【パンドラ】により遠隔操作された【アトラス】は、無事城まで到着した。
途中、一応【フローガ】の胴体も回収している。
『裏側に回り込みます』
どうやって【アトラス】を地下まで運ぶのかと思ったが、城の裏側にデウスマキナ用の発着口があるらしい。
【パンドラ】を運び込めているのだからあって当然なのだが、あの地下室にはそれらしい入口は見当たらなかった。
地下にはまだ別の部屋ががあるということだろう。
『ここですが、扉の開閉機能は使えません。こじ開けるのでアナタは一旦降りてください』
「わかった」
薄汚れていてよくわからなくなっているが、確かに扉のようなものがある。
城の正面と裏側では高低差があるのか、どうやらここから地下に繋がっているようだ。
【アトラス】から降りると、衝撃に備えて距離を取る。
マニピュレーターは操作できないようなので、仕掛けるのは純粋な体当たりだろう。
予測通り【アトラス】が体当たりを仕掛けるが、扉は破壊されずそのまま残った。
衝撃で表面にこべり付いていた汚れが落ち、先程よりもしっかりと扉のデザインが見える。
恐らく、城内にあった地下室の扉と同じ素材でできているのだろう。
2000年以上経っているにも関わらず、あまり劣化しているようには見えない。
【アトラス】が二回目の体当たりを仕掛ける。
今度は扉が軋み、隙間ができた。
扉自体はほとんど壊れていないが、それを支える淵の部分が崩れ始めている。
一瞬、地下ごと崩れるのではないかと思ったが、よく考えれば【アトラス】の出力なら本当に崩れていてもおかしくない。
つまり【パンドラ】は、それも計算して加減をしているのだろう。
……もう驚きはしないが。
四回目の体当たりで扉が外れ、中に入ることに成功する。
やはりほとんど風化したり朽ちていたが、広さから考えればここがデウスマキナの保管場所だったことはわかる。
残念ながらもぬけの殻だが、何か使えるものが残っている可能性はある。
ここはあとで探索するとしよう。
『奥にある隠し扉が、私の本体のある研究室に繋がっています』
隠し扉……
それで昨日は奥行があることに気づかなかったのか。
再び【アトラス】に乗り、隠し扉とやらの前に来たが、どう見てもただの壁にしか見えない。
一体どうやって開けるのだろうか。
『偽装を解除します』
【パンドラ】がそう言うと同時に、目の前の壁が一瞬透過し、ドロドロと溶けていく。
『これが現在私に残されている数少ない固有兵装の一つ、流動可変式
そう説明する【パンドラ】の口調は、心なしか得意げに聞こえた。
やはり、どう考えても感情があるようにしか思えない。
……いや、それはもういいとして、今見た光景に驚きを隠せない。
流動、可変式、装甲と言ったか?
言葉の意味を一つ一つ確かめ、今見たモノから判断するに、液体金属のようなものだろうか……
しかもコイツは、形状変化と外観偽装の特性を持つと言った。
それはつまり、自在に形状を変化させられ、外観も思うままに変えられるということなのだろう。
正直信じ難いが、実際に隠し扉として機能していたのを見ている以上、疑う余地はない。
「神代のデウスマキナとは、これ程のものなのか……」
いや、世界に1000以上発見されている未踏領域の各特性を考えれば、この程度は驚くようなことではないのかもしれない。
しかしそれでも、俺は自分の中の常識が崩れるのを感じざるを得なかった。
『私が完全な姿であれば、アナタは腰を抜かしていたでしょう』
俺の反応に、【パンドラ】は気分を良くしたようだ。
意外に、単純で扱いやすいヤツなのか?
