「そんなこと言わずにさ〜! お願いだから、来てくれよ〜! 入学以来、3年連続でミスターコンに選ばれてる”
「だぁーかぁーらぁーっ! 予定あるっつってんだろ!?」
あまりのしつこさに、若干イラッとしながら大きく溜息を吐く。
(朝からもう、何度目なんだよこの会話)
俺には今から、大事な用があるのだ。いい加減に諦めて欲しい。
「瑛斗ぉ〜! お前、最近付き合い悪すぎだろ〜! ……今日の合コン相手はスッチーだぞ!? ス・ッ・チ・イー!」
スッチーがなんだというのか。目の前の
「スッチーなんて、興味ねーよ」
「ぅぐっ……。バカ野郎! 俺のエンジェルに謝れっ!」
「何がエンジェルだ、バーカ」
ウンザリとした顔で軽く睨みつければ、それは悔しそうな顔をして食いしばる健。
「引く手数多の瑛斗には、俺の気持ちはわからんだろうよ……っ! もう……っ何年、枯れてると思ってるんだー!! バカ野郎ぉーー!!」
「……んなの、知るかっ」
絡みついてくる気持ち悪い健を払いつつ、カバンから携帯を取り出して時間を確認する。
「あー……ヤバッ。もう、こんな時間か」
ポツリと小さく声を漏らせば、すかさず健が口を挟む。
「おいっ! 用ってまさか……っ。デートじゃないだろうなぁ!?」
「ちげーよ。……って、顔近ッ!? 一々くっつくなよ、気持ち悪ぃなっ!」
半泣きの健の顔を掴んで押しやれば、グイグイと更に近づいてくる健。その顔は見るも無残に潰れ、不細工極まりない。
黙っていれば、そこそこのイケメンなはずなのだが。健に女ができない原因は、こういうところにあるんじゃないかと常々思う。
「……っじゃあ、なんの用だよ!?」
「カテキョだよっ!」
「ハァッ!? カテキョだぁ!? ざけんなっ!! カテキョと合コン、どっちが大事なんだよっ!!」
「カテキョに決まってんだろっ!!!」
そんなの愚問だ。なにをどうしたら、合コンの方が勝るというんだ。
「おま……ッッ!? バカか、お前ッ!? 合コンだろッ!! 普通、合コンだぞ!?」
「お前の物差しで測るな! 今の俺は、カテキョに燃え(萌え)てるんだッ!!」
「嘘つけッ! お前が勉強に燃えるわけないだろっ!!」
「煩いッ!! 俺は今すぐ、うさぎちゃんに会いに行くんだっ! 離せッ!!」
「うさぎちゃんて何だよ!? やっぱりデートか!? ……デートなんだなっ!? この裏切り者ぉーーッッ!!!」
不細工極まりない顔をグイグイと寄せ、俺に向かってギャーギャーと喚きちらす健。
(あー……。うるせー。だからそーゆーとこな、お前に女ができない原因)
尚も必死に合コンへと誘う健を他所に、今しがた来たばかりのラ○ンメッセージを確認する。
【今日ね、瑛斗先生に見せたいものがあるの! ヒントは〜、とっても可愛いもの♡ それじゃ、また後でね! お楽しみにぃ〜】
(あぁ……。それは、君のことだね? うさぎちゃん……)
携帯片手に鼻の下を伸ばすと、もう片方の手元をチラリと見る。するとそこには、やっぱり潰れた顔の不細工な健がいて……。あまりの不快さに、チッと舌打ちを打つ。
(……散れっ! 不細工めっ!)
顔を掴む手にグッと力を込めれば、「い゛だい、い゛だいっ!」とこれまた不細工な声を上げる。
(可愛いうさぎちゃんが、俺を待ってるんだ……っ! お前に構ってる暇はない!)
