「知らねぇなぁ……俺はこいつらと戦ってたんだ。なんであんたが割って入ってくるんだよ」
「この二人は既に満身創痍です。これ以上戦う理由がありますか?」
「あるに決まってんだろ、バカか? 俺は最初にこいつらに提案したんだよ」
バカと言われたことに青筋を立てる女神。
しかし、その提案内容を聞いてからでなければ反応出来なかった。
「俺がこの試合に勝てば、王都で美味い飯屋の料理を奢れってな。こいつらから試合を吹っ掛けてきたんだから、俺だけ利を得てもおかしくねぇよな~。こいつらは試合で俺の事を好きなだけボコせると思ってたんだからよぉ」
「…………つまり、彼らがその提案を拒否したという事ですね」
「そういう事だ。俺の提案断ったんだから、キッチリ俺を侮辱してくれた分はやりかえさないと、俺の気が済まないってもんだろ。それとも何か? こいつらの要望は全通しにして、俺の要望だけは受け入れられないってか? いやはや、とんどクソったれで我儘なことだ」
正論だけで押し通せないのが貴族の世界。
ただ……イシュドが言っていることは、一先ず間違ってはいない。
筋が通ってると言える内容ではある。
「つかさ、あんた誰だよ。どういった権利で試合を止めに入ったんだよ」
「私はこの学園の生徒会長を務めるクリスティール・アルバレシアです」
「生徒会長さんねぇ~~~……ん? アルバレシア、アルバレシア……どっかで聞いたことがある家名だな」
貴族界に居て、アルバレシアの名を聞いたことがない方がおかしい。
クリスティールはアルバレシア公爵家の次女。
王家を除けば、貴族の中でトップの爵位を持つ家の次女である。
当然、女神の様な美しさと学生離れした闘神の如き強さを持つ彼女も当然、貴族界では超有名人。
そんなクリスティールどこから、アルバレシアという家名をしっかり覚えていない発言をしたイシュドに対し、固まっていた生徒たちは徐々に嘲笑の言葉を口にし始める。
「……あぁ~~~~~!!!! 思い出したぜ!!! 確か、その家の現当主は、それなりに戦える奴だって父さんが言ってたな!!」
「っ!!!!!」
「「「「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」」」」
この発言に現アルバレシア公爵家当主の娘であるクリスティールの額に再び青筋が浮かび、そんな生徒会長の怒気を感じ取った観客たちは一斉に顔が青くなる。
「父さんが珍しく褒めてた人の娘さんだったか。なるほどな、そりゃあんたもそれなりに良い雰囲気を持ってる訳だ」
イシュドの言葉を耳にし、何人かの生徒が失神しかけた。
まず、アルバレシア公爵家の現当主である男は、王国の元騎士団団長を務めていたほどの実力者。
加えて、クリスティールは女性でありながらその領域に迫る逸材と言われている、まだ未完であるダイヤの原石。
そんな両名に対し、イシュドはそれなりという言葉で評した。
このあまりにも恐れ多き言葉を耳にし……自分が口にしたわけではないにもかかわらず、これから起こるかもしれない未来をイメージしてしまい、生徒だけではなく教師すら青い顔をしていた。
「しっかし生徒会長か……つっても、俺からすればだから? って話なんだよな~。俺が得た不快感はまだ解消されてない訳だし」
「……つまり、あなたは王都の高級料理店で料理を食べることができれば、不快感が消えるということですね」
「ん~~~~~~……まっ、一応そういうことになるな」
どちらかと言えば輩一、二をまだまだ殴りたいところではあるが、それなりに楽しく殴って蹴ることが出来た。
それに加えて美味い料理が食べられると思えば、悪くない提案である。
「でしたら、私が奢りましょう。それで構いませんか?」
「「「「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」」」」
再度、学生たちに大きな……大き過ぎる衝撃が走る。
一部の者から……一応国に代表的な宗教がありながらも、クリスティールを女神と
呼ばれている。
そんな女神が辺境の野蛮と学園の外で共に料理を食べる……その光景を想像してしまった者たちから悲鳴が……絶叫が聞こえる。
「そう言われちゃ、仕方ねぇな……おい、ガルフ!!!!! この先輩が美味い飯奢ってくれるってよ!!!!! 行くぞ!!!!!」
「っ!?」
「えっ!!!!!?????」
一人分だと予想していたクリスティール、そして名前を呼ばれたガルフは驚きを隠せなかった。
いきなり名前を呼ばれたガルフに関しては先程まで失神しかけていたにも関わらず、いきなりナパーム弾を飛ばされてまた失神しそうになった。
「あれだ、公爵家の令嬢なんだろう? だったら一人増えたところで問題ないっすよね」
「っ……えぇ、そうですね」
「んじゃ、正門前で待っててください。寮に荷物を置いてきたら直ぐに行くんで」
こうして入学式初日に行われた試合は予想外過ぎる流れで終わり、学生たちに大きな衝撃を残した。
「お前としては、あの二人を殴れて美味な料理まで食べれて願ったり叶ったりといった結果?」
完全に試合が終了した後、イシュドに頼まれてバイロンは二人の寮まで付き添っていた。
「いや、あの生徒会長が出てくるまではもうちょい死ぬ一歩手前まで殴って蹴り続けるつもりでしたよ。でも、公爵家の令嬢ってことはいっぱい小遣い貰ってそうじゃないですか。がっつり美味い料理が食べられると思ったら、それはそれでありだと思えたんで」
「欲張りな奴だな……それで、あの生徒会長と対面してこれからもその態度を直さないのか?」
「つまり、あの生徒会長と戦って俺が勝てるかどうかってことっすか?」
正解だと、軽く頷くバイロン。
周囲令嬢たちがいれば、それだけで華となる行為に歓声を上げるだろう。
「……多分っすけど、あの生徒会長三次転職してないっすよね」
「私の知る限りではそうだな」
「はは、やっぱりそうっすよね。だったら全然大丈夫っすよ。結構楽しめそうな人だとは思うっすけど、それでも兄さんや姉さんに比べたらまだ甘いって言うか、一味足りない? って感じなんで」
「そうか……私としては、出来れば生徒会とは衝突しないでほしいものだ」
「あの生徒会長先輩は話が解かりそうっすけど、他の面子がどれだけ大人なのかによっるすね」
ではお前は大人なのか? とツッコみたいと思ったバイロンだが、そもそもな話として……イシュドから生徒会に絡むつもりがない。
そこを考えれば、イシュドの方が大人……なのかもしれなかった。