「……何これ?」
動画をあげてから数日後、目覚めと同時にスマホを見たアタシは、自分の目を疑った。というか半分まだ夢の中かと思いながら、こんな夢を見る自分が恥ずかしいとすら思った。
寝ぐせでぼさぼさになった髪を手櫛で解かしながら、涼夏に電話をかけようとする――が、野暮ったい口調で「知るかよ」と言われるだけの気がしたので、海月の方にかける。
数コールの後、完全に寝起き声の彼女が通話に出る。
「んぅ……なあに?」
「アンタまだ寝てたの?」
「学校家からすぐだからチャイム鳴ってもギリ間に合うー。なーにー?」
「この間上げた動画。見る。早く」
彼女は通話を繋いだままパタパタとスマホの画面を操作しているようだった。
ハンズフリーにしてるのか時折大きなあくびが鮮明な音で届いたが、やがて「ぐあばぁ」「むっ!?」っと布団から飛び起きた喧騒に変わる。
「ちょっと、りょーちゃんなにこれ! めっちゃバズってんじゃん!」
「そう。どういうことなのかアカウント持ってるアンタに教えて貰おうと思ったんだけど、その様子じゃ何も知らなさそうね」
「ちょっと待って。調べてみる!」
そう言って、また通話を繋いだまま海月は何か作業を始めてしまった。
その間にスマホを持ってミュートで身支度をしたりなんだりしていたら、三十分ほどしてようやく返事が返ってきた。
「わかった! 分かったよ、りょーちゃん!」
「ばかっ。あんた、ハンズフリーなの忘れてスマホ耳に当てたでしょ。うっさい」
「あ、そだった。ごめんねー」
「んで、何か分かった?」
「んとねー」
それから、海月は調べてくれたかぎりのバズの原因を教えてくれた。
「要するに、強風でスカートが何度もめくれそうでめくれないのが面白くてウケたと。なにそれ、くだらな」
「あははー。バズなんてそんなもんだよ。でもそれだけじゃないっぽい」
「何が?」
「バズのきっかけはそれだったけど、途中からは『いい曲』だとか『耳に残る』とか曲の方でちゃんと聞きに来てくれる人が増えてるの」
それって――
「――動画がバズった?」
学校で、登校したアイツにそのことを伝えると、実に興味なさそうな塩反応をされた。
「アンタ、見てないの? 今だって開くたびに回ってる」
「上がった動画なんていちいち見てねーよ。あたしが見て再生数が増えんのかよ」
「だから増えてんだって。見なよ」
言われて、涼夏がしぶしぶと言った様子でスマホを手に取る。
それからアプリで例の動画とその再生数を見て、難しい顔で唸った。
「すげーけど、こっからどう先が繋がるんだ?」
「そりゃ……どこかの事務所の目に留まって、連絡が来るとか?」
「待つしかねーんだったら、一喜一憂してないで次のライブの準備だろ」
「それはそうだけど、ちょっとくらい喜んだっていいじゃない。なかなか無いことよ」
「顔の見えねぇ百万人にイイネされるより、武道館に一万人集めてぇわ」
「その一万人の源になるかもしれないイイネでしょーが」
コイツのこういうところは、つるんでて本当につまんない。
本当に共感の薄いヤツ。
でも涼夏の言う通り、バズったからと言ってアタシたちにできることは特にない。
せいぜい、次も良い曲をあげてせっかくついたファンを逃がさないようにして、事務所から連絡が来るのを期待するしか。
「――きた!」
それから一週間ほど経ったスタジオ練習の日。
海月が珍しく慌てた様子で部屋に飛び込んで来た。
「何? 便秘解消?」
「それなら出たって言う! そうじゃなくって来た!」
「今月遅れてたっけお前」
「女子高の下ネタえぐいて。そうじゃなくてこれ!」
意気揚々と突き付けられた彼女のスマホには、小さな文字でびっしりと書かれたダイレクトメールの文面が映し出されていた。
目を細めてざっと斜め読みしながら、次第に身体中に鳥肌が立っていく。
「事務所オファー? マジ?」
「どこの事務所だよ。聞いたこともねー零細企業じゃねーだろーな?」
「大企業直属じゃないけど、その傘下の下請けレーベルって感じのとこ」
まさか本当に連絡が来るとは思わなくて、嬉しさ半分、いっそ他人事半分のふわふわした感覚に襲われる。
「とりあえず話をしたいらしいけど、三人東京に来てもらうより、あっちの担当の人がこっちに来てくれるみたい。どうする?」
「そりゃ……話は聞くでしょ、ねえ?」
なぜか同意を求めるように涼夏を見てしまった。
彼女は少し考えるように天井を見上げて唸っていたが、やがて小さく頷く。
「断る理由はねーな」
「よーし、すぐ返信するね。今すぐするね」
海月が嬉々としてスマホで高速フリックを始める。
私たちも、何をするでもなくその様子を内心ハラハラしながら見守った。
なんだか怖いくらいとんとん拍子だけど、それが悪いってことはないはずだ。
アタシたちに何か見る目があったって言うなら、素直に喜ばなくてどうするというのか。
そのまま善は急げと言わんばかりに、事務所の担当者は週末にこちらに来てくれることになった。
はじめはどこか駅前のカフェででもという話だったが、拠点みたいになってるスタジオがあることを伝えると、生の演奏も聞いてみたいのでスタジオでということになった。
「はじめまして。露木と申します」
やってきたのは、明るい印象の女性だった。
