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四話 ……平和だな

 それは流れるように行われた。ちょうど直ぐ近くにあったトイレから出てきたその五人の覆面たちは、目の前を通ったベビーカートを奪い取り、保育士たちを蹴り飛ばした。


 それから覆面の一人が二度、天井に散弾銃を打ち込み、威圧した。リロードせずに未だに引き金に手をかけている様子を見れば改造しているのだろう。


 猟銃とは言え、銃を持つことに油断はないし、人に銃口を向けることに躊躇いもなかった。ただただ冷徹にそれを行い、狂気に塗れた瞳を周囲に向けていた。


 たぶん、捕まるとか死ぬとかそんな事を考えていない――否、どうでもいいのだろう。


 泣き叫んでいる子供たちを何度か猟銃で叩き、苛立った様子を浮かべながらも覆面たちはベビーカートを押して、病人を追い出して空にしたとある病室へとジリジリと足を進める。


 それを両手を上げながら見ていた直樹と大輔はため息を吐き、視線を交わす。


『なぁ、どうする? あれ、あのままだと殺す勢いだぞ』

『確かに、死兵っぽいよね。あれ』


 直樹と大輔は視線だけでそんなやり取りをする。長年続けてきたやり取り故、問題なく互いの言葉が伝わる。


 そして、仲間である翔たちと約束した理性的で善良的な一般人という言葉を思い出す。理性的、善良的、一般人。この三つをどう解釈するかはその人個人だろう。


 だから。


「はぁ」

「だよね」


 二人はもう一度ため息を吐いた後、松葉杖を突いてゆっくりと歩き出す。


「おい、そこのガキっ! 動くなって言っただろ!」


 覆面のリーダーらしき男が、カツンカツンと音を立てて歩き出した直樹たちに銃口を向ける。周囲の大人や老人たちは恐怖に竦んだ様子で直樹たちに余計な事をするな、という視線を向ける。


 けれど直樹たちは気にせず、ゆっくりと一定のテンポで歩みを進める。それはまるで散歩に行くかのように気軽な足取りで、されど不気味なまでに悠然とした雰囲気が漂っていた。


 周りの病人や看護師、見舞客などはもちろんのこと、覆面たちや泣いていた子供たちでさえ、その雰囲気に飲み込まれ、黙りこくってしまう。


 そして直樹たちが両手を上げる病人たちから一歩出て、覆面たちと対峙した時、パァーンと間延びした音が響いた。パラパラと天井から粉が落ちる。覆面の一人が正気を取り戻し、天井に散弾銃を打ち込んだのだ。


 直樹と大輔は止まり、鼓膜を破壊するが如く鳴り響いた銃声で正気を取り戻した覆面のリーダーらしき男に、直樹がヘラヘラと笑いながら問いかける。


「人質、解放しませんか?」


 覆面のリーダーらしき男が、直樹の足元から少し離れたところに散弾銃を打ち込んだ。ひっ、と女性の悲鳴が聞こえたが、直樹は全く動じることなくヘラヘラと笑っている。


「駄目ですか」

「舐めてんのかっ、てめぇ!」


 リーダーらしき男の怒鳴り声が響く。


「いいえ。それより警察が来るまで時間がありませんよ」


 再び銃声が鳴り響く。今度は直樹の足元だ。


 それでも直樹は泰然とした様子だ。


「そこの子供たちが人質で大丈夫ですか? 泣き喚き言うことを聞けない人質は面倒ではありませんか? そもそも病人の幼子は人質として足りてますか?」

「僕たちを人質にしませんか? 泣き叫びはしないし、ほら、骨折しているから逃げることもできません。若いし、将来性もありますよ?」


 二人はリーダーらしき男に近寄る。幼子の命は人質として不十分では? と命は平等だという価値観からは結構かけなはれた事を言いながら、それでも覆面たちはその言葉に飲まれ始める。


「動くなっ!」

「わかりました」

「はい」


 リーダーらしき男と直樹たちの距離は丁度人二人分。猟銃を向ければ、即、命を取れるだろう。なのに二人はやはり恐怖すら抱いていなかった。


「ふんっ。お前ら、高校生か大学生かののどちらかだろ」

「ええ、高校生ですよ。ちょっと正義感に酔った高校生です。これから英雄になるかもしれない若者です」


 覆面の男は苛立ったように鼻を鳴らし、直樹はニヘラと笑う。大輔は大輔で、子供たちに大丈夫だよ~、と余裕そうに手を振る。それが余計覆面たちの興味を引くことになる。


「いいなぁ、いいぜ、その瞳ぃ!」

「ィッ」


 怒りとも嗜虐心とも取れる狂気の瞳を直樹たちにぶつける。ダンダンダンッと足音を鳴らして、興奮したように叫ぶ。リーダーらしき男が猟銃を振りかぶり、直樹の顔をった。倒れ込んだ直樹を眺めていた大輔もつ。


