」


 図体がでかく半袖のワイシャツから覗く前腕が丸太の如く太いリーダー格の学生が、面倒くさそうに舌打ちした。頭をガリガリと掻き、ため息を吐いた。


「……行くぞ」

「え」

「行くぞ!」

「……分かった」


 リーダらしき学生が残りの三人を引き連れて消えた。まるで、ヤンキーでは敵わないヤクザに出くわした時のような引き方だった。


 こんな女子生徒、学校にいたっけ? 天然っぽい金髪碧眼なんて目立つし、当時は小説のいいネタだと思って観察ぐらいはしてたと思うんだけど……いや、六年前の記憶だからあてにはならないかな……と思いながら、大輔は首を捻る。


 全く竜崎りゅうざきの奴は、と呟いた百目鬼が大輔にホッと頬を綻ばせた。


「大丈夫か? 鈴木君」

「……ええ、助けていただきありがとうございます」


 何で名前知ってるの? と疑問に思いながらも、大輔は頭を下げる。百目鬼は当たり前の事をしただけだと手を振りながらも、さりげなく大輔の隣に立ち、下駄箱に歩みを進める。


 あ、別れられないなと思った大輔は、下に置いていた肩掛けバックを肩に掛け、彼女の歩幅に合わせて歩く。ところでアナタはという目を彼女に向ける。


「……ああ、アタシか。アタシは百目鬼あん。君のクラスメイトかな」

「……クラス、メイト?」


 大輔はますます首を傾げる。他クラスや他学年なら兎も角、同じクラスメイトで金髪碧眼の人など、六年経っても覚えているに決まっている。


 その疑念を感じ取ったのだろう。杏はアハハと困ったように頬を掻く。

「ちょうど、あの事故の二週間後に転校して来たんだ」

「そうなんですか」


 なんでそんな中途半端な時期に……と思いながらも、大輔は愛想笑いを浮かべて頷く。そんな大輔に杏はスッと目を細めて忠告する。


「不躾ながら忠告するけど、ちょっと身の振り方を考えた方がいいよ。アタシは事故後に来たから、その亡くなってしまった八神君たちがどれほど人気だったか分からないけど、君たちは逆恨みされてるよ」

「ああ、やっぱりですか」

「やっぱりだと?」


 校舎の陰から昇降口前に出た二人は周囲から注目される。けれど、大輔はもちろんのこと、杏は気にしない。それどころか、杏は自分の存在を認識させるかのように少しだけ声を上げた。


「はい。たぶん、事故の恐怖心とか諸々を消化するために、僕たちに向いたんだと思いますよ。それに八神くんたちは人気があって、ちょっと異常なまでに慕われていたので、ボッチの僕や佐藤くんが怨まれるのも多少なりとも分かりますよ」

「……分かるだと?」


 ああ、そうだったそうだったと、かすかな記憶から自分の下駄箱を思い出した大輔は、脱いだ外履きを下駄箱に入れ、代わりに肩掛けバックから取り出した上履きに履き替える。


 そんな大輔に杏は剣呑な瞳を向ける。金髪碧眼の麗人にそんな瞳を向けられれば、普通たじろぐのだが、大輔はヘラリと苦笑する。


「ええ。僕も含めて人は弱いですから」

「……そうか」


 その表情と放たれた言葉は不釣り合いだ。ハッと真理を見透かすように儚く、されどしたたかなその言葉に、杏は一瞬だけ息を飲む。


 並大抵の経験では語れない、凄みがそこにあった。


「けど、だから百目鬼さんが何かする必要はありませんよ」


 大輔は少しだけ歩みを止めてしまった杏を振り返って見て、その後階段をのぼりはじめる。


「たぶん、百目鬼さんは僕よりとっても強いんだと思いますけど、だからって僕たちに向けられる悪意の砦? にならなくて大丈夫ですよ」

「……気が付いていたのか」


 スタイルがよく背の高い杏はとても強い。


 元軍人の父を持ち、肉体も精神も鍛えているため、その容姿につられて手を出そうとした男子高校生や陰湿な女子の嫌がらせを転校して数日で叩きのめした杏は、あっという間にクラスどころか、同学年や果てには他学年からも畏れられている。教師からは、信頼を勝ち得た。


