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第47話 アルトゥム・サルト



 メリダ王国の中央にはアルトゥム・サルトと呼ばれる広大な森林地帯があり、そこには膨大な数の生物が生息していると言われている。

 その広大さゆえに未だ発見されていない動植物も多く存在し、生物学会からも注目されている地域なのだそうだ。



「これは……、確かに凄まじい光景だな……」


『でしょ? まあ私も直接見るのは初めてなんだけど、やっぱりナマは迫力が違うわね!』



 厳密に言えばデウスマキナのカメラ越しに見ているワケだが、それでも見上げなければ――否、見上げても全容が確認できないほどの巨木……

 それが乱立しているのだから、驚くなという方が無理な話だ。


 アルトゥム・サルトは、古い言葉で『背の高い森』という意味らしい。

 その意味の通り、この森に存在する樹木はどれもこれも規格外にデカく、その高さは平均でも100メートル近いのだそうだ。

 太さも十分にあるため、くり抜いて住処にしている部族も複数存在するのだとか……



「ただの観光であれば景色を楽しむ余裕もあるが、今からここに入るんだろう? 大丈夫なのか?」



 この森は木々のデカさのせいで光がほとんど入ってこず、薄暗いを通り越して夜のように暗い。

 いくらライトがあるからといっても、それだけで見知らぬ夜の森に入ろうとするのは自殺行為だ。



『ナビがあるから大丈夫よ』


「……俺はないぞ?」


『マリウスは私をレーダーに捉えていればいいんだから、問題無いでしょ?』


「っ! なるほどな……」



 この一年の稼ぎである程度懐は潤ったが、それでも最新の機器や装備を導入できるほど財政状況は良くなっていない。

 元々型遅れのパーツばかり使用していたこともあって、それらの整備や取り換えだけで正直手一杯だったのである。

 だから当然、世界各地のナビゲーションを可能とするような高級な情報機材は導入できていなかった。


 しかし言われてみれば、俺にとってはシャルがナビのようなものなのだし、要らぬ心配だったかもしれない。

 ……まあ、頼ってばかりで少し申し訳ない気持ちにはなるが。



『それにしても、確かにこの森で蜘蛛に襲われたら堪ったもんじゃないわね』


「だろうな」



 いくらデウスマキナでも、この視界の悪さで木の上から急襲されればタダでは済まない。

 その蜘蛛とやらが巣を張っているのは今のところ確認できていないようだが、仮に巣を張るタイプであれば厄介極まりない存在だったろう。

 ……まあ、あくまでも本当に蜘蛛であったのならば、の話だが。



『ま、私は蜘蛛だとは思ってないけどね』


「っ!? シャルもそう思うか」


『ん? もしかしてマリウスも疑ってたの?』


「ああ」


『ふーん? 何か根拠はある?』


「根拠、と言えるほど確信があるワケじゃない。ただ、少し腑に落ちないと感じただけだ」


『いいじゃない! そういう仮説や持論をぶつけ合うのが談義の醍醐味よ! どうせナビに従って進むだけなんだから、お互いの仮説をぶつけ合いましょ?』



 シャルは元々研究者気質があり、特に自然科学や考古学といった分野に精通している。

 それでいて開拓者なんかをやっているのは、性格的に研究室などに籠るタイプではなく、自分の目で見て足で調査するアクティブなタイプだからだ。

 開拓者は探検家としての側面もあるので、シャルにとっては正に天職と言えるだろう。



「……わかった。じゃあ俺の考えを説明するが、前提として俺には生物学だとか力学だとかいった小難しいことはわからない。わかるのはデウスマキナに関する知識と、その操縦経験だけだ。そのうえで俺が疑問に思ったのは、そんな巨大な虫が本当に速く動けるのか? だ」



 どんなものでも、基本的にサイズが大きくなればその分重さも増し、動かすのに必要なエネルギーは大きくなる。

 さらに言えば、その動作と重量による負荷に耐えられる強度も必要だ。

 かつて人類はその課題を越えられなかったがために、大型のロボットを実用化することができなかったと言われている。

 そして、神々の技術の結晶であるデウスマキナを手に入れて初めて、それが実現できたのだとも。


 つまりその課題は、未だ人類の科学力や技術力では実現できない領域にあるということであり、それをいくら巨大化したからといって骨のない虫が克服できるとは思えないのである。


