「素手の相手と戦う時は、拳を引くタイミングを把握するんだ。それがカウンターに繋がる」
他にも色々とイシュドから教わったが、徒手格闘の相手と戦う時に気を付ける要素の中で、それが一番頭に残っていた。
(イシュドと、呼吸や速さは違う、けど……ようやく、掴めてきた!!!)
殆どの攻撃はギリギリのところで手甲に阻まれるが、それでもメイセルの肌にいくつかの切傷が刻まれていく。
相手の動きを読む……という技術は物理的な強さ、そして戦闘技術が一流に達した者が実践できる高等技術。
今のガルフには……レベルが十代半ばより下の相手でなければ実行できない。
同レベル、それに近い相手との戦闘では不可能。
ただ……それでも、予想は出来る。
戦闘バカのイシュドは当然の様に徒手格闘も行える。
人によって戦闘スタイルは異なる。
それは確かに間違いないが、では十人十色と言えるほどあるかといえば……わりとそうではない。
連撃の内容などは複数にあったとしても、そこには一定のリズムというものが存在する。
(左、右! 裏拳!! 今っ!!!!!)
「っ!? 鬱陶っ、しぃ!!!!」
「それはどう、も!!!!!」
戦闘内容に、明らかに差が生まれてきた。
ガルフも決して無傷ではない。
それでも避けられない攻撃は全てガードしており、青痣……内出血程度に留めている。
対してメイセルはガルフに攻撃のリズムを把握され始めたことで、体に切傷が増えてきた。
致命傷となる攻撃は今のところないものの、いくつかの攻撃は……体こそ無事動くものの、肉がそれなりに斬れている箇所もあった。
流れるの血の量は……このままいくと、無視出来なくなる。
(そんな決着、認められる訳ないでしょ!!!!)
血を流し過ぎると、意識が薄くなっていく。
そこまでいかずとも、フラついてしまい……それが決着に繋がることをメイセルは知っている。
(勝つのは、私よ!!!!!!!!)
ただ我武者羅に勝利を掴む。
完全にガルフに対する侮りは消えており、ただただ勝利を求める拳士が吼える。
「ハッ!!!!!!!!!」
ガルフの斬撃を弾いて弾いて弾き、ほんの少し……微かに生まれた隙を狙い、必殺の一撃を叩き込む。
武技、スキルレベル三で習得出来る攻撃技、発勁。
必殺の一撃に嘘偽りはなく、掌による攻撃の衝撃を鎧や衣服を通り、体に衝撃を伝える。
つまり、防御があまり意味をなさない。
二次職が剣闘士であるガルフは、戦闘職全体を見渡せば防御力は高い部類ではあるものの、発勁をモロに食らってしまえば……その一撃で地面に膝を付かずとも、ほんの少しの間、衝撃で意識を持っていかれる。
拳士の反応速度なら、その少しの間で完全にノックアウトされてしまう。
(っ!!! なん、で)
小さくとも、そのズレは確かに隙だった。
にもかかわらず……ガルフは少し体勢が悪くなっても回避した。
「ぜぇえええやああああああッ!!!!!」
一閃。
放たれた袈裟斬りはメイセルの左腕を中心に命中。
避けるのに意識が向き過ぎていたこともあって、切断するには至らなかった。
「ッ!!!!!!!!!!!!!!」
プライドなのか、意地でも悲鳴を上げまいと奥歯を食いしばる。
「よっ」
「おっ!? ぐっ!!!」
泣かない、叫ばない。
その根性には感服せざるを得ない。
戦闘中に得られるエンドルフィンをもってしても、激痛を感じる大きな切傷。
そこから来るダメージを堪えようとすれば……それがまた隙に繋がる。
腹を軽く蹴られれば、あっさり倒れてしまうのも致し方なし。
「はぁ、はぁ……僕の勝ち、ですね」
「~~~~~~~~ッ!!! クソ!! 私の負けだよ」
「そこまで!!!! 勝者、ガルフ!!!!!」
また勝った。
初戦の様な敵が自滅? したような形ではなく、正々堂々と激しくぶつかり合った末に、勝利をつかみ取った。
審判がガルフの勝利宣言を行った瞬間、またも闘技場が激しく揺れた。
今日一番の揺れかもしれない。
「ッシャァァァアアアアアアアアアアアッ!!!!! ナイスファイトだ!!! ナイスぶった斬り!!!!! 次の対戦相手もその勢いでぶった斬っちまえ!!!!!!!!」
その揺れの中には、やはり友人の称賛も混ざっていた。
「ったく、負けよ負け。はぁ~~~、なんでそんなに強いのよ」
「あなた方が野蛮な蛮族と呼ぶ僕の友人のお陰ですよ」
「……あの男が、あんたの力の一端になってるってわけ?」
「その通りです」
最後の一撃、ガルフはメイセルの眼に焦りが宿った瞬間、予想の中にイシュドから伝えられた流れが脳内に思い起こされた。
「学生レベルの武道家、素手で戦う連中の最大の武器は、おそらく発勁だ。当たれば多分お前は……一発ノックアウトに追い込まれずとも、大きな隙が生まれる。ただな、発勁を放つには必要な動作があるんだよ」
その必要な動作は、手を引き、腰を引くこと。
何を当たり前のことを言っているんだ? と、これが中々馬鹿に出来ない。
発勁は、いわゆる乾坤一擲。
己の全てを乗せる為にただ掌を突き出すのではなく、腰の捻りなどまで意識して繰り出さなければ、ただの強い掌打に終わってしまう。
(あの助言がないと、発勁を放ってくるなんて……多分、解らなかった)
フィリップとミシェラが偶にイシュドは変態だと言っている。
ガルフはその度に否定するが……言葉はあれであっても、何故そう言いたくなるのか……この戦いを得て少し理解出来てしまった。
「あなたは蛮族だとバカにしている者の友人に負けたんですよ」
「……もしかして、怒ってる?」
「初戦で戦った方にも馬鹿にされましたからね。少しは文句を言いたくなります」
では、っと言いたい事を言い終えたガルフはリングから降り、治癒室へと向かう。
(あんな平民もいるのね…………話通りなら、確かに蛮族だの野蛮だのバカに出来ないかもね)
友人の為に怒った。
貴族の令嬢を相手に、自分の意見をぶつけた。
その意味が解らないであろう馬鹿には見えなかった。
(あの蛮族……じゃなかったわね。レグラ家の奴が隣にいるから態度が大きくなったのか、それとも本当に、友人として文句を言いたくなったのか……ふふ、そこら辺の令息よりも根性がありそうね)
激闘祭に参加し、二回戦を突破した。
もう……ガルフはただの平民ではいられなくなった。