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第19話 なんだか自分を大事にできない

こんばんは。

お久しぶりです。


しばらくネオページには、定期的な転載などをしていて、

統合失調症エッセイはおやすみしていました。

今年、実生活が近い将来忙しくなることが決まりましたので、

それに伴い、いろいろな連載などを一区切りさせているところです。

pixivの二次創作のものなどは大体区切りました。

あとは耳かき職人の話が連載中ですが、

これからの設定をしっかりまとめて、ちゃんとラストまで書きたいなと思います。

実生活が忙しくなれば、

執筆に時間は取れないと思います。

定期的に書き続けることは難しいと思います。

今はまだ、忙しくなってはいませんが、

忙しくなった時に備えまして、いろいろとシフトしているところです。

とりあえず、現在会社が年末年始のお休みになっております。

定期更新はできませんが、

執筆からは離れられないなぁと思っているところです。

忙しくなりましたら、何ひとつ更新ができなくなると思いますが、

おやすみの今は、ちょっとお付き合いいただけるとありがたいです。


おやすみの間とはいえ、

家事などで時間が細切れになったりもしますし、

予定が入るかもしれませんので、

少しだけ書いておいて、時間があったら書き上げるようにします。

多分論点が散らかるかと思いますが、

そのあたりはその都度の即興で書いていますので、

この時はこんなことを考えていたけれど、

日を跨いだら違ったんだろうなと思っていただければ。

そもそも、考えるということは、

心と身体のコンディションでころころ変わるものです。

身体が不調ですと、心もやられて、

考えが場合によってはどん底まで落ち込みます。

統合失調症持ちですと、そのあたりのバランスがよく崩れます。

心身ボロボロになって幸せって思えるわけではないので、

心も身体も、バランス整えようとしているのですが、

いろんな要因でちょくちょくバランスが崩れます。

ある程度、自分を大事にしているつもりなんですが、

優先順位がおかしくなったりして、

自分を粗末にして、心身バランス崩して、

何にもできなくなることがあります。

このあたり改善しないとと思うのですが、

なんとも、しみついた癖なのか、優先順位がたまにおかしくなっちゃうんですよね。


そんなわけで、今回のタイトル。

なんだか自分を大事にできない、です。

とっても雑なものの言い方をしますと、

自分を粗末にして、他人のために尽くすのが美徳と、

そんな風潮ってないかなと思います。

そこまでいかないにしても、

自分のためにお金を稼ぐのは、自分のことしか考えていないとか、

自分のことしか考えていないのはよくないとか、

もっと他人のことを思いやれとか、

ぼんやりと、そんなことを感じています。

まぁ、このあたりは雑な話なので聞き流してください。

雑な話ではありますが、

私自身を粗末にすることで、

どこかの他人が救われるんじゃないだろうかと考えてしまうわけです。

疲れがひどい時や、体調がひどい時などは、

この考えがもっとエスカレートしまして、

私が消えればみんなが喜んでくれる、とか、

みんなを本当に喜ばせるには私がいなくなればいい、とか。

そこまで考えが行きます。

どうやら、私の中には、

私は価値の低いものである、という考えと、

価値の低い私は迷惑な存在だからいなくなればいい、という考えと、

誰かのためになるのならばまずは自分が消えればいい、という考えがあるようです。

自分を犠牲にするのではなさそうです。

なんだろうなぁ。

私は迷惑しかかけていないから、みんなのためには消えるべき、

言語化するとそんな考えが近いように思います。


うーん。愛されるほどの価値がないというのが根底にあるのかな。

何の理由もなく愛されることが、よくわからないのかもしれません。

物語として、いろいろな愛に触れてきました。

それでも、私自身が理由なく愛されることはないような気がしているのかなと思います。

このあたりは統合失調症の他にも何かありそうな気がします。

いろいろな本に当たってみてもいいように思いますが、

本を読んでみたとして、

これが私のことだと断定するのは、危ない気がします。

まぁ、本をヒントに私の輪郭を探すのがいいかなと思います。

愛着障害あたりが何となくありそうな気がしますが、

これに違いないと思うのは、視野を狭める気がします。


ここしばらく、近い将来の忙しい時に備えて、執筆を少しずつ減らしてきて、

その分、電子書籍を読んだりしてきました。

夜寝る前には栄養学の本を読んだりもしました。

ビタミンBとかアミノ酸がいいらしいと知見を得て、

サプリメントを飲んで、アミノ酸の飲み物飲んで、

身体をよくあたためて比較的早寝の生活をしています。

いままで部屋にこもって執筆していた時間に、

今度は車でドライブしてスタバに行って、

新作を飲んでホッとしたりもしています。


きびしい執筆ノルマを自分に課していた頃、

パソコンの前でひたすらキーボードをたたくのは、

確かに私を表現する術であって、

誰かのもとに私の気持ちを届ける手段でもあって、

そして何より、作品を執筆することで、

作品を読んでくれた誰かが、

私を愛してくれるんじゃないかと思っていたのかもしれません。

執筆は、確かに私の気持ちを吐きだす手段でした。

書くことによって、私がここにいると叫んでいました。

誰かこの文章を読んで、そして、誰か私を愛してとわめいていました。

誰かに愛してもらうためには、

私の中を抉り出して、

私自身を削り取って、

私をバラバラに解体しないといけないんだろうなと思っていました。

解体した私を、きっと誰も元通りにはしてくれません。

私がどれほど叫んでも、

私が粗末にして、バラバラに解体して壊した私を、誰も直してはくれません。

執筆は、生きることでなければいけません。

執筆して私を出して、外からの刺激を得て、さらに私を作り出す。

執筆が自分への破壊になってはいけません。

私にとっての執筆は、生きることと癒しに戻らないとなと思います。

しばらく執筆のノルマがすごかった時期があって、

だいぶ私自身を追い詰めてきましたが、

ようやく、私の執筆の距離がつかめてきたような気がします。


私に取って執筆は癒しでありたいです。

そして、生きることでありたいです。

私自身をもっと大事にして、

また、外の世界をもっと見たいと思います。

会社の休暇中に、もっと、休めればなと思います。

そして。可能であれば、私自身をもっと愛したいと思います。

この、脳がポンコツな私を、

まずは私がちゃんと大事にして、愛してあげなくちゃなと、今は思っております。

私の代わりはいません。

大事にしなくちゃいけません。

このエッセイを読まれている皆様にも、

代わりというものは存在しません。

皆様ひとりひとりが、代わりのない唯一です。

どうか、ご自身を大事になされてください。


気が向いたらまたエッセイ書きます。

いずれまた。

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