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第12話 元帝国空軍中尉 マリウス・グリューネヴァルト



『ビル……、なんでアンタがここに……』


『さあ? なんでだろうなぁ?』



 お嬢の問いかけに対し、はぐらかすように答えるビル。

 俺がこの会話を聞けているのは、お嬢との専用回線を通して音声を拾っているからだ。



『まさか、私達より先にここまで来たってこと!? あり得ないわ!』



 いや、事実先回りされていたのだから、そのことについて追及しても意味は無い。

 問題なのは、何故この場所で・・・・、俺達の前に立ち塞がっているか、だ。



『まあ、アイツ等と一緒だったら無理だったかもなぁ。しかし、俺だけであれば話は違う。この機体と俺の腕があれば、この程度のことは容易たやすいことだぜ』



『仲間を置いて来たってこと!? 一体何のため…………っ!?、まさか……?』



 ようやくお嬢も今の状況に気付いたらしい。

 俺達とは違い、迂回せずに目的地に向かっていたハズのビルが、何故こんな場所にいるのか。

 仮に、最終的にルートが被っていたとして、何故他の仲間がいないのか。

 ……答えは明白である。



『私達の、足止めに来たって、こと……?』


『その通りだぜ、お嬢様。まあ正直、本当にここまで来てるとは思わなかったがなぁ……』



 ビルの言葉をそのまま受け取れば、確信があっての行動ではない――ということだ。

 正確に俺達の所在を掴んでいたというワケでもなさそうだが……



『……私達がこのルートを通るって、わかっていたの?』


『そりゃあわかるさ。明らかに他とは違う方向に向かっている奴がいりゃあ、誰だって確認くらいはするだろ? そして、どこに向かっているのかさえわかれば、ルートの予想くらいできる。……まあ、こんな馬鹿げたルート通ろうって時点で、ほとんどの奴からはマークを外されただろうがなぁ?』


『アンタだけはマークしてたってこと?』


『いや、そうじゃねぇよ。ただ、ちょっとしたタレコミがあってな。一応保険っつうことで俺がこうして出張ってきたんだよ』


『タレコミ……』


『おうよ、なあ? そこのルーキー?』



 ビルがそう言うと同時に、俺にも通信回線が繋がれる。



「……なんのことだ?」


『心当たりくらいあるだろう? おぇ、元帝国軍人なんだってなぁ?』


『えっ!?』



 ビルの発言に、驚きの声を上げるお嬢。

 お嬢が驚くのも無理はないだろう。

 過去を詮索する気ないとは言っていたが、まさか俺が元軍人だなどとは思ってもみなかったハズ。



「……まあな。別に隠していたワケじゃないが、誰から聞いた? 知っている者は限られているハズだが……」


『さあな? 俺も詳しい情報源までは知らねぇよ。ただソイツが、その男は優秀な軍人だから警戒しろっつうんだよ。その男なら、アノ地獄のようなルートも踏破するかもしれないってなぁ……』



 成程。得体の知れない元帝国軍人であれば、あの危険なルートでも踏破する可能性はある――、と踏んだわけか。

 ……どうやらこの男もそのタレこんだ者も、軍人というものを勘違いしているようだ。

 まあ普通の人間からしたら、軍など得体の知れない組織であることは間違いないだろうが。



『まあ、クライアントの要望を聞かないワケにはいかねぇしよ。それに、別にお前達がここに来なかったとしても、俺は後からアイツ等に合流すりゃいいからな。燃料は少し勿体ねぇが、必要経費だと思えば痛くもねぇ』


『ふ、ふざけないで! 妨害なんてして良いと思ってるの!?』


『思っちゃいないさ。だが、禁止もされていないぜ?』



 ビルの言う通りである。

 この大会の規定には、妨害を禁止する内容は書かれていなかった。

 武器の使用は制限されていたが、それは純粋な格闘戦であれば許容するということを暗に示している。

 まあ、この環境で格闘戦というのも現実的ではないので、敢えて記載しなかったのかもしれないが……



『まあ、俺も開拓者としてのプライドくらいはある。だから本当はこんな真似したくねぇ。……しかし、今回は別だ。プロとして、仕事は全うしなきゃあならねぇからなぁ……』


『何がプロよ! だったらドッグファイターか軍人にでもなればいいじゃない!!!』


『ハッ! まあそう言うなやブリエンヌのお嬢様。俺も貴族相手に手荒な真似はしたくねぇ……。あと1時間程度でいいから、ここで大人しくしていてくれや?』



 貴族……! やはりお嬢は貴族だったか……

 どこぞの王家という可能性も捨てきれなかったが、王家がここまで自由な行動をとれるとも思えないので、さもありなんといったところか。



『冗談じゃないわ! 意地でも通してもらうわよ!』


『向かって来るなら構わないぜ? ただ、俺の機体は軍用モデルだ。ぶっ壊れても文句言うんじゃねぇぞ?』


『舐めないで! 【シャトー】のパワーは【ヘラクレス】級なんだから!!!!』



 叫ぶと同時に【シャトー】が飛び出す。



「待て! お嬢!」



 俺が制止するも、お嬢は突進を止めない。

 確かに、【シャトー】の重量、そしてオリジナルレプリカの魔導融合炉リアクター出力から繰り出される突進力は驚異的だ。

 しかし、その突進を馬鹿正直に正面から受ける者はいないだろう。



『おっと!』



 ビルは横に躱しながら【シャトー】を横から小突く。

 それだけでバランスを崩した【シャトー】は横転し、そのまま傾斜を転がりかける。



『ぐぅぅぅっ!?』



 チッ……、この傾斜で迂闊なことを!

 俺は一気に加速し、【シャトー】の後ろに回り込むとギリギリで抑え込むことに成功する。



「お嬢! ここが山だってことを忘れるな!」


『グッ……、でもっ!!』


「でもじゃない! いいから大人しくしていろ!」


『なっ……、諦めろってこと!?』


「そうじゃない! いいからココは俺に任せておけ!」



 あまり気は進まないが、それしかないだろう。

 俺でも、この状況で確実に勝てるとは言い難いが……



『で、でも……、大丈夫なの……?』


「お嬢がこのまま戦うよりはマシだ」



 最初の頃であれば、お嬢を見捨てる選択もあったかもしれないが、今の俺にはできそうもない。

 お嬢の情熱は本物だ。

 できることなら、彼女の悲願を叶えてやりたい。

 最悪、俺が犠牲になってでも、お嬢を勝たせてみせる……



『ほぅ? その鈍重そうな機体にしてはいい動きだ! 元軍人ってのは伊達じゃないってか?』


「……この程度のことで判断されても困るな。俺は元帝国空軍中尉、マリウス・グリューネヴァルト。ビルとやら、ここからは俺がお相手しよう』



 姓を名乗ったのは久しぶりだ。

 今となっては捨てた名だが、俺を軍人として認識している者相手なら、この方が通りがいい。



『中尉!? そいつぁ面白れぇ! 元中尉様がその鈍重な機体でどこまでやれるか、試してやるぜ!!!』





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