「おい、こいつらを殺ろうぜっ!」

「当たり前だっ! こういう馬鹿を一番殺りてぇんだ!」

「その余裕ぶった顔が苦痛に歪んで、命を乞わせたいっ!」


 それはやはり狂気だった。人を殺すことしか考えておらず、より楽しい殺しを目指すようだった。


「だそうだ」


 リーダーらしき男は、ベビーカートを持っていた二人の覆面に顔をやる。二人はベビーカートを思いっきり蹴り飛ばして、壁に激突させる。


 ひっくり返りはしなかったが、子供たちは驚いて泣く。それを気にせずにたれて横たわっていた直樹たちに近寄り、何度かみぞおちや背中を蹴り、その後片腕を持って引きずる。


 病室に入るとき、直樹はガクガクと怯え泣いている優斗君と目が合った。小さく頷き、大丈夫だよ、と口パクをすれば、優斗君は安心したように落ち着いた。


 そして直樹たちは病室に連れ込まれ、残る三人の覆面たちは一度ほど威嚇射撃した後、遅れて病室に入った。



 Φ



「おらっ! 死ねっ!」

「うらっ!」

「死ねっ!」


 簡単に殺さないために、あとは外で控えている警察を突撃させないために、覆面たちは猟銃を使わなかった。けれど、殴る蹴るを繰り返し、取り出したカッターナイフで手首や足首を切ったりした。


 白の床や壁に鮮血が散り、痣を作りぐったりとした様子の直樹と大輔がいた。それでも二人はヘラヘラと笑っていた。


 その様子が余計に覆面たちの心に火を付け、暴行が加速する。


 けれど。


「っ! ……何するんだてめぇっ!」

「……へ、何するって……ってっ! おめぇこそ何するんだ!」


 一人の覆面が直樹を殴ろうとして、なぜか他の覆面を殴った。殴った覆面は戸惑っていたが、頭に血が上っている殴られた覆面は、怒りのままに覆面を殴り返す。その二人の乱闘が始まると同時に、他の覆面たちもその乱闘に混じる。


 互いに殴り蹴りを繰り返す。


「はぁはぁ。時間がかかったな」

「……はぁはぁ。しょうがないよ。今後を考えると消耗はできないし、得体のしれない監視がいる以上、偽装は綿密にしなきゃ。魔力を感じ取れるだろうし」

「まぁ、そうだな」


 ペッと血を吐きながら二人は這いずり、カーテンが閉まった窓の下の壁に寄りかかり、殴り合いをしている覆面たちを見る。


 直樹は“白華眼”という能力スキルがもつ技巧アーツの一つであり、魂魄を操作して意識や記憶に干渉する[染魂せんこん]を使い、覆面たちに無意識で互いに殴りあうように意識を洗脳したのだ。


 ただ、二人には幾つかの監視がいた。丁度、異世界から〝念話〟が届いた次の日から。


 一般的な警察やそっち系の人とは違い、妙に遠くから監視していたのだ。しかも自然魔力が薄い地球でありながら、魔力を体から放出する監視が幾人か。


 観察してみれば、魔力の波長というか性質というか、直観的にそれら全員が別口ではないかという推測が立った。


 能力スキルや魔法の使用はある程度制限されているとはいえ、異世界で邪神を倒したのだ。真面な・・・隠蔽すら施されていない魔力を見破るなど、直樹たちには簡単だった。たとえ、数キロ離れていてもだ。


 そもそもこの地球は空気中に漂う魔力はもちろんのこと、自然物や人工物、人や生物に宿る魔力は相当に少ない。ステータス値で言ったら、一桁程度だろう。


 だからこそ、魔力が目立つ。


 それは監視側の魔力の事だけでなく、直樹たち側もだ。直樹たち自身は意識を呼び覚ました瞬間から、否意識がなくとも魔力は隠蔽している。そういう癖がついている。


 だが、二週間前に異世界から送られてきた〝念話〟は突然の事により、数秒ほど魔力を隠蔽できていなかった。たぶん、その時の膨大な魔力を感じ取って監視を寄こしたのだろう。


