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第101話 サマーバケーション④

 その日の練習の帰り道、アタシは涼夏をカラオケに連れ込んだ。

 海月も来たがったけど先に帰した。

 話がめんどくさくなりそうだったから。


「で、どういうこと?」

「何がだよ」

「さっきの話よ」


 アタシは頼んだドリンクバーを取りにも行かずに、ソファーにどっかり腰掛けアイツを睨む。


「アタシと海月は露木さんの言う通り、ニュージェネで箔をつけてデビューするのが良いと思ってる。てか、誰が考えてもそう。それをアンタひとりの意見でやめさせようってんなら、それ相応の説明をしてもらわなきゃ」


 涼夏は、ぶすっとした顔で黙ってしまった。

 いつもなら何でもない沈黙が、今日は妙に居心地悪い。

 やがて大きなため息をひとつついて、アイツがポツリと溢した。


「昔、〝シリバレ〟が挑戦して、落ちたんだよ。ニュージェネの前身みたいなオーディションで」

「シリバレって、アンタのクソ親父とタツミさんたちが組んでた?」


 シリバレ――正式名称〝シリコンバレー〟は、涼夏の親父たちが組んでた青春パンクのオルタナティブロックバンドだ。

 インディーズでそれなりに頑張っていたが、あと一歩メジャーの芽が出ずに、ファンに惜しまれながら解散した……らしい。


「なに、親父のバンドが負けたオーディションだから尻込みしてるとか、そんな気の小さい話してんの?」

「ちげーよ。ただ、ニュージェネに負けたから、親父はバンド辞めたんだよ」


 一瞬、言葉のままを飲み込みそうになったけど、妙な違和感が喉でつっかえる。


「なんで、オーディションで負けた〝から〟解散したの? そういう約束でもしてたの?」

「ああ」

「どうしてまた」

「あたし――」


 言いかけて、涼夏も喉に何かつっかえたように口ごもる。

 それを唾と一緒に飲み込んで、ぶつくさと語った。


「あたしが生まれたから」


 涼夏の話によれば、クソ親父はまあ絵にかいたようなヒモバンドマンだったらしく。

 アイツの母親の実家が太いのに甘えて、ろくに稼ぎもなく三十目前までバンドに明け暮れていたらしい。


「そんな時に母親の腹にあたしができて、いいかげん腹をくくるよう迫ったんだと。ただ、親父もシリバレを諦められなかったから、ひとつだけ条件っつーか、譲歩案を出した。ニュージェネで受かればメジャー確実だから、最後の最後に挑戦させてくれって」

「でも、結果として落ちたと」

「本戦も残れなかったらしい。で、母親と結婚して、旅館で下働きを初めて、あたしが生まれて……で、結局はあたしが中坊の時に消えた。どこかで諦めはついてなかったんだろ」

「まあ……クソ親父に同情はするけど擁護はできないわね」


 同じ音楽をやってる身なら気持ちはわかるけど、犯罪は犯罪だし。


「それで、ニュージェネに感傷持っちゃってんの」

「そーゆーのとも、ちげーんだよなぁ」


 あーっと吠えるように唸りながら、アイツは天上を仰ぐ。


「別にニュージェネのことなんてなんとも思ってなかったし、なんならメジャー行きの手段のひとつにも考えてた。ただ……あの露木ってヤツの話を聞いたら、なんか、無性に嫌だったんだよ」


