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第16話 長き夜の終わり



 横殴りに叩きつけられる暴風。

 その影響を一切受けず、黒い機影は現れた。



『ギィィィィィィィィッッ!?』


「やはり完全に狂ってやがるな……。なら、遠慮はしねぇぞ!!!」



 吹き付ける横風を強引に突っ切り、機影へと肉薄する。



『ちょ!? この風の中で、嘘でしょ!?』



 お嬢が驚くのも無理はない。

 アーマーを解除パージし、真の姿となった【パンドラ】は、そのシルエットの変化通り一般的なデウスマキナと同程度には軽くなっている。

 普通であれば、こんな竜巻に巻き込まれたような状況下で、まともに動くことなどできるハズもない。

 にも関わらずその中を平気で突っ切る姿は、お嬢から見れば異様な光景に見えるだろう。



「オラァッ!!!」



 俺はそのままマニピュレータを操作し拳を突き出す。

 黒い機影はそれを構わず受けようと動くが、突如その動きを止め後ろに飛び退る。



「狂っていても防衛機構は反応するってか? 喰らってくれれば、あっさり決着ケリがついたんだがなぁ……」


『ギギギギギッ……、ギギギギギィッ』


「見えたか? 【パンドラ】」


『ええ、あれは【カイキアス】……、下位のアネモイですね。【マプサウラ】や上位のアネモイ達であれば危なかったですが、アレならばなんとかなるでしょう』


「【ティフォン】の末端か……。なら流石にこっちが格上だな」


『私が完全ならば、ですがね』


『ギィィィィィィアァァァァッッッ!?』



 俺達の会話が聞こえているハズはないのだが、まるでそれを挑発と受け取ったかのような反応を示す【カイキアス】。

 心なしか、吹き荒れる暴風も勢いを増したように感じる。



『【カイキアス】ですって!?』


「ん? なんだ知ってるのかお嬢?」


『ハァ!? 【カイキアス】って、発見されていない【ティフォン】の風の1つじゃない!? 知らないワケないでしょ!?』


「へぇ? そうだったのか。なら、世紀の大発見ってヤツだなぁ?」



 最強にして最大とされた神話上のデウスマキナ【ティフォン】が、自らの能力で創造したとされる眷属たち。

 デウスマキナがデウスマキナを生むというあり得ない伝承、それが今なお信じられているのは、実際にその眷属の存在が確認されているからである。

 特に有名なのが【オルトロス】、【ラードーン】であり、これらのデウスマキナの発見は、現在のデウスマキナの技術に大きく貢献したと言われている。



『そうだけど――、ってさっきからアンタ、なんか性格変わってない?』


「ん? ああ、これは最初に取り込んだ【アテ】の影響らしい。浄化自体は済んでいるんだが、コイツの初陣だったこともあって少し処理が甘かったらしくてな……。制限を完全に解除すると、俺の性格に少しに影響が出るんだよ』


