「そんじゃ、行くとするか」
出番が回ってきたフィリップはこれまでと変わらない様子で控室から出発し、興奮が収まらない観客たちの視線に晒されるリングへと足を運ぶ。
「フィリップ、こうしてお前と激闘祭でぶつかり合う日が来るとは……世の中、あり得ないという言葉は存在しないのだな」
「だろうな。自分でもそう思ってるよ、オーネス」
フィリップの二回戦目の相手はオーネス・スリーシ。
百九十に迫る長身を持ち、制服の下からでも解る巨躯。
大剣を装備してもブンブン丸にならないと証明するには、十分過ぎる筋肉である。
「…………うん、やっぱり悪くねぇな」
と、今回は珍しく怒号に近い声援をフィリップに送るよりも先に、同じフラベルト学園に在籍している同級生の鍛え上げられた筋肉に賞賛を送る。
基本的に学園内で関わっている生徒以外には興味がなく、オーネスをしっかりと見るのは学園に入学してから初めて。
筋肉こそ正義!!!! そんな思考を持つ者がそれなりに多いレグラ家で育ったイシュドは……オーネスの筋肉が決して見掛け倒しの筋肉ではないと即把握。
「ところでフィリップ」
「おぅ」
「………………」
「いや、なんだよ。なんか俺に聞きたい事があるんじゃねぇのかよ」
フィリップの言う通り、オーネスは訊いておきたい事があった。
真面目な顔に少し恥ずかしさを含みながら口を開いた。
「その……あれだ。お前は、ミシェラ嬢とどういう関係なのだ」
「…………はぁああ?????」
オーネスが自分に何を尋ねたいのか、全く理解不能であり、首を傾げるフィリップ。
「おい、もうちょい具体的に質問しろよ」
「言葉の意味、そのままだ」
「そのままだって言われもよぉ…………あぁ~~~、そういう事か」
オーネスが歳頃の青年であると同時に、フィリップも同じく歳頃の青年。
冷静に考えてみれば、直ぐにオーネスの意図を理解出来た。
「ぶはっはっはっはっは!!!! おいおい、勘弁しろっての。安心しろって、オーネス。俺とあいつはお前が考えてる様な関係じゃねぇよ。ついでにガルフの奴もな」
「むっ、そうであったか……では、あの男はどうなんだ」
あの男とは、勿論多くの学生から辺境の蛮族と疎まれている男子生徒、イシュドのこと。
「どうって、お前あの女とイシュドが試合したのは知ってるんだろ」
「あぁ、勿論だ」
その試合をオーネスは観戦しており、ミシェラが負けたことに関しても衝撃を受けたが……眼に見えて違う次元に立つ男の存在感にも衝撃を受けた。
「なら解るだろ。あの女にとってイシュドは、絶対にリベンジしたい相手だ。まっ、その願いが可能のかは知らねぇけどな」
「……………すまないな、試合前にこんな事を尋ねて」
「別に構わねぇよ。知らない仲って訳でもないしな」
まだ割とフィリップが真面目だった頃に関りがあり、決して仲は悪くない。
だが、仮に仲が良くとも手を抜く真似など出来るはずがない。
ましてや激闘祭という大舞台……オーネスは過去のフィリップを知っているからこそ、倒す……その気持ちだけでは足りないと解っていた。
(おいおい、おっかねぇ顔だな~~~)
怒気はない。
しかし、ちょっと殺気が混ざってねぇか? とツッコみたくなる鋭い気迫が突き刺さる。
「二人とも、死に関わる攻撃は極力避けるように。それでは……始め!!!!!!」
「ヌゥォォオオオオオアアアアアアアッ!!!!!!」
開始の合図と共に、オーネスは大剣を上段に構えて突進。
オーネスの一次職は剣士、そして二次職は重騎士。
大剣や大斧、ハンマーといった重量級の武器を扱うのに優れた職業。
その一撃は……まさに必殺断斬。
食らえば、防御していようとも、防御ごと切断されてもおかしくない。
「ッ、前よりパワー、上がったんじゃねぇの?」
「お前も、回避技術は、流石だな!!!!」
振り下ろされた斬撃はフィリップに当たることはなかったが、地面を大きく切断。
スピードタイプのフィリップからすれば、大きな隙ではあるのだが……本能が不用意に突っ込むなという信号を送って来た。
(相変わらずのバカ力だな。マジで真っ二つになっちまうじゃねぇか)
二回戦目に上がってきた二人は、互いに認め合っており、探り合いは無いに等しく、最初からギアを上げていた。
オーネスの斬撃はどれもガードすることに勇気が必要であり、フィリップのスピードは集中して観察していなければ見失ってしまう。
(これなら、どうだ?)
短剣から多数の魔力による斬撃刃を放つが……オーネスはこれを最低限の防御だけで行い、変わらず突進してフィリップとの距離を詰める。
(猪かっつーのっ!!!???)
突進とは別方向に逃げようとしたところで、今度はオーネスが大剣から魔力の斬撃刃を放ち、フィリップはそれを咄嗟にバク転で回避。
オーネスは重騎士に就いており、フィリップの細かな斬撃刃を食らったところで、急所に当たらなければ大したダメージにはならない。
しかし、オーネスの大剣から放たれる斬撃刃をフィリップが食らえば……斬れずとも、その衝撃で大きく後方へ吹き飛ばされてしまう。
「おいおいどうしたよ。お前にしちゃ珍しくナイスな攻撃じゃねぇか」
「……センスの塊であるお前がそう言ってくれると、自信になるな」
猪突猛進という言葉が相応しい男、オーネス・スリーシ。
だが、先程の斬撃刃は間違いなくフィリップの行動を読んだ上の攻撃だった。
「俺は……力こそが自分の最大の武器だと理解している。だが、それだけでは越えられない壁も存在する。それを知っただけだ」
「ったく、前はもっと単純で前に突き進むのが取り柄みたいな感じだっただろ」
「成長したということだ……お前と同じく、な!!!!!!」
まだ全力中の全力は出していない。
それでも、校内戦で戦ってきた同級生や一回戦目の対戦相手であれば、今の状態でも倒せた。
だがフィリップは自分の戦闘スタイル上、仕方ないとはいえ全く攻撃が当たらない。
(戦闘中だというのに、話しかけてくるのは……決して、俺の油断を誘う為では、ない!!!! フィリップには、本当に余裕が、ある!!!!!)
やはり自分の全てをぶつける相手に相応しい。
最近は自分の想い人と近い距離にいることに嫉妬という情けない感情を抱いていると自覚していたオーネスだが……二回戦目が始まってから数分後、完全にフィリップを倒すことだけに集中し、決して軽く受け流せないプレッシャーを与え続けた。