俺の家族はどうなった、無事なのか!?
この現状に直面し、まず最初に考えたのがそれだった。
俺の自宅には、家族と呼べる相手が二人と一匹いる。
両親と、飼い犬のストラッシュだ。
飼い犬が変な名前なのは、親父がパトラッシュと間違えてつけた名前だからだ。
「――『
俺は、半径1km圏内を探査できる魔法を使った。
すると、感じる感じる。家の周辺、さらにその周りにも、無数の反応がある。
全て、パターンレッド! モンスターです!
ヒャッホウ、全てったら全てだぜ。家の中にも三つばっかりパターンレッド!
「…………」
家族全員、ゾンビっとるやないかァァァァァァァァ――――いッッ!!!?
「る、るるる、るるるるるるるるるる……!」
俺は体をガタガタ震わせ、歌をさえずるみたいにして声を出す。
「ルリエラ! ルリエラァァァァァァァァァァ――――ッ!!!!」
『はいは~い、お呼びとあらば即参上。清く正しく美しく慎ましく大胆不敵でおちゃめな神聖プラティナム愛と勇気と平和の女神、ルリエラですわよ~』
こっちが切羽詰まってるときに、返ってくるのはふわっふわな声。
何だおまえ、頭につまってるのはメレンゲか。
そもそも、愛と勇気と平和の神じゃなくて軍神だろうが、おまえは。
『いきなりのお呼び出し、ありがとうございますわ~。やっぱりアルスノウェにお戻りになられる気になったんですの、トシキ様~?』
「嬉しそうに声弾ませやがって。いくら何でもやり方が陰険すぎるだろうが!」
『……はいぃ~?』
「日本だよ! 俺の世界! こんなメチャクチャにしやがって!」
ごまかそうとするルリエラの態度にさらに腹が立って、俺はきつく声を荒げた。
『え? お、お待ちくださいませ。一体何のお話しですの~?』
「トボけんな、日本をゾンビだらけにしたのはおまえだろうがァ!」
『ええ、ゾンビィ!?』
と、ここでさも初耳であるかのように驚くルリエラ。
とことんまでトボける気か。とっくにネタはあがってるってのに。
「あのなぁ、平和な日本にゾンビなんてファンタジーなブツが出てくるワケねぇんだよ。ファンタジー担当はアルスノウェだろうが。つまりこれはアルスノウェのヤツの仕業。つまりルリエラ、おまえの仕業だ! はい論破! QED!」
『待って、待ってくださいまし、トシキ様。本気で待ってください!』
俺の一分の隙も無い推論に、ルリエラが必死になって待ったをかける。
「許さんぞアルスノウェ。俺から大切な平穏を奪っただけでは飽き足らず、俺の家族にまで手を出しおって。許さん、決して許さんぞ、この恨みは億倍にして――」
『魔王に目覚めかけないでくださいまし、トシキ様! ……って、御家族が?』
「……そうだよ」
俺は、ルリエラにここ数分の経緯を説明した。
『――ちょっと、お待ちくださいませ』
と言って、念話が一度途絶える。
ルリエラのこの反応と態度、まさかあいつが犯人ではないのだろうか。
しかし、どう考えても、それ以外に思いつく可能性はなく、
ポンッ!
