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第44話 思わぬ再会



 メリダ王国は国境自体が未踏領域になっている場合も多ため、入国経路がかなり限定されている。

 広大な堀のようなものなので、まるで天然の要塞だ。

 もしかしたら、こういった攻略の難しさも中立国として認められている一因なのかもしれない。



「……随分と賑やかだな」


「そりゃあね。なんてったって、ここには未踏領域に挑戦するガチ勢が多いから、良くも悪くも人が集まるのよ」



 俺達は開拓者として正式に入国申請を済ませ、現在は首都であるゲールの開拓者ギルドに来ている。

 ゲールの開拓者ギルドは、キャトルセゾン公国のギルドよりも明らかに賑わっていた。



「ガチ勢……、それはつまり、俺達と同じような奴等ってことか」


「……まあ、半分くらいはね」



 昨今はネットが発達したことで、わざわざギルドに直接依頼を受けに行く必要がなくなっている。

 そのため、今は基本的にどこのギルドもいているとシャルから聞いていた。

 未踏領域とは関係ない比較的難易度の低い調査依頼などであれば、受注から報告、報酬の入金まで全てリモートで行えるので、小遣い稼ぎや趣味で開拓者をやっているような連中は登録以降一度もギルドに来ないこともあるらしい。


 しかし、俺達のように未踏領域絡みの高難易度の依頼を受ける場合は審査やら資格証明など色々な手続きが必要となるため、必ずギルドに出向く必要がある。

 それはつまり、ギルドに人が集まっているということは、それだけ多くの者が未踏領域絡みの依頼を受注している本気ガチ勢――ということだ。

 この国の成り立ちから考えれば、そういったガチ勢がここに集まるのも不思議ではない。

 ……ただ、半分とはどういうことだろうか?



「なんとなく不服そうに見えるが、残りの半分に何かあるのか?」


「う~ん……、いや、不服ってほどじゃないんだけど、何となくモヤるのよね」



 モヤる……、多分だがモヤモヤするの略語と思われる。

 シャルは貴族とは思えないようなラフな口調で話すが、時折俺でも知らないような言葉を使うことがある。

 キャトルセゾン公国は基本的に大陸の共通言語を使用しているが、国特有のスラングのようなものだろうか?

 ……いや、恐らく若者言葉なのだろうな。

 俺とシャルではそこそこ歳が離れているし、これもジェネレーションギャップというヤツなのかもしれない。



「まあマリウスは知らないだろうから説明してあげるけど、開拓者の中には国のバックアップを受けている連中がいるのよ」


「……いや、それであれば知っている」


「あら意外ね? まあ、その方が話は早いけど……」



 シャルはそう言いながらも、少し残念そうな顔をしている。

 口では「仕方ないわね」などとよく言っているが、シャルは基本的に自ら説明をしたがるタイプなので少し物足りなかったのだろう。



「帝国らしい事情というやつだ。気になるなら今度聞かせてやろう」


「本当!? 是非お願いするわ!」



 好奇心の塊であるシャルは、知らないことであれば何でも知りたがる。

 それもあって、閉鎖的で情報があまり出回らない帝国の情報なんかはシャルにとってご馳走なのだそうだ。

 俺からシャルに提供できる数少ない知識であるため、時折こうしてプレゼント感覚で情報提供を行っていたりする。

 ただ、当然と言えば当然だが、軍事機密については誓約もあるし、漏れれば国家問題になりかねないため教えるつもりはない。



「とりあえず帝国の話はあとで聞くとして、簡単に説明するわね。まず、ここにいる開拓者の腕の辺りを見て欲しいんだけど、国のバックアップを受けている開拓者は契約している国家の腕章を付けることが義務付けられているの。……どう? ざっと見ただけでも結構いるでしょ?」


「……そのようだな」



 角度的に見えない者もいるが、多くの開拓者の腕に腕章が付けられているのを確認できる。

 正確な人数はわからないが、大体三分の一くらいか?



「知ってるかもしれないけど、彼らは国から金銭的バックアップを受ける代わりに、優先的に国が発行する依頼を受ける必要があるの。つまり、実質的には国の飼い犬になるってこと」


「なるほど。シャル的にはそれが気に食わないのか」


「別に、契約した開拓者自体を気に食わないとまでは思ってないわ。人それぞれ事情はあるだろうし、金銭的な理由で仕方なくってパターンもあるでしょうからね。……私の立場でそれを考慮せず不満に思うのは、傲慢だもの」


「……」



 当然だが、デウスマキナのメンテナンスや装備の更新にはそれなりのコストがかかる。

 デウスマキナ自体は庶民でもある程度貯金すれば手が出ないような値段ではないが、維持するとなるとそれなりの覚悟が必要だ。

 人によっては、高級な旧車を維持するようなものだと言われればイメージしやすいかもしれない。


 開拓者は厳密に言うと職業ではないため、大雑把に分別すると趣味のカテゴリに属する。

 そして、趣味として見るのであればかなり金のかかる趣味となるため、庶民が開拓者になろうと思えばそれなりの覚悟が必要だ。

 それもあって、趣味で開拓者をやっている者のほとんどはメインの仕事でデウスマキナを使用している、副業や出稼ぎなど小遣い稼ぎを目的とした所謂いわゆる兼業開拓者が非常に多い。


