『一応ここが、村から一番近い『マグヌム・オプス』の外周部になります』
トールが立ち止まったのは、2~30メートルはありそうな鉄柵の前だ。
デウスマキナであれば容易に飛び越えられる高さだが、生身の人間が乗り越えるには高度な身体能力や訓練が要求されることだろう。
この鉄柵は主に国境などで利用されているものだが、ここのように未踏領域を囲うために採用されることも多いのだそうだ。
採用理由は、何と言ってもその設置のしやすさにある。
パーツさえ用意できれば民間企業などでも設置可能であるため、破損した際の修理が簡単なのも人気の理由らしい。
もっとも、未踏領域の中には小国に匹敵する面積を持つものも存在するため、この鉄柵でも全てを囲うことは不可能だ。
そして当然ながら、この鉄柵程度では巨大化した生物や、自然災害が外に出るのを防ぐことはできない。
……つまり、この鉄柵はあくまでも人の侵入防止を目的としており、人が侵入可能な場所にのみ設置されている――ということである。
『案内ありがと! 凄くスムーズな先導だったわ! 流石はメインパイロットね!』
『え、え~っ!? スムーズって、冗談ですよね? 僕、メチャクチャ操縦下手だったと思いますけど……』
『あら、そんなことないわよ? 確かに操縦は凄く
『そ、そうなんですか!?』
『ええ。平均的なDランク帯の開拓者だったら、確実に数回は転倒してるでしょうね』
シャルの言う通り、こういった凹凸の激しい場所でデウスマキナを操縦するのは高度な技術が必要となるため、転倒せずに歩行するのは実際かなり難しい。
だというのに、トールはこれまでに何度もバランスを崩していながら、一度として手を突くことすらなかった。
それがどれだけ異常なことか……、本人はまるで気付いている様子がない。
もしかしたら、それすらも演技かもしれない――と注意深く観察していたが、冷静に考えるとわざわざ俺達に疑われるメリットなどない気もする。
……わからん。謎は深まるばかりだ。
『そ、それは、単純に慣れてるだけですよ!』
『そう? じゃあ、明日は別の人に森の案内を頼んでみようかしら?』
『っ! そうしてみたら、いいんじゃないですかね? ……それじゃあ僕は村に戻りますので。帰りの案内は、いらないですよね?』
『ええ、大丈夫よ! 本当、助かったわ!』
シャルがそう返すと、トールはそそくさと来た方向へと引き返していった。
今度はちゃっかり転倒もしていたが、今さらやっても遅すぎるだろう……
「で、シャル、どうだ?」
『どうって?』
「トールの動きだ。どうせマーキングしてるんだろう?」
『フフン、まあね♪』
昨晩話し合った結果、やはりトールとそのデウスマキナである【土蜘蛛】が怪しいということで俺達の意見は一致した。
理由は単純で、トールにしても【土蜘蛛】にしても、こんな辺鄙な村に存在すること自体おかしいレベルの逸材だからである。
実のところ、こういった小さな村や集落がデウスマキナを所有すること自体は、特段珍しいことでもない。
一機あれば運搬や護衛など様々な分野に活躍してくれるので、過酷な地域では住民の共有資産として導入されることが多いからだ。
イメージとしては、家族で使いまわせる自家用車が近いかもしれない。
車もデウスマキナも高価ではあるが、住民全員から資金を
それに、デウスマキナは初期コストこそかかるものの、燃料費がほぼいらないため、定期的な維持コスト自体はあまりかからないというのもポイントだ。
もちろん長期的に見れば維持コストはそれなりにかかるのだが、開拓者のようにメインの仕事道具にするワケではないので、メンテナンスに力を入れる必要もないのである。
そのうえ、最悪故障してもエーテリウムさえ無事であれば業者が高値で買い取ってくれるため、リスク自体も少ない。
あとは誰かが操縦技術され学べば、ほぼほぼ導入し得と言ってもいいのだ。
……ただ、村の共有資産としてデウスマキナを導入するのであれば、普通は型遅れの中古品が選ばれることが多い。
安価で手に入るうえに、作業用であれば型遅れであっても十分な性能を持っているからだ。
しかし、あの【土蜘蛛】というデウスマキナはどう見ても一般流通している機体ではないし、パンドラが反応したことからほぼ間違いなく神代のデウスマキナのパーツが使用されている。
……そして、デウスマキナのマニアであるシャルでも見たことがないようなパーツが多いことからも、恐らくは未確認のデウスマキナのものである可能性が高い。
そう仮定すると、先日シャルと話していた内容が一気に現実味を帯びてくる。
どこかで秘密裏に
そのパーツを用いて造られたのが【土蜘蛛】であり、巨大生物の正体なのであれば……、あの物理法則を無視した驚異的な
『……でも、今のところは何もせず、真っすぐ月下村に向かってるのよね』
「ふむ……」
わざわざ操縦が下手な演技をしていたことからも、俺達が疑っていることはトールだって百も承知だろう。
だからこそ、早い段階で仕掛けてくると想定していたのだが……
『もしかして、まだ私達のことを騙せるとでも思ってるのかしら?』
「それはないと思うが、仮にもしそうだとしたら、またあの下手糞な演技に付き合わないといけないことになるな……」
『それは勘弁ね~。今となっては、アイツの動き違和感だらけに見えるもの! さっきスっ転んだのだって、逆に嫌味に感じたわ!」
違和感というものは、一度気付いてしまうとどんどんと大きくなっていくものである。
シャルも最初こそ気付かなかったものの、気付いた今となってはさぞ気持ち悪いことだろう。
実際、先ほどの転倒については……、正直俺も少しカチンと来た。
……受け身の音まで最小限に抑えるなど、はっきり言って神業の領域だ。
「それを可能とするデウスマキナの性能も大したものだが、あの操縦技術ははっきり言って異常だ。何故あんな奴が、こんな辺鄙なところにいるんだ……」
『マリウスにそこまで言わせるなんて相当ね……。ただ、私はそれで少し気になることができたわ」
「気になること?」
『ええ、だっておかしいじゃない? これだけ怪しいのに、これまで誰も疑わなかったと思う?」
「……確かに、そうだな」
ビルの話では、この依頼を受けた中にはAランクの開拓者も含まれていたハズだ。
その開拓者にシャルほどの知識があるかはわからないが、実力者であることは間違いないだろう。
それが数日村に滞在して、何の疑念も抱かなかったとは到底思えない。
だというのに未だ巨大生物の正体がわかっていないということは、確信を得られなかった理由があるということだ。
『そもそも、【土蜘蛛】って名前も大概よね? こんなの疑うなって言う方が――』
『マリウス、前方から何か来ます』
シャルの言葉に割り込むように、パンドラが反応を示す。
「っ!? シャル、【土蜘蛛】の反応はどうなってる」
『……既に村に着いてるわ』
それはつまり、前方から来る何かは【土蜘蛛】ではないということになる。
俺達の予測は、完全に