エリザはタブレットを操作し、何かを確認しながら口を開く。
「マリウス・グリューネヴァルトさん、年齢は22歳で出身はレムス帝国。デウスマキナの操縦歴は10年以上……ですか。元軍人とはいえ、この若さでこの操縦歴は中々凄いですね。帝国の徴兵制度では18歳から兵役を課せられると記憶していますが、軍に所属する前は一体どんな仕事をなされてたのですか?」
「……今時、デウスマキナの仕事なんていくらでもあるからな。ガキの頃からその手のアルバイトをしていただけだ」
恐らくエリザの見ているタブレットには俺の個人情報が表示されているのだろうが、それはあくまでも俺が自己申告で提出した履歴書の情報のみであるらしく、細かな経歴や職歴などの詳細な情報は記載されていないらしい。
一応表向きには、俺が元帝国空軍中尉だという情報は伏せられている。
……まあ、ビルには威圧の意味も込めて名乗ってしまったが。
ただ、元々偽名を名乗っているワケではないので、軍事方面から調べれば俺の階級については調べること自体は可能なハズだ。
もしギルドが本気で俺の身辺調査を行っていたのであれば、エリザが尋ねるまでもなく俺が
つまり、開拓者ギルドはそこまで開拓者個人の経歴調査は行っていないということだ。
開拓者ギルドが掲げている方針には、『開拓者としての素質さえあれば、仮に元犯罪者であっても構わない』と記載されているので、過去の詮索はしませんよという意味もあるのかもしれない。
そういう意味ではエリザの質問はマナー違反と言えるが、これは恐らく単純に個人的興味だったのだと思われる。
その証拠に、彼女は自分が面接官であることを忘れたかのように目を輝かせていた。
「アルバイト、ですか。帝国では、そんなに子どもの頃からデウスマキナの操縦をさせてくれる仕事があるんですね?」
「……自前で所持していれば、な。偶然俺の家にはデウスマキナがあったというだけの話だ。そういう意味では、シャルだって似たようなものだろう?」
帝国には年齢による雇用の制限はないため、子どもでもアルバイトなどの仕事は可能だ。
ただし子どもの場合、デウスマキナで仕事をするには自前で用意するのが必須とされていた。
理由は単純で、子どもがデウスマキナを操縦する場合、コックピットを専用にチューニングする必要があるためである。
デウスマキナが必須となる職場であれば当然作業用のデウスマキナが用意されているものだが、流石に子ども向けにチューニングしたものを用意している職場は少ない。
そもそも子どもがデウスマキナの乗ること自体がレアなケースなので、ほとんどの場合用意するだけ無駄になるからだ。
わざわざそんなものを用意しているのは……、せいぜい軍や傭兵といった子どもを使い捨てるような組織くらいだろう。
それを理解しているからこそ、エリザはどこか含みのあるような尋ね方をしてきたのだと思われる。
……頭の回転が速く、中々油断できない女だ。
「シャルさんは貴族ですから特別ですよ♪ でも、そうなるとマリウスさんも…………ってあれ? ちょっと待ってください。グリューネヴァルトってもしかして、マリウスさんのお父様って――」
「コンラート・グリューネヴァルトだ。それなりに有名な開拓者だったらしいから、聞いたことくらいは――」
「あるに決まってます! コンラートと言えばたった5年、しかも17歳という若さでAランクとなった当時のスーパールーキーですよ!? 若手の開拓者にとっては目標であり、憧れでもある超有名人ですからね!?」
「そ、そうだったのか……」
親父がある程度有名な開拓者であったことはシャルから聞いているが、そこまで大騒ぎするような有名人とは思っていなかったので、エリザの食い気味の反応に少し困惑する。
親父については一応自分でも開拓者ギルドのデータベースで確認はしてみたものの、帝国所属のAランク開拓者だったという情報以外は記載されていなかった。
だから正直、有名な理由は帝国所属としては珍しいAランクだから――程度の認識だったのだ。
開拓者としての知識を
さらに、実際に自分も開拓者になったことで、Aランクになるというのがどれだけ厳しい
しかし、いくらAランクの開拓者が稀有な存在だとしても、世界的に見れば100人近くは現役で活躍しているような状況だ。
さらに言えば、現役を退いた中には名誉称号としてAAランクを与えられている者も存在している。
そんな背景もあったため、20年以上も前に活動を休止したAランク開拓者など普通誰も知らないだろうと思っていたのだ。
シャルのような開拓者マニアであれば話は別だが……
「先程の口ぶりから察するに、もしやマリウスさんはお父上が開拓者だったことを知らなかったのですか?」
「……まあな。俺が生まれた頃、親父は既に開拓者として活動していなかったし、基本的に無口であまり自分のことを語るようなタイプじゃなかった」
親父は無難に表現するなら寡黙な男だが、実際はただ単にコミュニケーション能力が不足していただけだと思っている。
その証拠に、本当は好奇心旺盛でやや熱い性格をしているというのに、周囲からは冷酷で付き合いにくい人間と誤解されていた。
「成程……、確かに雑誌で紹介されている人物像と一致はしていますね。しかし、正直残念です。偉大なる父の背を追って開拓者を目指したというストーリーであれば、文句なしに太鼓判を押せたのですが……」
「……おい、面接官がそれでいいのか?」
「マリウスさんの開拓者としての実力に関しては実績を見れば想像が付きますし、何よりシャルさんがパートナーと認めているのですから、最初から心配はしていませんよ?」
「……その言い方だと、アンタはシャルのことをちゃんと認めているんだな」
「もちろんです。彼女に対する世間的評価の低さは、ただの
シャルは性別や年齢、そして貴族という家柄のせいで不当に実力を評価されがちだ。
からかい半分ではあったがビル達にも舐められている気配があったし、依頼者から胡散臭い目で見られることも多かった。
しかし、これだけマイナスに見られる要素が多ければ、当然と言えば当然の評価と言えるだろう。
実際俺も最初はシャルの実力を侮っていたので、それについては大いに共感できてしまう。
だからこそ、このエリザという女性は見る目があるな――と、身内目線で少し感心してしまった。
「シャルの実力を正当に評価してくれるのは、チームメイトとして嬉しい限りだ。しかしそうなると、この面接は俺の内面を見るのが目的ということか?」
「その通りです♪ よりハッキリ言ってしまえば、私のお眼鏡にかなうかどうかが一番重要ということですね。……さあマリウスさん、私を満足させるアナタのストーリーを、私に聞かせてください♪」
……どうやらこのエリザという女性、見た目からは想像できないが、かなり面倒くさい中身をしているようだ。