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第56話 大蜘蛛捕獲戦(前)



「相変わらずレーダーには反応ないけど、【パンドラ】が感知したのならいる・・んでしょうね」


「こっちのレーダーには微かに反応がある。十中八九、昨日の蜘蛛だ」



 先日と同様、旧式の軍用レーダーに搭載されている熱源探知機能には、僅かな熱源が表示されている。

 そして、この機能は恐らく隠れている歩兵などを発見するために搭載されたものであり、ある程度大きなものにしか反応しない。

 この鉄柵の向こうに人間がいる可能性は低いし、目撃報告のない他の動物が出現するとも考えにくいので、八割がた先日襲ってきた蜘蛛だと思っていいだろう。

 ……昨日は後れを取ったが、今日は逃がさんぞ。



「【パンドラ】、アーマー解除パージ、ウーヌスを限定解放」


『……承知いたしました』



【パンドラ】は一瞬何か言いたそうな雰囲気を発したが、特に止めることもなくアーマーを解除パージし、封印兵装の1番を解放する。

 神代のデウスマキナ相手でもないのにやり過ぎだ――とでも思ったのかもしれないが、一度取り逃がしている相手に対し手を抜くなどおごりを通り越して愚かである。



「シャル! 俺が追い込む! フォローしろ!」


「了解――って、いきなりイケイケモードなのね!?」



 イケイケモードとは、封印兵装1番ウーヌスを解放した俺の状態に対し、シャルが名付けた呼称だ。

 あながち間違ってはいないのだが、正直他人には絶対聞かれたくない名前である。



「……見えたぞ、クソ蜘蛛!」



 こちらから鉄柵を越え、そのまま停止飛行ホバリングして周囲を確認すると、9個あるカメラの1つが一瞬だけ大蜘蛛の姿を捉えた。

 通常であれば絶対に見逃していただろうが、今の俺であれば見逃すことはない。

 これは、封印兵装1番ウーヌスを解放したことによる恩恵である。


 通常、コックピット内に映すカメラ映像は1つを基本とし、多くても3~4つまでとなっている。

 これは、人間が一度に認識できる情報が最大でも4~5つだとされているからだ。

 それだってあくまでも静止した映像や画像の話であり、動画などを同時に複数認識するには実際かなりの訓練が必要とされる。


 現在このコックピット内には9つのカメラ全ての映像が映し出されているが、これらの情報を同時に認識することは普通の人間には不可能だ。

 それを可能としているのが、封印兵装1番ウーヌスによる精神高揚の効果である。


 封印兵装1番ウーヌスは、かつて狂乱領域と呼ばれた未踏領域『カプリッツィオ』の災い――【アテ】のコアを取り込んだことで開放されたらしいのだが、戦闘でダメージが入ったまま取り込んだために中途半端な状態になっているのだそうだ。

 神代のデウスマキナの中でも【アテ】はそこそこ強力な部類に入るため、完全な状態で取り込むことができればもう少し有用な効果が期待できたようだが、今の状態では残念ながら精神を高揚させるくらいしかできない。


 しかし、俺にとってこの精神高揚は思っていた以上に有用な効果をもたらしている。



「っらぁ!」



 重量を乗せた高周波ナイフで邪魔な枝を切り飛ばし、直線的に大蜘蛛を追う。

 機動力ではあちらに分があることがわかっているので、推進力で強引に距離を詰める算段だ。

 どちらかと言えば慎重派である普段の俺なら絶対に取らない行動だが、今の俺は最高にハイってヤツなので、考えるよりも先に体が動く。



『ちょっと!? そんな無理やり突っ込んで大丈夫なの!?』


「問題ねぇ!」



 全ての障害を切り飛ばせるワケではないので本当はそれなりに問題あるのだが、今の俺は多少の無理なら押し通す気概だ。

 修理費などの経費は、全てが終わってから考える。



「っ!? おい! 自分から向かってきたくせに逃げんなよ!」



 大蜘蛛は俺の行動が想定外だったのか、自分から近付いてきたくせに急遽方向を変え逃亡を開始する。

 しかし、完全に視界に捉えた以上もう逃がすつもりはない。


 着地と同時に、魔導融合炉リアクターの出力を最大にする。

 視界も開けているし、この距離であれば大蜘蛛が本当に音速で動けたとしても追いつける自信がある。



「っ……!」



 音速に迫る加速から発生するG(重力加速度)に耐えつつ、大蜘蛛まで一気に迫る。

 しかし、大蜘蛛はそれに備えていたのか反応して何かを飛ばしてきた。

 この速度で進行方向に何かが出現した場合、人間の反応速度で対応することは難しい――普通であれば。



「消えろぉ!」



 今の俺は精神高揚による副次的な効果により集中力が増しており、反応速度が上がっている。

 それは予知に近いレベルでの反応を可能としており、大蜘蛛の動きが見えた瞬間には体が動いていた。

 しかしそれでも音声認識では間に合わないため、手動操作で『キビシス』を起動する。

 そして同時に、高速で突き出されたマニュピレーターによって飛んできた何かが粒子に分解された。


 それに虚をつかれたのか――はわからないが、大蜘蛛は一瞬硬直しつつも素早くその場を退避する。

 だが……、逃がさん!


 大蜘蛛は突進の軌道上から逃れていたものの、そこはギリギリ『キビシス』の射程圏内である。

 再び手動で『キビシス』を起動すると、マニュピレーターを中心に空気が渦巻く。


 固有兵装『キビシス』は物質を分解し取り込む機能を有しているが、分解のみ起動することも可能であり、それゆえに兵装に分類されているらしい。

 さらに、『キビシス』には分解した粒子を取り込む際に吸引する機能があり、これを利用すると射程圏内の対象を強引に引き寄せることが可能となる――のだが……



「何ぃ!?」



 完全に捕らえたと思った大蜘蛛は、吸引の影響が全くなかったかのように慣性通り少し離れた位置に着地した。

 一体何故? という疑問が頭を過ぎるも、すぐに追撃するため体勢を整える――が、その動きがあまりも鈍い。

 これは……、粘液か!


 どうやら大蜘蛛は、離脱する際に粘液で罠を張っていたらしい。

 つまり、回避されたことも含め、完全にしてやられたということだ……

 このまま距離を取られたら、再び大蜘蛛を逃がすことになってしまうだろう。


 ……無論、俺が一人であれば、だが。




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