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第13話 【ボックスワン】 VS 【ガングリフィン】



 俺はブースター(加速装置)を使わず、ゆっくりとビルの機体に近付く。

 ビルの狙いが俺達の足止めなのであれば、必ず俺を止めに来る。

 つまり、俺からブースターを噴かす必要は無い。



『なんだぁ? 腰を据えてやりましょうってか? まあその鈍重な機体じゃ、それしかねぇだろうが……。いいぜ、付き合ってやるよ!』



 そう言ってビルの機体が構えを取る。

 腰を低くし、両手を前に構えた前傾姿勢……

 レスリングなどに見られる構えである。


 一般的なデウスマキナの乗り手は、デウスマキナ同士での戦闘など体験したことがないだろうが、どうやらこのビルはそうではないらしい。

 機体のバランスが重要となるデウスマキナ同士の格闘戦は、重心を低く保つことが不可欠となる。

 少なくとも、この男はそれがわかっている。



「中々堂に入った構えだ。ロボレスの経験でもあるのか?」


『多少、な!』



 ビルはそのままの姿勢でタックル気味に突っ込んでくる。

 タックルはロボットレスリングと呼ばれる競技において、最もポピュラーな技だ。

 デウスマキナも基本二足歩行であることから、人間同様下半身に対する攻撃は非常に効果的である。

 特にデウスマキナの場合、一度倒されると寝技の技術なども使えないし、一方的な展開になることが多い。


 つまり、これを食らうのは得策でなく、事前に潰すのがセオリーだ。

 タックルは低く入る必要があるため、上を取ること自体は容易。

 上手く足を退き、上体を被せることができれば、デウスマキナの重量とバランスの関係上、ほぼ確実に潰すことができる。


 ……しかし、これは恐らく釣りだろう。

 ビルの機体は、重心を前に荷重しているように見せているが、しっかりと後ろに体を残している。

 恐らくは俺が潰しにくるのを避け、逆に潰すのが狙い。

 ならば――



『ぬっ!?』


「見え透いた誘いだ。付き合う気はない」



 俺はビル同様重心を低くし、真っ向から突進を受け止める。



『ハっ! 読まれたか! だが、この状態も望むところだぜ!? 俺の【ガングリフィン】の出力を舐めんなよ!!!』



 ビルの機体、【ガングリフィン】のパワーが急激に増加する。

 確かに、言うだけのことはある。

 この出力はデウスマキナとしては中々のものだ……

 【ボックスワン】の脚部が、地面を抉るようにして沈んでいく。


 この地面も俺達の登ってきた岩壁程ではないが、相当に硬い。

 だというのに、パワーでここまで押し込まれるとは、それだけの高負荷がかかっているということだ。

 どういった経緯で手に入れたかは不明だが、ビルの機体は俺が軍人時代に乗っていた機体よりもスペックが高いらしい。



『ほう、コイツで押し込めないか! どうやらその重そうな機体を支えている出力は伊達じゃないらしいな!』



 どうやらビルは今ので俺を押し倒すつもりだったらしいが、流石にそれは甘い。

 俺の機体の魔導融合炉リアクターであれば、最大出力を出せばこのまま押し返すことすら可能である。

 ……しかし、エーテル(エネルギー)の残量に余裕があるわけではないため、その手は使いたくない。

 であれば、技術で対抗するのみだ。



『パンドラ! 左脚部動力停止!』



 俺の命令に応じ、左脚部の動力が停止される。



『うお!?』



 その瞬間、俺とビルの機体は左側に大きく傾く。

 同時に、【ガングリフィン】を受け止めていた左腕部が解放される。

 俺はそのまま高速で左腕部を操作、マニピュレータで【ガングリフィン】の頭部を掴み、後ろに引き込む。



『グォォォッ!?』



 その動きに抵抗しようとスラスターを噴かすビル。

 しかし無駄である。

 俺はさらに右腕部で【ガングリフィン】の右肩部を押し、一気に重心を傾ける。



『パンドラ! 左脚部後退!』



 左脚部の動力を開始と同時に後退させ、重心の崩れた【ガングリフィン】をさらに引き込む。

 【ボックスワン】の重量とパワーまで上乗せされているため、スラスターの出力程度ではこの負荷には耐えられない。


 引き込まれた【ガングリフィン】は、抵抗するもそのまま地面に倒れ込む。

 俺はそのままマウントを取りに行くが、寸での所でビルはブースターを噴かせ、死地より脱出する。



『ク、クソがぁ……、やってくれたな、手前ぇ…………』



 マウントを取られることこそ回避したが、ノーダメージというワケにはいかない。

 外装には凹みや傷が付き、一部のスラスターにも損傷が見られる。

 デウスマキナ二機分の重量という負荷に加え、『サンドストームマウンテン』の硬い地盤に押し倒されたのだ。

 いくら軍用モデルといえども、ダメージは免れない。



「今のでわかっただろう? アンタの腕は大したものだが、どう足掻いても戦闘経験の差は覆らない。その機体は確かに優れたポテンシャルを持っているようだが、乗り手の経験不足を補えるレベルではない、ということだ』