痛い痛いと喚く健を無視して更にミシリと力を込めると、口直しと言わんばかりに右手に持った携帯を眺める。
そこに表示されたメッセージを改めて確認すると、これから始まる至福の時間を想像しては、鼻の下を伸ばしながらニヤリと微笑んだのだった——。
◆◆◆
ギャーギャーとしつこく喚く健をなんとか撒いた俺は、その足で公衆トイレへと駆け込むとカバンの中身を漁った。
引っ張り出したのは、クリーニング返りの爽やかなブルーのストライプシャツ。ド派手なTシャツを脱ぎ捨てそれを羽織れば、パリッとノリで固められた襟元と袖がいい感じにキッチリ感を演出してくれる。
——続いて下半身。
黒のダボっとしたサルエルから、ピッタリと足首でタックインされたベージュのチノパンに履き替える。首元までぴっちりとボタンの閉められたシャツを、チノパンにインすることも決して忘れない。
脱ぎ捨てたTシャツとサルエルを雑にまとめてカバンに詰め込むと、代わりに取り出したのは整髪料のワックス。それを前髪に少量付けて綺麗に七三に分けると、その仕上げに余ったワックスを掌全体で上から撫でつける。
時間にして、ザッと5分といったところか。慣れたものだ。
「……っよし。準備完了」
鏡の前でカチャリと黒縁眼鏡をかけると、いい感じに真面目君へとチェンジした自分に向けてニヤリとほくそ笑む。
「待っててね〜。うさぎちゃ〜ん」
左肩にカバンを掛けると、ルンタッタ・ルンタッタとスキップしながらトイレを出発する。
通りすがりの人達が不審そうな顔を向ける中、そんなことお構いなしにご機嫌でスキップする俺は、白塗りの可愛らしい家の前へ着くと足を止めた。
———ピンポーン
『——はい』
「こんにちは、西条です」
その可愛らしい声に脳内で顔を
バタバタと足音が聞こえた、次の瞬間。俺の目の前にある玄関扉は勢いよく開かれた。
「瑛斗先生っ! こんにちは!」
(あぁ……! なんて可愛いいんだ……っ!)
俺に向けて、無邪気な笑顔を見せる天使。
そのあまりの可愛さに、昇天しかけてフラリと足元から崩れ落ちそうになる。
「早く、早くっ! 瑛斗先生にね、見せたいものがあるんだ〜! すっごく、可愛いんだよっ!」
「……っちょ。待って、
ご機嫌な美兎ちゃんに急かされるようにして家へと上がると、そのままグイグイと腕を引かれて階段を登っていく。
(これは……っ! 愛の綱引き!?)
その可愛らしい愛の綱引きを堪能しながら、チラリと目の前の美兎ちゃんを見上げる。
階段を登る度にヒラヒラと揺れるスカートの下には、スラリと伸びた綺麗な生足。見えそうで見えない、なんともけしからん誘惑。
これぞ、天使の誘惑というやつだ。
(……あと、もうちょっと……っ)
無意識に前屈みになっていく俺の身体。
「瑛斗先生。……何してるの?」
「……ふえっ!?」
一足先に二階へと到達した美兎ちゃんが、不思議そうな顔を向けて俺を見下ろしている。
「えっと……。ちょっと、首が痛くて……」
パンツを覗き込もうとしていたなんて、そんなこと絶対に言えるわけがない。
鼻の下を伸ばしながら首を傾げている俺は、ズレた眼鏡を直すと美兎ちゃんを見上げた。
「……えっ!? 大変っ! 瑛斗先生、大丈夫!?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと肩が凝ってるだけだから……」
俺の嘘を素直に信じる美兎ちゃんに向けてヘラリと笑ってみせれば、心配そうな顔をしていた美都ちゃんが小さく微笑んだ。
「じゃあ、後でミトがマッサージしてあげるね?」
「……えっ。い、いいの?」
「うんっ!」
満面の笑顔を向ける美兎ちゃんにバレないよう、小さくガッツポーズを作る。
(まさか、美兎ちゃんにマッサージをしてもらえることになるとは……)
そんなことつゆ程も期待していなかった俺は、慈悲深くも神々しい美兎ちゃんに向けて蕩けた笑顔を見せた。
「……っ。ありがとう、美兎ちゃんっ!」
(あぁ……。女神様のように美しい、俺のうさぎちゃん! 本当は、股間が痛いんです。そう言ったら、股間もマッサージしてくれますか……?)
そんな
俺は感動と喜びにキラリと一筋の涙を流すと、歓喜に震える笑顔で美兎ちゃんを見上げながら、それはだらしない顔をして鼻の下を伸ばしたのだった。