「ッシャアアアアアアア!!!! ナイスカウンターっ!!!! そのままぶった斬れぇええええええええええええッ!!!!」
戦闘開始から数秒後、観客たちの前にあり得ない光景が起こっていた。
サンバル学園の学生であるフェルノの斬撃が躱され、鋭い蹴りが叩き込まれ、そのまま数メートルほど吹き飛んだ。
「チッ!!!!!!」
フェルノは大きな舌打ちをしながらも、上段から振り下ろされるロングソードを同じ得物で防ぐ。
「がっ!!!???」
しかし、振り下ろされる斬撃だけに眼が行き過ぎていた。
フェルノは上段から振り下ろされるロングソードだけに意識が集中してしまい、ガードした時点で魔力は纏っていたものの……ガルフは即座に身体強化のスキルを発動し、更に魔力を纏って身体能力を向上させていた。
ロングソードや細剣の王道的な扱いとなれば、第二次職が騎士であるフェルノの方が一枚上手ではあるが、試合は武器の扱いだけで決まるものではない。
総合的な部分で見れば、剣闘士であるガルフが勝るところがある。
ロングソードによる斬撃から顎を蹴り上げる一連の動作の美しさも、職業や普段の鍛錬内容による差が大きい。
(じ、ま……)
そして……ガルフはそのまま一回転する勢いで顎を蹴り上げたこともあり、魔力を纏ってガードするだけでは不十分であり、見事粉砕されていた。
「僕の勝ち、で良いですよね」
「そこまで!!!!!!」
「っ!!??」
フェルノの顎はただ内側が粉砕されただけではなく、外から見て解るほど血が流れ……歯が粉々に砕かれていた。
「まっ、ぁ」
「勝者、フラベルト学園のガルフ!!!!!!」
加えて、顎を蹴り上げられたことで発生した脳の揺れ。
それによって眩む瞬間を狙ってガルフは首に刃を突き立てた。
フェルノの顎は回復魔法を受ければ元通りには戻るが、それでもこの戦闘中において大ダメージである事に変わりはなく……極めつけは生殺与奪の権を握られた状態。
ガルフがその気であれば、フェルノの首を刎ねることも出来た。
両腕のどちらかの切断……両足のどちらかに深い刺し傷を負わすことも出来たであろう。
どこからどう見ても、一般市民の観客たちや冒険者……騎士、貴族たちから見ても完全決着である。
(待て……待て待て待て、ふざけるな!!!!! 油断……そう、油断しただけだ!!!!! 最初から本気で潰しにいけば、俺が……俺が、あんなクソ平民に負けるはずがねぇんだ!!!!!!!)
確かに……フェルノが最初から真面目に、本気でガルフと戦っていれば……どちらが勝つかはさておき、良い勝負になったのは間違いない。
激闘祭に参加出来るということは、そういう事である。
しかし、油断していたからもう一度……といった子供過ぎる考えが通じる場所ではない。
フェルノも他人がそんな言い訳を口にしていれば、大声で笑うだろう。
だが、人間はいざその立場になってしまうと、中々正常な判断が出来ない。
フェルノが貴族の令息という立場を考えれば……無理もない足掻きではあるかもしれないが、それでもここから巻き返すことは完全に不可能である。
「っしゃああああ!!!! 流石ガルフだぜ!!!!!!!!!!!」
観客席からそう言ってくれる友人に……ガルフやニヤッと笑いながら拳を掲げた。
「よぅ、お帰り。ガルフ」
「ただいま」
「……その感じ、勝てたみたいだな」
「うん、勝てたよ」
同じ学園の代表が勝利した。
不満はあれど……それでも大半の同じ代表の学生たちはその結果に喜んだ。
「当然ですわ。よっぽど相手が悪くなければ、そう簡単に負けることはないでしょう……とはいえ、少し綺麗過ぎではありませんか?」
「えっと、多分僕が平民だから油断してんだと思う」
どうやって勝ったのか、その説明を受けた二人は色々と納得した。
「はっはっは!!!! ちゃんと勝って勝って勝ちまくって代表に選ばれたってのに、そのガルフを嘗めてかかった結果惨敗か……そいつ、完全に終わっただろうな」
フィリップの……ガルフの対戦相手であったフェルノに対して向ける眼は、とても冷たく……ほんの少し、憐みが含まれていた。
「そうですわね」
全力で戦って負けた。最後の最後に勝ったと思って油断して負けた。
負け方にも種類はあるが……どちらにしろ、この様な舞台で貴族の令息や令嬢が負けるのは、おおよそ恥さらしと言って過言ではない。
だが、最も最悪な負け方は…………対戦相手が平民だからといって完全に油断した結果、あっさりと負けてしまうこと。
それは……間違いなく、最悪な結果である。
加えて、フェルノは瞬殺と言って差し支えない早さで負けた。
あの状態であればまだ戦える? 貴族の中にもそういった考えを持つ者がいるかもしれない。
しかし、結果を見れば……貴族が平民に生殺与奪の権を握られた。
見方によっては、これ以上はないと言える屈辱的な負け方である。
「え、えっと……ま、不味いことしたかな」
「いや、そんな事はないって。油断して嘗め腐ってたそいつ……フェルノって奴が悪い」
「同感ですわね。その方は……おそらく、実家から除籍されるかもしれませんが」
「えっ!!!???」
実家からの除籍。
それが何を意味するのか……ある程度解る。
だからこそ、驚かずにはいられない。
ただ、同じ貴族の令息や令嬢たちであるフィリップとミシェラは特に深刻そうではなく、他の代表生たちも特別驚いてはおらず、多分そうなってもおかしくないだろうと……ガルフを除く全員が思っていた。
「ガルフ、お前が気にすることはなんもねぇぜ? さっきも言ったけど、まずそいつが油断してたのがわりぃんだからよ」
「で、でも……それは……」
「基本的にあなたと同じ平民よりも良い暮らしを送っているリスク……と言うべきでしょうか。平民対貴族という構図に加えて、そこで更にフィリップの言う通り平民だから油断したから負けた……それがその対戦相手の実家の名に泥を塗ったのと同じ。まだ油断せずに本気を出して負けたのであれば……除籍はなかったかもしれませんが」
「これからの学園生活は地獄だろうけどな。まっ、そういう訳だからガルフ、お前が対戦相手のそのバカを心配する必要なんてこれっぽっちもねぇんだよ」
平民と貴族では、そもそもの常識が違う。
度々耳にしてきた言葉を、改めて認識したガルフだった。