 ビルの操縦技術は、はっきり言って軍でも通用するレベルである。

 この暴風が吹きつける中、安定した機体操作を行えるだけでも大したものと言えるだろう。

 しかも軍用モデルのデウスマキナは、普通の人間にはかなり取り扱いが難しいというのに、ビルはしっかりと使いこなせているように見える。

 素晴らしい操縦センスだ。

 ……だがしかし、デウスマキナ同士の戦闘においては、操縦センスだけではどうにもならな領域が存在する。

 言うまでもないが、実戦経験だ。


 デウスマキナに限った話ではないが、実戦での戦闘能力を高めるには専用の技術訓練だけでなく、何よりも実戦経験を積むことが重要になってくる。

 その点で言えば、俺はガキの頃から数えて10年以上の実戦経験がある。

 真っ当な生き方をしている人間に、負けるつもりはない。



『若造のくせに、大した自信じゃねぇか……。どうやら中尉ってのは伊達じゃねぇらしいな……。けど、これならどうだよ!』



 瞬間、レーダーから【ガングリフィン】の反応が消える。



(ステルス!? この距離で機能するだと!?)



 いくら軍用と言えど、この距離でレーダーにかからないステルス機能など俺は知らない。

 しかし、現実に見失っている以上、技術として存在しているということである。

 こうなればモニタの映像頼りになるが、この視界の悪さではあまり役に立たない。

 俺は仕方なく、重心を低くして周囲を警戒する。


 そして、それをあざ笑うかのように、背後から衝撃が走った。



「ぐッ……!」


『マリウス!?』



 衝撃がダイレクトに伝わり、思わず苦悶の声を上げてしまう。

 お嬢にこの状況が見えているとは思えないが、俺があげた苦悶の声に反応したようだ。



「心配するなお嬢、なんとかする……」



 俺はそう答えながら、機体の状態をチェックする。

 動作には何も問題がなさそうだ。



「パンドラ、機能障害はあるか?」


『問題ありません。全て正常です』



 俺はその回答を聞きながら機体を右にズラす。

 すると、チラリとだが脇をすり抜けていく機影が見えた。



『驚きました。今のが見えていたのですか?』


「勘だ。それより、外部の音声をダイレクトに俺に伝えろ。360度、全てのだ」


『了解しました』



 恐らくビルは、俺に攻撃を回避されたことに少なからず動揺しているハズだ。

 通信は切られているため確認はできないが、すぐに攻撃してこないことからも警戒具合が伺える。

 通信を再接続して確認してくる可能性もあるが、そんなことをすれば居場所を探知してくれと言っているようなものだ。

 わざわざそんな愚は犯すまい。



『ねぇ、ちょっと? さっきからアンタ、誰と喋ってるわけ?』


「……この機体の、女神だ」



 外部音声に集中しているため、かなり不親切な回答になった。

 本当であれば通信自体を切りたいくらいだが、お互いの状況を知る術が限られている以上それはできない。


 耳を澄ます。


 ……聞こえた。

 俺は機体を大きく後退させる。

 またも機影が過ぎ去っていくのを視認したが、すぐにカメラの範囲外に消えてしまった。



『女神……? ひょっとしてAIなの!? 戦闘中に音声認識って、大丈夫なのソレ……?』


『問題無い。それに、どの道音声認識以外は使えない』


『えぇっ!? 嘘でしょう!? 今時、音声認識しか受け付けないAIって……、ほとんどアンティークじゃないの!?』



 そうは言ってもな……

 俺は苦笑いを浮かべながら、再び機体を操作。

 またしても機影が側面を掠めて過ぎ去っていく。

 うむ、慣れた。これなら回避自体は問題が無さそうだ。

 まあ、避けられている最大の要因は、ビルがステルス性を維持するために速さを何段か落としているからだろうが。



『マリウス、もしかして今私は、失礼なことを言われたのでしょうか』


「アンティークなのは事実だろう。そしてお嬢、少し静かにしてくれ。舌を噛みそうだ」



 音声認識で戦闘なんかすればそりゃ舌も噛むわ! などと聞こえてきたが無視を決め込む。

 ウチの女神が機嫌を損ねるので、本当に黙っていてもらいたいものだ。



 そして、それから数度の攻撃を凌ぎ、俺はついに【ガングリフィン】を捕らえることに成功する。



「ふぅ……、ようやく捕まえたぞ」


『……なんでだ、なんであの攻撃が避けられる! レーダーには映っていないハズだろうが!』



 捕らえられたことで通信を切る意味が無いと判断したのか、ビルから反応が返ってくる。



「……勘だ」


『そんなワケあるか!!! ったく、ふざけた野郎だぜ……』



 ……ん? なんだ? ビルから、先程までの覇気が失われている?

 捕まったことで、諦めたのか……?



 ………………いや、違う! しまった!!!



