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第29話 ほどよく女らしくなく

こんばんは。

週末に時間ができましたので、

また、統合失調症エッセイを書きに来ました。

最近は寒暖差が激しいことになっています。

ゴールデンウィーク頃のあたたかさが来たかと思えば、

一転冬のような気温になることもあります。

おまけに花粉もバンバン飛んでいますし、

花粉症持ちとしましては、なんともしんどい時期であります。

身体が冷えますと、ろくでもないことを考えがちです。

お腹が空くと、悲観的に考えるのが何割も増します。

一人だけで結論を出そうとしますと、

責任の重さにつぶされそうになります。

4月には新生活になる方もおられるかもしれません。

お仕事の合間にネオページでこのエッセイを読まれる方もおられるかもしれませんし、

また、統合失調症ということで何となく読まれる方もおられるかもしれません。

どうか、身体も心も、まずは心地いいところを探されてください。

今の季節、寒暖差で心身ともに病みやすくなります。

身体の不調も、心の不調も出やすくなります。

新生活になられましたら、生活に慣れるために大変な思いをされるかもしれません。

まずは今のうちに、心地いい調子を作られてください。

寒いのは我慢なさらず、しっかりあたためられてください。

美味しいものを美味しいと感じて食べられてください。

困った時の相談先をいくつもストックなさってください。

季節は春へと変わってきています。

どうか、気持ちいい季節として、春を楽しまれてください。


さて、今回の題材です。

ほどよく女らしくなく、です。


私は女らしいということが幼い頃から苦手でして、

今になって考えると、

女らしいという言葉に、たくさんの意味が含まれていて、

それらすべてに正解の行動をとらなければいけないという、

それがとても苦手な要因だったのかなと思います。

女らしい、という言葉には、

私の感じるところではあるのですが、

外見を磨かなければいけないとか、

スタイルを維持しないといけないとか、

そこまで含まれているような気がしますし、

また、意味としては真逆なものも、

女らしいという言葉に含まれているような気がします。

たとえば、家事をするのは女らしいとか、

仕事に気をつかえるのは女らしいとか、

その意味と同時に、

女というものはつるんで陰口を言うとか、

女というものは陰湿であるとか、

女だから仕事ができないとか、

よく泣くのは女らしいとか、

まぁ、女らしいという言葉に、意味がいろいろありすぎていて、

それらの意味をすべて体現しないと女らしいとされない。

正直疲れます。


女らしいという言葉に疲れてしまったので、

ほどよく女らしいということから脱線した人生を送っています。

女性の権利などと叫ぶのも疲れてしまうので、

ほどよく女らしさから離脱しています。

家事はしますが、それは私の仕事だからで、

旦那ができることは旦那にもやってもらいます。

女だからするのでなく、

私の仕事だからという考え方に落ち着いています。


さて、旦那という単語を出したので、

結婚観について少し書きますと、

統合失調症持ちでしたので、

つらい場所から連れ出してくれる人と結婚したいと思ってはいました。

統合失調症は脳の病気ですので、

場所を変えてもつらいことは付きまとうと思いますが、

結婚前までは、連れ出してくれる人と結婚したいと思っていました。

いくつか前のエッセイで、

トンネルの中にいるようだと書いた覚えがありますが、

トンネルから明るいところに手を引いてくれるような人。

そんな人がいればいいなということは思っていました。

そのあたりは、おとぎ話のヒロイン的ではあったかもしれません。

女のような考え方と言えばそうかもしれません。

ただ、当時はかなり不安定でしたので、

助けてくれる存在がいれば、

なんでも頼っていたかもしれません。

なんでも頼って、危険なことになっていたかもしれません。

ある意味引きこもりでよかったのかもしれませんし、

いろいろなかかわりが多くなくてよかったのかもしれませんし、

たまたま旦那と知り合えた時に、

旦那がまともでよかったと思うのです。

このあたりは男女問わず、心も身体も病んでいたら、

助けてくれた存在を特別だと思うのかもしれないです。

それこそ、話を聞いてくれただけでも特別と思うかもしれません。


旦那は女らしいということに頓着しない人です。

こんな服装をしろとか、

メイクはいつもしろとか言いません。

おかげでメイクはしなくなりました。

社会人としてどうなのと言われそうですが、

とりあえず今のところ問題はありません。

会社でもノーメイクです。

化粧水乳液、それと日焼け止めを塗っている程度です。

そういう顔と思われたらそれでいいのかなと思います。

まぁ、マナー違反と言われたらそうなのかもしれません。

女らしさのマナー違反はいろいろルールが厳しそうであります。

どれもこれもは守れないと思いますので、

やっぱり私は離脱を選びます。


ほどよく女らしくなく。

女らしいということをしっかり守れて、それが心地いい人は、

その生き方で大正解だと思います。

私は女らしいという言葉の裏に、たくさんの決まり事を見出してしまうので、

決まり事の正解を出し続けることに疲れて、離脱を選びました。

男でもない、女でもない、

同性愛者でもないし、異性になりたいわけでもない、

ただただ、私は疲れない生き方をしたいだけです。

統合失調症は、ただでさえ考えすぎの傾向があるんじゃないかなと思います。

そこにルールを作って当てはめようとすると、

生きることにとても疲れてしまいます。

また、私の場合は統合失調症で幻聴傾向がありましたので、

あいつはルールを守っていないなど、

誰も言っていない幻聴が聞こえていたこともあります。

私は女らしくない。

女らしさのルールも守らないしマナー違反している。

そう割り切って生きた方が、楽です。


小説において、たまに、

女性らしい視点の、とか、そんな言葉を見かけますが、

私としましては、気にせず書いたもの勝ちじゃないかなと思います。

執筆は、楽しいばかりではありませんが、

執筆しているうちに心地いい文章になったり、

言葉が気持ちよくなったり、

描いている景色がいいなと思ったり、

思い描いているストーリーを越えてきたり、

そんな経験もあります。

執筆して得られる経験の数々に、

男性も女性もないような気がします。

ただただ、筆者の描く世界があります。

読者はその世界だけを感じています。

女らしいとか、他の様々のらしいなどは、

執筆しているキャラクターに任せてしまって、

作者のいろいろならしいというものは、

まぁ、世界観の作り方の癖くらいになっちゃうんじゃないかなと思います。

作者がどんな人であっても、

とにかく作品を作る人、その一点だけが全てです。

七海トモマルという作者は執筆をする人。

そこに女らしいとか、それらを問われないのは、

やっぱり生きていて楽な場所のひとつだなと感じます。

執筆は自由な場所です。

一番私らしくなれる場所です。


今回は、ほどよく女らしくない私のエッセイを書きました。

女らしい、に、いろいろ行間読み過ぎただけかもしれません。

それでもそれなり、毎日心地よく生きてます。

心身ともに不調になれば大変ですが、

それは生きている人はみんなそうです。

結局、心地よく生きられればみんな花丸です。


また、機会がありましたら、統合失調症エッセイを書きに来ます。

いつになるかはわかりません。

ゆるりと待っていてください。


ではまた。

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