 ビルが聞いた話では、この依頼を受けた開拓者のほとんどが巨大生物の影しか捉えられていないのだという。

 理由は色々あるようだが、共通して「素早過ぎる」と口にしているようだ。

 これはギルドにも、非常に素早い生物であることが報告されているので間違いないだろう。

 大蜘蛛という情報はAランクのベテラン開拓者が漏らした情報のようだが、映像記録も残っていない不確定な情報であることと、仮にも高ランクでありながら不甲斐ない結果となったことから、報告もせずに依頼自体をキャンセルした結果らしい。


 どの業界でもよく聞く話だが、プロ意識よりもプライドが邪魔をして逃避を選ぶ人間が一定数いる。

 結果的に恥の上塗りになることが多いのだが、そのベテラン開拓者も多分に漏れず、この件がきっかけで評判を落としてしまったようだ。



『着目点はいいわね。知ってるとは思うけど、蜘蛛には大きく分けて二種類いるわ。一つは巣を張って獲物を罠にかけるタイプで、もう一つは徘徊して獲物を狩るタイプね。素早いという情報と巣が確認されていないことから、蜘蛛だとすれば後者ってことになる……んだけど、そもそも素早い生物っていうのは基本的に軽いことと小さいことは必須条件になっているの』


「それはまあ、直感的にも想像できる。逆に言えばデカくて速い虫なんて想像できない」


『あら? でも大昔には巨大な虫もいたみたいよ?』


「む、そうのか?」


『ええ、化石では見つかっているし、ほぼ間違いなく存在はしたハズね』



 そうだったのか……

 もしかしたら一般教養なのかもしれないが、軍ではそういった雑学に近い歴史は全く習わなかった。

 兵士には必要ない知識だったのかもしれないが、歴史から学べる教訓は思いのほか多いということに最近よく気付かされている。



『まあ、昔と今じゃ環境が違うし、実際動いているのを見たワケじゃないから速く動けたかなんてわからないけどね。でも、考えてみてよ? ビル達の話じゃ10メートル近いとかなんとか言ってたけど、そんな巨体が素早く動いて何の痕跡も残さないなんてあり得ると思う?』


「……まあ難しいとは思うが、仮に大きさ以外の課題が解決できれば――」


『無理よ。たとえ中身がスッカスカであっても、その大きさなら紙だって結構な重量になる。ついでに言えば虫がそのまま巨大化したのだとしたら軽量なのもあり得ない。……ちなみに、徘徊タイプで有名なジャンピングスパイダー――通称蝿獲り蜘蛛はえとりぐものジャンプスピードがどれくらいか知ってる?』


「いや……」



 蝿獲り蜘蛛はえとりぐもについては俺の部屋にもよく出るので知っている。

 だからかなりの速度で動くのも知っているが、正確な速度がどれくらいかはわからない。



『大体秒速1000~1200メートルよ。多分ピンとこないと思うけど、そうね……、マリウスならライフル弾の速さと同じくらいって言えば伝わるかしら?』


「っ!?」



 ライフルなら実際に撃ったことがあるし、その反動や着弾までの時間もしっかりと把握している。

 確かに速いだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは……



『もちろん個体差もあるだろうけど、環境次第じゃ下手すると音速を超える可能性さえある。そんな速度を10メートルクラスの巨体が出したらどうなるかくらい想像できるでしょ?』



 実際に音速を超える戦闘機を見てきたからこそわかるが、発生する風や音、そして衝撃波の影響は本当に凄まじいものがある。

 遥か上空で発生したソニックブームでさえ地上に大きな影響を与えるのだから、それがもし地上で発生すればデウスマキナとてタダでは済まない。

 軍用機クラスの耐衝撃性能があれば平気かもしれないが、一般に流通している程度の装甲じゃ高確率でパイロットは死ぬことになるだろう。



『他にも、あの忌々しい黒い悪魔にすら追いついて捕獲する蜘蛛もいるわよ』


「黒い悪魔……? ああ、ゴ――」


『その名前は口にしないで!』


「わ、わかった」



 まあ、アレを好きな人間はあまりいないだろうが、シャルがここまで嫌うものも珍しい。

 もしかしたら、数少ない弱点の一つと言えるかもしれない。



『オホン! ちなみにあの黒い悪魔はおぞましいことに時速300キロ近くで動くらしいわ。それを捕食するイケメン蜘蛛は当然それ以上のスピードでしょうし、これもまあほぼあり得ない。……ただ、そういった物理法則やら生物の限界やらを無視できるのであれば、一応不可能ではないわ』


「それは――」


『マリウス、警戒を。何かいます』


「っ!?」



 レーダーにも熱源探知にも反応はない。

 しかし、パンドラが反応するということは普通では知覚できない何かが存在するということだろう。

 まさか、いきなり当たりを引いてしまったか……?






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