 俺は慌ててビルを突き放そうとするが、がっちりと腕部をホールドされ距離を離せない。



『クックッ……、気づいたか?』


「チッ! お嬢! お嬢だけでも先に――」


『残念! もう遅ぇよ! さっきレーダーがトルク達を捉えた。つまり、ゴールはもう間近ってワケだ』



 ビルの目的が足止めであることは承知していたが、まだ足止めされてから30分程しか経っていない。

 先程ビルが1時間と口にしていたからまだ余裕があると思ったが、馬鹿正直に信用するべきではなかった。



「お嬢! まだわからん! 行くんだ!!!」


『……無駄よ、マリウス。ここからじゃ、絶対に追い付けない……』



 恐らく、お嬢のレーダーでもトルク達の機体を捉えたのだろう。

 諦めの混じった声色が、スピーカーから伝わってくる。



(クソッ……、こんなことなら、もっと早い段階でお嬢を先行させるべきだった……)



 こんな状況であっても、俺の中にはまだ、お嬢と一緒に優勝するという結果が捨てきれていなかった。

 完全に俺の、判断ミスだ……



「……すまない、お嬢」


『いいのよ、マリウス。結果的に、私の見積もりが甘かっただけなんだから……』



 お嬢はそう言うが、その声からは悲痛さを隠せていなかった。



『……まあ、その、なんだ、俺も悪かったとは思ってるんだぜ? 別にお前ぇとお嬢様に恨みがあるわけでもないしなぁ……。とりあえず、今回ばかりは運が悪かったと思って諦めてくれや』



 簡単に言ってくれる……

 お嬢と同期なら、お嬢がこの大会に懸けていた思いくらい理解できるだろうに。



「貴様……」



 レバーを握る手に力がこもる。

 いっそこのまま、捻り潰してやろうか……?



『マリウス、怒ってくれるのは嬉しいけど、仕方ないわ……。結局のところ、私にはこの局面をひっくり返せるほどの実力が無かったってだけの話よ』



 勝負の世界だ……、お嬢の言っていることは正しいだろう。

 しかし、煮え切らない思いはどうしても残る。



『……お前ぇとお嬢様の実力は俺も認めるぜ。タレコミがなかったら、間違いなく優勝はお前ぇ達のものだったろうよ……』



 ビルの声色から、その言葉が世辞でないことくらいはわかる。

 しかしそれでも――



『……え?』



 何故かそこでお嬢から疑問の声があがった。



『ん? どうしたお嬢さ……、ってなんだぁ!? なんでトルク達が離れていくんだ!!!』



 トルク達が、離れる……?

 俺の機体のレーダーでは状況を正確に把握できないが、どうやらビルの仲間達が想定外の動きをしているらしい。



『おい! どうしたトルク! なんでゴールから遠ざかってやがるんだ!』


『そ、それどころじゃねぇぞビル! お前も逃げろ! 巻き込まれるぞ!!!』


『巻き込まれるだぁ!? 何にだよ!』


『砂嵐だよ! 俺らが着いた時には、ゴールは跡形もなく消し飛んでやがったんだ! 嵐巣区画が……、未踏領域が……、広がって・・・・やがるんだよ!!!』


『……あぁ?』



 ビルには、トルクの言葉の意味が瞬時に理解できなかったようだ。

 しかし、俺はすぐにその言葉の意味に思い当たる。

 ビルとの戦闘のために外部音声を鮮明にしたからこそ、先程までと風の音が変わっていることに気づけたのだ。

 と同時に、状況が既に手遅れになりつつあることもわかってしまう。


 嵐巣区画、竜巻の繭は……、もう目の前に迫って来ていた。



『ば、馬鹿な! あり得ねぇ! しかも、なんだこのスピードは!?』



 ビルも視界にアレを捉えたらしい。

 俺は、【ガングリフィン】のホールドが緩んだ瞬間、機体を深く沈みこませる。



「パンドラ! 最大出力!」



 同時に腕部を【ガングリフィン】の股に通し、担ぎ上げる。



『て、手前ぇ、何する気だ!?』


「抵抗するな。今からお前を下に放り投げる。 そのまま山を下れ」



 かなり無茶な注文だが、ビルの機体なら問題無いだろう。



『ばっ……、手前ぇらはどうする気だ!?』


「俺達の速度では……、間に合わん。そら、行くぞ!」



 俺はそのまま最大出力で【ガングリフィン】を投げ飛ばす。



『まっ――、ぐおぉぉぉぉぉぉぉっ!?』



 その余りの加速に、何か文句を言いかけたビルの言葉は途切れ、叫びに変わり、やがて聞こえなくなる。



『ハッ……ハハッ……、こんなことって、あるのね? まさか、目標どころか、命まで失うことになるなんてね……』



 先程までの悲痛さとは違う、全てを諦めたようなお嬢の呟きが聞こえる。

 そんなお嬢の肩を抱くように、俺は【シャトー】の肩を覆う。



『マリウスも、ごめんなさいね? いきなりこんなことに巻き込んじゃって……』



 そんなお嬢の呟きには返事を返さず、俺は着々と準備を進める。



『マリウス……? アンタ、何を……?』



 よし、ギリギリだが、これで何とかなるハズ……

 あとは、アチラ・・・の出方次第か……



「お嬢、諦めるな。……生き残るぞ」





 ――そして、俺達は砂嵐の繭に、文字通り飲み込まれた。




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