DMの内容がかっちりした典型的なビジネスメールだったので、朗らかに名刺を配る姿に少しばかり面食らってしまった。
話をする前に、まずは曲を聴かせてほしいという彼女の願いで、アタシたちはいくつか曲を見繕って演奏する。うちひとつには、当然ながらバズった例の曲も入れた。
「いいですね。十分、プロ通用するレベルだと思います」
露木マネの最初の感想に、三人とも――あの涼夏でさえ――ほっと安堵の溜息を零す。
「お若いのにここまで仕上がっているのは見事です。みなさん、バンドはもう長く?」
「本格的な結成はこの春です。その前は、アタシと涼夏だけで去年から。楽器を触るだけならみんな中学からやってます」
「曲を書いてるのは?」
「えっと……アタシ、ですが」
「全部ご自分で?」
「はい。えっと……何か気になりますか?」
ドキリとする。
彼女は、感心したような納得したような頷きを返してアタシを見る。
「アドバイスさせて戴きたい点はもちろんありますが、女子高生らしいフレッシュな視点はバンドによく合っていると思います。それをハードロック風味で硬派に演奏するのもギャップがあっていい」
「ありがとうございます」
「それを踏まえて、ぜひウチのレーベルで契約を結んでいただきたいと思っているのですが。それに際して、ふたつ提案があります」
そう言って彼女は、鞄からペラ紙三枚ほどをホチキスで止めた資料を、三人それぞれに渡してくれる。
一枚目には、他より太くて大きな文字で『サマーバケーション プロデュース草案』というタイトルが付けられていた。
「私から提案させていただくデビューまでの道筋は、大きくふたつあります。ひとつは、通常のデビューと同じように事前告知のプレイべやリリイベを伴って曲を発表する方法。利点は、契約後すぐにでもデビューの準備を始められることです」
話を聞きながら目を落とした資料には、デビューまでのログチャートが分かりやすく記されていた。
それまでメジャーなんて曲をレーベルから出せばそれでデビューだなんて思っていたので、目から鱗というか、当然と言うか、ちゃんと積み重ねる道筋があるんだななんて感心した。
「もうひとつは、インディーズのままバンドにより箔をつけてから満を持してのデビューとする方法。もちろん、その間も弊社が徹底的にサポートをします。皆さんはまだお若く、伸びしろもある。通常のデビューよりも爆発力が見込めるので、個人的にはこちらを推したいと考えています」
言われながらめくった次の資料には、ひとつ目を引く単語が乗っていた。
――ニュージェネレーション・アワード。
「ニュージェネって、フジロックの新人オーディションだろ」
ここにきて、初めて涼夏が口を開いた。
「その通りです。さすが、チェックしていましたか」
「いや、ちょっと知ってただけだ」
涼夏は、バツが悪そうに視線を外しながら続ける。
「確かに箔がつくかもしれねーが、相当狭い門だろ、あれ」
「もちろん、実力の世界なので確実とは言えません。しかし、チャンスの一歩手前くらいまでなら我々のバックアップで押し上げられます」
「……それは、裏から手を回すってことか?」
「いえ、弊社はそういうことはしていません。ただ、推薦人の立場でサマバケの実力を保証することはできます。成長も加味して、おそらく本戦までは難なく進めるはずです」
露木マネは、そこまで言ってこちらの反応を伺うように口を閉ざした。
場に沈黙が走って、海月が居た堪れなくなったように声をあげる。
「あの、これもしニュージェネに落ちた場合はどうなるんですか?」
「通常のデビュー案に切り替えますが、そうなってもニュージェネに向けたスキルアップを行ったサマバケであれば、今以上の実力とブランド力を持ってデビューすることができるでしょう。本戦に出場するだけで業界の注目度は上がりますし、どちらに転んでもいい結果に繋がると思っています」
「だって。どうする?」
「その話を聞いた後じゃ、ニュージェネを経験した後のほうが良さそうだけど……涼夏は?」
「あたしは反対だ」
それっぽくまとまりかけた話をぶった切るように、彼女はハッキリと告げた。
「デビューするなら早いに越したことはねーだろ。スキルアップに関しても、デビューまでに今よりも上手くなんなきゃなんねーのは同じことだし」
「それはそうだけど、だったら余計にニュージェネに挑戦したほうが特じゃない? フジロックよ、あの」
「とにかく反対だ」
頑なな涼夏に、話は完全に平行線だった。
見かねたように露木マネが仲裁に入る。
「返事は急ぎません。そうですね……ひとまず一週間後に、決定案でなくてもよいので感触をご連絡いただけたら。まだ迷っているようでしたら、改めて相談に乗りますので」
「わかりました。ありがとうございます」
それで話を締めて、その日の打ち合わせは終わった。
露木マネを店の入り口で見送って、アタシは涼夏を肘で小突く。
「なんであんな頑なに反対すんのよ」
涼夏は、ムスッとした顔で答えた。
「早いにこしたことはねーって言っただろ」
「だから何で――」
アタシの追撃に答えることはなく、彼女は地下のスタジオに戻っていってしまった。
その背中が珍しく逃げるようにも見えてしまったのは、アタシの中に少しばかり、アイツとは対等な関係なんだって自信が芽生えていたからかもしれない。