「私、お姉様とお姉様のご実家に頭を下げる準備はよろしくて?」
「……まっ、それだけ自信満々なのは良い事だ。精々昨日の連中みたいに途中で諦めない様に頑張ってくれ」
「あ、あなたって人はどこまで人を虚仮に……ッ!!!!」
女性という存在を侮っているわけではない。
実家では雄をビビらせる雌がそれなりにいる。
イシュドも今では勝ったり負けたりを繰り返すことが出来るが、それまでは九割五分の確率で殆ど負けていた。
ただ……今のイシュドにとって、ミシェラ・マクセランという女子生徒は、現時点でそこまで戦闘的な意味で惹かれるほどの強さを持っていないかった。
「どういった経緯なのかは一応聞いている。まぁ……あれだ。これは学園内での試合ということを忘れない様に戦って欲しい」
「それはこの人の態度によりますわ!!」
「安心してください。今日の試合は勝てば貰える物がキッチリ決まってるんで」
教師に対してもツンツンなミシェラ。
それに対し、イシュドは先日の暴れっぷりからは考えられない程、柔らかい態度で対応。
(優等生として知られているミシェラがこの態度で、辺境の蛮族と呼ばれているレグラ家の出身であるイシュドがこの態度……この場面だけ見ると、レグラ家の者たちは戦うだけしか能がないとは言えないな)
審判を務める教師は大きなため息を吐き……呼吸を整え、開始の合図を宣言。
「腕、もしくは足の一本を斬られる覚悟をしなさい!!」
開始と同時にミシェラは双剣を抜剣。
イシュドは即座にミシェラが持つ双剣がただの双剣ではないと見抜いた。
「武器は一丁前だな……とりあえず能書きは良いからさっさとかかって来い」
「ッ!!!! 嘗めるのもいい加減にしなさい!!!!!!」
怒りで我を忘れている……とは言い難い剣戟が繰り出される。
これまでミシェラが積み重ねてきた技術が怒りで崩れることはなく、正確に人体を狙う急所への斬撃が……それを繰り出すまでの斬撃、フェイント。
全ての攻撃にどういった意図が込められているのかを見極めなければ、対応に追われるだけで精一杯の状況に追い込まれ……いずれはその刃が急所に届く。
(属性は風か。刃系の武器にはピッタリの相性ではあるな……三十五点ってところか)
三十五点。
それはイシュドから見て、ミシェラのイキり具合や態度のデカさから、実際の戦闘力をすり合わせた結果。
その態度、イキり具合に相応しく、イシュド自身もその戦闘に満足出来るといった内容であればマックスの百点という評価が下される。
しかし、現段階では……半分以下である三十五点。
先日の輩一、輩二と比べれば点数は高いが、イシュドの遊び相手とはならない。
「クッ!! 反撃してこないというのは、どういう、ことですの!!!!」
「いや、勝った後であの技を使っていたら~とか駄々こねられるとめんどくさいだろ。だから、とりあえず好きな様に攻撃させてやろうと思って」
「ッ!!!!!!」
当然ながら、ブチ切れ待ったなし。
貴族だから……ではなく、戦闘に携わっている者であれば、マックスまで到達せずとも、怒りのボルテージは大きく上昇する。
「乱れ裂きッ!!!!!!」
双剣技のスキル技、乱れ裂き。
スキルレベル二で習得出来る連続斬り。
使い手によって一度に行える回数は使い手の力量によって変化するが、最低でも四回の連続斬りが可能。
発動すれば双剣の斬れ味と斬撃速度が一時的に上昇。
ミシェラの斬撃回数は……七回。
回数だけであれば、双剣技を扱う者として一人前と言っても過言ではない。
加えて、ミシェラの双剣は旋風を纏っており、更に斬れ味が強化されている。
(七回、か……そんなもんか)
だが、放たれた乱れ裂きをイシュドはただただ……斬撃に反応して回避。
「終わりか?」
「ッ!!!???」
まさかの全回避。
あまりにも予想外の対応に衝撃を隠せず、一旦後ろへ下がる。
「な、何を……」
「何って、来た斬撃を躱しただけだろ。なにをそんなに驚いてるんだよ」
「っ!! ふ、ふざけたこと、言わないでもらえる、かしら」
「声が震えてんぜ、お嬢様」
「ッ!!!!!!」
怒りのボルテージを限界突破させながらも、複数の風の斬撃を弾幕にして本命の刺閃を繰り出す。
双剣技のスキルレベル一で使用可能な突き技。
素早さと貫通力を高める、まさに突きに適した効果。
「へぇ~~、刺突の連続発動か。ちょっとはやれるんだな」
「くっ!!! いつまでも減らず口をっ!!!!!」
才能だけに胡坐をかくことはなく、試合開始から数分経ってもミシェラの動きは衰えない。
ただ……最初の一分弱は訓練場に鳴り響いていたミシェラへの応援が、三分も経つ頃には殆どなくなっていた。
イシュドは逃げ回っているだけで、本当は大したことはない?
バカが観ればそういった感想を抱いてもおかしくないだろう。
しかし、それでは数分経っても小さな切傷すら与えられないミシェラはどうなのだ?
その問いに答えられる者は殆どいない。
「シッ! ハッ!!!! 鋭咬牙ッ!!!!!」
斬撃と刺突に蹴り技を加え、攻撃手段が増えたと思った瞬間に刃の顎が迫る。
「パンツ見えてたぞ」
「なッ…………いやッ!!!!」
「いや、反応おせぇよ」
上下、もしくは左右から双剣を振るう事で、獣の顎の如き刃が襲い掛かる。
双剣技のスキルレベルを三まで上げることで習得可能な技であり、相手の近く……もしくはやや離れた場所からでも遠距離技として発動が可能。
ミシェラは蹴りで牽制し、イシュドが後方に下がったタイミングで発動。
タイミングとしては悪くなかったが、狂戦士の申し子はただ拳に魔力を纏った裏拳だけで迫る顎を破壊。
その光景には鋭咬牙を放ったミシェラだけではなく、観戦していた生徒たちまでもが驚愕せざるをえなかった。
ただ、牽制の蹴りを放った時点でラッキーパンチラが起こり、イシュドは表情を変えずにパンチラを指摘。
鋭咬牙を魔力を纏っただけの素手で砕かれたショックが大きく、数テンポ遅れてパンツを視られたことに気付く。
「あ、ああああなたと言う人は!!!!!!」
「いや、戦闘中にパンツを見られるのがいやなら、蹴りなんてするなよ。自分から見てくださいって言ってるようなもんだぜ」
これに関しては屁理屈などではなく最もな感想だが、今のミシェラには正論を受け入れられるだけの余裕がなかった。