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ライバル、現る

「じゃ〜んっ! 見て、見てっ! 可愛いでしょ?」

 部屋に着くなり、満面の笑顔を俺に向ける美兎ちゃん。

 その腕には、仔犬を抱えている。

(これは確か……。パグ、とかいう犬だったか?)

 一瞬、潰れた顔の健を思い浮かべる。

「……買ってもらえたんだ。良かったね」

 正直、こんな潰れた顔の犬になど1ミリも関心はなかったが、あまりにも嬉しそうに微笑んでいる美兎ちゃんの顔を見ていると、自然と口元が緩んでしまう。

(君の方が、そんな犬っコロよりも何億倍も可愛いよ……)

「『山田さん』って言うの! まだ三カ月なんだよっ!」

「え? ……山田さん?」

「うんっ! 『山田さん』!」

(それはもしや、この犬っコロの名前……?)

 それはつまり、フルネームにすると『柴田 山田』となるわけで。苗字に苗字という、なんとも珍妙な名前だ。

 だがしかし、美兎ちゃんから名付けてもらえるとは——!

(……っチクショー! 羨ましいっ! たかだか犬の分際で!)

 美兎ちゃんに抱かれた仔犬をチラリと見てみると、それは美味しそうにペロペロと指を舐めている。

(……クソッ! 山田めっ! 俺だってまだ、舐めたことないのにっ!!)

「瑛斗先生っ! 勉強が終わったら、後で一緒に山田さんのお散歩に行こうね?」

「……えっ? 散歩……?」

「うんっ! 初めての、お散歩デビュー!」

(……初めての、公園デビュー的な? それってつまりっ……! 山田が子供で、俺達は夫婦……!?)

 歓喜の雄叫びをグッと堪えると、美兎ちゃんを見ながら平静を装う。

「そうだね。じゃあ、早速勉強始めようか」

「は〜いっ!」

 素直に頷く美兎ちゃんを椅子へと座らせると、さっさと終わらせる為に『家庭教師』に徹する。本当は今すぐにでも美兎ちゃんとイチャつきたいところだが、可愛い美兎ちゃんの成績を落とすわけにはいかない。

 家庭教師をクビになってしまえば、美兎ちゃんとの折角の接点もなくなってしまうのだ。

(それだけは、阻止せねばっ! ……グぁーっ! でも、イチャコラしてぇ!!)

 そんな葛藤を心に抱きながら、チョロチョロと足元で動き回る物体にペロペロと足先を舐められては、人知れず身悶えるのだった。

◆◆◆

「気持ちよかったぁ~。ありがとう、美兎ちゃん」

 マッサージという名の至福の時間ときを終えた俺は、美兎ちゃんの方へと向き直ると口を開いた。

「美兎ちゃんも……凝ってない? お返しに、マッサージしてあげるよ」

 そんな事を言いつつ、実際には美兎ちゃんに触れたいだけだったりする。平静を装うが、伸びきった鼻の下が本心を隠しきれていない。

(んー……。どこをマッサージしてあげようか。やっぱり、まずは肩か? それとも腕? いや、足も捨てがたいなぁ……)

 暴走し始める脳内に、俺の顔面はもはや崩壊寸前。このままでは『真面目な家庭教師』ではなく、ただの『ロリコン変態野郎』になってしまう。

 なんとか必死に堪えるが、膨らむ妄想と共に鼻の下は伸びる一方。

(そ、それともいきなり……胸とかっ!? ……いやいやっ! 流石にそれは、マズいだろっ! いや、でも……)

 一人脳内で妄想を膨らませながら、期待に満ちた瞳で美兎ちゃんを見つめる。

「ううん、大丈夫。ミト、どこも凝ってないから」

「…………」

(あ……そうですか。若いっていいね……)

 無邪気な笑顔を見せる美兎ちゃんを前に、敢なく撃沈しガックリと項垂れる。

「瑛斗先生。山田さんのお散歩に行こっ?」

 美兎ちゃんからのデートのお誘いに、項垂れていた顔を勢いよく上げるとパァーッと笑顔を咲かせる。

「そうだねっ! デー……っじゃなかった。お散歩に行こうか!」

「うんっ! 楽しみぃ~!」

(グハッ……! 眩しすぎる……っ!)

 天使のような笑顔を見せる美兎ちゃんに少しの罪悪感を覚えた俺は、ハァハァと息切れしながら動悸の激しい胸元を抑える。

(ヤバイ……っ。俺、死ぬかもしんねぇ……。そ、その前に……俺も美兎ちゃんのお口、ペロペロしたい……)

 俺の目の前で、美兎ちゃんの口を美味しそうにペロペロと舐めている仔犬。

 そのなんとも羨ましい光景を眺めながら、『山田さん』という珍妙な名前を授けられた仔犬に嫉妬の炎を燃やすのだった。

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