『さて、もうじきマリアが目覚めます。本格的な作業はあとにして、まずは衣服と水の準備を』
「……わかった」
いよいよか……
2000年前の人間との対話となると、流石に少し緊張する。
しかも相手は皇族の人間。
俺なんかとまともな会話ができるのだろうか……
◇
【パンドラ】のコックピットが開かれ、少女が姿を現す。
先日見た青白い光はもうなく、血色も良い。
……美しい少女だ。
長く柔らかそうな銀髪は、とても2000年の時を超えたとは思えないほど美しい光沢を放っている。
華奢でありながら肉付きも悪くなく、引き締まった体型は現代のアスリートと比較しても遜色ない。
それでいて着ている服は皇族らしい豪奢なドレスであり、妙なちぐはぐさを感じさせる。
幼さの残る顔は無邪気な少女のようでありながら、隠せない気品を放っていた。
「歳は16と言っていたな」
『はい。正確な年齢はそれに約2000を追加したものになりますが』
コールドスリープ中はほとんど成長をしないらしいが、2000年も経てば肉体年齢的には1歳程成長しているそうだ。
つまり、俺との年齢差はほとんどないということである。
それを自分の膝上、もしくは股の間に座らせると思うと、改めて憂鬱な気分になる。
「ん……」
少女――マリアの目がゆっくりと開く。
「…………」
それと同時に、真っ先に目が合ってしまった。
目覚めた瞬間、見知らぬ男が目の前にいたら、普通の少女はどう思うだろうか?
まず間違いなく、悲鳴を上げられるだろう。
迂闊だった。せめて、はっきり目覚めるまでは視界の外にいるべきであった。
「あ……」
マリアの唇が震えるように動く。
病気などで長い眠りについていた者は目覚めてすぐは声が出ないというが、マリアの口からは美しい声が紡がれた。
これも神代の技術によるコールドスリープの性能によるものだとすれば、現代医学に流用できればどれだけの恩恵があるか。
「……今は、私が眠りについてから、何年後になるのでしょうか」
『おはようございますマリア。アナタが眠りについてから、約2000年の時が過ぎています』
「2000年、ですか……。途方もない
マリアは独り言のようにそう呟き、目を伏せる。
彼女の表情からは、計り知れない思いのようなものを感じ取れた。
2000年という時間は、あまりにも長い年月だ。
目覚めたら2000年後だったなど、もし俺だったら呆けていてもおかしくはないと思う。
それなのにマリアは、動揺することもなく、酷く落ち着いているように見える。
その落ち着きぶりは、正直とても同い年の少女とは思えない。
どうやら見た目に反して、かなり強いメンタルを持っているようだ。
「【パンドラ】、私が目覚めたということは、「狂乱」が沈静化されたということですか? それとも……」
『残念ながら依然として「狂乱」は健在です。アナタが目覚めたのは、我々にとっての『希望』が現れたからです』
「……やはり、そうですか」
そう言いながら、マリアの視線が俺に向けられる。
「目覚めた瞬間、貴方と目が合いましたね。そのときに悟ってはいたのですが、どうしても確認しておきたかったのです。大変、失礼いたしました」
マリアは深々と頭を下げてくる。
皇族が頭を下げるという状況に、俺は内心でかなり動揺した。
「い、いや、俺――私の方こそ、無礼を」
「構いません。今の私は、もう皇族とは言えませんので、そう
そう言われても、相手が皇族だと思うとどうしても気が引けてしまう。
帝国民にとって、皇族は絶対的存在だ。
たとえそれが
「「狂乱」を乗り越えた勇者殿」
「……私は勇者などではありません。ただの開拓者です」
開拓者は勇気がなくてはできない面もあるので、勇気ある者という意味では間違っていないかもしれないが、それよりも好奇心や野心が強い者がなる職業だ。勇者とは呼べないだろう。
「開拓者……、知らない言葉ですね。……それでは、お名前を教えていただけますか?」
「私の名は、コンラート・グリューネヴァルトと申します」
「グリューネヴァルト……」
俺の名を聞くと、マリアは何かを考えこむような表情になる。
聞き覚えがあったということだろうか?
しかし、俺の一族は皇族や貴族とは何の関係もない庶民だ。
皇族が思い当たるようなネームバリューではない。
「これも
お願い……
それはこの「狂乱」を鎮めることだろう。
俺としても生き残るために必要なことなので、願われるまでもないことだ。
「……貴方の、子種をください」
「…………は?」
このお姫様は、一体何を言い出すんだ……?