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第40話 どちらにしろ怒る

(……どうやら、来年も油断は出来なさそうですわね)


リングから降り、待機室へ向かうミシェラ。


彼女は今回の試合……内容だけ見れば、圧勝と言えるものであったのは間違いない。

ただ、実際にエステル・トレイシーと戦ったミシェラとしては、決して楽な戦いではなかった。


イシュドの悪魔の攻撃と感じるほどの遠距離連撃を体験していたからこそ、一応余裕を持って対応することが出来た。


しかし、それは気を抜いてても絶対に勝てるという訳ではない。

集中力を高めた状態を維持し続けたからこそ得られた勝利。


ミシェラはどう尋ねられても、先程の試合は楽な戦いではなかったと答える。


(それにしてもあの男……なんなのですか! あの適当な態度と拍手は!!!!)


エステルを倒し終えた後、ミシェラは自然と……無意識に戦闘中に見つけたイシュドの方に目を向けていた。

そこには……確かに、確かに拍手をしていたイシュドがいた。



だが、その態度はあまりにも適当……興味がないけど、周りが拍手してるから俺も一応拍手しておこう……といった気持ちがくっきりと表れていた。


本気中の本気を出した訳ではなく、己の全てをさらけ出した戦いでもなかった。

それでも、あのような適当な賞賛を送られても不愉快である。


とはいえ……拍手さえ送っていなければ、それはそれで不満が零れるというもの。


「あっ、おかえりミシェラ……え、えっと」



「おいおいおい、もしかして負けちまったのか?」


むすっとした表情をしながら待機室に戻って来たということもあって、フィリップは遠慮なく負けたのかと尋ねた。


ガルフもその可能性が無きにしも非ずと、どう声を掛けて良いのか迷う。


「勝ちましたわよ」


「えっ、じゃあなんでそんな膨れっ面してるんだよ」


「あの男……拍手するらな、もう少し真面目にやるべきですわ」


「…………あぁ~~~~、なるほどね。はっはっは!!! まっ、イシュドらしいっちゃらしいな」


この短い会話だけで、フィリップは何故ミシェラがぷりぷり怒ってるのか解った。


「???」


ガルフはそれだけの会話だけでは解らず、首を傾げる。


「なぁ、ガルフ。初戦……リングに上がった時、イシュドの声が聞こえてこなかったか」


「あ、うん。色んな人の声が響いてる筈なのに、直ぐにこの応援はイシュドの声だって解った。情けない話、リングの上に立った時、また緊張感が増してきたんだけど……あの声があったから、リラックスして戦えたよ」


「そりゃ良かったな。俺の時も……本当に良く耳に入ってくる応援だったのを覚えてる。ちょっと物騒な応援だったけどな」


二人ともイシュドが自分に向けた応援の言葉は、まだはっきりと耳に残っていた。


そんな二人の話を聞いて……ミシェラは豆鉄砲を食らったかのような顔になり、数秒ほど固まった。


「な、なんですの……それ」


「んで、お前の場合はどうだったんだよ、ミシェラ。一応応援はしてくれたのか?」


「…………はっきりとは覚えていませんが、あれは……値踏みする、顔でしたわ」


「……ぶはっはっは!!!!! あれだな、教え子がちゃんと教えた事を実戦で発揮できてるか確認する教師状態だったってわけか」


教え子になったつもりはない。

ただ偶に戦闘に関して質問をしていただけ……と思ったところで、それは大まかにいえば教え子という枠に当てはまるのでは? という結論に至る。


「んで、ちゃんと褒めてもらえたのか」


「教え子になったつもりはありませんわ」


「変な意地張っちゃって~~~~」


相変わらず小バカにしてくるフィリップに少し怒りが湧き上がるも……大きなため息を吐き、椅子に腰を下ろした。


「……そうですわね。どこかのタイミングで、幻聴なのかどうか分かりませんが、超上から目線で褒められた……かもしれませんわね」


「ほぉ~~。良かったじゃねぇか」


「良くありませんわ。あの超超超適当な顔と拍手…………い、今すぐにでも双剣を叩き込みたいですわ」


「止めとけ止めとけ。返り討ちにされて、その自慢の金髪ロールを切断されてしまいだ」


「…………それはそれで少し鬼過ぎませんこと」


髪は女にとって命と同じ……というのは人それぞれではあるが、令嬢たちの中で自身の髪に対して気を遣わない者は殆どいない。


「女にとって命と同等なんだったか? まぁ、俺らもあそこを斬り落とされるのは嫌だよな」


「そ、そうだね。うん、考えただけでもぞっとする」


「俺もだ。けど、イシュドだぜ? 美味い飯奢る金が無かったら、その髪代金がわりにバッサリ切られるかもよ」


「一回死ねば良いのですわ」


「イシュドなら、地獄の神が相手でも嬉々として挑んで戻ってくるんじゃねぇか」


「…………想像出来てしまうのが悔しいところですわね」


イシュドは気の良い友人なのか、それとも悪魔か鬼の様な恐ろしい教師なのか……そんな事を話している間に一年生トーナメントの初戦が全て終了。


この後に二年生トーナメントの初戦がスタート。


「…………」


「ガルフ、また緊張してるのか?」


「多分ね。でも、良い意味で緊張してるんだと思う……正直なところ、初戦は相手が僕を完全に下に見てたからからほぼ無傷で勝てた。次は、そうはいかない」


ミシェラの様に多少のダメージを負ってでも、対戦相手の全てを飲み込んで倒そうとはせず、倒せる時に倒すという……ある意味狩り、実戦に近い感覚で初戦を突破した。


「ん~~~~……まっ、そうだな。次戦う奴は俺らと同じで、初戦を突破したやつだ。一段階レベルが上って考えても良いかもな。つっても、負けるつもりはねぇんだろ?」


「勿論だよ。激闘祭の舞台に立てて、初戦を突破出来て……更に自信が付いた。でも、そこで満足してたら駄目だからね」


平民であるガルフがここまで来たことを考えれば、人によっては奇跡だと言うかもしれない。

ガルフもそう思わなくもない。


しかし、それでもこの激闘祭に参加する上で……ガルフには一つ、目標があった。

同級生たちが聞けば「少し強くなったからって調子乗り過ぎなんだよ!!!!」と唾を撒き散らしながら怒鳴るだろう。


それでも……いつの間にか生まれていた自信が、ガルフの背中を押していた。


その目標とは、トーナメントで優勝し……最後のスペシャルマッチでイシュドと戦うこと。

初戦を突破出来たからといって少し欲が出てきた?

確かにそうかもしれない。


だが、いつか恩を返すのではなく……本気でぶつかるのに、遅いも早いもない。

今日、ここで……受けた恩の十分の一でも返す。


本当に良い意味で緊張感を保つガルフの闘志は最絶頂に達していた。

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