 八神たちがいなくなった反動も考えれば、新たなスター的存在になっていると言っても過言ではない。杏はそれをキチンと自覚している。


 だから杏はそれを使って大輔を悪意から守ろうとした。一緒にいるところを見せて、大輔は自分の庇護にいると知らしめた。


「まぁ、人って死にかけると何かと鋭くなるんですよ」


 そういって、大輔はガラガラと朧げに覚えていた教室の引き戸を引く。中にいた十数人のクラスメイトが一斉に大輔を見て、仄暗い瞳を向ける。が、後ろにいた杏を見て、直ぐに目を逸らした。


「佐藤くんも同様だと思いますので、大丈夫ですよ」


 大輔はそんなクラスメイトの様子に目も向けず、チラリと後ろを振り返ってそう言った後、窓側へと足を進める。担任から通達された席に肩掛けバックを置いた。


「何を話してたんだ?」

「ちょっとした雑談」


 大輔は隣にいた直樹の問いに答えながらも、椅子を引いて座る。二人とも担任の配慮によって、一番後ろで隣同士になったのだった。


 そして後ろにいたにも関わらず直樹の存在に気が付いていなかった女子が、大輔が話しかけているのを聞いてようやく直樹に気が付き、ひっと悲鳴を上げる。


 大輔はしらっとした瞳を直樹に向けながらも、机の中に入っていたくしゃくしゃの紙を丁寧に広げて読む。ほうっと面白そうに頷いた後、丁寧に折りたたんで鞄の中にしまった。


 その手紙を入れたであろう、女子生徒や男子生徒が困惑と怨みと怒りを持ちながらも、その様子をボーっと眺めていた。あまりにも自然な手つきだったからだ。


 ちょうど、その時になってチャイムがなり、担任が入ってきた。



 Φ



「で、あの魔力・・持ち・・と何を話してたんだ?」

「ちょっとガラの悪い人たちに絡まれてね」


 夏休み明け初日であるからして、午前中に高校は終わった。その後、担任に呼び出され、改めて事故の件についての無事の言葉と、今後について等々を話され、一時くらいに直樹たちは学校を出た。


 お腹が空いているので、二人は最寄り駅前にあった安くて美味いイタリアンなファミレスで、食事を取っていた。家族には連絡済みだ。


「恨みつらみの方か?」

「うん。同じクラス? のほら、体が大きな男子」

「……いたっけな、そんな奴」


 名前を聞いていたのにも関わらず、同じクラスにいたことすら?をつける大輔と、大男にすら目が行ってないかった直樹は、たぶん人に興味が薄いのだろう。


 いや、他人のことなどどうでもいいと思っているか。


 ベルを鳴らされて呼ばれた女性の店員が、急ににゅっと現れた――店員さん的には――直樹の声を聞いて、きゃあっと悲鳴を上げる。大輔はさらりとその店員を支えた後、注文書を渡す。店員はビクビクした様子で注文を確認した後、逃げるように厨房へと入っていった。


 そんな様子を見ていた大輔は、しらッと直樹を見る。


「いた……はずだよ。ああ、それと、それ、いつまで続けてるの?」

「いつまでって、いつもやってただろ?」

「こないだまでしてなかったでしょ?」

「見知らぬ人と関わるようになったし、それに“隠密隠蔽”もだいぶ回復してきたんだよ」


 そう。クラスメイトが教室にいた直樹に気が付かなったのも、今の店員さんが声を聞くまで直樹に気が付かなかったのにも理由がある。


 暗殺者である直樹の十八番ともいえる“隠密隠蔽”という能力スキルがもつ技巧アーツの一つ、[薄没はくぼつ]だ。


 “隠密隠蔽[薄没]”は足音や気配などは当然のこと、存在感、果てにはその存在が関わる物事における因果律の影響すらも薄くなるのだ。


 簡単に言えば、目に止まることもない地面に転がっている小石みたいなもの。某Zを踏みつける人狼が使う存在の希釈みたいなものだ。影が薄くなるのだ。


 ただ、これは常時発動ができる弱い技巧アーツであり、直樹を一度強く意識してしまえば、見失うことは少ない。


 それでも一般人は直樹が目の前にいたとしても気が付くことはないが。


 教室のも、さっきのも、大輔が近くで会話をしていたからこそ、気が付いただけなのだ。


 大輔は一般人ではないから直樹がどこにいるか気が付く。それにアルビオンの後半、三年間四六時中、直樹が“隠密隠蔽[薄没]”を使っていたため、慣れたというのもある。それでもたまに直樹を見失う事はあるのだが。