 そこから開拓者だけで食っていけるよう専業を目指す者もいるが、趣味を食い扶持にするには運や実力、財力といった要素が不可欠となる。

 この辺はスポーツやアーティストにおけるプロ制度と大体一緒だ。


 つまり、運も実力も財力もない者がそれでも業界にしがみつきたいという場合、なんらかの外的支援が必要となる。

 ……その一つが、国の飼い犬になるという道なのだろう。


 確かに、そういった者達を富裕層である貴族のシャルがさげずむのは傲慢に見えるだろう。

 しかし、俺の感覚としてはそもそも貴族とは傲慢なものだ。

 ……その点、やはりシャルは貴族としてはかなりの変わり者だと言える。



「ちょっと、何ニヤニヤしてるのよ!」


「いや、シャルらしいと思ってな」


「何よ私らしいって……。もしかして、アタシのことバカにしてる?」


「その逆だ。俺としてはむしろ好ましいと思っている」


「っ!? こ、好ましい!?」


「もちろん、人としてという意味だぞ」


「……マリウス、アンタもしかして、エリザから悪い影響受けてない?」


「っ!?」



 そんなことはない! と言いたいところだが、絶対に違うと否定できる根拠は何もない。

 もし仮に、本当にエリザの影響を受けているのだとしたら……、最悪だ……



「いや、そんなショック受けなくても……。と、とりあえず話を戻すけど、私は国家契約者全体に対してじゃなくて、そのシステム自体に不満があるの」


「……というと?」



 色々とショックではあったが、ひとまずそれは飲み込んで声を絞り出す。



「そもそも開拓者ギルドは民間組織でしょ? 法の穴を突くようなやり方は正直気に食わないわ」


「それは確かに俺も問題と思っていた」



 開拓者ギルドは、未踏領域の攻略や踏破を主目的として生まれた民間組織である。

 開拓者はその性質上国を跨いで世界各地への移動が必須となるため、国家機関にしてしまうと最悪の場合国際問題に発展してしまう可能性があるのだ。


 国家機関にするのであれば、国際問題とならないよう国家間の移動に手続きや契約、条約といった様々な調整が必要となるため、多大な時間とコストを要することになる。

 そして、そこまでしても国際問題に発展した事例が過去――開拓者ギルドの前身である冒険者ギルド時代に発生したため、開拓者ギルドは国家機関に組み込まないという条約がほぼ全ての国で結ばれたのだそうだ。



「表向きには開拓者の支援制度だけど、やってることはただの専属契約だからね!?」



 一応だが、機密に関わるような地域や施設への立ち入りが禁止されていたり、出入国の際は映像データなどを含む持ち物検査が必須など制約はあるが、抜け道がないワケではない。

 たとえば映像記憶能力や完全記憶能力を持つ者であれば、情報の持ち出し自体は可能となる。

 今の発達した技術でも人の記憶を覗いたり干渉することは不可能なので、検査などでその出入国を防ぐことは難しい。

 まあ、そういった能力を持つ人材は何らかの発達障害を抱えていることが多いため、完全に見抜けないということもないかもしれないが……



「そして何より気に食わないのが契約金の額よ! ねえ、平均いくらくらいだと思う!?」


「わからんが、察するにもしかして高額なのか?」


「約1000万ダラーよ」


「なんだと!?」



 1000万ダラーといえば、『ルーキーズカップ』の賞金総額に等しい金額だ。

 総額なので、仮に『ルーキーズカップ』で1位を取れたとしてもその額には遠く及ばない。

 誓約があるため不可能ではあるが、もし亡命直後の俺が誘われていたら揺らぎかねなかったレベルである。



「もちろん契約できるのはB級以上とか色々条件はあるけど、破格の契約金でしょ? 年間契約でこれだから、はっきり言って貴族だって釣られかねない金額だわ……。あともう一つ許せないのが、純粋に未踏領域攻略を目指していた優秀な開拓者まで拝金主義者になりかねないことよ!」



 拝金主義――、確か金銭を無上のものとして崇拝することだったか。

 つまり、純粋な開拓者が高額な契約金により信念や主義を歪められ、守銭奴や金の亡者になってしまうというということだろう。

 確かにそれは少し……いや、かなり印象が悪い。



「やり方が汚いと思わない!? 優秀な開拓者がみんなビルみたいなヤツになったら、もう最悪――」


「おいおい、そいつは聞き捨てならねぇぜ? ブリエンヌのお嬢様」



 シャルの悪態に割り込むように背後から声がかかる。

 振り返るとそこには、かつて『ルーキーズカップ』で俺達の前に立ちはだかった男――ビル・ロドリゲスが立っていた。






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