「うお!?」
いきなり、俺の目の前に小さな白い煙がはじけた。
『ふぅ、何とか成功ですわ~』
現れたのは、白い小鳥。
部屋の中を飛び回ってしゃべるそいつは、考えるまでもない、ルリエラだ。
「――分体かよ」
『そうですわ。管轄の違う世界なので、ほとんど力は出せませんけれど』
そう言って、小鳥の姿をしたルリエラが窓の近くにとまる。
『ちょっと、開けてくださいませんか? 直に見てきますわ』
「…………ああ」
俺は警戒を解かないまま、窓を少し開ける。
するとルリエラが外に飛び立って、一分も経たずに部屋へと戻ってくる。
そして、小鳥は全身をガタガタ震わせながら言った。
『……何ですか、あれ』
「ゾンビ」
俺は、わかりきっていることを答えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
小鳥のルリエラ=小鳥エラの結論は、以下のようなものだった。
『あのゾンビは、アルスノウェ製ではありませんわ』
「ゾンビを製品扱いすんな」
確かに量産品っぽいけどさ、スライムとかスケルトンとかゴーレム並に。
『トシキ様、よく観察してくださいませ。あなたならばおわかりになられますわ』
「本当かよ……」
言われた俺は、窓から外を彷徨うゾンビを眺める。
すると、すぐに気づいた。さっきは動転してわからなかったことだが、これは、
「……ああ、なるほどな。魔力が働いてねぇ」
『そういうことですわ』
アルスノウェのゾンビは、アンデッドであると同時に魔法生物でもある。
死体に憑依した悪霊が、魔力によって支配した肉体を疑似的に活動させるのだ。
一方で、今、外をウロついているゾンビからは魔力を感じない。
これはアルスノウェのゾンビにはあり得ないことだ。つまり、別種となる。
「すまん、ルリエラ。俺が間違ってたみたいだ」
『いえ、仕方がないことですわ。見た目は間違いなくゾンビですので』
俺の肩にとまったルリエラがそう言ってくれる。
さすがは女神、懐が広い。俺だったらキレて顔が倍になるまで殴ってたぞ。
『ところで、これからどうするんですの?』
「考えはある。……が、その前に家族の処理だ」
言って、俺は部屋を出た。
二階の通路には、誰もいない。しかし耳を澄ませば、階段の下から声が聞こえる。
「ヴァ~……」
「ァあ~……」
男の声、女の声。
親父、お袋、それにストラッシュ……。
『トシキ様』
「一気に行く。ついてくるなら勝手にしろ」
俺は部屋の戸を閉めて、そのまま床を軽く蹴った。
カンストまでレベルが上がっている俺の脚力は、常人のそれをはるかに超える。
ただ一度の蹴り出しで俺の身は床と水平に跳躍して、そのまま階段を飛び越えた。
そして、階段下の廊下に降り立つと、そこに俺の親だったものがいた。
「ヴァ……」
眼鏡をかけた、少し太った白髪が目立つ熟年の男性。
俺の記憶の中ではやたらよかった肌色が、すっかり青ざめて灰色めいている。
「ぅ~、あぁ~……」
もう一方は、小柄で細身のこぎれいなおばさん。
いつも整えていた髪はほつれ、ほどけて、垂れた前髪が顔を隠して幽霊みたいだ。
俺にしてみれば二年半ぶりの愛する両親との再会。
しかしそれは、予想だにしない最悪極まりない形での再会になってしまった。
「親父、お袋、すまん!」
俺は、
二人が俺の方に一歩近づくその前に、聖剣が二度、弧を描いた。
「ヴァ」
「あ……」
二体のゾンビは、その場に崩れ落ちる。
無言のままそちらに意識を向けていると、今度は後方、玄関側から何かが迫る。
「ガゥ! ヴァウ!」
ゾンビ化した大型犬。
俺の愛犬ストラッシュ、――で、あったものだ。
「
俺はそちらを見もせず、無詠唱で初級の火属性魔法を発動させる。
背後に爆発が起き、熱が俺の背中をチリチリと焼いて、重いものが床に落ちる。
『終わりましたのね、トシキ様』
「ああ……」
聖剣を収納庫に戻して、俺は立ち尽くす。
床には親父とお袋の死体から流れ出た血が広がって、愛犬の肉が焼け焦げる匂い。
アルスノウェでもついぞ感じられなかった苦い何かが、俺を蝕んでいく。
「親父、お袋、ストラッシュ……」
俺は俯き、たった今、俺自身が手を下した家族達を呼んだ。
当然、それに応じる声はなく――、
『ところで』
ルリエラが何かを言い出す。
『蘇生はしませんの?』
「あ、そっか」
そういえば俺、蘇生魔法使えたわ。