 魔力を感じ取れる存在がいて、その存在が不特定。個人なのか機関なのか、どれくらいの戦力を持っているのか。


 色々分かっておらず、療養とアルビオンに行くことが最優先である直樹たちにとって、監視だけでなく直接手を出されると面倒になる。


 なので二人は極力自分たちが能力スキルや魔法を使うのを見せたくなかったのだ。もしくはバレないようにしたかった。


 だからここまで覆面たちを洗脳するのに時間がかかった。何重にも隠蔽を施し、数十分経ってようやく洗脳できたのだ。


 そして、いかにもちょっとした手違いで殴り合いを始めました、と偽装した。突然、仲間同士で殴り始めるのは不自然だからだ。


 隠蔽を施した回復魔法を行使する。


 そうすれば、打撲やカッターナイフによる傷が消え去り、多少殴られて蹴られた程度の軽傷になる。ついでに、直樹は“白華眼[染魂]”で一人の覆面にカッターナイフを持たせ、他の覆面を切るように命令する。


 そしてある程度、カッターについた自分たちの血が塗り替えられたのを確認して、リーダーらしき男に猟銃を持たせ、それを発砲させる。もちろん、誰も狙わないように。


 そうすれば外で控えていた警察隊が突入してきた。


 こうして、問題なく――直樹と大輔にとっては――全てが片付いたのだった。



 Φ



「直樹……気を付けてね」

「ありがと、澪義姉さん」


 制服姿の直樹は、パリっとした黒のスーツに身を包み、艶やかな黒髪のポニーテールを揺らして心配そうに黒の切れ目を伏せる女性――佐藤みおも笑顔を向ける。


 今日は九月一日。三か月と数日ぶりに、いやアルビオンで過ごした日々も入れれば六年ぶりに直樹が高校へ行く日だ。


 久しぶりに義弟が学校に行くのもあるが、三か月前にあった事故や一ヶ月前にあった事件の事もあり、とても心配なのだ。いくら義弟が魔法やら能力スキルやら、摩訶不思議な力を使うとはいえ、それでも心配なのは当たり前だろう。


 そんな澪の様子に嬉しそうに破顔一笑した直樹は、右手首にある古風な腕時計を見て背中を押す。


「ほら、電車に遅れるよ」

「……本当に気を付けてね」


 澪はもう一度心配そうに直樹を見た後、タッタッタッと靴を鳴らして階段を下って行った。直樹はそれを見送った後、自分も電車に乗るために違う階段からホームへと向かう。


 そうしてちょっと重めの肩掛けバックを手に持ち、時間が早いためか人がまばらな電車に揺れられること数十分。高校の最寄りの駅についた。


 どこにでもいる高校生のなりの直樹は、ホームを出て通学路を歩く。ちらほらと同じ高校の人が見えるが、誰も直樹に注目しない。もちろん、一般のサラリーマンや保育園に子供を送る人などといった一般人も同様だ。


 皆、直樹が歩いている、ということすら気にせず、まるで路傍の石かのように注意を向けていない。


 そのまま校門前にたどり着き、下駄箱で久しぶりに上履きを履いた直樹は、六年前の記憶を呼び覚ましながら教室に向かった。


 そしてガラガラと引き戸を引いて教室へ入る。チラホラと教室に人がいるが、誰も直樹が教室に入ってきた事すら気が付いていない。


 直樹はそんな様子に何も疑問を持たず、担任に通達されていた窓側の一番後ろの席に座り、机の中に教科書やノートを入れようとして。


「ん?」


 中にくしゃくしゃと丸められた紙がいくつもあった。ざっと数は二十は超えるだろう。直樹はそれを机の上に置き、丁寧にその紙を全て開いた。


「……へぇー」


 その紙屑にはドロドロと怨念が籠った墨でこう書かれていた。


『何でお前が生きて、八神が死んだんだ!』

『灯を返してよ!』

『麗華様の代わりにアンタが死ねばよかったっ!』

『お前らなんて消えてしまえ!』


 まぁ等々、いわば死ねという言葉が書かれていた。


「……平和だな」


 直樹は子供が書いた可愛らしい手紙を読んだかのように、フフッ笑った。



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公開可能情報

“白華眼”:白い花弁の数だけ、特殊な技巧アーツを使う。通常の魔法や能力スキルを使うよりも、効率や使い勝手がいい。魔力消費がとても少ない

“白華眼[染魂]”:魂魄を操作し、意識や記憶に干渉に特化した技巧アーツ。認識阻害や洗脳、記憶喪失などを引き起こす。精神異常などもできる。

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