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二話 ニーソメイド!

 直樹と大輔が意識を取り戻してから三週間が経った。彼らは高名な医者ですら思わず腰を抜かすほどに回復力が高く、今では元気に食事を取れるようになった。普通は今でも呼吸器やら点滴などを装備しなければならないのだが。


 二人は同じ病室にいた。目を覚ました彼らが、同じ病室に入れてくれと家族や看護師、医者に何度も何度も言ったため、昼過ぎに同室になった。家族からは少しだけ不審がられていた。


「なぁ」

「なに?」


 ベッドに寄りかかり、ニヒルな笑みを浮かべた魔女が表紙に描かれているラノベを読んでいた直樹が、隣に左目を向けた。右目は閉じていた。


 隣には日本が誇るゲーム会社が出したテレビゲーム兼携帯ゲームで大の乱闘をしている大輔がいた。大輔は直樹に右目を向ける。左目を閉じていた。


 直樹と大輔は見つめ合い、二人ともゆっくりと唇を動かす。


「理性的で――」

「善良的な――」

「一般人を――」

「心掛ける」


 まるで事前に取り決めていたかのように、交互に二人は朗々とそれを口ずさんだ。そしてバッと顔を突き合わせ、ゆっくりと閉じていた右目を、左目を開けた。翡翠の星々が浮かんだ不思議な瞳が交差する。


 同時に。


「白ニーソメイド!」

「黒ニーソメイド!」


 阿呆な事を二人だけの病室に響かせた後。


「ア゛ア゛ァン?」

「ア゛ア゛ァン?」


 ヤンキーどころかヤクザすら裸足で逃げだすメンチを切り出した。ここだけ通常の数倍の重力がかかっているのではと思うほどに空気が重くなる。殺気がまき散らされ、不可視の力が全てを押しつぶす。


 ……数秒。


「プッ。プハハハハッ!」

「フッ。アハハハハッ!」


 二人は呵々大笑した。包帯を巻いている腕や両足をばたつかせ、大怪我を負っている体に障りがない程度に体を震わせる。いや、ちょっと痛む。


 ひとしきり笑い終わり、直樹は右目を、大輔は左目を再び閉じて、目端から流れる涙を撫でた。未だに苦笑が浮かんでいるが、それでも先ほどの鋭い雰囲気はなり潜め、嬉しいような悲しいような、それでも満足した表情を浮かべていた。


「……嘘じゃなかったんだな」

「……そうだね、嘘じゃなかった。肉体が元に戻ってさ。全てが嘘で、夢かと思ったけどさ」


 それは安心と表現できる表情だった。今まで生きてきた人生が嘘ではなかったと証明されたような安心。透明な表情を浮かべていた。


「確かにお前は右足も右腕も義肢だったしな」

「うん。ホント、普通に腕の感触があるなんて信じられないよ」

「……一応、再生はできただろうが」

「……あっちの方が使い勝手が良かったし。それに直樹だって肺や肝臓とか幻想具アイテムだったでしょ?」

「まぁな」


 二人は昔話をするようにポツリポツリと呟き、遠い目で虚空を見つめていた。未だにふわふわと浮遊感を感じているが、それでも確かに現実だと病院独特のアルコールの匂いが告げる。


「……」

「……」


 二人が黙りこくった。家族が帰り、もう少しすれば夕食になる時間。人も少なくなり、静寂が響く。


 そこには歴戦の戦士の表情があった。二人とも先ほどの笑顔も透明な表情もなりを潜め、あったのはどこまでも冷徹な瞳。鋭利な表情。


「虚構の指輪は?」

「ないな。魂魄だけ戻されたと考えれば、装備品は無理だろう」


 二人は、同級生だった八神翔ら三人とタンクローリーの運転手の阿部慎太郎と共に転生召喚された。六年前の異世界――アルビオンに。


 転生召喚とは、指定した条件に適合する死んだ人間の魂魄――魂を過去、現在、未来に関わらず一番近い時間から召喚する事だ。肉体は、魂魄の情報を元に死ぬ直前のが創造される。服などの身に着けていたものも同様である。


 直樹たちは、邪神とその眷属である魔王たちを倒し世界を救うために召喚された。邪神に封印されて力が弱り、瀕死状態の直樹と大輔が八神達と一緒に死んだと勘違いした女神に。巻き込まれたのだ。


 そして魔王を倒し、邪神を倒し、女神の封印を解いたその時、女神はようやく二人がまだ生きていたことに気が付いた。というか、そも八神翔たちが地球で死んでしまった事をその場で伝えられた。


