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第54話 トールは一体何者なのか……?



 結局昨晩は、シャルが電池切れしたように寝落ちしたため途中でお開きとなった。

 シャルは悔しがっていたが、俺としては十分な睡眠時間が確保てきたため正直助かったと思っている。

 まあ、重要な内容は話し終えていたし、最後は半ば雑談になりつつあったので問題無いだろう。



「……で、マリウスから見てどう思う?」


「この土地に慣れているという条件を抜きにしても、優秀だな」



 シャルが意見を求めてきたのは、現在俺達の案内役を務めているトールについてだ。

 木々の生い茂る森でデウスマキナを操縦するにはそれなりの技術が必要だが、今のところトールの操縦には乱れがない。

 その点は現地人であれば慣れているというのもあるだろうが、それだけでは身につかない技術というのもある。



「そう? さっきから無駄な動きが多く見えるけど」


「あれは恐らく、俺達の目をあざむこうとしているんだろう。……しかし、あまりにもワザとらしい。あの程度の演技では素人しか騙されないぞ」


「……へぇ? 素人で悪かったわねぇ?」


「っ! すまん、言い方が悪かった」



 しまった……

 俺はもう軍人ではないというのに、つい軍人目線で意見してしまった。


 専門職がプロ意識を持つのは良いことだと思っているが、それゆえに一般人と同一視されることを嫌う傾向にある。

 そしてこのプロ意識というものは、引退したり退役してもしばらくは抜けないものだ。


 言い訳になってしまうが、要するに今のは開拓者としての見解ではなく、元軍人としての見解だったのである。

 しかし、それを説明せずに今のような言い回しをすれば、相手の受け取り方次第では見下されたと誤解されてもおかしくはない。

 特に、シャルのような開拓者としてプロ意識のある者からすれば、素人扱いなどされれば憤慨せずにはいられないだろう。



「……あの男の操縦技術は特殊過ぎて、普通の開拓者が身に付けられるものではない。俺は元軍人であり、そういった技術について素人ではないからこそ、騙されないと言いたかったんだ」


「フフッ♪ わかってるわよ! ちょっとからかっただけ! でも、それってつまりソッチ寄りの技術ってことでしょ? トールは軍人ってこと?」



 シャルは察したうえで冗談混じりに処理してくれたが、本来であれば年長者である俺の方が注意すべきことだ。

 情けない話だが、シャルと話していると本当にどっちが年長なのかわからなくなる。



「……正直、それはわからない。ただ、あの手の技術は本来隠密行動向けの技術だ。そんな技術、純粋な開拓者であれば修得する必要はないだろう?」


「う~ん……、技術なんてどこで役に立つかわからないし、私としては必要ない技術なんてないと思っているけど、まあ少なくとも開拓者に必須なスキルではないわね」



 シャルの言う通り、技術とは様々なものに応用が可能であるため、基本的に無駄になることはほぼない。

 とはいえ、プロを名乗れるほどの技術を修得するにはそれなりの時間が必要だし、それが特殊な技術であればあるほど、何かに応用できる範囲も狭まってくる。


 そういう意味では、デウスマキナでの隠密技術というのは、かなり特殊な技術に分類されるだろう。

 理由は単純で、そもそもデウスマキナ自体が隠密行動に不向きだからだ。


 機械は基本的に、サイズが大きくなれば大きくなるほど騒音を発するものである。

 特に乗り物の類は動作による音も大きくなるうえに、見た目的にも目立つ。

 つまり、そういった条件を全て満たすデウスマキナは、本来であれば隠密行動になど利用されないのだ。



「……隠密行動、ねぇ。確かに、よく見ると雑な動きの割には接地が異様に滑らかだわ。それも、注意して見なきゃわからないくらい自然にやってる……。一度気付くと、逆に違和感凄いわね」