 理由としてはそれだけだって、アイツはぼーっと天井を眺めながら言った。

 話を聞き終えたアタシは、少しだけ時間をおいてから頷く。


「わかった。ニュージェネはやめましょ」

「あ?」

「音楽家の〝なんとなく〟ほど大事にしなきゃいけないもんはないでしょ。海月にはアタシから言っとく」

「良いのかよ」

「露木さんの言う通り、アタシたちは若いし、時間だって他の人に比べたらある。でも――」


 訝しげな顔で見るアイツに、アタシは得意顔で言ってやった。


「JKの貴重な一年間と天秤にかけられるもんも、この世にないでしょ?」

「それはよくわかんねーな」

「アンタさー、そういうとこがさー」


 アイツの〝なんとなく〟頼りだとしても、アタシはこの選択に絶対の自信があった。

 これが一番だって、胸を張って言えるくらいに。




『分かりました。それではデビューを急ぐ形で準備を始めていきましょう』

「すみません、せっかく提案して頂いたのに」

『いえ。皆さんの選択を尊重するのが我々の仕事ですから』


 約束の一週間後、アタシがバンドを代表して露木マネに連絡をとった。

 露木さんは特に落胆したり、諭すようなこともなく、アタシたちの決断を受け入れてくれた。


『それでは、兵舎の方では具体的なデビューまでのフローとリリース企画の検討に入らせていただきますので、サマバケさんには新曲の準備をお願いしたいです』

「新曲ですか」

『はい。バンドの顔になるデビュー曲です。非常に大事な曲です』

「はあ」

『弊社の抱える作曲家に頼むこともできますが……どうしましょう?』


 ずんと、お腹の中に重石を置かれた感覚があった。

 プロに通用する曲を書けるかと、暗にプレッシャーを掛けられているのは明白だった。


「やらせてください。アタシが書いてのサマーバケーションですから」


 重石を覚悟に変えて、あたしはそう告げた。

 すると、こちらの様子を伺うようだった露木マネの声が、ふわりと軽くなる。


『分かりました。今後プロデュースを任せていただく関係で、弊社からもアドバイスはさせていただきます。これぞサマバケっていう曲を創り上げましょう』

「よろしくお願いします」


 こうしてアタシたちのデビューは本決まりになった。

 高校生プロデビュー。

 誰もが羨むシンデレラストーリーだ。


 アタシは、日々の練習の傍らで曲作りに励んだ。

 契約の都合上、事務所を通さないライブも厳禁になったので時間はたっぷりあるうえに、モチベーションも充実している。

 露木マネは「とりあえず二週間後に一旦進捗を」なんて話をしていたけれど、半分の一週間で三本、曲のプロトタイプが完成したのでしんちょくとして送った。

 もともと考えていた曲だったのもあるけど、自分なりに「プロに通用するもの」としてブラッシュアップをして、万全の状態で送ったつもりだった。

 が――


『なんだか、全体的にボヤけてますねぇ』


 露木マネの反応は、どれも芳しくはなかった。


『確かにサマバケらしさはあるのですが、若い感性のフレッシュ感と、ハードロック風味の質実剛健さが、こう、それぞれ際立ちすぎて喧嘩してるというか』

「うぐ……」


 その評価にはぐうの音も出なかった。

 なぜなら、アタシ自身もあえて意識したことだったから。

 先日、露木マネ自身から褒められたというのもあるけど、アタシもそれがサマバケの曲の良さだと思っていたから、盛りに盛ってみたのだけれど。


『向日葵さんは、サマバケの魅力はどこにあると考えていますか?』

「それは……今、露木さんが指摘してくださったふたつで。ただ、やり過ぎてしまったみたいです」

『確かに、フレッシュとハードのギャップはサマバケの曲の特徴です。しかし、それはあくまで表現方法。サマバケの魅力や、曲のテーマそのものではないはずです』

「魅力とテーマ……」


 これまで書きたいものを書きたいように書いていたから、そんなこと気にしたことが無かった。

 もちろんハードロック風はアタシの好みだし、フレッシュな感性は女子高生なんだから当然出てくるであろうもの。

 けど、それで何を表現するのかと言われると、創作の核のようなものが自分の中に見つからなかった。


「露木さんは……サマバケの魅力は何だと思いますか?」


 その問いに、彼女は淀みない声で答えてくれた。


『あなたです。向日葵さん』

「……アタシ?」

『他人を寄せ付けない力強い歌唱力。青さを感じさせない自信にあふれたギターリフ。それを支える実力派のベーシストに、バイタリティの塊のドラマー。それが、私が魅力に思い、会社に推した〝サマーバケーション〟です』


 言われた言葉を受け止めるのに、少しばかり時間が必要だった。

 そんなこと、考えたこともなかった。

 さっきの通り、アタシは気分で曲を創ってたから。


 自分が気持ちいいと思ったメロディとコード進行。

 アイツのテクを見せつけるような超絶技巧。

 海月は……まあ、思いっきり打たせとけば満足するけど。

 誰が中心とかいうこともない、それぞれの良さを生かした演奏と曲作り。

 それだけを考えてやってきたんだ。


『バンドもひとつのアンサンブルです。音は喧嘩させるのではなく、カチッとはまるパズルのピースのように、それぞれベストな形がある。しかし、形を整えるには、絶対に変わらない核となるピースが必要です。そのピースのカドがブレたら、せっかく整えた他のピースが喧嘩してしまいます』

「その核がアタシってことですか?」

『私は、そう思います』


 彼女が言っていることは分かる。

 けど、本当にそうなのかアタシの中では納得しきれない部分があった。

 今思えば若さゆえの無鉄砲さでしかないかもしれないけれど、これまで自分が作ってきた〝サマーバケーション〟の曲へのプライドみたいなものもあったんだと思う。


「分かりました。やってみます」


 ただ、これまで独学だったアタシにとっては、初めてのプロからの助言だ。

 もちろん露木マネは作曲家ではないけれど、アタシなんかよりもずっと長くこの道を知る人だ。

 信じてもいい――いや、信じるべきだという前向きな強迫観念がアタシの背中を押した。


 それに、自分を軸にしたバンド、そして曲っていうのを作ってみたいという思いもふつふつと沸き上がる。

 それがどんなものか今はイメージが湧かないけれど。

 なんとなく良いものが仕上がるような、漠然とした希望が、アタシの中に満ち溢れていた。

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