「それに、隠蔽してた、っていう事実すらも気が付かないから、監視者にも有効なんだ」

「まぁ確かに。それにしても、監視も薄くなったよね」

「ああ。隠蔽は俺の十八番だからな。どれだけの力を持っている分からないが、俺が施した偽装は見破れなかったんだろう。それにお前の幻想具アイテムもあるし。問題なしってなったんだろ」


 運ばれてきたサラダを取り分けてもっさもっさと食べながら、二人は話し合う。


「地下の隠し施設も作ったし、あとはゆっくり魔力を溜めるだけだよ」

「そうだね。勝彦さんたちが協力してくれて助かったよ。うち、マンションだしさ。あ、そうだ。リハビリも兼ねて勝彦さんたちに健康促進幻想具アイテムを送りたいんだけど、要望ある?」

「……いや、それはもう間に合ってるだと。っつーか、俺んちを幻想具アイテムで埋めつくす気か」


 直樹は防衛のために義父や義母などが身に着けている幻想具アイテムを思い出して、ため息を吐く。あれってアルビオンじゃ、国宝級なんだがな……と大輔の自重のなさに呆れかえる。


「それに、勝彦義父さんたちの方が俺よりも乗り気なんだ」

「直樹よりも?」


 嘘でしょ、という茶色の瞳が細められた。


「……俺と同じくらいだな。初孫初孫って大騒ぎで」

「ああ、スマホの写真とか動画とかの」

「そうだ。リホームするとか言ってる具合だからな」


 直樹は、血の繋がらない、けれど大切な娘と息子が異世界にいることを家族に伝えた。最初は大丈夫? と頭を心配されたが、“収納庫”に収納していたスマホ――魔改造済み――に入っている異世界で撮った写真や動画を見せた。


 というか、異世界に行ってきた証明もそれが一番手っ取り早かった。


 そしてその中に、ミラとノアの映像もあった。それを見た瞬間、勝彦義父さんや彩音義母さん、澪義姉さんまでもがデレデレで……と、直樹は嬉しそうにいった。


「よかったね」

「ああ。結局は向こうに行ってからだけど、こっちに連れてくる約束もかなえられそうだ」


 直樹は、ミラとノアに地球の話を子守歌代わりに色々と話していた。童話はもちろん、日本の風習や観光名所、海外の話等々。


 だから、〝念話〟で少し話した際、体を大事に! という約束と共に、地球で過ごしたいという約束もしたのだ。学校生活とやらに興味を持っている様子だった。


 そのために、戸籍や役所の人の記憶改ざんに情報操作とか色々しなきゃな、と思いながらも、まずは家族の説得が先決だった。


詩織しおりちゃんは?」

「……どうだろ。あんまり話せてないんだよな。隼人義兄にいもだ―」


 三つ年下の義妹いもうとを思い浮かべ、それから北海道のキャンパスで牛を育てている義兄について言及しようとして、直樹は急に口を噤んだ。


 その様子に大輔は首を傾げる――事はなく、剣呑な瞳を周囲に向けた。


 そして十数秒経った後。


「まずは会話だ。怪しまれるとまずい」

「いや、向こうさんも物凄く慌ててるみたいだね。あ、消えた」


 監視がいなくなった事を伝えた大輔はスマホを取り出して、何やら操作する。


「ここだよ」

「……やっぱり近いな」


 大輔のスマホに映った地図を見合った二人は、歴戦の戦士のように真剣な表情を浮かべた後。


「どうする?」

「まずは食事を済ませてからだな。いなくなったとはいえ、今すぐに動き出すとまずいだろうし」


 ホッと肩の力を抜いて、小皿に移したサラダを口に頬張った。




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公開可能情報

“隠密隠蔽”:隠密や隠蔽などに関して補助したり、魔力を使用することによってそれを強化したりする。

“隠密隠蔽[薄没]”:気配や熱、音、様々な存在を希釈させ、魂魄の存在も希釈させる。それは因果律の影響にまで及ぶが、常時発動型でありそこまで強いわけではないが、一般人なら気が付かない。

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