 トールのデウスマキナ――【土蜘蛛】の動作は一見すると大雑把に見えるが、随所随所で非常に高度な制動が行われている。

 特に、デウスマキナの足が地面に接地する直前の制動に関しては芸術的とさえ言っていいレベルだ。

 ……正直、アレは俺にも真似できない。



「シャルには言うまでもないだろうが、物体は動作が大きければ大きいだけ制動に必要な距離やパワーが増えることになる。そして、制動距離を抑えたいのであれば当然デウスマキナ自体のパワーも重要だが、それ以上に重心移動などの技術が重要だ。だからこそ、あんな雑な動きでバランスも崩さず森を歩けるなど、普通ではあり得ない」


「……それって、マリウスにも無理ってこと?」


「練習すれば動き自体は再現は可能だろうが、長時間続けるのは難しいだろうな」



 軍人時代、俺よりも優れた操縦技術を持つ者は何人かいいたが、彼らでもトールと同じ動きを長時間継続するのは難しいだろう。

 もしできる者がいるとしたら、それは恐らく俺も知らないような軍の暗部――スパイや特殊工作員くらいだ。



「マリウスでも無理ってことは、仮に軍人だったとしても大分特殊な所属ってことね」


「少し俺を買いかぶり過ぎな気もするが、見解としては間違っていない。……ただ、軍人という可能性はかなり低いと思う」


「でしょうね。もしそうだとしたら、素人・・の私が見てわかるワケないもの」


「……なあ、実は結構怒ってるか?」


「べっつにぃ~?」



 シャルは年齢不相応に大人びているが、年齢相応な面もあるし、何より負けず嫌いだ。

 頭で理解はしていても、感情的にはやはり不満があったのだろう。



「別にフォローをするワケじゃないが、シャルは俺が見てきた開拓者の中では間違いなくトップクラスの操縦技術を持っている。だからこそ、トールのやっていることの異常性に気付けたんだと思うぞ」


「……ま、それもそうだけどね!」



 本心で納得したかどうかはわからないが、ひとまず機嫌は直してくれたようだ。

 ……実は俺が見てきた開拓者の中で最も優れた操縦技術を持っていると感じたのはビルなのだが、これは完全に余計な一言なので口に出さないでおこう。



「でも軍人じゃないのなら、一体何者なのかしら?」


「……確証はない――が、技術に対して欠けているのは意識だ。ああいうタイプは、実戦経験のない武道家なんかに多い」


「あ~! なるほどね! 言いたいことはわかるわ!」



 シャルに言うつもりはないが、俺はかつて上官に素人童貞と呼ばれていたことがある。

 当時はその意味を知らなかったが、あとで夜の店に誘われた際、同僚に概要を教えられた。


 素人童貞とは、性のプロフェッショナルである風俗嬢で童貞を卒業はしたものの、素人とは経験したことがない男を指すらしい。

 どうやら操縦技術はあるが本物の戦場を経験してない俺に対する皮肉だったようだが、当時の俺は確か10歳になったくらいだったと思う。

 ガキ相手に随分な物言いだが、あの上官も悪気はなかったようで、初めての戦場から帰還した際は笑顔で「童貞卒業おめでとう」と祝われた。


 トールを見ていると、あの頃の自分を見ているような――モヤモヤとしたもどかしさを感じてしまう。

 物凄く、ケツを引っ叩いてやりたい……



「歩法などの日常でも鍛えられる技術は、普段から意識することで若くとも熟練の領域に達することがある。しかし、その影響でクセになりやすいというデメリットもある。トールのアレはその類だと思われるが、実戦経験がないからか……、もしくはしっかりとした指導を受けていないか、とにかく周囲への意識が欠如している。技術は素晴らしいが、その意識がないせいで情報を与え過ぎだ」


「もしスパイとか工作員の類なら、その時点で失格ってことね。……もしかして、山で修行してた時代遅れの暗殺者とかかしら?」



 ……一瞬あり得るかもしれないと思ったが、デウスマキナで暗殺?

 流石にないとは思うがな……



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