 一応諦めていたが、召喚された際、転生とかは一言も言われずに召喚されたとだけ言われていたため、もしかしたら死ぬ直前で召喚されたのではないかと皆思っていたのだ。それでも、もしかしたら、だったが。


 兎も角、生者を無理やり異世界へ移動させるのは世界のルールに反するらしい。めっちゃ怒られるとかどうとか。


 ということで女神は慌てて二人の魂魄を元の肉体に強制送還したのだ。巻き込んで召喚したことへの謝罪とか一切なしである。


 ただ、強制送還するには女神をして少しだけ時間を要した。三十秒だ。二人は邪神との戦いでボロボロの体に鞭打って思考や動きを加速させ、翔たちと幾つかの言伝と約束をその三十秒間でした。


 まぁ高々三十秒しかくれなかった女神に少し、いやかなり殺意が湧くが。一発殴ってやりたいが。平手打ちをかましたい!


能力スキル、ステータスは?」

「さぁ。ステータスプレートがないから正確ではないけど……」


 大輔が丸眼鏡をクイッとしながら、ジッと直樹を見つめた。直樹も同様だ。


「魔力を感じるな」

「うん。それに――」


 大輔が丸眼鏡を手にとる。その瞬間、銀の縁とレンズがまるで生きているかのようにグネグネと動き出し、それがスクエア型、つまり四角い眼鏡になった。


「お前の十八番が使えるわけか」

「うん。……はぁ。けど、眼鏡セットが……」

「頑張って作ってたもんな。ドンマイ」


 大輔が並々ならぬ思いを持ってあらゆる眼鏡を作っていたのを思い出し、それらが全て異世界――アルビオンに置き去りになったので、直樹は同情の目を向ける。


 けど、直ぐに血の繋がらない娘と息子からもらった腕輪や愛刀、仮面にスケート靴等々が置き去りなのを思い出し、泣く。特に愛車であるスーパーな原付バイクがないのが本当に泣く。あんなに手入れしたのに。


 っというか。


「……ミラとノアに会いたいし、師匠の墓参りもしたい」


 直樹はギラギラと目を輝かせながら、その瞳には似合わない透明感溢れる声を漏らす。


「……そうなんだよね。……せめて天聖結晶さえあれば……」


 錬金術師であり、物づくりに特化した大輔が多用していた世界最高峰の結晶の一つを力強く思う。あれさえあれば、異世界転移が可能になる幻想具アイテムが確実に作れるというのに……


 願い、無意識に魔力を動かしたその瞬間。


「え」

「チッ!」


 大輔の頭上が光り輝き、魔力が迸る。大輔は呆然として、直樹は流石にまずいと思ったのか、長年の癖で無意識に隠蔽偽装の結界を張る。傍から見れば、二人が黙りこくったままゲームや読書に興じているだろう。


 その結界内では金茶色の魔力光が迸っているが。


 そして、光が晴れた瞬間。


「……天聖結晶だ。しかも、あれだ。ララルクから奪った……」


 大輔の手の中に拳大ほどの巨大な結晶があった。天から降り注ぐ恵みのように優しく温かな光を放ち、悠然たる煌めきがあった。まるで星そのものような。


 閉じていた右目すら見開いた直樹が、恐る恐る訊ねた。


「……お前の虚構の指輪に入っていたやつか?」

「……うん、そうみたい。……えっと」


 天聖結晶を抱えたまま、大輔はムムムと唸る。


 すると。


「……ステータスプレートが出てきたよ。え、どういうこと? 虚構の指輪はないし――」


 青白い板が虚空に現れ、大輔は天聖結晶を脇において、その青白い板――ステータスプレートを手に取り見つめた。


 直樹があまりの事態に首を傾げていたところ、大輔がポツリと呟く。


「直樹。虚構の指輪から物を出すみたいにステータスプレートを出すイメージをしてみて」

「あ、ああ。分かった」


 言われた通り、直樹は異世界で六年間ずっとやっていたイメージをする。すると、大輔のと同様、空中から青白い板――ステータスプレートが現れた。直樹はそれを手に取り、無意識に魔力を通してそれを見た。