『と、取り込んだぁ!? ちょっとソレってどういう――、いや、それは兎も角として、それって大丈夫なの!?』


「ああ、少しテンションが上がるだけだよ――っと!」



 お嬢の問いに答えながら、【カイキアス】の攻撃を受け止める。

 戦法も何もない、純粋な突撃。

 防ぐのは容易いが、狂ったデウスマキナの魔導融合炉リアクターは暴走状態にあり、限界を超えるエネルギーを出力し続けているため、完全には押さえきれない。

 純粋な魔導融合炉リアクターの性能であればコチラに分があるハズなのだが、残念ながら力負けしている。



「チィッ! 出鱈目なパワーだな!」



 【カイキアス】は、【ティフォン】の眷属という、神代のデウスマキナの中でも下位の存在である。

 しかしそれでも、大洪水を乗り越え、数千年の時を経てなお、これ程の規模で嵐を引き起こしていることを考えれば、間違いなく強力なデウスマキナと言えるだろう。

 まともにやりあえば、不完全な状態の【パンドラ】では太刀打ちできない。



『ギィィィィィィィィィィィィィィィィィッッ!!!!!』


「うるせぇ!!! 【パンドラ】! ウーヌスは本当に機能しているのか!?」


『しています。ですが、この状態ではほぼ無意味のようです。元々は狂気を司る力なのですから、当然と言えば当然ですが……』


「相変わらず使えねぇなクソ!」



 かつて国を亡ぼすほどの厄災を招いた【アテ】の力は、今では精神高揚の効果くらいしかない微妙な力になってしまっていた。

 厄災の凄まじさを母から聞いていた俺にとっては、なんとも複雑な気分である。



『っ!? 【カイキアス】頭部に高熱源感知! 回避を!』


「んなこと言われても、この状況でできるか!」



 こちらは現在【カイキアス】の突進を受け止めている状態だ。

 完全に密着状態だし、踏ん張ってなんとか耐えている状態なので回避などできるハズもない。

 ついでに言えば、この状態では『分解』を使うにもリスクがある。


 ……しかし、それでも何とかしなければマズいことだけは肌で感じていた。



「クッ……、この距離じゃ自分もやべぇだろうに……、よぉっっ!!!」



 踏ん張っていた脚部を軸に、【カイキアス】の突進を横にずらす。



『ギィッ!?』



 押し返す力が無くなり、前のめりになる【カイキアス】。

 その後頭部をマニピュレータで掴み、脚部を引っかけて無理やり地面に向けて押し込む。

【カイキアス】は抵抗を試みたが、自身の突進でついた勢いと俺の後押しで踏ん張りが効かず、そのまま地面に倒れ伏した。

 それと同時に、【カイキアス】の頭部から地面に向かって高出力のエネルギーが放たれる。



「うおぉぉぉぉぉっ!?」


『キャアァァァァァァ!?』



 エネルギーの塊が地面に着弾し、凄まじい衝撃波を発生させる。

 その威力は凄まじく、周囲の暴風を散らし、『アイギス』に守られたお嬢にすら衝撃を与えたようだ。



「なんという馬鹿げた威力……」



 衝撃波に吹き飛ばされ、地面に落下した俺は、すぐに機体の動作確認を行う。

 ……あちこち悲鳴を上げているが、動作は問題ないようだ。

 脅威となる暴風も散らされたため、容易に立ち上がることができる。



「【パンドラ】、状況は?」


『ウーヌスは停止、ドゥオもほとんど機能していません。エーテル(エネルギー)も今の衝撃を防ぐのに、ほとんど使ってしまいました』


「最悪、だな。しかし、あれごどの衝撃であれば奴自身もただでは済むまい……」



 暴風が消え、開けた視界には、【カイキアス】の姿がしっかりと映し出されている。

 頭部は吹き飛び、全身にヒビの入った姿は、最早動くことなど不可能のように見えた。


 しかし、そんな状態でも、【カイキアス】は立ち上がってきた。



「……頑丈なやつだな」


『感心している場合じゃないでしょ!? どうすんのよ!?』



 無事だったらしいお嬢の叫びが、通信から聞こえてくる。

 通信機能が壊れなかったのは不幸中の幸いだ。

 大分予定は狂ったが、どうやら状況だけは整ったらしい。



「……お嬢、これから俺が【カイキアス】を押さえ込む。お嬢がとどめを刺してくれ」


『とどめって……、無茶言わないでよ!? 【シャトー】にオリジナルのデウスマキナを倒す武装なんて……』


「あるだろ? ご自慢の掘削機構スペシャルウェポンが」


『それって……』



 お嬢が自慢げに語っていた、オリジナル・・・・・のデウスマキナを原料とした特注品。

 アレであれば、たとえオリジナルのデウスマキナの装甲であろうも、貫くことが可能なハズだ。

 風が少しずつ戻り始めているが、この程度であれば【シャトー】でも問題無く動けるだろう。



「……お嬢、悪いがもうエーテル(エネルギー)に余裕がない。行くぞ!」



 残り僅かなエーテル(エネルギー)を放出し、一気に【カイキアス】に近付く。

 【カイキアス】は反応したが、明らかに動きが鈍くなっている。


 俺はそのまま背後に回り込み、羽交い絞めにするように拘束する。



「やれ! お嬢! コイツの腹部に、その赤の螺旋トゥワ・ルージュとやらをぶち込んでやれ! 魔導融合炉リアクターを打ち抜けば、コイツは止まる!」



『で、でも……』


「いいからやれ! シャル・・・!!!」


『っっ!? わ、わかったわよ!!!!』



【シャトー】が立ち上がり、肩部の円錐が唸りを上げる。



『しっかり押さえておきなさいよ、マリウス!!!!』


「任せろ……、外すなよ、シャル!!!」



【シャトー】が勢いよく突っ込んでくる。

【カイキアス】の防衛機構が危機を察したのか、激しく抵抗を始めた。

 ――が、逃がすつもりはない。



『ハァァァァッ! 貫けぇ! 赤の螺旋トゥワ・ルージュ!!!』



 裂帛れっぱくの叫びと共に放たれた赤い螺旋が、【カイキアス】の腹部に突き刺さる。

 それは凄まじい勢いで【カイキアス】の装甲を抉り、内部の魔導融合炉リアクターまで一気に到達した。



『ギィィィアィアァァァィィィィィィッ!!!!!????』



 【カイキアス】が断末魔のような叫び声をあげる。

 激しく痙攣するように藻掻き、逃げ出そうとするが、全エーテル(エネルギー)を使用しそれを阻止する。



『さっさと――っ、落ちなさい!!!』



 【シャトー】の赤の螺旋トゥワ・ルージュが、さらに奥へ押し込まれる。


 ……そして【カイキアス】は、最後に大きく四肢を広げたあと、その動きを完全に停止させた。









『……終わった、の?』


「【パンドラ】、どうだ?」


『【カイキアス】の魔導融合炉リアクターは完全に停止しました。マリウス、そしてシャルロット様、我々の勝利です』



 その言葉を聞いたお嬢が、全身の力が抜けたようなだらしない声を漏らす。

 俺も大きくため息をつき、周囲を確認する。


 ――暴風が完全に消え去り、開けた視界に映し出されたのは美しい太陽の光。

 それは砂嵐吹き荒ぶ『サンドストームマウンテン』の上層部に、数千年ぶりの朝日が降り注いだ瞬間あった。





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