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第26話 トンネルの中にいたようでした

こんばんは。

寒波が来ている連休中ですが、

時間ができたのでエッセイを書きに来ました。

地域によってはとても雪が降っているとも聞きます。

私の住んでいるあたりは積雪こそありませんが、

かなりの寒さを感じています。

ただ、本当に寒い地域の方からは、

この程度で甘えるなと言われそうでもあります。

言われそうでもありますが、とりあえず、寒いです。

連休明けには寒波が弱まると聞いています。

3月も近いですし、春が近いのかもしれません。

季節はちゃんと巡るのだなと思っております。

今が寒くても、季節は変わるものですね。


さて、今回のエッセイは、

トンネルの中にいたようでした、です。

統合失調症の症状がひどかった頃のことを、

つらつらと書こうと思います。


統合失調症になって、長いこと引きこもり生活をして、

その間のことを思い出すと、

明かりのないトンネルの中にいたようだと思うのです。

私の将来を照らす明かりはありません。

それでも引きこもりはよくないこととされます。

働かなくてはいけないとされます。

働かなくてはいけないから、あっちこっちアルバイトやパートの面接に行きます。

ことごとく落とされます。

私は誰にも必要とされていない。そんなことを思います。

必要とされていなくても働かなくてはいけない。

将来のために働かなくてはならない。

では、どこで働けばいいのかという灯はありませんでした。

誰もアドバイスはくれませんでした。

相談にも乗ってくれませんでした。

働いて社会復帰をしようと言うものばかりでした。

逆に心療内科の病院においては、

休みましょうというアドバイスをされたことが多かったように思います。

それはそれで、私の中で焦りが生じていたので、

そんなこと聞いていられるかという気持ちにもなりました。


心療内科のお医者様も、

また、働いた方がいいとしていた方も、

真逆の意見ではありましたが、

どちらも私の将来を思っていてくれたものだと思います。

働いたら将来に光明が見えると信じている方もいます。

心や脳が病んでいたら休むというのも正解かもしれません。

ただ、統合失調症になって、判断力が落ちている私にとっては、

どの意見を聞いたとしても先に進めないような気がしました。

それが私の思うトンネルです。

統合失調症の症状が重かった、引きこもりの当時、

まったく明かりのないトンネルの中にいるようにいるようでした。

とにかく先に進んでトンネルを出なければいけない。

この暗闇から出なければならないと思うのですが、

暗闇の先は全く見えません。

どちらの方に向かうのが正解かがわかりません。

また、先が全く見えませんので、

先に進むことへの恐怖は常にあります。

この先に進んだら危険かもしれない。

しかし、トンネルを抜けるためには進まないといけない。

明かりは全くありません。

暗闇の中を、たくさんの声が反響しているようでした。

先程述べました、たくさんのアドバイスなどが、

反響しすぎて訳の分からない言葉になったりしました。

また、統合失調症の症状で、私の場合は幻聴もありましたので、

いろいろな音が私のポンコツの脳で、

ネガティブな言葉に変換されたりもしました。

当時の私は、暗闇の中を、

反響する訳の分からないネガティブな言葉に苦しみながら、

前はどっちだと探しながらもがいていました。


当時の執筆に関しましては、

暗闇の中で私が灯した小さな明かりだったように思います。

トンネルの中にいた当時、

私は執筆することによって、小さなマッチ程度の明かりを灯していったように思います。

最初は当時お付き合いをしていた彼氏から言われての執筆でしたが、

私は暗闇を少しだけ照らす、小さな明かりに惹かれるように、

執筆を続けていきました。

執筆をしていくと、明かりがともります。

その明かりは、私の心の輪郭を描くものです。

私はこんなことを思っている。

感じていることはこんなものである。

物語としてこんなものを書きたい。

私はこれを求めている。

そんな輪郭が、執筆を繰り返すことにより、

明かりに照らされるように見えてきます。

私が求めていたものは何だったのか。

たくさんのアドバイスがあったけれど、

その中から私が選べるのはどれだろうか。

私はどんな道を選べるのだろうか。

私は執筆を明かりとして、私の形を取り戻します。

心はあいかわらずどこか歪んでいますけれど、

暗闇で一寸先も見えなかった状況から、

私は小さな明かりを手に入れました。

暗闇で不安になっていたのも私ですが、

明かりを作り出したのも私です。

明かりはやがて、私の周りの大切な人を見えるようにしてくれました。

今まで暗闇にいて見えなかった人たちです。

みんなそばにいてくれたのでした。

私がトンネルの闇にいると思っている間、

ずっと心配してくれた人たちです。

私が私の明かりで、私の形を取り戻して、

ようやく大切な人たちが見えるようになりました。

執筆は私の明かりです。

私を照らす明かりです。


執筆はゆるゆると続けていきながら、

私はいつの間にかトンネルがなくなっていることに気が付きます。

身体の調子が悪いと、連動して心の調子も悪くなりますが、

あの時のようなトンネルは永遠に続くものではないとわかっています。

私の周りには、大切な人がたくさんいます。

私がトンネルの中にいる間も見守っていてくれた人や、

トンネルから出た後に知り合った方もいます。

かなり長い間つらい時期が続いてきましたが、

私を信じてくれた大切な方に感謝をしたいと思います。

執筆で糧を得るほどにはなれませんが、

ある意味、執筆で私は命をつないだかもしれません。

大切なものに気が付いたかもしれません。

やっぱり、執筆は私にとっても癒しだと思うのです。

癒しでもあるし、生きることそのものなのかもしれません。


さて、今回もつらつらとエッセイを書きました。

あくまで私が感じたことでしかないので、

誰にでも当てはまるものでもありませんし、

統合失調症のすべてに当てはまるものでもありません。

私はあいかわらずゆるりと執筆して、

思い出したことや感じたことなどを、

エッセイにして書いていこうと思います。

次回があるかはわかりませんが、

気が向きましたらまたエッセイを書きます。

読み手のあなたも、気が向きましたら読みにいらしてください。


季節は巡って春が近いかもしれません。

悪いことがずっと続くものでもありません。

悪いことばかりでなく、

心地いいことも必ずあります。

すべては受け取り方次第かもしれません。

あなたが心地いいなと感じれば、

それが一番いいことです。

統合失調症で脳がポンコツの私ですが、

なんだかんだでおおむね心地よくやっています。

つらいこともありましたが、

今は何とかなっています。

読んでくださった読み手のあなたにも、

何かしらの心地いいことがありますよう、願っています。


では。またいつか。次のエッセイでお会いしましょう。

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