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名前:佐藤直樹    

種族:人

Lv:673

職業:暗殺者

体力:5349

魔力:3285

筋力:5534

俊敏:8004

精神:7594

防御:2957

魔防:2958

能力スキル:“万能言語VII”・“暗殺術XXI”・“隠密隠蔽XXI”・“感知XX”・“身体肉体操作術XIII”・“中位魔法適性XVI”・“状態異常耐性XII”・“解析XV”・“土下座III”・“裁縫IV”・“解体VII”・“作法II”・“生活魔法VI”・“料理II”・“淵源魔法VIII”・“空転眼VI”・“白華眼VII”・“天元突破VII”・“星泉眼VI”・“思考XVI”・“瞑想IV”・“収納庫I”

=====================================


「……うっわ。下がってる」


 最初にそれ――ステータスを見て思ったのは、ステータス値が下がっている事。幸い能力スキルは減っておらず、また各能力スキルが持つ技巧アーツ――能力スキルの派生の力――の数も下がっていないらしい。Lvも同様だ。


 一通りステータスを確認した直樹はポツリと呟いた。


「“収納庫”が虚構の指輪の代わりか? ……にしてもやっぱり、“星泉眼”が能力スキルになってやがる。けど、肉体に残ってるんだよな」


 直樹が右目を触った。その右目は翡翠の星々が浮かぶ眼だ。


「……だよね。……たぶん女神様が、お詫びか何かは分からないけど、想い入れの深い虚構の指輪と“星泉眼”を幻想具アイテムから能力スキルにしてくれたんじゃない? まぁ、“星泉眼”が常時発動してる理由は分からないけど……」


 大輔が、虚空から色々な眼鏡を次々と取り出しながら推測する。直樹たちを間違って召喚したとはいえ、女神は悪い神ではなかった。ただ、力が弱りすぎて瀕死状態の生者を勝手に死人扱いしただけだ。怨んではいない。殺意はあるが。


「……なんで“収納庫”はIで、“星泉眼”はVIなんだ?」

「あれ、VIなの?」

「は? じゃあ、お前は?」

「VIIだよ」


 そういいながら、大輔は自分のステータスプレートを直樹に放り投げる。直樹も同様に自分のステータスプレートを放り投げた。


 直樹は投げ渡された大輔のステータスプレートを見た。


=====================================

名前:鈴木大輔  

種族:人

Lv:648

職業:錬金術師

体力:4034

魔力:7980

筋力:2464

俊敏:3005

精神:8472

防御:2534

魔防:2547

能力スキル:“万能言語VII”・“錬金術XXI”・“設計IX”・“想像付与XXIII”・“解析XXI”・“思考XIX”・“道具鑑定XX”・“魔力操作XVIII”・“植物学VI”・“鉱物学XIII”・“土下座III”・“魔力感知XVII”・“格闘術XVIII”・“銃術XIX”・“兵器術XVIII”・“解体VII”・“裁縫IV”・“作法II”・“生活魔法VI”・“隠密VII”・“料理VI”・“淵源魔法VIII”・“天心眼VI”・“黒華眼VI”・“天元突破VII”・“星泉眼VII”・“瞑想IV”・“収納庫I”

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「……やっぱり、お前もステータス値だけ下がっているのか」

「そうらしいね。たぶんだけど、ほら、肉体がさ」

「……あれだけ鍛えたのに、今はもやしだしな。それに消耗した魂魄が回復してないのと、それで魂魄が肉体に馴染んでないんだろうな」


 直樹が大輔のステータスプレートを投げて返す。大輔も同様だ。「あ、確かに。魔力を除いて、ステータス値って要は魂魄による肉体の強化率だったからね」


「ああ。途中までゲームみたいに数値そのものが力だと思っていたが」

「あの時は、ホント驚いたよね。翔が麗華さんに力勝負で勝てない理由がハッキリしてよかったけど」


 “勇者”であった翔は、“姫騎士”である麗華と同等の筋力のステータス値だったのだ。けれど、翔は麗華に力勝負で勝てなかった。それは実家が道場を営んでいて、体づくりをしっかりとしていた麗華は、翔よりも素の力があったのだ。


