――『カプリッツィオ』北西部
厳重に張り巡らされた鉄柵を乗り越え、緩やかに着地をする。
鉄柵の内側に足を踏み入れたのは初めてだが、地盤は問題ないようだ。
デウスマキナの重量は、一般的に15tを超えるものが多い。
この機体は、帝国で広く流通している【フォティア】というシリーズの一世代前の型を独自に改造したものだが、色々とパーツを追加したことで20t以上の重量になっている。
そのため、緩い地盤だと機体の重量を支えられない可能性があったのだが、少なくともこの周辺の地盤はかなりしっかりしているらしい。
(これで少しはエーテルを節約できる)
地盤の強度についてはドローンでは精密に調査できないため、実際に入ったことのある開拓者の実績値を参考にするしかなかった。
しかし、そのデータは5年以上前のものであり、安易に信用するには不安があったのだ。
場合によっては常時飛行状態を保たなくてはならなかったので、その点は助かったと言えるだろう。
デウスマキナの動力源は
エーテルの生成は緩やかながら半永久的に行われるため、節約して稼働させれば燃料切れは発生しないが、飛行は燃費が悪いためエーテルが尽きることもある。
未踏領域内では満足な休止時間を確保できない可能性もあるため、消費エーテルの節約は重要課題の一つであった。
(……最重要課題である「狂乱」についても、今のところ問題なさそうだな)
記録では、【カプリッツィオ】に入った瞬間から精神になんらかの影響が出ると記されていた。
しかし、精神安定剤を飲んでいるとはいえ、今のところ影響はほとんど感じられない。
やはり調査通り、「狂乱」の影響が減少しているようだ。
(記録の取れた100キロメートル地点までは、何事もないことを祈りたいものだ)
【カプリッツィオ】の中心部までの距離は、およそ1000キロメートルとされている。
過去の記録では400キロメートル地点まで辿り着いたというデータが残っているが、その記録を残した開拓者はデータだけを犬型ドローンに託し、自らは帰らなかったという。
そのドローンも、回収されたとき既にAIが破綻寸前で、データが生きていたのは奇跡と言われていた。
(機器にも異常はなし、と)
現在、自動操縦でゆっくりと移動を開始しているが、機器にも不調は見られない。
「【フローガ】、異常があれば、些細なことでも即時報告しろ」
『承知いたしました』
搭載されたAI――【フローガ】には、音声入力のみ受け付けるよう設定している。
【フローガ】は最新モデルのAIであるため指示は脳波でも可能なのだが、「狂乱」の影響を受ける可能性もあるため機能自体を殺していた。
自動操縦についても今は問題ないが、100キロメートル地点を過ぎたあとは停止した方が無難だろう。
マニュアル操作が増え操縦が非常に煩雑となるが、リスクを抑えるための必要経費である。
周囲を警戒しながら進んでいると、あっという間に100キロメートル地点まで到着した。
時間としては4時間以上経過しているが、全くそんな感覚がない。
これは、現在服用している精神安定剤の影響もあるハズだ。
自動操縦を停止し、改めて周囲を見渡す。
(ドローンで回収した映像データ通りだが……)
先程までの荒野とは違い、この周辺には建物の残骸のようなものが散見する。
元々ここには都市が存在したらしいが、詳しい情報は歴史の資料にすら残っていないため不明だ。
こういった残骸を持ち帰ることも開拓者の仕事の一つだが、こんなものは既に多くの開拓者が持ち帰っているため回収するつもりはない。
映像記録でも残しておけば十分だろう。
それよりも、今は機器の状態確認が先だ。
「【フローガ】、システムを再スキャン」
『既に実行中です』
流石は最新モデルのAI。
こちらが指示するまでもなく最善の対応をしてくれる。
今回の【カプリッツィオ】攻略のために多少無理をして導入したが、正解だったようだ。
『スキャン完了しました。通信機能でエラーが発生しています』
「復旧は可能か?」
『不可能です』
【カプリッツィオ】において、真っ先に狂うと言われているのが通信機器である。
ネットワークへの接続はおろか、電話や無線などの機器も使用不可能になるため、外部との連絡は一切できなくなるのだ。
きっちり100キロメートル地点で発生したということは、ドローンでの調査が有効だったということの証明でもある。
これより先を調査させたドローンは、全て「狂乱」の餌食になったということだろう。
「【フローガ】、1分おきにシステムスキャンを実施、問題点があれば逐次報告しろ」
『承知いたしました』
操縦もマニュアルに切り替える。
本当は操作補助機能も停止させるべきなのだろうが、それをすると操縦者の負担がさらに大きくなる。
停止させるのは、可能な限り中心部に近づいてからにすべきだ。
(――ここからが本番だ。本腰を入れていくぞ)