 だからこそ、翔は力勝負で麗華に勝てなかったのだが、しかし麗華は麗華で、馬鹿力だと言われたと思い、少しだけ引きこもった。


 そんな出来事を思い出し、二人はカラカラと笑った。


 再び静寂が訪れ、ポツリと直樹が呟く。


「……俺たち、生きてたのか」

「……そうだね」


 感慨深い想いを吐露し、何とも言えない表情で直樹は大輔を見た。大輔も直樹と似たり寄ったりの表情を浮かべていた。


「……これからどうする?」

「……一応、送還される寸前に翔たちに皆に伝言を頼んだし、生きている報告はできてるよね」

「まぁ、理性的で善良的な一般人を心掛けるとは約束させられたが……ったく、アイツらったら俺たちをなんだと思ってるんだか」


 呆れたようなその言葉に大輔が苦笑する。


「……けど、やっぱり会いたいね。いや、会いに行く!」

「ああ、そうだな! そもそもあっちで頑張っていたのは……はぁ。ミラとノア、泣いてないといいな……」


 直樹は右目に手を当てて切望する。血の繋がらない娘と息子を想って、感慨深い想いを吐露する。


「……ヘレナさんはいいの? 大事な大事な人でしょ?」

「……分かって言っているだろ」

「……まぁね。未だに友人っていうのは信じられないけど。パパとママでしょ?」

「……成り行きだ」

「そこはキチンとした方がいいと思うけど」

「お前だってそうだろ」


 沈黙が二人の間に訪れた。


 大輔はその沈黙を味わいながら、次々に取り出していた眼鏡を虚空へ、つまり“収納庫”の中に仕舞い、懐かしそうに微笑んだ。


 あれだけ濃密な六年間を過ごしたのに、その世界にはなかった病院にいるだけで、それが嘘のように感じてしまう。


 少しだけアンニュイな表情をしている大輔に、直樹は訊ねた。


「それで行けそうか?」

「……今は無理だね」


 大切で大事な家族や友人、仲間に別れすらしておらず、邪神を倒した喜びも分け合っていない。だから、二人はこの地球で生き延びていたとはいえ、アルビオンに行きたいのだ。


 その頼みの綱である大輔は力なく首を横に振る。けれど、直樹はそれに落ち込むこともなく、鋭い瞳を向けた。


「どれくらいかかりそうだ?」

「回復時間が分からないからなんとも言えないけど、無茶してもいいなら二ヶ月ほど。マージンをキチンととると半年。それとさっき“錬金術”を使って分かったけど、能力スキルの練度も相当下がってるよ。ステータス値以上だよ。やっぱ、魂魄がどれくらい馴染むかだと思う」

「……“空転眼”がどれくらいの練度で使えるかもあるか。それにあの時は六人分の魔力で一ヶ月だったしな」


 ギリリっと歯を食いしばりながらも、直樹はフッと肩の力を抜いた。大輔も眉を下げながらも、綻んだ。今はこの現実を受け入れよう。生きている事を喜ぼう。


 そして。


「……それでこの眼、どうする? あと家族にどう話そうか?」

「ああ……確かにどうしよ。父さんたち、何か勘づいているんだよね」

「……こっちもだ。……ああ、それと翔たちの家族にも伝えなきゃな」

「……あ、確かに」


 大輔はああと思い出して、手を打つ。


「……まぁやることは多いな」

「うん。けど、さ。その前に……」


 直樹も大輔も一旦下を向き、そしてくわっと両目を見開いて。


「やっぱり白ニーソメイだっ!」

「いいや、絶対に黒ニーソメイドだよっ!」


 メイドゴーレムの衣装で、最後のニーソの色で揉めてから三年間、ずっと続けてきた論争を加熱させるのだった。


 紛うことなき阿呆である。





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公開可能情報

幻想具アイテム:特殊な力が込められた道具。

天聖結晶:聖なる力を宿し、魔力循環効率等々がとても高い。邪気を祓い、祈りに反応する力を宿す。粉末を体に入れるだけで、殆どの怪我や病気が治る。

能力スキル:魂魄に宿る特別な力。

技巧アーツ能力スキルの練度を高めることによって開花した新しい力。能力スキルと名前が同じであっても元の能力スキルによって効力が変わったりする。

“収納庫”:特定の魂魄に付随する異空間を作り出し、そこの中に物を収納したりする。収納できる物は、魂魄を宿す物体以外ならなんでも。

“星泉眼”:色々な物事を知る事ができる眼。非実体的存在を視たりすることができたりする。解析に特化している。

ステータス値:体力、魔力、筋力、俊敏、精神、防御、魔防があり、数値は魂魄による強化率を表す(魔力を除く)。魔力は魔力量。アルビオンでは、1000あれば人類の上位~5%に入る感じ。地球人は殆どが一桁。ない人はゼロ。

       基本的にステータス値1で1.001倍強化する。つまり、ステータス値1000で2倍強化する。

       例えば、俊敏が1000あれば、五十メートル7秒の人が、3.5秒で走れるようになる。ただし、筋力や体力のステータス値によっては、もっと速く走れる。

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